2011年6月17日金曜日

 きょうは夢みたいね、天神にいくなんて



 「もういちど読む 山川 倫理」(山川出版社、2011年)
 を読みました。これがめっぽう面白かったです。

 高校時代の倫理の時間といえば
 まったく面白くない授業の筆頭だったのに。

 倫理の先生の思い出といえば
 修学旅行のときに女子部屋にいたのを叱られたことぐらいなのに。

 倫理とはなにか?
 高校時代はこれがまったく分かっていなかった…。

 「日常生活の中で、ふと、今、
 自分は何のためにいきているのだろうか

 自分はこれでよいのだろうか
 これから自分はどうなるのだろうか

 という、さまざまな自己への問いかけが生まれることがある。
 私たちは、このような心にわきあがる問いに対して

 自分なりの答えを見つけ出そうとする。そのような試みの一つ」
 が倫理、すなわち人間の生きる道筋です。

 「生きていることの意味を問うことこそ
 人間と動物との本質的な違いの基準である」 (フランクル)

 「もっとも多く生きた人は、もっとも長く生きた人ではなく
 生きていることをもっとも多く感じた人である」(ルソー)

 これはまさしくドラマ「」のなかで
 幕末の動乱にタイムスリップした南方仁が見いだしている思いそのもの。

 人類の歴史上あらわれた偉人たちが人生をどう捉えたか?
 どう立ち向かったのか?

 わずか283頁の本に、実にコンパクトに凝縮されています。
 これで1575円!とてもお買い得です。

 ただし、これを鵜呑みにしたり
 自説のごとく人に吹聴してはいけません。なぜなら

 「自分自身でないことほど恥ずべきことはなく、自分自身でものを考え
 感じ、話すことほど、誇りと幸福をあたえるものはない」(フロム)から。

 この本の使い方としては、これにより知識を蓄えるのではなく
 日々生きるうえでの「考えるヒント」とするのがいいのでしょうね。

 「僕たち、ずっと遠くまでいったけれど、この鳥
 ずっとここにいたんだなぁ」(「青い鳥」のチルチル)

 チルチル&ミチルの兄妹のように旅をしなくとも
 この本のなかに旅はあります。

 生きる意味や幸せについての考え方を変えるだけで
 自分の手のなかにある幸せに気づくかも知れません。

 先日、福岡地裁へ向かおうと、二日市駅で
 天神行きの西鉄電車をまっていたら 

 「きょうは夢みたいね、天神にいくなんて」

 「おもいがけないお出かけねぇ」

 と年配のご婦人お2人が話されていました。
 これを聴いて、「あっ」と思いました。

 僕自身は天神に行くことについて
 仕事場に向かう通過点にすぎないと考えていたからです。

 たしかに、高校生くらいまでは
 「お町に出かける」ことにワクワクしたものでした。

 そういうワクワク・ドキドキをなくしているなぁと
 反省しました。

 そう思い直して行った天神は、夢のようとまではいきませんが
 すこし輝いてみえました。
 

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