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2023年2月22日水曜日

ウェルビーイング(3)

 

 ひるがえって、わが事務所はどうだろう。かねがね心配しているのは、若い人たちが会議のみならず雑談でも参加が弱いことだ。

われわれが事務所をスタートさせたときの年齢差は最大7歳だった。いまでは30歳以上離れてしまっている。若い人たちの個性もあるだろうが、さぞや発言しづらいことだろう。

コロナ禍の影響も甚大だ。全員で会議、リクレーションや懇親会をすることが困難になった。コミュニケーションや交流密度が極端に減ってしまっている。

さらにややこしいのはパワハラ、セクハラのインフレーションだ。弁護士会の事務員さんたちによる組織のアンケート調査の結果がある。

一方で、弁護士が最近購入した自動車が何かなどと訊いてくるのは苦痛だという意見がある。他方で、一日中仕事の話ばかりで雑談が一切ないのは苦痛だという意見である。むむむ。事務員さんが購入した自動車の話題に触れずに、仕事以外の雑談をしなければならない。

これまでにも、いくつかの方法は試されてきた。本ブログでも紹介したホメオウタシスもそのひとつだ。月一度、投票箱に投票して、他の人の仕事ぶりを誉めようという試みである。しかし、3度ほどやってあとが続かなかった。

などと思っていたら、NHK「〝幸せ革命”が企業を変える」で、それを打開する方法が紹介されていた。幸せな三角形を増やす、「幸せアプリ」という方法だ。

3人ひと組となってチームを作る。チーム内で誰かが、幸せに関係するお題を提供する。最近幸せを感じたことはなんですか?幸せになるためには何が大切だと思いますか?などなど。

お題に対し、全員が回答を行う。それぞれの回答に対し、他のメンバーが前向きなコメントを寄せる。後ろ向きなコメントは厳禁である。これを続ける。

NHKで紹介されていたのは、文字どおり、アプリを導入する方法。毎日のお題はそのアプリが提供する。わが事務所ではアプリを利用しない。お題の提供は各チームで考える。

事務所全体16人でコミュニケーションをしようと言われても難しい。他の人たちのリアクションが読み切れないからではなかろうか。でも、3人ならなんどかなる。

はじまって2週間。これがなければ出てこなかったかもしれないメンバーの趣味のことや隠れた思いとかも知ることができた。あとどのくらい続けられるか分からないけれども、楽しもう。

2023年2月21日火曜日

ウェルビーイング(2)

 

 NHKウェルビーイングのシリーズ2回目は「〝幸せ革命”が企業を変える」。富士通、日立製作所、京セラといった名だたる日本企業がウェルビーイングの向上に取り組んでいる姿がリポートされた。

各社がいまウェルビーイングの向上に取り組んでいるのは、グーグルの調査でウェルビーイングの高い組織のほうが生産性・業績が高いという結果が出たから。

これに触発されて仕事の常識が変わってきた。歯を食いしばってフラフラになりながら「24時間働けますか?」よりずっといい。〝幸せ革命”と呼ばれるゆえんである。

ウェルビーイングを向上させる方法は、企業ごとにさまざま。勤務時間中にみんなでヨガをする、若手主導による運動会の復活(上からの組織的な運動会は廃れていた。)、働きやすい快適なオフィス、ライフスタイルにあわせて働ける制度、失敗を許容するボスの功績など。

鍵を握るのは、自由に意見が言える「心理的安全性」の確保。まずは、意見をいいやすい職場であること。空気を読むな、発言しないのが悪。

つぎに、失敗を許容する職場であること。寛容性。失敗は挑戦した結果、失敗はみんなの財産、共有しよう。失敗を次なる学びに変えていく。

たしかにそのとおり。わが事務所もそのように考えている。しかし、なかなかそうならない。表面的にはそういっているけれども、実際はそうでないよという受けとめなのだろう。

どうすればよいのか。

2022年6月16日木曜日

人生における引越-幸せを求めて


(花言葉:移り気)

 九州国立博物館でおこなわれていた「北斎展」が終了した。北斎は天才肌だと思っていたけれども、90歳まで生き、最後まで努力の人であったことに感銘を受けた。有名な「神奈川沖裏波」の画もパッと描けたわけではなく、それに至る数々の挑戦があったことが分かった。

北斎は他方ですごい引越魔だったらしい。人生で93回、ひどいときは1日に3回も引越をおこなったという。海外でいえば、ベートーベンも引越魔だったらしい。かれらは天才というギフトと引き換えに、環境にうまく馴染めない、あるいは、世俗的な忍耐力に乏しいという性格でもあったのかもしれない。平々凡々な人生のほうがよいような気がするのは、わが凡人の凡人たるゆえんか。

日本弁護士連合会の月間誌『自由と正義』に、中原阿里弁護士が「幸せって何だろう?」という文書を書いている。同弁護士の経歴がすごい(女性の年齢を書いてよいものか迷うが、ネット情報によると50歳)。

大学卒業後、社長秘書から給食調理員まで様々な職を経験。中でも5年間、大学の医療事務職を勤めた。そこで社会的支援の重要さを思い知り、法知識ゼロからロースクールをめざし弁護士に(このとき40歳)。

弁護士になって、改めて「幸せとは何か」を問い直し、ウェルビーイングという言葉に出会う。それは肉体的、精神的、社会的に充たされた状態をいう。

心の幸せを理解したいと思い、臨床心理学、発達心理学、行動経済学、ポジティブ心理学など多様な学びに猛進し、そこからさらにコーチングを学んだ。

コーチングの手法は、傾聴、承認、そして質問。離婚紛争で夫の悪いところに焦点化されていた依頼人の関心を「質問」によって未来へ向け、本当の解決へ向けた回答を引き出すことができたという。

コーチングの魔法は弁護士のウェルビーイングにも効く。「弁護士は感情労働でもあり、依頼者対応や重圧のストレスは侮れず、私自身、心が疲弊しきった時期があります。コーチングを学んでからは聴く疲れが激減し、当事者の負の感情に巻き込まれにくくなりました。私自身を悩ませていた過度な不安癖も手放せるようになりました。一言でいうなら、生きやすくなったのです。」

自身も認めているように、このような転職や関心のありどころの頻繁な変化(いわば人生目標の度重なる引越)には、過度な不安癖も一役かっているだろう。しかしたかだか30年弱の人生でこれほど多様な挑戦をつづけてきたというのもすごい。尊敬します。

2021年9月29日水曜日

妄想旅行

 

 ヘミングウェイにいくまえに昨日のつづき。向田さんは「旅も恋も、そのときも楽しいが、反芻はもっと楽しいのである。」という。

さらに言えば、旅は計画しているときも楽しい。それは科学的にも実証されている。

さいきん、アメリカでは、幸せになるためにどうすればよいのか?を科学的・実証的に明らかにしている。その方法は医薬品の有効性を明らかにするのと同じ。大規模比較試験である。

1000人のボランティアを集める。みなにその時点における幸福度を採点してもらう。そして平均値を求める。仮に63点だったとしよう。

人間だから、幸福度が高い人もいれば低い人もいる、たまたま宝くじに当たったばかりの人もいれば外れたばかりの人もいる。でも1000人の平均値をとれば、そのような個性や偶発性は解消されてしまう。それが大人数を集める目的だ。

その1000人を無作為に500人ずつAグループとBグループに分ける。Aグループはいままでどおり生活してもらう。Bグループには、幸福度が上がりそうな何かをしてもらう。たとえば「寝る前に般若心経を1回唱える」。それを1か月間繰り返してもらう。

1か月後、再度みなさんに自分の幸福度を採点してもらう。仮にAグループの平均が64点、Bグループの平均が70点だったとしよう。ここから「寝る前に般若心経を1回唱える」とそうでない場合と比較して幸せになれるという結果が導かれる(統計学的に6点差が有意であれば)。

こうして幸せになる方法がいろいろと実証されている。たとえば、①楽しいことを思い浮かべて常に笑顔でいるとか、②毎日軽く運動をするとか、③たっぷりと睡眠をとるとか、④家族や友だちと時間を共有するとか。

考えてみれば、ほとんど昔から言われてきたことだ。そりゃそうだ。幸せかどうかは実験しなくったって、自分で感じることができる。それを科学的に証明してみないと気がすまないのは、アメリカ人らしいプラグマチックな精神のなせる技なのだろう。

そういう方法のなかに、①日光を浴びてウォーキングするとか、②モノより経験を買うとか、③旅行の計画をたてるとか(計画は架空でもかまわない)いうのもある。

たしかに旅行を計画するのは楽しい。ガイドブックを読み込む、DVDを観る、インターネットでリサーチする、地図や時刻表で場所や時間を確かめる、宿や交通機関を予約する、限られた時間にできるだけ楽しいことを詰め込む、相互に調整する。どれをとってもワクワクする。

かくて向田さんの名言にさらに付言したい。「旅も恋も、そのときも楽しいが、反芻はもっと楽しい」「さらにいえば、計画もまた楽しい」「旅も恋も、そのとき、反芻、そして計画の3たび楽しい」。

2021年2月2日火曜日

ウィズコロナの時代の節分

 






昨秋、感染増加第2波と第3波の間に岡山に旅することができました。
ウィズコロナの時代、コロナとうまくつきあう必要もでてきました。
うかうかしているとどこへも行かないまま一年が終わってしまいます。

きょうは節分。
明日からまちにまった春ですね。
なのに、緊急事態宣言は延長されそうです。
2月に予定していた東北雪山遠征は中止するしかありませんね。

いざ、3月の計画を楽しくたてましょう。
幸せになるためには、旅行に行かなくても、計画を立てるだけでもよいそうです。
しばらく幸せな時間がもてるでしょう。

2018年2月1日木曜日

 意味・意義ある人生を生きるために(中小企業家同友会役員研修大学)


         (燕岳・合戦尾根から雪麗)

 きのうは中小企業家同友会の役員研修大学第5講でした。
 わたくし浦田がその報告者をつとめました。
 昨年4月まで,同友会筑紫支部の支部長をつとめたので,その経験と学びの報告でした。

 同友会はたくさんの活動をしています。私はその活動のひとつひとつについて意義や意味を確かめることの重要性を話しました。いつもやっていることだからとか,誰かから命じられたからとかいう浅い理由でやるのでは意味がないし効果もうすいものです。

 意味・意義を見出すことの重要性について,4人の石工の比喩があります。石工になぜ作業をしているのか尋ねると,1人目は,お金を稼ぐためと答えました。2人目は,腕のいい職人になるためと答えました。3人目は,大聖堂を建てるためと答えました。4人目は,みんなの心のよりどころをつくるためと答えました。さて,どの石工の作業が意味がある仕事,意義がある仕事でしょうか?やることは同じなのに,本人の捉え方の深浅しだいで,こうも意味・意義が変わってしまいます。

 われわれの仕事も同じでしょう。同友会活動も同じはずです。もっと言えば,人生そのものも,意味にみちた意義おおき人生のほうが幸せに違いありません。

 どれだけの方にどれだけ理解していただいたかは分かりません。が,少なくとも,私にとって学びおおい,意義ある時間であったことは間違いありません。

2013年6月21日金曜日

3人とも不幸になった話






ふつうの人間の幸せは
相対的なもの。

他人の幸せとの比べつつ
自分の幸せをはかってしまいがち。

「他人の不幸は蜜の味」
「隣の芝生は青い」などなど。

他人が不幸になると,自分は
多少なりとも幸せになるんですね~。

でも,これはなんと
関係者全員が不幸になった珍しい話。



昼休み,弁護士4人で
食事に向かっていました。

ある発見をしたらしく,I弁護士が
「浦田先生,足が長いですね。」と,言いました。

自分では普通だと思っていたので
ちょっとビックリ。

「足の長さがウリではないですから。」
と,とりあえず受けました。

さらにI弁護士が言うことには
「うちのダンナと比べて,長い。」

個人情報保護の観点から
うちのダンナを仮にAくんとしましょう。

Aくんはテニスやサッカー
などが好きなスポーツマン。

スポーツマンであるからには
足も長いにきまっています。

そこまで言われれば,否やはなく
すこし幸せな気分になったのでした。


数日後,また弁護士4人で
昼食に向かっていました。

I弁護士いわく。
「うちのダンナに訊いてみました。

うちのダンナは足が短い
って,自分で言っていました。

先生の足が長いんじゃなく
うちのダンナの足が短かかったんですね~。」

「うぐっ。」
(やはりそんなことか。)


かくてI弁護士のいたらぬ発見によって,夫婦が
不幸せな気分になったことは推測にかたくありません。

でも,一度浮き上がったボクの気分も
やはり不幸せになったのでした。(とほほ。)


※かくて主筆の座は森君に委譲しましたが
ときどきおジャマさせていただく予定です。

2011年6月17日金曜日

 きょうは夢みたいね、天神にいくなんて



 「もういちど読む 山川 倫理」(山川出版社、2011年)
 を読みました。これがめっぽう面白かったです。

 高校時代の倫理の時間といえば
 まったく面白くない授業の筆頭だったのに。

 倫理の先生の思い出といえば
 修学旅行のときに女子部屋にいたのを叱られたことぐらいなのに。

 倫理とはなにか?
 高校時代はこれがまったく分かっていなかった…。

 「日常生活の中で、ふと、今、
 自分は何のためにいきているのだろうか

 自分はこれでよいのだろうか
 これから自分はどうなるのだろうか

 という、さまざまな自己への問いかけが生まれることがある。
 私たちは、このような心にわきあがる問いに対して

 自分なりの答えを見つけ出そうとする。そのような試みの一つ」
 が倫理、すなわち人間の生きる道筋です。

 「生きていることの意味を問うことこそ
 人間と動物との本質的な違いの基準である」 (フランクル)

 「もっとも多く生きた人は、もっとも長く生きた人ではなく
 生きていることをもっとも多く感じた人である」(ルソー)

 これはまさしくドラマ「」のなかで
 幕末の動乱にタイムスリップした南方仁が見いだしている思いそのもの。

 人類の歴史上あらわれた偉人たちが人生をどう捉えたか?
 どう立ち向かったのか?

 わずか283頁の本に、実にコンパクトに凝縮されています。
 これで1575円!とてもお買い得です。

 ただし、これを鵜呑みにしたり
 自説のごとく人に吹聴してはいけません。なぜなら

 「自分自身でないことほど恥ずべきことはなく、自分自身でものを考え
 感じ、話すことほど、誇りと幸福をあたえるものはない」(フロム)から。

 この本の使い方としては、これにより知識を蓄えるのではなく
 日々生きるうえでの「考えるヒント」とするのがいいのでしょうね。

 「僕たち、ずっと遠くまでいったけれど、この鳥
 ずっとここにいたんだなぁ」(「青い鳥」のチルチル)

 チルチル&ミチルの兄妹のように旅をしなくとも
 この本のなかに旅はあります。

 生きる意味や幸せについての考え方を変えるだけで
 自分の手のなかにある幸せに気づくかも知れません。

 先日、福岡地裁へ向かおうと、二日市駅で
 天神行きの西鉄電車をまっていたら 

 「きょうは夢みたいね、天神にいくなんて」

 「おもいがけないお出かけねぇ」

 と年配のご婦人お2人が話されていました。
 これを聴いて、「あっ」と思いました。

 僕自身は天神に行くことについて
 仕事場に向かう通過点にすぎないと考えていたからです。

 たしかに、高校生くらいまでは
 「お町に出かける」ことにワクワクしたものでした。

 そういうワクワク・ドキドキをなくしているなぁと
 反省しました。

 そう思い直して行った天神は、夢のようとまではいきませんが
 すこし輝いてみえました。