2018年11月19日月曜日

盗撮事件(2つの刑事事件報告①)


         (九重山から由布・鶴見岳)

 あまり積極的にしているわけではないのですが,ふつうの弁護士程度には刑事事件も手がけています。

 ふつうの弁護士は民事専門です。刑事事件は国選事件がほとんど。あとは顧問先の従業員の交通違反や少年事件など,特別の関係がある場合にかぎられるのではないでしょうか。というのも,やはりお金がないので犯罪を犯してしまうというのが一般的ですから。

 よくお客さんたちから,なんで悪い人の弁護をするのか訊かれます。このように評判が悪いので,刑事事件を好きでやっている弁護士はすくないのではないでしょうか。

 でも,刑事弁護制度は,人類の多年にわたる知恵だというほかありません。むかしは刑事弁護制度がなく,一方的な取調べを受け,無実なのに処罰される人が多かったと思われます。近代的な刑事弁護制度は,そのようなことをなくそうとしてつくられたものです。個々的にみれば首をひねりたくなるケースがあっても全体としてみれば,われわれ市民の自由がそれによって守られているのです。

 さいきん,刑事事件が2つ終了したので報告します。

 ひとつは盗撮事件です。電車内で女性のスカートのなかを写真撮影したとされる事件です。

 盗撮は,刑法には載っていません。福岡県の迷惑防止条例という条例で禁止されています。単純にはいえませんが,国会の定める法律で処罰するほどではない比較的軽い犯罪について条例で規制されています。盗撮について条例の定める刑の重さは6月以下の懲役又は50万円以下の罰金とされています。

 相談にきたときには事件直後で在宅捜査だったのですが,翌朝には逮捕され,身柄事件になりました。そして新聞に名前がでてしまいました。裁判所で有罪が確定するまえに,警察が記者に情報をもらしているのです。これにより,依頼者は仕事を失ってしまいました。一種の私刑です。

 逮捕は最大3日間の身柄拘束です。その後は,裁判所の審理を経て,10日間の勾留手続となります。10日間の勾留で足りなければ,もう10日間だけ捜査することが許されます。

 勾留請求の際に,裁判所に対して勾留する必要がない旨の意見書を提出しました。勾留の要件は,①逃亡のおそれと②証拠隠滅のおそれです。なにもしないのに懲罰的な理由で勾留という自由剥奪をすることはできません(実際には,ときどき見かけます。)。

 本件被疑者は,家族と生活し,定職につき,まじめに働いていました。初犯ですし,有罪となっても罰金刑が予想されます。そのような状況で逃げたりすることは考えられません。

 盗撮の証拠としては,撮影につかったスマートフォン,そのデータ,自宅パソコン内のデータです。これらはすべて警察が押さえています。被疑者は被害者の住所,名前などを知りません。だから,隠滅しようにも隠滅できる証拠もありません。被疑者はそれまで任意の取調べに素直に応じていました。

 こういう状況ですから,勾留の必要はないはずだ。というのが意見書の趣旨です。

 この意見書がでていたためか,検察官は勾留請求をおこなわず,被疑者はすぐに釈放されました。

 処罰は20万円の罰金でした。

 被疑者は心から反省し,2度とやらないと挨拶にこられました。どの被疑者のいうことも信頼できるというわけではないのですが,この方の反省は本物だと思いました。立ち直りを期待したいと思います。

経営者仲間で九重登山(1日目)③


              (御池)

 久住山を下山する途中,右に行くと中岳に至るという分岐がある。手前に空池がある。左手に天狗が城,奥に中岳が見えている。

 さて,中岳にも登るべきかどうか。7人グループのなかでお疲れぎみの人が2,3人。迷ったけれども,九州本島の最高峰だし,行くところまで行こう。ということで,行くことに。

 いったん下がり,天狗が城に向かって登り,すこし行ったところで右手の道を空池をまわりこむように行く。

 すると,登ったところに御池が。なんで?手前,低い窪地は空池になっているのに,より高いところにある御池。ふしぎだ。美しく青空を写している。冬場には凍り付いて,氷上を歩ける。

 御池を右側から回り込んで,避難小屋の手前にでる。そこから中岳の山頂はまじかに見えている。山頂に人影も4,5人見えている。

 さすがに最後の登りはきつい。
 あとひとふんばりで,中岳山頂!
 参加者の興奮も,久住山以上だ。こもごも写真をとりあっている。

 九重登山がはじめてという人が3人。平均年齢も60歳以上,最高齢は70歳。このパーティでよくぞ久住山と中岳の2峰に登れたものと思う。やったね。

 名ガイドとお褒めの言葉をみなさんからいただいた。

2018年11月16日金曜日

経営者仲間で九重登山(1日目)②


         (阿蘇五岳・仏の涅槃図)

 沓掛山のくだりは,このコース最大の難所といってもいいかもしれない。しかし,ハシゴがかけられたりしていて,慎重にいけば問題ない。

 沓掛山を越えるとあとは,まあなだらかな登りがつづく。扇が鼻の分岐についた。「鼻」というのは,文字どおり,ピークではないけれど,山が横にでっぱったところだ。それが扇のように広がってみえる。ミヤマキリシマの季節には,ほかより早く花がみれる。こんかいは花の季節ではないので,スルーする。

 そこから左手には星生山の尾根がのびてきており,登れるようになっている。しかし,こんかいはこれもスルー。

 しばらくいくと西千里という広いところにでる。「千里」というのは,山のなかで広々としたところだ。阿蘇の草千里などが有名だ。星生山のお椀のふちとするなら,その底だ。ひろびろとしていて気持ちがいい。だれかが大江千里などとわけのわからぬギャグをとばす。

 またしばらくいくと,前方に岩がゴロゴロした隆起がみえる。やがて右手に久住山の三角錐が姿をあらわす。

 岩のゴロゴロを乗り越すと,急に視界がひらけ,久住わかれだ。トイレもある。人もいっぱいだ。慎重にくだる。

 星生山のむこうは白い山,白い噴煙があらわれる。硫黄山だ。その右手にはひろい谷がひろがり,奥に三俣山がみえる。三俣山の麓あたりが北千里だ。

 正面から冷たい風が吹いてくる。南側に風を避けて,お弁当にする。正面に阿蘇山,左手に久住山がみえて絶好のロケーションだ。ご飯がおいしい。山頂には人影がちいさく見えている。

 お腹がふくれてひとごこちついたところで,最後の登りだ。左手に天狗が城をみながら,ひと登りすると,その奥に中岳が姿をあらわす。感覚的には久住山のほうが高いように感じる。

 久住山を左から回り込むようにして登る。最後の登りがきつい。たくさんの人が登っていき,山頂からはたくさんの人がおりてくる。あとひといきだ。

 ついた-。360度の大展望がひろがった。

 

2018年11月15日木曜日

経営者仲間で九重登山(1日目)①


 先週末は,経営者仲間で九重山に登ってきました。

 土曜朝7時にちくし法律事務所に集合して,出発。
 筑後小郡インターで高速に乗り,玖珠インターで降りて,あとは牧ノ戸峠の駐車場まで下道を行きます。 

 駐車場にはなんとか3台分の空きがありました。
 車から出ると寒く,手袋や帽子が必要でした。
 
 9時半,出発。まずは沓掛山に登ります。牧ノ戸コースは最初と最後に急登があり,途中は比較的なだらかです。ですから,この沓掛山の登りでバテないよう,ゆっくりゆっくり登ることが肝心です。

 登山でバテる人が多いのですが,足の使いすぎでバテている人はじつは多くありません。登山で緊張するあまり,あまり呼吸ができていないことが多いのです。息をしなければ疲れるにきまっています。そして,息をするには,しっかりと息を吐くことが大切です。登りながら,そのようなことを注意します。

 ひと登りすると,東側が開けた展望所にでます。右側,沓掛山のむこうにそびえているのが三俣山です。三俣山は3つの山が合体したような山容ですから,すぐに分かります。また中央には,2つのピークがとんがっている特徴的な山容が見えます。由布岳です。その手前が由布院,むこうが別府です。この日は天気がよくて,由布岳がくっきり見えました。

 そこからもうひといきで,沓掛山の肩につきます。そこからは南側が大きく開け,阿蘇山,阿蘇五岳がみえました。左から根子,高,中,烏帽子,杵島。みごとな仏の涅槃図です。いつもは仏様のお臍のあたり(中岳)から噴煙が白くでているのですが,この日はなぜか見えませんでした。

 そこから,目を九重連山のほうに転じると,右手に扇が鼻,左手に星生山,そして中央に久住山の三角錐のピークが見えました。

 九重の山々をさす場合は「九重」,盟主をさす場合は「久住」と書きます。知っていました?ややこしいことに,盟主は久住山なのですが,最高峰は「中岳」です。それも九州本島の最高峰です。九州全体でいえば,屋久島の宮之浦岳が最も高くなっています。これだけ知っていれば,九州の山博士です。

                         (つづく) 

2018年10月29日月曜日

中小企業家同友会・筑紫支部の役員研修



       (修学院離宮,上御茶屋,浴龍池の水面)

 先週土曜日は,筑紫野市生涯学習センターで,福岡県中小企業家同友会・筑紫支部(淀川洋子支部長)の役員研修でした。

 福岡県中小企業家同友会は,よい会社,よい経営者をめざす異業種交流団体で,筑紫支部は筑紫支部を基盤としています。わが事務所からは浦田,山野が副支部長,ブロック長として活動しています。

 研修会は年2回,こんかいは後期研修会です。前期のふりかえりをしながら,後期の課題を整理していきます。

 どの組織にも共通することですが,会員の増強がいちばんの課題であり,同友会の魅力をどのように伝えていくのかに知恵をしぼりました。

 懇親会に出席する予定だったところ,この日は当番弁護士の当番にあたっていて,博多臨港警察署から派遣要請がありました。歯をくいしばって西鉄電車に乗ったのでした。

2018年10月24日水曜日

2つの離婚事件


          (建仁寺,双龍図)

 2つの離婚事件について,ひとつは判決があり,ひとつは和解が成立しました。

 いちどは好きで一緒になった男女だけれど,うまくいかなくなると愛情は容易に憎悪に転化してしまいます。

 「法律は家庭に入らず」の原則から,離婚事件はいきなり裁判をすることができません。まず家庭裁判所で調停という話合いをする必要があります。

 調停で話がつかないときにはじめて裁判になります。裁判になっても,途中なんどか和解という話合いによる解決の試みがなされます。それでも解決できないときに判決の言い渡しがなされます。

 このたび,一件については和解が成立し,一件は判決の言い渡しとなりました。どちらも夫側で関与することなりました(別に夫側専門ではなく,たまたま相談・依頼されたのが男性側だっただけです。もちろん女性側で離婚事件をすることもたくさんあります)。

 一件は,新婚数か月の夫婦で,結婚式の準備をめぐって夫婦げんかが絶えず破局しました。離婚原因は夫側にあるとして慰謝料請求にこだわり,調停,裁判にいたったものです。双方の言い分と証拠をだしつくしたところで,裁判所が和解案を打診しました。慰謝料は認めず,婚姻費用の分担について,妻の離婚後の生活費を負担するとしてやや増額するという内容です。この理由なら問題ないので,当方も和解に応じることにしました。

 もう一件は,夫にDVがあったかどうか,財産分与の対象となる財産にはどのようなものがあるかについて厳しく争われました。調停段階から何度か話合いによる解決が模索されましたが,双方の見解のひらきが大きく妥結にはいたりませんでした。今般,判決がなされ,概ね当方の言い分が認められました。しかし,妻側は納得せず,控訴となりました。さらに高等裁判所で裁判がつづくことになります。

 双方が納得できる妥協点が早期に見つかることを願ってやみません。

『ちはやぶる』


              (近江神宮)

 修学院離宮から曼殊院門跡,そこから比叡山・延暦寺にいき,そのあとどうするか迷いましたが,滋賀県・琵琶湖側にでて近江神宮にいきました。

 なぜかというと『ちはやぶる』の舞台となったから。ご存知でしょうか。

 末次由紀さん原作の少女漫画で,テレビアニメや広瀬すずさん主演で実写映画にもなりました。競技カルタにかける青春群像を描いています。

 タイトルは,在原業平のつぎの歌から。

 ちはやぶる 神代もきかず 竜田川
         からくれないに 水くくるとは

 作中,百人一首の他の歌も下敷きにしてストーリーが展開されます。
 
 漫画を実写化すると,おじさんには熱すぎるかんじですが,それでもクライマックスはじんときます。未視聴のかたはいちどどうぞ。 

修学院離宮


        (修学院離宮から京都市街をのぞむ) 

 先々週は京都に行く予定があったので,修学院離宮にいきました。

 桂離宮もそうですが皇室関連施設なので,事前の予約が必要なところです。なので,これまで行ったことがなかったのですが,今回は予約をしてくれる人がいたので行くことができました。

 比叡山の山麓にあり,北山,京都市街,西山から大阪のビル群まで見渡せる抜群の景観が広がっています。そこに,美しい建物や庭園がしつらえてあります。

 江戸時代,後水尾上皇がつくらせたそうです。日本史の教科書にでてきたかどうか覚えませんが,幕府との確執に疲れたとき,ぎりぎり日帰り可能なこの地に息抜きに来られていたのだとか。

 西郷どんを見ていても思いますが,政治にたずさわる人にはわれわれ庶民にはわからぬしんどさがあったのでしょうね。

顧問先企業の社員研修旅行に参加して


        (金鱗湖ほとりのシャガール美術館)  

 先週末はある顧問先企業のご招待で,社員・研修旅行に参加させてもらいました。

 1泊2日で,行き先は別府・由布院。おいしい料理を堪能し,温泉でひごろの疲れをいやし,リフレッシュしました。

 ノリが体育会系の会社で,わたくしも社員さんたちといっしょに白黒タイツを着せられ,錯覚ダンスというのをやらされました。これって,みんなが自主的にやっている分にはいいけど,そうでなければパワハラだよねと思いながら踊りました。

 企業というのは,それぞれの理念や目的にむかって組織的に行動する人の集まりです。目的を高く達成するには,できるだけ結束したほうがいい。でもあまり結束を強くすると窮屈で息苦しい。

 「知に働けば角が立つ,情に棹させば流される,意地を通せば窮屈だ,とかく人の世は住みにくい。」夏目漱石の『草枕』冒頭の言葉はいまもそのまま生きています。

 この難しいところを絶妙のバランスをとりながら組織を運営していく,人として人間らしく楽しみながら生きていく。それが大切なのでしょうね。

2018年6月20日水曜日

残雪の北アルプス(6)












 しばらく行くと,前方で3人くらいがさかんにカメラ撮影をしていました。これは雷鳥だ!と駆け出しました。案の定,現場に到着すると,白馬側の斜面の下方100メートルに雷鳥が2羽。なにやらじゃれあってる?つがいかな?と思っていたら,1羽が飛んで尾根上まで上がってき,もう1羽が追いかけてきました。あれれ,どちらもオスです。雷鳥のオスはマツゲの辺が赤くなっているので,すぐにわかります。どうやら,オスどおしのナワバリ争いのようです。追われているほうが追尾をふりきるため,決死の覚悟でわれわれのほうへ向かってきました。

 という2羽を皮切りに,今回の山行ではたくさんのライチョウにであいました。20羽までは数えたのですが,それ以降はその他おおぜい。全部で30羽にはであえたと思います。

2018年6月1日金曜日

残雪の北アルプス(5)


(八方尾根から北を望む。白馬三山)

 翌4月30日はやはり朝3時30分起床,4時前に八方池山荘を出発です。早出,早着が基本。5時ころ日の出なので,4時ころであればもうヘッドランプはいらないぐらいには見えます。

 きのう偵察したとおり,八方山ケルンを経て,八方ケルン。ここでアイゼンを装着するつもりでしたが,ツボ足のまま雪原に踏み出します。第2ケルンを経て,第3ケルンへ。夏であればここから八方池とその背後に白馬三山がのぞめますが,八方池はいまだ雪のなか。白馬三山はすこしずつ明るくなってきています。

 もうしばらくいくと,下の樺(しものかんば)。なぜか,このあたりだけ突然,ダケカンバの樹が数十本はえています。もう少し登ったところにもあるので,下の樺と上の樺と呼ばれています。カップルがアイゼンをつけて休憩していました。

 もうちょっと行けるだろうと通過したところ,後方が急に明るくなる感じがして振り返ると,ご来光です(写真は,「ロータリークラブ地区大会@宗像ユリックス」に添付のものです。)。太陽のパワーはすごく,日の出とともに身も心もあたたかくなります。太古の人類は毎朝,ご来光をまちわび,畏怖の念をいだいたことでしょう。

 下の樺を通過すると,右手に雪壁が。ここはさすがにツボ足では怖そうなので,アイゼンを装着。ピッケルとアイゼンで手場,足場を確保しながらよじ登ります。去年だったら恐怖をおぼえたくらいの雪面ですが,すこしずつ慣れてきました。

 あたりが明るくなり,左右に絶景がひろがります。右手は白馬三山です。積雪期にいちど登ってみたい。はたして登れるようになるでしょうか?
                         (つづく)

2018年5月31日木曜日

残雪の北アルプス(4)


(八方尾根から,右は五竜岳,左奥が鹿島槍ヶ岳)

 焼岳を下山してから,唐松岳を目指し,新島々,松本を経て,白馬へ。白馬駅から八方ゴンドラリフト駅へ。

 チケットを買うのに,登山届を要求されました。装備欄の記載がないとして再度書き直し,きびしい。
 ゴンドラとリフトを乗り継いで,八方池山荘へ。途中はスキー場なので,スキーヤーがいっぱい。

 八方池山荘は,水道工事中のため,営業していないとのアナウンス。
あれ?予約したのになぁ。
 トイレも使えないので,途中で用をたしていくようにとまで。あれれ,どうなるものやら。
 はらはらしながら山荘につくと,それほど不自由なく使えました。なあんだ。

 部屋は4人の相部屋。名古屋の1人,東京の2人と。名古屋の1人はぼくとおなじく明日登山予定。東京の2人は今日登ってきたとか。東京の2人は75歳と77歳。ですが,20キロはありそうなザックをかついで元気。さすがに白馬の温泉宿をさがす(連休中です)元気はなく,ここで一泊。77歳のおじさんからは,夏冬の山の情報をいろいろ教えてもらいました。

 きょうもまた夕食まで時間があったので,偵察にでかけました。八方尾根はゴジラの背中のような長大な尾根。過去にいくつかの悲しい遭難を経験し,要所要所に立派なケルンがあります。八方山ケルンを経て,八方ケルンまでは残雪はあるもののアイゼンをつかわずに登れそうでした。そこから先は大きな雪原がつづいていたため,偵察はそこまで。

 後ろ立山の稜線が登る方向に障壁をなしていて,登山意欲をかきたてられました。尾根の左手(南側)は,昨夏,いつものグループで登った五竜岳。そして,その奥はさらにその前に登った鹿島槍ヶ岳が荒々しい山肌に雪をまとって聳えていました。

 尾根の右手(北側)は,白馬三山。手前から白馬鑓,杓子,白馬。正面は唐松岳と不帰の𡸴が見えています。
 よし明日はがんばろう!           (つづく)

2018年5月28日月曜日

残雪の北アルプス(3)


(焼岳を背に下堀沢上部,右側が南峰の雪壁,むこうは乗鞍岳)

 焼岳は,北アルプス南部に位置しています。北アルプスの南端は乗鞍岳で,その北側,つまり南から2番目の山です。焼岳の北側には穂高連峰や上高地があります。

 焼岳登山は2回目。日本百名山の1つです。百名山に挑戦したときは,上高地側から登りました。

 雪山登山としては,この新中ノ湯コースが推奨されています。このコースは,下堀沢上部が,南峰からの雪崩のおそれを指摘されていますが,冬期は上高地側より登りやすいのでしょう。

 下堀沢との出会いふきんまでは樹林帯のなかを登ります。踏み跡が複数あって迷いますが,基本,尾根伝いに登るのでコースを大きく外れることはありません。

 下堀沢に入ると,ボール状の地形になり,たしかに南峰の雪壁は状況によっては雪崩そう。これを左側から回り込むようにしてトラバースしていきます。

 ツボ足(アイゼンなどをつけない状態),ストック(ピッケルではなく,夏山にも使うポールストック)でも登れそうでしたが,上部は斜度が増してきたので,念のため,アイゼンとピッケルに装備を変えました。

 南峰は崩落がすすみ,夏山は登山禁止とされています(雪山ならば登れるらしい。)。斜度の増す雪面を登り詰めます。南峰と北峰の分岐あたりは,活火山らしく,硫黄の臭いがし,水蒸気が出ていました。
 
 そこからは北峰を右側から回り込むようにして頂上に達します。山頂部は融雪が進み,雪と地面がまだらになっています。

 山頂に立つと穂高連峰,上高地,笠ヶ岳,槍ヶ岳,黒部源流の山々があらわれました。すばらしい景観。ただし,春山のせいか,すこし霞んでいるのが残念。
 
 先行者は誰もおらず,この日,入り番乗りで,絶景をひとり占めでした。しばらくすると,写真家のかたがあがってこられ,いろいろと教えていただきました。

 風景をしばらく楽しんだあと,下山開始。ぞくぞくと後続の方々が雪面をあがってきます。日差しがつよくなり,日焼けしそう。汗もにじみます。

 融雪がうまいぐあいにすすんだころあいで,ザクザクと軽快に下山をすることができました。(つづく)

2018年5月25日金曜日

残雪の北アルプス(2)


(焼岳南峰)

 最初に登ったのは,焼岳です。

 難易度としては,唐松岳→焼岳→立山なので,この順に登るのが望ましい。しかしながら,そうすると名古屋から信州入りして松本から北上して白馬,白馬からまた松本に戻り,その後再び北上して信濃大町へと行ったり来たりすることになります。そこで,やむをえず焼岳から登ることにしました。

 天気予報は連休前半はだいじょうぶそうでした。

 初日は,松本から上高地方面に向かい,途中下車して中ノ湯に泊まりました。はじめての宿で,山小屋をイメージしていたらちゃんとした温泉宿で,登山客以外の観光客もいっぱいでした。玄関先から眺めると,穂高の山並みが焼岳の尾根上に美しく輝いていました。あしもとには,フキノトウがたくさん,遅い春が顔をだしていました。

 翌朝は暗いうち(日の出前1時間で4時)の出発を予定していたので,1ピッチ(1時間)分の偵察をおこないました。旅館の右側を登り,林道をショートカットするのですが,ここが一番の難所というくらいの急登でした。

 温泉は外湯がすばらしく,餌場がもうけられていてヒガラ,シジュウカラが5羽ほど遊びに来ていました。

 和室1間に1人なので快適,お隣は東南アジアからの家族連れのようでした。

 明日の早立ちにそなえて,早めに就寝しました。(つづく)

2018年5月23日水曜日

残雪の北アルプス(1)


(唐松岳)

 すこし報告がおそくなりましたが,ことしの連休も残雪の北アルプスに登りました。焼岳,唐松岳,立山の3山です。昨年登った仙丈,乗鞍,正月に登った燕にひきつづき,雪のアルプスへの再度の挑戦です。

 ぼくが日本アルプスに登るようになったのは,大学時代にワンダーフォーゲル部(ワンゲル)に所属してからです。
 ワンダーフォーゲルは渡り鳥という意味のドイツ語です。

 山に登ることは登山部とおなじですが,岩登りと雪山はやらないと言われていました。ただし,公式行事としてはで,任意のグループで登ることは委員会の承認を条件に許されていました。しかし,ぼくは大学時代,そこまではやりませんでした。

 40代後半になって山登りを再開したわけですが,やはり雪山はやらないつもりでした。しかし,すこしずつ考えが変わってきました。

 ひとつは,100名山を踏破するなか(磐梯,妙高,九重など),あるいは,大雪山~トムラウシ縦走(大雨のため途中撤退),槍・穂(大キレット)縦走に挑戦するなかで,大きな雪渓や残雪を経験することが何度かあったことです。

 ふたつは,雪山とひとくちに言ってもさまざまなレベルがあることを知ったことや,山仲間のなかで雪山に挑戦する人がでてきたことです。こうしたことから,やってみようと思うようになりました。

 すこしずつ雪山の道具を買いそろえていきました。山道具は安くなく,雪山道具はさらに値が張ります。ピッケルは,百名山を踏破したときに,太宰府ロータリークラブからプレゼントされたものを愛用しています。

 昨年から,アルプスに挑戦するまえに武奈ヶ岳,伊吹山,霊仙山,ことしになって赤城岳,那須岳,谷川岳,武尊山,越後駒に登りました。こうしてすこしずつ難易度をあげてきました。

 たしかに,雪山とひとくちに言っても,難易度はさまざまです。時期,山域,雪の具合,トレースの有無,天候などによって,同じところでも大きな違いがあります。

 時期は,むずかしい順に,厳冬期,天候が落ち着く2月後半以降,残雪期にわかれます。山域は,厳冬期だと,北アルプス北部は文字どおり厳しいものの,八ヶ岳や東京近郊であればそうでもありません。

 降雪直後は,トレース(踏み跡)がなくルートファインディングが難しいですし(夏道は雪の下),ラッセルという力仕事も必要になります。これに対し,ゴールデンウィークぐらいになると,天候も安定し,多くの人が登るので踏み跡もあり,雪もしまっていてラッセルは不要になり,比較的容易に登れるようになります(とはいえ,昨年の乗鞍で経験したとおり,天候が崩れホワイトアウトすると急に難易度があがります)。

 ということで,ことしも残雪のアルプスに挑戦しました(つづく)。

2018年5月22日火曜日

 ロータリークラブ地区大会@宗像ユリックス


 
 5月19,20日は,ロータリークラブの地区大会でした。

 地区代表である安増惇夫ガバナーを擁立している宗像ロータリークラブのお世話で,宗像ユリックスにおいて開催されました。

 地区大会は,ロータリークラブの最新情報や地区の情況を学び,他クラブのメンバーと交流をはかることを目的に開催されます。その年度のしめくくりともいえる重要な行事です。

 地区の奉仕活動の報告などがおこなわれるほか,記念講演,特別講演がおこなわれます。

 1日目におこなわれた記念講演は,京都仁和寺の門跡である立部祐道氏による「つれづれなるままに」。つれづれなるままに・・は,ご承知のとおり,兼好法師による徒然草のくだりです。

 仁和寺は宇多天皇が出家後に住まわれてできたお寺です。御室という呼び名はそこからきています。宇多天皇は菅原道真公を抜擢された方ですから,太宰府とも密接なご縁があります。宇多天皇が初代の門跡,立部氏が50世の門跡だそう。

 仁和寺の南に双が岡があり,兼好法師はその麓に住んでいたとか。そのせいもあり,徒然草には仁和寺のお坊さんに関する逸話がいくつか含まれています。われわれも中学生のころ習いました。

 仁和寺にある法師,年寄るまで石清水を拝まざりければ心浮くおぼえて徒より詣でけり云々。つまり,仁和寺のお坊さんが初めて1人で石清水八幡宮を参拝したときの逸話です。

 石清水八幡宮は,京都と大阪の境,大山崎にあります。新幹線で新大阪を出発し,まもなく京都というころ,左右両側から山がせまってくるところがあります。

 その左側の山は,羽柴秀吉と明智光秀が天下分け目のたたかいをおこなった天王山です。麓にはサントリーの工場があり,山崎ウイスキーをつくっています。

 右側の山が男山で,その山頂に石清水八幡宮の本殿があります。仁和寺のお坊さんは,初めてのことで要領をえなかったことから,ふもとにあった社殿にお参りをして帰ってしまいます。

 寺に帰ってその旨報告をすると,本殿は山のうえなのに~という話です。むすびは「先達はあらまほしきことなり」。旅行に行くならガイドさん,学ぶなら指導者,なにごとにも先輩は必要ですねというオチ。

 そのような仁和寺にまつわる話などを飄逸に話していただきました。
 さて,なぜ,仁和寺の門跡氏がお話することになったのでしょうか?

 宗像大社の東に鎮国寺があります。立部氏の前職は同寺の住職,同寺真言宗仁和寺派の末寺にあたる関係のようです。立部氏は宗像ロータリークラブの名誉会員ということもあり,本講演をされたようです。

 2日目の特別講演は,百田尚樹氏による「日本人の誇り」。百田氏は,放送作家,小説家で,本屋大賞を受賞した『海賊と呼ばれた男』の著者です。

 同著は,出光興産の創業者・出光佐三氏の話。出光佐三氏は宗像出身だそう。これまた宗像ゆかりということでの特別講演でした。

 ことほどさように,地区大会のすべての企画に,安増ガバナー,宗像ロータリーのメンバーの考えが貫かれた大会でした。たいへん感銘を受けました。

2018年5月15日火曜日

九大講義


 5月9日は,九州大学で講義をしました。

 当職が九州大学の法学部に入学したのは昭和53年(1978年)の4月です。ことしは2018年ですから,あれから40年経ったことになります。

 当時,九大の教養部は六本松にありました。高校まで大阪で育ったので,受験のとき博多駅のバスセンターで,「六本木まで!」と言ったことがあります。バスセンターのおばちゃんも,「それなら六本松でしょ。」と言ってくれればよかったのでしょうが,「そんなバス停ありません。」というお答えでした。

 いまは教養部ではなく,基幹教育と呼ぶようです。キャンパスは九大学園都市,糸島にあります。はじめて行きました。

 講義の内容は「コミュニケーション入門」。8回連続講座で,毎回,ちがう分野の講師が当該分野からみたコミュニケーションを語るというものです。

 わたくしは,日常の法律業務をコミュニケーションという切り口から整理して話しました。日常の法律業務について話すので,具体的な話題じたいは,市民大学などで話す内容とそう違いはありません。

 日常の法律業務ですから,民事事件を中心に話しました。法律上のコミュニケーションというと他の分野と異なり,自己実現や他者との交流を目的とするものではありません。

 法や裁判といえば,コミュニケーションというより,解決を強制されるイメージですが,そこに至るまでは,コミュニケーションができない当事者の間のコミュニケーションを回復し,尽くさせる機能もあるのかなと思います。

 九大の学生相手の話ということで,すこし気負ってしまって,やや抽象論に流れてしまい,学生さんたちには難しかったかもしれません。

 100人くらいの生徒さんたちが出席。法学部の学生もいますが,他学部の学生さんも含まれています。

 終わったあとに,カードを提出し,そこに感想やコメントが書いてあります。誰のカードかはわかりますが,実際の教室でどこに座っていた誰のものかまではわかりません。

 そこにあるとおり,本講義をきっかけに,法律上のコミュニケーションに少しでも興味をもってもらえれば幸いです。

 なお,こんご,当職のことを「九大で教鞭をとったこともある(偉い)先生」と理解してもらっても結構です(冗談です)。

2018年4月27日金曜日

カタクリ,ヤマシャクをたずねて(2)


 カタクリ,ヤマシャクヤクを訪ねての旅,2日目です。

 ヤマシャクヤクは,十種が峰の谷筋に咲いています。
 むずかしいですが,十種はとくさと読みます。

 十種ヶ峰は,JR徳佐駅のちかくにあります。
 新山口から津和野にむかう途中,津和野のすこし手前の駅です。

 鉄道の旅も悪くないのですが,寂地峡から新岩国,新岩国から新山口,新山口から徳佐への移動がたいへん。なので,去年から車で中国山地をつっきる方法によっています。

 途中,のどかな田園風景がひろがります。田の畦に,シバザクラが植えられているのが珍しく見事です。

 十種が峰の登山口は,神角(こうづの)といいます。山の西側にあります。そこから,ヤマシャクヤクが群生する谷を登り詰め,山頂から周回するルートになっています。

 登山口の駐車場では地元の人たちが総出で出むかえてくれ,つけもの類やアンコ餅などを売っています。普通,登山口では山に登れるかどうか緊張するものですが,行楽気分全開です。

 他のパーティを抜いたり,抜かれたりします。家族連れもいます。
 谷あいに入っていくと,キツツキが樹を叩いていました。子どもたちが大はしゃぎしていました。

 ヤマシャクヤクが群生する谷は,急登でガレています。なんでこんなところにと思いますが,このような厳しい環境であるからこそ,ヤマシャクヤクが他の植物と競合せずに群生できるのでしょう。

 もうほんとうに一目で百株が目に入るくらい群生しています。酔いそうです。

 ここ5年ほど毎年訪れています。いちどは訪れる価値があります。みなさまもいかが?

2018年4月26日木曜日

カタクリ,ヤマシャクヤクをたずねて


 先日,カタクリ,ヤマシャクヤクをたずねて山歩きしてきました。

 カタクリは寂地山,ヤマシャクヤクは十種が峰という山で,いずれも山口県の山です。

 寂地山は,岩国から錦川を北上します。錦川は非常に美しい川で,鉄道の旅も,車窓の風景がとても美しく心なごみます。が,今回は車で移動しました。車窓からは,八重桜,ツツジ,ヤマフジなどがところどころ見えました。

 麓は寂地峡と呼ばれ,美しい滝がいくつもある峡谷になっています。上部は細くなり,ちょっとスリルがあります。

 峡谷の上部でトンネルを抜けると,そこは新緑の谷になっています。これまた美しい。形容詞が美しいばかりですみません。ほんとうに美しいのです。

 落葉広葉樹が新緑をつける谷を遡上します。途中,ヤマエンゴサク,ネコノメソウなどがあちこち咲いています。

 ヤマエンゴサクは,スプリングエフェメラルです。カタクリもそうです。スプリングエフェメラルとは,春の妖精という意味です。春,落葉広葉樹が葉を繁らせて日光をさえぎる前のわずかな期間に花を咲かせ,次代に生をつなぐ植物たちです。わずかな期間に花を咲かせる生き方のせいか,可憐な植物たちです。

 ヤマザクラも盛りはすぎていますが,ときどきはらりはらりと登山道に花びらが舞い落ちてきます。どこだろうと仰ぎ見ると,うすみどりの新緑のなかに茶系の樹が目をひきます。

 沢をつめると,尾根筋まで急坂を登ります。尾根筋に出ると,山頂まで2~3キロメートルの長さにわたり,カタクリがえんえんと咲いています。まるで天国の花園のようです。

 カタクリの花は鳥が翼をひろげたような形をしています。いつもこうではなく,昼間,晴の日だけです。

 去年より1週間はやく訪ねたので,ちょっとはやいかなと心配していました。しかし,ことしはよい天気がつづいているせいか,ばっちりでした。もうほんとうに心から癒されました。

 温泉で疲れを癒し,ご馳走をいただきました。宿は錦パレスというところ,なんだか変わったつくりです。
 
 みなさまも一度いかがでしょう?
                          (つづく)

2018年4月19日木曜日

春の研修合宿


 先週の金・土は,ちくし法律事務所の春の研修合宿でした。
 弁護士8人,事務局10人の全員参加です。

 わが事務所が筑紫野市で共同事務所になってから32年になります。その間,毎年ずっと春の研修合宿を行ってきました。

 年度のはじめに,わが事務所の理念を再確認し,本年度に重点的に取り組む施策,年間計画などを熱く議論します。

 ことしは古湯温泉,おんくりで行いました。事務所の3階会議室でやってもいいのですが,やはり環境を変えて,日ごろとはちがう発想,ちがう意見を交換するのがねらいです。

 美味しい料理,ウグイスが鳴く山間の温泉なども楽しみつつ,わが事務所の結束とパワーアップをはかりました。

2018年4月11日水曜日

感染症の見落とし医療過誤事件の解決


 医療過誤事件が交渉で解決しました。
 感染症・敗血症の見落とし事案です。

 感染症は,細菌やウイルスなどの病原体が感染して生じる病気のこと,敗血症は,それがコントロールできないほど重篤になり命が危なくなることです。

 われわれに馴染みのある感染症は風邪です。
 風邪は,ウイルスによる上気道感染症です。

 風邪は喉の痛みや発熱によって気づきますね。
 一般に,感染症の症状は痛みや発熱です。

 痛みや発熱をひきおこす病気は,感染症にとどまりませんから,痛みや発熱という症状からただちに感染症とは診断できません。

 血液検査をして白血球数やCRPという検査項目が基準値より多いと炎症反応があるとして,感染症の疑いが強まります。

 あとは培養などして原因菌の特定に努めます。ですが,原因菌がはっきりしないままに,射程の広い抗生物質を投与することが一般的でしょう。

 本件では,風邪ではない発熱が長く続き,血液検査の結果,炎症反応が見られたにもかかわらず,感染症を疑わず,抗生物質も投与しないまま経過観察を指示し,重大な結果をひきおこしてしまっています。

 相手方ドクターに事情を聴きに行ったところ,きっぱりと責任を否定しました。感染症の見落とし事案に決まっていると思っていたので動揺しましたが,有責と判断し,内容証明郵便で損害賠償の請求書を送付しました。

 医師は損害保険に加入していることが一般的ですので,このような賠償請求に応じるかどうかは,保険会社の審査会が判断します。東京新宿の高層ビル街で開かれた審査会に一度おじゃましたことがあります。医師,弁護士,学者ら10数人で合議するのです。損保の社員は事務局をするだけです。

 本件では有責回答が来て,損害額について数回やりとりをしましたが,ほぼ請求額どおりの和解(示談)が成立しました。

 交渉による示談解決は,訴訟になるより,時間,労力,経済的負担などがおおはばに節約でき,満足できる結果になりました。

2018年4月10日火曜日

きょう1日をいかに生き生きと生きるか?


 新年度がスタートしました。
 桜は散ってしまいましたが,ツツジやハナミヅキが街路をいろどっています。天拝山をみると,新緑で生き生きと躍動しています。

 ことしはついに59歳になります。50代崖っぷち。
 さいきんは,人生をどう充実させるか?きょう1日をいかに生き生きと生きるか?ということに強く心がむくようになりました。

 よく言われる比喩で,コップに水が半分はいっている。これを見て,もう半分しか残っていないと考えるのか,まだ半分も残っていると考えるのか。
 
 ケース・バイ・ケースで判断している部分もあるでしょう。しかし,人生に対する構えの部分もおおきくて,ポジティブに考える習慣のある人はほとんどポジティブな答えをだすし,そうでない人はそうでない答えをだしているように思います。

 どちらも同じことのようでもあり,それほど差はないようでもあります。でも人生を10年,20年と積み重ねるうちに,大きな差となって現れるように思います。

 まだ半分も残っている!
きょう1日を生き生きと生きたいと思います。

2018年4月6日金曜日

日本で一番顧客さまに近い法律事務所



(月刊『同友』記事)

 福岡県中小企業家同友会の月刊『同友』4月号に,ちくし法律事務所と当職の記事が掲載されました。
 タイトルは「日本で一番顧客さまに近い法律事務所」。
 
 月刊『同友』には「21世紀型自律型企業づくり」という連載ページがあるのですが,そこで紹介されました。
 以下に全文引用させていただきます(長文失礼します)。
 
 日本で一番顧客さまに近い法律事務所
~幸せづくりのお手伝い業~
 ちくし法律事務所 弁護士 浦田(うらた) (ひで)(のり)氏(筑紫支部)

裁判所から離れた地域で事務所を構える『ちくし法律事務所』。同友会で理念経営を学び、社員を生かす経営と地域密着の戦略の実践について取材しました。

筑紫野市にて創業
西鉄二日市駅から南へ徒歩2分、今回の取材先の『ちくし法律事務所』があります。「法律事務所というと、司法の門前町のように裁判所の近くにあるのが一般的ですが、地域の顧客さまに寄りそって物事を考えるために、この地で活動しています」と語るのは、共同代表経営者の浦田秀徳さんです。
 1984年に稲村晴夫弁護士が事務所を開き、86年浦田さんが入所し共同経営の形態を取りました。現在では弁護士8名、事務局10名の陣営となっています。

司法改革に先駆けて
 99年にいわゆる司法改革が始まりました。この改革は国民に充分な司法サービスを提供するためのもので、裁判の効率化や法曹界(弁護士・検査官・裁判官)の人員の拡充などを目指しています。裁判では2名以上の弁護士が必要なところ、『ゼロ・ワン地域』すなわち弁護士がゼロか一人の地域も多く,地方に弁護士を増やすことが求められました。
 法曹に必要な学識及び能力を培うための法科大学院(通称ロースクール)が導入され、司法試験受験の機会が広がり、合格者が増加しました。浦田さんの時代には合格者が年間500名程度(合格率2%)でしたが、現在ではその数は3倍(合格率は20~30%)になっています。弁護士人口は全国で約4万名にのぼります。しかし依然として弁護士の多くが都市部・裁判所近辺に集中しているため、地域に根ざす弁護士はそれほど増えていないのが実情です。
「改革に先駆けること15年以上も前に、おそらく日本で最初に、裁判所のない地域に根ざした事務所でしょう」と浦田さんは話します。まさに『日本で一番顧客さまに近い法律事務所』を実践しています。

地域に根ざすということ
 筑紫野市・太宰府市・大野城市・春日市・那珂川町を中心に業務を展開しています。「顧客さまは地域の人がほとんどです。地域の紹介・口コミが多いのが特徴です。弁護士同志のつきあいならば専門知識で済みますが、地域のみなさんとはより広い話題を身に着けておかないと世間話一つできませんね」と苦笑いします。
 司法改革では広告の規制緩和もあり、テレビ・ラジオなどでもCMをしたりHPを持ったりすることができるようになりました。「弁護士が8人いる事務所というのは、大きい方だと思います。若手からベテランまでおり、個性・知識・経験・機動力などの強みを補完し合いながら業務にあたっています。一番大切なのは顧客さまとのコミュニケーション力だと思います」。
 HP・ブログ・ニュースレターなどは事務局が手づくりで行っています。「ニュースレターは5千部作成し、顧客さまと地域に配っています。専門家に依頼すればもっといいものができるのでしょうが、スタッフが真心こめて作り、その『ヘタウマ』さが醸し出す温かさが地域のみなさんに伝わるんですよね」と浦田さん。
 人的・社会的ネットワークを強化すべく、市民大学講座への講師派遣・公的団体の審議会等の委員就任・ボランティア活動への参加・地域行事への協力に尽くしています。
 地域貢献の一環として、無料セミナーを定期開催しています。テーマの中で『エンディングノート』は好評だと言います。
 エリアには大きな産業・大手企業はありません。小さな案件を丁寧に一つずつ解決することを積みかねていくことで信頼を構築しています。

なにごとも根本は理念経営
地域に根ざしつつも、全国的・国民的な課題にも取り組み,解決した実績があります。
薬害エイズ事件、ハンセン氏病事件、薬害肝炎事件など全面解決を果たしています。いずれも20人から30名ほどの弁護団を組織し、浦田さんはその腕を見込まれ中心的役割を担いました。「解決には、かなりの時間がかかります。それまでは報酬はありません。強力・的確なリーダーシップは求められます。すべての被害者を救済し、二度と同じ被害が発生しないように取り組んできました。これらを支えているのは『理念経営』にほかなりません」と浦田さんは熱く語ります。

自主・民主・連帯の精神
 同友会には99年に入会しています。共育委員会に参加して学びを深めました。「社員とともに歩む経営スタイルが当事務所に活かされていると思います」。
 2014年からは筑紫支部長を務め、現在は福岡地区副幹事長です。
 経営の中心に据えていることは『自主・民主・連帯の精神』です。全員で行う経営会議は月1回開かれます。さらに弁護士会議・事務局会議が開かれます。経営情報を開示・共有し、経営課題の解決策について話しあいます。また春の研修と称して、1泊2日で理念を確認するとともに経営指針を作成・共有する合宿が開催されます。全員が自由に発言できる風とおしのよい職場環境づくりに努めています。

採用・共育で心掛けていること
 スタッフ採用の際には、試験時間内にはこなせない量の問題をあえて出しています。困難な状況に立ち向かい,できうるかぎりの結果を残すという現場対応力を見ます。そして特筆すべきは、面接をスタッフ全員で行うことです。一緒に働く仲間としてそれぞれの視点から見ています。志望者自身も、雇用側の本気度と企業風土を実感できると言います。
「法律的な知識があればそれに越したことはありませんが、それはOJTで修得できます。それより大事なのは、法律事務所を訪ねてくる人は、困っている人、心に痛みを抱えている人なんです。そういう人たちに対して思いやりのある対応ができるかが大事になってきます。電話対応一つにもあらわれます。そして洞察力や優先順位などの判断力、総合的な人間力が求められます」。
 そうして入社したスタッフは、やりがいを持って職務にあたり,経営にも参加しています。浦田さんは言います,「ブラック企業の一番の徴表は短い在職期間です。当事務所の平均在職は1年目の2人を含めても16年以上です。やりがいを感じていただいていると自負しております」。さらにこう付け加えてくれました。「採用時に私はこう言います。結婚しても、出産・育児しても、離婚そして再婚しても続けて働ける職場です(笑)」と。

『顧客さまのためになるかどうか』
 相談に対して、浦田さんは『お客さまのためになるかどうか』という視点を大切にしています。その解決のためには,裁判所にもちこまないことも選択肢として重視しています。弁護士の仕事は裁判をすることではないということです。果たして裁判官がこれを取り上げるか、そしてそれが納得のいく結果を導き出せるか。それにより顧客さまが幸せになるかどうか。知識のみならず長年の経験で判断するのです。浦田さんは力説します。「基準となるのは顧客さまの幸せです」。憲法13条の保障する幸福追求権の実現,すなわち、「幸せづくりのお手伝い業」という理念の実践です。
 取材の最後に浦田さんの考える自立型企業についてお聞きしました。
 「裁判所や業界の常識にとらわれないで、顧客さまや地域の立場に立って物事を考える企業。組織するメンバーが自社の理念に沿って自分で考え行動できる企業ではないでしょうか」。さらに、「最近すべての場が『人生道場』と考えるようになりました。あらゆる場面で人間的成長が求められると思います。仕事、経営だけでなく趣味やそのほかの付き合いでも生きざまが問われます。それがよい評判や信用につながると思います」。
取材協力ありがとうございます。

【経営理念】
・日本で一番顧客さまに近い法律事務所。
・地域に根ざしつつ、全国的・国民的な課題も解決する。
・顧客さまの幸せづくりのお手伝い業。

2018年4月3日火曜日

エイプリールフール


 
 みなさんはことしのエイプリールフールどうしましたか?

 わたくしは山が好きなので,信州・長野県弁護士会に移籍しますとSNS上でお知らせしました。

 そうしたら,予想外にこれを信じる人が続出してしまい,ひと騒動でした。
 知人・友人はともかく,顧客さまのなかにまで誤信する人が出てしまい,たいへんご心配をおかけすることになってしまいました。すみません。

 エイプリールフールで言ってよい嘘は「罪のない嘘」だそうです。ことしの嘘は罪のない嘘のつもりでしたが,顧客さまにご不安・心配をあたえてしまったことはちょっと失敗でした。

 来年はみなさまにご不安・心配をあたえない,良質の嘘を考えたいと思います。また騙されてください,よろしくお願いします。

2018年3月29日木曜日

暮らしのサポートセンター運営審議会


 きのうはカミーリアで,「暮らしのサポートセンター」第3回運営審議会でした。わたくしはその委員長をおおせつかっています。

 「暮らしのサポートセンター」は,筑紫野市社会福祉協議会が設置しているものです。そこで,審議しているのは,①日常生活自律支援事業,②暮らしのサポートセンター事業,③法人後見事業の運営状況です。

 日常生活自律支援事業は,福岡県社会福祉協議会の事業です。
 社会福祉法に基づき,福祉サービスの利用や日常的な金銭管理などに不安がある方々が住みなれた地域で安心して暮らせるようお手伝いするものです。利用対象者は生活保護を受給中の方々です。筑紫野市社協は,この事業の委託を受けて運営にあたっています。

 暮らしのサポートセンター事業は,上記と同じ事業を筑紫野市社協が独自に行っているものです。利用対象者は生活保護を受給していない方々です。その方々は県社協の事業の対象外となってしまうため,市社協が独自に事業を行っています。

 法人後見事業は,市長申し立ての後見人選任事件において,社協が後見人になる事業です。

 弁護士も,任意後見契約などにより財産管理を受託することがありますし,当職も後見人や保佐人として財産管理を行っています。それに比べると大変お得な制度になっています。

 身内のかたやお近くの方で財産管理に不安がある方は一度社協に相談されてみてはいかがでしょう?

2018年3月28日水曜日

当番弁護士出動


(谷川岳天神尾根から尾瀬方面をのぞむ。
中央が燧ヶ岳。その手前右が至仏山。
その間が尾瀬。
左手,ピークがわかりにくいけれども会津駒ヶ岳。

 昨夕は,当番弁護士として出動し,博多警察署で接見してきました。
 当番弁護士は,身柄を拘束された容疑者(被疑者)の刑事手続上の権利を擁護し,弁護士の援助を受けるために,1度だけ無料で弁護士の派遣を依頼・相談できる制度です。

 きのうは昼間ロータリークラブの例会から福岡地方裁判所で和解協議をして,事務所に戻ったところ,当番弁護士の派遣要請が来ました。

 県条例違反の容疑でした。
 刑法違反とか覚せい剤取締法違反とか,いっぱんに刑事事件といえば法律違反が多いのですが,軽微な犯罪について条例による取締対象となっていることがあります。
 (守秘義務により,以下省略。)

 夕方は5時と6時から打合せが入っていたので,明日早朝に面会に行こうと思いましたが,6時からの打合せが早く終わったので,昨日のうちに行きました。

 昼間は一般面会(弁護士以外の家族等との面会)も行われるので,弁護士は早朝,夕方以降に接見することが多いです。

 手続の見通し(勾留が10日か20日か),処分の見通し(罰金か公判請求か,罰金だといくらくらいか)や,家族面会・差入れの希望の有無などを聴いたり,アドバイスしたりしました。

 夕方,西鉄電車で帰る際には,お腹がぺこぺこでした。

2018年3月27日火曜日

和解成立



(谷川岳山頂・トマの耳)

 2月15日にアップした「ナイスな打ち返し」事案の和解が成立しました。

 同日の投稿では「次回までに裁判所から和解案が示される予定である。」としていました。

 3月5日,裁判所から和解案が示されました。相手方の請求額の3割程度を当方が支払う旨の案でした。

 理由が付されていて,概ね当方の請求が認められるも,当方にも問題がないわけではないというものです。

 われわれが事案を判断する際には,勝ち筋,負け筋,5分5分と分類します。神ならぬ人間が判断することですから,判決の予測にしかなりません。その場合,7~8割くらい勝ちそうな事案は勝ち筋,2~3割くらいしか勝ちそうにないときは負け筋,勝ち目が5割前後のときは5分5分です。

 本件については,勝ち筋であると予測していました。必ずしも同じ議論ではありませんが,請求額に勝ち目を積算した和解案が示されることは多いです。

 本件では予想どおり3割程度の和解案が示されたわけです。

 3月22日に和解期日が開かれました。和解案について,当方は了解をいただきました。相手方はなかなか納得できず,裁判官に自分たちの言い分を訴えていました。しかしながら,本人尋問も終了しており,裁判所の和解案は判決案とほぼ同じものです。
 それでようやく相手方も納得し,和解が成立しました。

 判決による解決は一刀両断であるのに対し,和解による解決は双方の実情が考慮される利点があります。本件解決も,なかなか妥当なものであると思います。

2018年3月23日金曜日

弁護士会議と研修


(谷川岳,天神尾根から)

 本日は,当事務所の弁護士会議です。
 
 定例の経営会議は,全体会議,弁護士会議,事務局会議にわかれていて,それぞれ月1回開催されます。

 それ以外に,年度初めに「春の研修」があり,理念の共有や年間方針の決定をおこない,あわせて研修をおこないます。また,夏と冬に半期の会議をおこないます。

 わが事務所は弁護士8人,事務局10人,計18人の事務所です。個々の事件は,個々の弁護士と事務局で対応しています。しかし,全体の経営方針などは全員で実情を共有し,全体で議論して決めていきます。

 ただし,全体会議となると,とくに事務局が意見を言いにくいところがあります。なので,弁護士と事務局にわかれて,それぞれの意見をまとめて全体会議で議論するようになっています。

 こうして本日は弁護士会議なわけです。弁護士会議では先月の経営状況(相談件数,収支など)を数字に基づいて共有し,当面の問題について協議します。

 研修もおこない,本日はわたくしが担当になっています。新人弁護士のMくんも入所したことだし,全般的な心構えを話そうと思っています。ベクトルを1度上向きにするだけで,10年,20年,30年弁護士として活動するうちに差が大きくでると思います。そのような話をしようと思います。

雪の谷川岳に登りました。


(谷川岳・トマの耳)

 雪の谷川岳に登りました。
 東京から近く,映画,小説の『クライマーズ・ハイ』等にでてくる有名な山です。

 ロープウェイで天神平まで,そこからは天神尾根づたいに山頂まで。
 快晴の真っ青な空のもと,雪の白さが際立っていました。

 雪山の危険性がいわれています。
 たしかに危険で,装備や技術など夏山とちがう世界ではあります。
 ですが,時期,山域,ルート,天候,雪の状態により,雪山の難しさは千差万別です。
 
 雪山の絶景,美しさを思えば,まったく行かないというのはあまりにももったいない。
 スノーハイクというジャンルがあり,雪上を散歩するかんじです。
 ここらへんからいかがでしょう?

2018年3月15日木曜日

離婚調停が不調に終わりました。



 きのうは離婚調停が不調に終わりました。
 入籍して2か月くらいの破局です。
 当方は夫側です。

 離婚については双方に争いはなく,争点は慰謝料の支払義務があるかどうかだけです。
 世によくある誤解ですが,離婚にともない当然に慰謝料が発生するわけではありません。

 慰謝料は,損害賠償の一部で,精神的な苦痛に関するものです。
 損害賠償請求権は,不法行為あるいは債務不履行といった違法行為の効果として発生するものです。
 不法行為がなければ,慰謝料も発生しません。
 たとえ離婚に至ったとしても,その原因が性格の不一致であれば,慰謝料は発生しないわけです。

 週刊誌などで慰謝料いくらと書かれていても,よく読むと厳密な意味での慰謝料ではなく,手切れ金,解決金,和解金の趣旨であることも少なくありません。
 これらは,一方当事者が不法行為をしたから支払うという性質のものではなく,紛争を早期・穏便に解決したいので,そのために支払うというものです。

 本件ではこれといった不法行為が存在しないけれども,相手方が慰謝料にこだわれたために不成立に終わったものです。
 調停が不調に終わったために,離婚訴訟をおこなうことになります。

2018年3月14日水曜日

遺産分割調停が成立しました。


 ある遺産分割事件の調停が成立しました。
 相続人は,伯父と甥2人の3人です。

 ある相続人の手許で行方不明となった預貯金がありましたが,半分くらい返金することで合意ができました。
 被相続人の生前,死後を問わず,行方不明の預貯金の処理はむずかしい。争いになれば,地方裁判所でその存否を争わなければなりません。
 本件では,地裁での結論予測やそこに至るまでの手間・ヒマ・費用などの衡量をもとに,上記解決ができました。

 特別受益・寄与分の主張はなかったので,遺産を3等分することに争いはありませんでした。

 問題は,遺産のなかに不動産が存在し,そこにある相続人の子どもが住んでいることでした。
 関係者のなかに,不動産が欲しくて,かつ,現金が用意できる人がいれば,その人が不動産を取得し,その余の相続人に代償金を支払うという解決ができます。たとえば,3,000万円の不動産をAが取得し,その代償として,AがB,Cに対し1000万円ずつ支払うという方法です。
 本件ではこれによることができなかったので,不動産を売却し,経費を控除した残金を3分の1ずつ分配することになりました。現在,不動産業者に依頼して売却中です。

 というわけで,調停が成立したものの,紛争全体が決着をみるためには不動産の売却をまたなければなりません。が,とまれ一応の中間点は到達です。

2018年3月13日火曜日

似ているけれどちょっとちがう(日本語ってむずかしい)


 筑紫地区の士業交流会でのこと。新人弁護士のMくんがあいさつをした。
 「・・世間知らずですが,よろしくお願いします。」

 う~ん。ふつうは
 「・・まだまだ未熟ですので,ご指導・ご鞭撻をお願いします。」

 似ているけれどちょっとちがう。
 後者だと,新人の強みである,これからの発展可能性やのびしろを強調したことになる。

 また,事務所会議でのこと。交代で1分間スピーチをやっている。その際,彼女とのおつきあいの状況を報告したのはよいが

 「・・先輩からも,女性とのおつきあいはいろんな経験ができると助言してもらいました。」

 しかし,実際のアドバイスは
 「・・女性と交際すると,世界が広がるよ」

 これも似ているけれどちょっとちがう。
 どこがどうちがうかはこの場では説明しづらい。みなさんで考えてください。
 でも先輩のアドバイスとしては後者のほうがすぐれていると思うが,どうだろう。

 日本語ってむずかしい。
 弁護士はその難しい日本語を相手にする職業のひとつだ。
 言葉に対する敏感な感性が要求される。
 文脈に対する配慮,対話相手の気持ちへの配慮がなくてはならないなぁと,あらためて自戒。

2018年3月12日月曜日

平家の太宰府落


 土曜日は玄海ロイヤルホテルで薬害C型肝炎の九州原告団総会と懇親会でした。

 日曜日は,同ホテルを出発して,宗像四塚(湯川山471m,孔大寺山499m,金山317m,城山369m)を縦走しました。
 300~400mの山なので,すこしなめてかかったら,たいへんな縦走でした。
 よく考えたら,標高を全部足すと1656m,上高地から槍ヶ岳なみの標高差があります。しかも,アップ・ダウンするので,上高地から槍に登って降りてくるのと同じ。たいへんなはずです。きょうは足がぱんぱんです。

 湯川山と孔大寺山をわかつ峠を垂水峠といいます。垂水峠は由緒あるところです。屋島の戦いに敗れた平家は,太宰府(親平家)に身を寄せていました。ところが源氏の意を受けた緒方三郎が攻めてくると聞いて,北九州方面へ落ちていきました。その際,通ったのがこの峠だとされています。

 「平家は,緒方三郎維義が三万余騎の勢にて既に寄すと聞こえしかば,取る物も取りあへず,太宰府をこそ落ち給へ。さしも頼もしかりつる天満天神の注連の辺を,心細くも立ち離れ,
 ・・・
 住吉,箱崎,宗像伏し拝み,ただ主上,旧都の還幸とのみぞ祈られける。
 垂水山,鶉浜などという,険しくそびえる難所を乗り越え,広く果てしない砂原へ赴きなさる。」(平家物語巻八)。

 峠から孔大寺山にむかって登っていると,「五位の石」があります。なんでしょう?
 やはり平家物語のなかに,醍醐天皇の宣旨にしたがい取らえられたサギが正五位を授けられたという五位鷺の由来が紹介されています(巻第五)。その類でしょうか?

 調べたら,安徳天皇を擁する平家の一行が難儀してこの岩陰で雨宿りすると,たちまち晴れたことから五位の位が授けられたらしい。なるほど。

 そう思って平家物語をもういちど読むと,峠をとおったのではなく,山越えをしたのかもしれないなぁと思いました。孔大寺山はむかし垂水山と呼ばれていたのかも。

 というわけで,バテバテながら楽しい山歩きでした。

 湯川山苦吟したるや初音かな

2018年3月5日月曜日

曲水の宴・参宴


 きのうは太宰府天満宮で「曲水の宴」でした。
 太宰府ロータリークラブの会長としてご招待を受けました。

 前日の午前中くらいまで雨予報,それが午後くらいから急遽,晴予報に。さすが天神さま,天気を左右することはお得意なのでしょう。

 汗ばむくらいの陽気のなか,まずは衣冠束帯の着付けから。
 十二単がたいへんだとはよく聞きますが,衣冠束帯の着付けもなかなかに。いちど着たら手洗いに行けないとのことで,参宴もさることながらそちらのほうが気になりました。

 着替え終えたころ,松本幸四郎さんが参宴されることが判明。
 いつもというわけではなさそうで,ラッキーでした。

 社務所を出発,裏道から参道にでて,太鼓橋から本殿参拝。それから文書館,曲水の庭へ。
 あちこちで高麗屋!のかけ声と女性たちの熱い視線が。

 曲水の宴の由来や作法などは他の機会に。
 自作の和歌を詠み上げていただくときはドキドキでした。

 非常に貴重な体験,よい思い出になりました。
 いろいろとご援助いただいた皆さま,ありがとうございました。

 せっかくだから,和歌のご紹介

 被災地の復興を祈念して

   遥けくも飛びきたるとふ梅の花
       匂ひおこせよ被災の地まで


 (春3月11日がまためぐってくるけれども,
被災地の復興はいまだ道遠いようだ。
  遥か遠く都から太宰府へ,そして千年の時を超えてきているという飛び梅の花よ,その超自然的なパワーでもって,東北,熊本・大分,福岡,台湾などの被災地まで,花を咲かせ,匂ひおこせよ,
そうして匂ひやかな故郷がふたたび興りますように。)

            平成30年3月4日・曲水の宴にて
太宰府ロータリークラブ会長  浦田 秀徳

2018年3月2日金曜日

財産分与



     (上福根山。ところどころ雪が残っていた。)

 いまようやく起案が終了しました。
 起案とは,裁判所に提出する文書案等を作成することです。
 離婚事件で,財産分与がおおきな争点になっています。

 財産分与。遺産分割のことを財産分与と呼ぶ人もいるけれど,離婚に際し,潜在的な夫婦の共有財産を清算することです。

 民法768条はこう定めています。
1 離婚をし者の一方は,相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2 前項の規定による財産の分与について,当事者間に協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,当事者は,家庭裁判所に対して協議に代わる請求をすることができる。ただし,離婚の時から2年を経過したときは,この限りでない。
3 前項の場合には,家庭裁判所は,当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して,分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。 

 潜在的な夫婦の共有財産というと分かりにくい。けれども,たとえば,夫が働きに出て,妻が専業主婦の家庭などで,家や預貯金の名義が夫になっていることはよくあります。このような場合,たとえ夫名義ではあっても,いわゆる妻の内助の功により形成・維持されてきた財産なので,離婚に際し清算する必要があります。

 清算の対象は,あくまで夫婦で形成・維持してきた財産です。なので,婚姻前からの定期預金や,婚姻中の相続財産は,特有財産として,財産分与の対象とはなりません(民法762条1項)。

 ただし,夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は,その共有に属するものと推定されます(同2項)。なので,特有財産を主張する者は,この推定を破る立証が求められます。

 起案が終わった夫婦の場合,たくさんの不動産,金融資産をおもちです。そのような財産を形成できた原因としては実家の援助も大きい。なので,特有財産の主張が多くなされることになっています。
 そうなると,銀行取引の履歴を過去にさかのぼってお金の流れを主張・立証していくことにならざるをえない。それを文章で表現するので,なかなかにたいへんなのです。ふう。

2018年3月1日木曜日

はや弥生・3月



         (久連子山の洞穴中の氷筍)

 はや弥生・3月です。
 2月は昨夜の突風とともに過ぎ去っていきました。

 各地から梅の開花の便りがとどき
 ようやく春のおとずれです。

 先日は,一足はやく春のおとずれを楽しむために
 フクジュソウをたずねていきました。

 山のなかは,春と冬が同居しています。
 里にはフクジュソウが咲いていますが
 稜線に上がると雪が残っています。

 また久連子山頂ちかくの洞穴のなかには
 氷筍がいっぱい。
 ムーミンにでてくるニョロニョロのようでした。

 洞穴の天井から水滴がしたたり
 気温が氷点下になれば,筍のように成長します。
 気温が氷点上になれば,水滴が氷筍の先端を穿ちます。
 かくて写真のウツボのような不思議なオブジェが。

2018年2月28日水曜日

生活困窮者援助団体との懇談会


(樹影@上福根山)

 月曜日は,生活困窮者の相談・援助をおこなっている外部団体との懇談会・懇親会でした。

 当事務所の弁護士8人と,相手方団体の役員2名,相談員4名の計14人の会合でした。当事務所の紹介,相手方団体の紹介,同相談・支援事業の紹介ののち,質疑・応答がありました。相手方団体,その事業の理解が深まり,今後の連携の深まりを確信することができました。

 日常業務だけをおこなっていると,裁判所のロジック,業界の慣例等にからめとられて,どうしても外部の利用者・消費者目線が忘れられがちです。こうして外部の方々と意見交換することにより,われわれの独善性やいびつな見方を教えられ,矯正することができます。

 わが事務所は地域に根ざし,より利用者本位のサービスを提供しようと,あらためて決意しました。

2018年2月27日火曜日

フクジュソウをたずねて



 ことしもフクジュソウをたずねました。
 いつものお仲間で,熊本県の南にある五木の仰烏帽子岳,五家莊の上福根山に登りました。
 早春の恒例行事になっています。

 五木は,♪おどまぼんぎりぼんぎり~五木の子守歌の。五家莊は平家の隠れ里といわれ,いずれも山深い,すばらしいところです。宿泊は,五家荘の佐倉荘。鹿や山菜料理が絶品。

 フクジュソウは,いわゆるスプリング・エフェメラルの典型。早春,いまだ落葉樹が葉を落としている短い間に花を咲かせて,命をつなぎます。
 あちこちに咲く黄色い花が可憐で,癒されました。
 ことしは雪が残っていて,盛りはいまからな感じでした。

 みなさんにも,福と寿のおすそわけです。
 来年もまた元気に登れることを祈りつつ。

2018年2月26日月曜日

顧問先交流会


(フクジュソウ@仰烏帽子)

 先週金曜は,ちくし法律事務所の顧問先交流会@ロイヤルチェスターでした。
 
 ひごろお世話になっている顧問先のみなさまにお集まりいただき,わが事務所と顧問先のみなさま,あるいは,顧問先のみなさまどうしの交流をはかりました。

 音楽演奏などの出し物はなし。すべて参加者のトークだけの会でした(一部,向井弁護士が顧客の注文で歌いましたが)。参会者のあたたかい激励もありがたかったですし,事務局のメッセージもとてもよく練られたすばらしいものでした。

 当初緊張気味にはじまった会もお開きのころには和やかな雰囲気になりました。わが事務所とみなさまの絆がますます深まったと感じました。参会者のみなさまからはとても良かったと誉めていただきました。

 わたくしは結びのあいさつ担当だったので,最後まで緊張がとけませんでした。下記のむすびのあいさつを貼り付けておきます。

 (結びのごあいさつ)
 1 みなさま,本日はお忙しい中,まことにありがとうございました。
  事務所を代表して心より御礼申しあげます。
  顧問弁護士とどうつきあったらよいのか?他社はどのようにつきあっているのか?そのようなお悩みをお持ちの方もおられたのではないでしょうか?
  きょうの集いがそのようなお悩み解消の一助になったのであれば幸いです。

2 わが事務所とみなさまとのお付き合いはさまざまです。
 ① まずは,裁判をおこさなければならない,訴えられたからということでご相談,ご依頼に来られていると思います。あるいは,家族や知人・友人や取引先が弁護士を探しているのでご紹介いただくということもあると思います。
  法律の専門家ということで,従業員共育や,顧客向けにおこなれている法律セミナーの講師にも,呼んでいただいたりもします。
  ここまでは,顧問弁護士としてベーシックなおつきあいといえるかと思います。
 ② しかしながら,われわれの仕事は,裁判関係にとどまりません。行政の審議会,研究機関の生命倫理審査会,法律上の要請による公平委員会などの外部委員もつとめています。
  弁護士は,正義・公平,公正な手続や適正な手続などの専門家でもあり,複数の意見の対立を調整することにも通じているからです。
 ③ 弁護士はまた,仕事がら日々,ロジカルシンキングやクリティカルシンキングを鍛えていて,いわゆるコンセプチュアル・スキルに秀でています。そのため,経営上のご相談をしていただいたり,企業の経営会議などにも呼んでいただいたりもしています。
  われわれをとりまく社会経済情勢はめまぐるしく変化しています。みなさまの事業においても,日々あらたな経営課題が浮上していることでしょう。新しい経営課題を解決するには,新しいモノの見方,考えかたで臨まなければなりません。
  一度,われわれにも相談してみてください。
 ④ さらに,ときには,みなさまがたの人生相談にも乗っています。
  弁護士は口が堅いですし,不倫や離婚といった修羅場を毎日のように踏んでいますから,相談あいてとして不足はないはずです。

3 逆に,われわれのほうの経営や人生の問題について相談に乗っていただいている諸先輩もこの場にはおられます。われわれも経営者であり,人間です。日々,悩みはつきません。そんなときは是非,われわれのほうの相談にも乗っていただきたいと思います。

4 顧問とは,顧みて問うと書きます。難しい問題に直面したら,ふりかえって,われわれに相談してみてください。きっとよりよい答えが見つかると思います。
  今後とも,よりよいお付き合いを,心よりお願いして結びのご挨拶とさせていただきます。本日はまことにありがとうございました。
                             以上

2018年2月15日木曜日

ナイスな打ち返し


(燕岳東面)

 きのうは民事裁判の証人尋問だった。
 事案は,遺産預金のなかから故人の生前の治療費を精算したところ,その精算は認めないとして,同金員の返還を求められたもの。つまり,こちら側が被告事件である(よく誤解があるが,民事の被告は訴えられた側という以上の意味はない。刑事事件のような容疑を受けているのとはちがう。)。

 原告2人,被告2人の4人の尋問で計4時間の長丁場だった。
 被告のうち1人はアラ70の女性。
 尋問前から,頭がまっしろになって立ち往生したらどうしようと本人も心配し,当職もあやぶんでいた。

 ところが,フタをあけてみると,案ずるより産むがやすし。当職の主尋問に対してしっかりした供述をされた。

 問題は,つづいておこなわれる相手方弁護士による反対尋問。
 これまたしっかりした受け答え。事前の心配がなんだったのかと思える充実の時間だった。

 原告側の主張の要点は,上記治療費は,故人によってすでに精算されていたのではないかということ。関連して,当方が立て替えた金員の出所も争点となった。

 その出所の一部がタンス預金だという当方の主張・供述に対し,相手方弁護士から追求がおこなわれた。

 相弁:いったいそのタンス預金はどこに保管していたのですか?
 当方:夫にわからないところに保管していました。
 相弁:だから,それは具体的にはどこですか?
 当方:いやです。それは教えられません。
 相弁:いや,答えてください。
 当方:藏です。
 相弁:・・・・。
 当方:冗談です。
 (法廷内,爆笑)

 30年以上弁護士をし,100回以上は証人尋問をしている。けれども,これほどナイスな打ち返しははじめて。
 このような顧客のサポートをすることができて誇りに思った。

 次回までに裁判所から和解案が示される予定である。
 結果はどうあれ,当職の尋問については,顧客さまにはたいそう満足していただいた。
 つかれたけれど,充実の1日であった。

2018年2月13日火曜日

ボードゲーム研究会


         (合戦沢の頭から槍ヶ岳)
  
 事務所の有志で,ボードゲーム研究会をたちあげました。
 略してボー研です。
 研究会といっても,ゲームを楽しむだけの同好会です。

 仕事が終わってから,店屋もので夕食をしてメンバー4~5人でゲームをやります。
 まずは「カルカソンヌ」をやりました。
 ざっくり言って,陣取りゲームです。
 1回目はルールを覚えるのがやっとのことでした。
 2回目は近日開催予定です。

 ボードゲームは隠れたブームらしい。
 たしかに大人でも楽しめるし,ワクワクします。

 産休中の事務局から『放課後さいころ倶楽部』というマンガがあることをききました。さっそく読んでみました。高校生女子が友だちたちとボードゲームをはじめる話です。まさに,という感じ。さっそく購入して,ボー研の教科書にしました。

 子どものころからボードゲームは大好きでした。子育て中は子どもたちと毎晩のようにやりました。なんにでも夢中になりやすい性分です。
 他のゲームにも手をひろげて,ずっと続けられるといいなぁと思います。