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2021年9月7日火曜日

ウィズ・コロナ


 きのう、午前10時からは遺留分減殺請求権について、家庭裁判所小倉支部との間で電話会議。午後1時からは福岡県中小企業家同友会・総務財政室のズーム会議。同3時30分からは預金の無断引出に関する損害賠償請求権について、福岡地裁との間でチームス会議。結びは、午後5時からズーム利用によるオンライン事務所会議でした。

事務所会議は月1回、全員が揃って当月の相談活動状況等を報告し、事務所全体の課題を話し合います。ビフォー・コロナは3階の会議室に全員が揃って行っていました。しかし、事務所全員がそろうとなると密になるので、さいきんはズームによるオンライン会議になっています。

オンライン会議には困難なものがあります。議題を形式的に議論することはなんとかできますが、情緒的・心理的な一体感を醸成することはできにくように思います。従来、会議後には懇親会を開き、交流をしていました。いまはそれもできません。

そのため、ここしばらくは事務所会議の結びに近況報告の場をもうけています。いつもは仕事のことを話し合っているメンバーが、家族のことや趣味のことについて披露します。意外な趣味に取り組んでいる人もいて新鮮です。なかには、この報告をするために趣味をはじめた人までいます。

きのうはぼくも4人の報告担当の一人でした。夏の報告として、7月に大雪山~トムラウシ山縦走を一人でしたこと、登山グループ怪鳥会で上高地・焼岳・西穂独標・双六に登ったこと、8月の家族の出来事、9月に2回予定している山行計画について話しました。

ぼくは薬害HIV訴訟、ハンセン病訴訟、薬害肝炎訴訟を手がけましたので、感染症、ウィルスについては他の弁護士より詳しいです(ですが文系なので、以下、誤り多数。ご自分で確認くだされ。)。

細かい説明は省略しますが、コロナウィルスはウィルスの特性から変異株を次々と生み出し、コロナ対策がイタチごっこになることは「自然」です。HIVウィルスは1981年に発見されていますが、いまだに特効薬が開発されていません。

当面、宣言期間をすぎればなんとかなる、ワクチンを打ちさえすればなんとかなる・・・というわけではないようです。

ならば、できる範囲でリアルな人間的交流を再開するなど、コロナウィルスと上手につきあっていかねばならない時期にきているでしょう。

2021年2月9日火曜日

安心してください、覚えていますよ

 

福岡地裁の期日でのこと。


昨年、当事務所に弁護修習に来られていた方が、弁護士登録して相手方代理人の先生と一緒に来られていました。


当方は、私とI先生の2人が出頭。


弁護修習ではお世話になりました、と声をかける彼。

が、I先生は覚えておられず。


事務所のフロアも違ったし、弁護修習の期間も短かったし、昨年の緊急事態宣言中で懇親もなかったし・・・


大丈夫、他の人たちは覚えているはず。


事務所に帰って、昨年修習生で来られていた彼が弁護士登録して相手方で来ていたと話すと、事務局Yさんから


「ピーマン嫌いな人ですよね!」と一言。


ほらね、覚えていますよ。


これから福岡県弁護士会を一緒に盛り上げていきましょうね!



富永

2017年12月7日木曜日

薬害C型肝炎九州訴訟・弁護団会議と忘年会(福岡市内で)


            (宝厳院の紅葉)

 薬害C型肝炎九州訴訟の原告団世話人会,弁護団会議と忘年会がありました。

 薬害C型肝炎訴訟は,フィブリノゲン製剤と血液凝固第9因子製剤(クリスマシン)の投与によってC型肝炎に感染させられた原告たちが国と製薬会社に対し損害賠償を請求した訴訟です。仙台,東京,名古屋,大阪,そして福岡地裁の全国5地裁でたたかわれ,私は福岡訴訟弁護団の共同代表でした。

 2002年に提訴し,2008年1月11日,福田総裁の指示で「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第Ⅸ因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」が成立し,15日,厚生労働大臣と原告団・弁護団との間で基本合意書が締結されて一応の解決をみました。

 はやいもので来月には上記解決10周年を迎えます。基本合意は,個別救済,恒久対策,再発防止の3本柱よりなり,これを担保するため毎年,厚生労働大臣交渉をおこないます。
(個別救済)
 上記薬剤を投与したとの証明,C型肝炎に感染したとの証明,その間の因果関係を証明しさえすれば,責任論を議論することなく救済されることになります。
 しかしながら,1985年前後の投与,あるいは,それより以前の投与が多く,多くの産院ではカルテが破棄され,多くの感染者の感染経路が不明なままでした。原告団・弁護団では厚生労働省に投与病院を訪問してもらい,カルテ調査を督励してもらっています。これにより,一人でも多くの被害者が救済されるよう図っています。
(恒久対策)
 恒久対策は,肝炎治療体制及びこれに関する社会保障の充実を求めるものです。上記解決をきっかけにこれらの諸制度の整備が進み,感染被害者にとどまらず,200万人といわれる多くの感染者の治療や保障が前進しました。
(再発防止)
 再発防止は,2度とこのような薬害がおこらないように制度を整備することです。原告団・弁護団はしっかりとした調査権限・体制を有する第三者監視機関の設置を求めていますが,厚生労働省の対応は鈍く,いまだ実現にはいたっていません。

 10周年は節目でもあるので,来月には記念行事が予定されています。それを契機に,未解決の課題が一歩でも前進するよう努力してまいりたいと考えています。

2012年2月15日水曜日

『薬害肝炎裁判史』



 (霧氷。ライオンの親子にみえませんか?)

 きょうは午前10時30分から福岡地裁で
 薬害肝炎の個別救済に関する期日があります。

 私が担当していた原告さんの和解も
 成立する予定です。

 ながくかかりました。
 その理由はこうです。

 被害者はある大学病院で心臓の手術を受け
 その際に、フィブリノゲン製剤の投与を受けました。

 いわゆる糊としての使用で
 臓器の接着剤として使用されたケースです。

 おなじようなケースが
 その時期にもう一例ありました。

 問題は、これらの使用時期が新製品の販売時期と
 かさなっていたことです。

 新製品では加熱処理がなされていたため
 肝炎ウイルスに感染する危険性は少なかったとされます。

 そのため、被告の国と企業から
 新製品が使われたとの反論がなされました。

 当時の執刀医の大学教授も
 国や企業側に立って、新製品だったと証言しました。

 執刀医がそう証言したのですから
 絶体絶命の危機です。

 でもわれわれは、執刀医の証言が他のカルテの記載と
 矛盾することをつぎつぎに明らかにしました。

 その結果、裁判所から和解勧告がなされ
 本日、無事に和解が成立する運びとなったわけです。

 というわけで手前味噌ですが、きょうのお奨めは
 薬害肝炎全国弁護団による『薬害肝炎裁判史』(日本評論社)。

 私もⅢ 運動、第1章 全面解決を求めて
 第1節 集団訴訟における運動の意義(218頁以下)

 第2章 薬害肝炎救済法の制定(298頁以下)
 を書いていますし

 Ⅵ 座談会(366頁以下)にも参加していますので
 興味のある方はご一読くださいませ。

2011年12月22日木曜日

『クライマーズ・ハイ』(8)



 (あれ?どっかで計算まちがえたので、きょう2本目の記事)

 さて、2007年のきょう12月22日
 薬害肝炎弁護団は重大な岐路に立たされていました。

 同年9月7日、仙台地裁で敗訴
 大阪、福岡、東京、名古屋を含む5地裁の判決が出そろいました。

 われわれは司法解決を追求するため、同月11日
 一番先行していた大阪高裁に対し和解の場を設定するよう上申。

 これを受け、大阪高裁は同月14日、双方に和解解決の可能性を打診
 11月7日、和解勧告をしました。

 その間、大阪高裁を舞台に、あるいは、舞台裏で
 和解解決をめざして協議をつづけました。

 しかし、司法協議の道のりは
 どこまでいっても被害者を切り捨てる解決案でした。

 12月1日、われわれはやむをえず
 司法協議に見切りをつけ、全員救済の政治決断を求めることに。

 原告らは病をおして
 寒風吹きすさぶ街頭で全員救済を訴えました。

 それでも政治解決の扉は開かず、年の瀬も押しつまった20日
 原告団は年内の運動を打ち切り、それぞれの地域に帰郷することに。

 これを発表した厚生労働省司法記者クラブ室内には
 原告たちの嗚咽につつまれました。

 もちろん、われわれも
 原告とともに泣きました。

 各地に散った弁護団は2日後の22日
 テレビ電話会議をおこないました。

 その日の最大の論点は
 和解協議を打ち切るかどうか。

 より正確には
 和解協議を打ち切ったと社会に宣言するかどうか。

 協議継続派は、和解協議を打ち切った場合、政治決断がなされないと
 最高裁までのながく険しい道しかなくなるという危険を懸念。

 協議打切派は、和解協議を打ち切ったことを明らかにしないと
 政治決断をせざるをえない立場に政府を追い込めないという考え。

 そのころ、原告団はうちつづく運動に疲弊しきっていました。
 世論も潮目にあり全員救済されなくてもやむをえないという意見も。

 どちらも相当な困難がみこまれ
 難しい判断を迫られたのでした。

 甲論乙駁、怒号がとびかいました。
 (テレビ電話越しでしたが)

 私は協議打切派の急先鋒で
 怒号のおおくを分担してしまいました。

 われわれもクライマーズ・ハイ状態にあったでしょう。でも
 解決にとってどちらの道が適切かという問題意識は共通していました。

 結局、翌23日、福田総裁が全員救済を表明
 薬害肝炎のたたかいは全面解決へ向かったのでした。

2011年12月14日水曜日

『クライマーズ・ハイ』



 これまで当ブログを読んだといってこられたのは
 お客さまか知人、友人のかたがた。

 それが先日らい、Y新聞の記者さんから
 ブログのことでご連絡をもらいました。

 ブログ中のある事件のことで
 取材をしたいとのことでした。

 依頼者に連絡したところ、お断りとのことでしたので
 残念ながら記事にはなりませんでした。

 とはいえ、さすが社会面に強いY新聞
 当ブログまでのぞいていただき、恐縮です。

 (N新聞の人はここでは
 知人・友人に入れさせてもらいます。)

 弁護士をしていると
 マスコミの方々とのおつきあいもいろいろでてきます。

 大は集団訴訟から
 小は交通事故など一般事件まで。

 さいきんでは子どもの友人が記者になったので
 法律用語について確認の問合せをうけたりもしています。

 86年に弁護士になってから96年の政治解決まで
 水俣病第3次訴訟をお手伝いしたことがありました。

 水俣病という未曾有な被害に対するものだけに
 裁判闘争にもながい歴史があります。

 西日本新聞の聞き書きシリーズ(社説のページ)が
 いま、おもしろいです。

 語り手は、私の師匠筋にあたる馬奈木昭雄弁護士
 聞き手は、阪口由美記者。

 タイトルは「たたかい続けるということ」
 このところ、ちょうど水俣病の裁判闘争あたりです。

 馬奈木弁護士がいま語っている、チッソという加害企業だけを
 被告とする訴訟が第1次訴訟です。

 時代は、高度経済成長の光と影があらわとなった70年代
 いわゆる四大公害裁判がたたかわれたころです。

 この訴訟に被害者側が勝利して
 企業との間で補償協定が結ばれます。

 これに基づき
 行政(熊本県)が水俣病患者を認定する制度ができます。

 ところが行政は狭い病像論に基づき
 多数の患者を切り捨てていきます。

 司法認定と行政認定は違う
 と、行政はうそぶいたのです。

 その病像論と切り捨て路線を争ったのが
 水俣病第2次訴訟です。
 
 (ちなみに、薬害肝炎訴訟の解決枠組みとしては
 被害者を司法認定する制度となっています。

 たかく評価されているところですが
 水俣病のたたかいの教訓に学んだものです。)

 第2次訴訟も被害者側が勝利しますが、その後も
 行政認定と司法認定は違うとされ、被害者は放置されたまま。

 これではいつまでたっても被害者全員の救済がはかられないとして
 国と熊本県をも被告として提訴したのが第3次訴訟でした。

 漁業を中心とする地域全体が壊滅的打撃を受け
 被害者らは全国に散っていました。

 そのため、熊本地裁、福岡高裁だけでなく、被害者が移住した先の
 東京地裁、京都地裁、大阪地裁、福岡地裁でも裁判が係属。

 こうした複雑な構図を反映して
 政治解決を前にした新聞の論調もさまざまでした。

 一般の人はだいたい一紙しか読んでいないので
 どの新聞も同じことを書いていると思っています。

 でも実際はスタンスの違いによって
 ニュースソースの違いによって、紙面が違います。

 国との間で太いパイプを持つ
 ある全国紙は一面トップで国の解決案をリークしたりします。

 地元紙は県庁とのパイプが太く
 県庁の意向を反映した記事になっています。

 もちろん患者・被害者の立場にたって
 報道してくれるマスコミもいます。

 毎日のように開かれた弁護団会議では
 まず新聞各紙を前に情勢討議をやりました。

 国がこのような情報をリークした裏には
 ○○の意図があるはずだ!いや、そうじゃない!…と。
 
 (つづく)

2011年6月17日金曜日

 きょうは夢みたいね、天神にいくなんて



 「もういちど読む 山川 倫理」(山川出版社、2011年)
 を読みました。これがめっぽう面白かったです。

 高校時代の倫理の時間といえば
 まったく面白くない授業の筆頭だったのに。

 倫理の先生の思い出といえば
 修学旅行のときに女子部屋にいたのを叱られたことぐらいなのに。

 倫理とはなにか?
 高校時代はこれがまったく分かっていなかった…。

 「日常生活の中で、ふと、今、
 自分は何のためにいきているのだろうか

 自分はこれでよいのだろうか
 これから自分はどうなるのだろうか

 という、さまざまな自己への問いかけが生まれることがある。
 私たちは、このような心にわきあがる問いに対して

 自分なりの答えを見つけ出そうとする。そのような試みの一つ」
 が倫理、すなわち人間の生きる道筋です。

 「生きていることの意味を問うことこそ
 人間と動物との本質的な違いの基準である」 (フランクル)

 「もっとも多く生きた人は、もっとも長く生きた人ではなく
 生きていることをもっとも多く感じた人である」(ルソー)

 これはまさしくドラマ「」のなかで
 幕末の動乱にタイムスリップした南方仁が見いだしている思いそのもの。

 人類の歴史上あらわれた偉人たちが人生をどう捉えたか?
 どう立ち向かったのか?

 わずか283頁の本に、実にコンパクトに凝縮されています。
 これで1575円!とてもお買い得です。

 ただし、これを鵜呑みにしたり
 自説のごとく人に吹聴してはいけません。なぜなら

 「自分自身でないことほど恥ずべきことはなく、自分自身でものを考え
 感じ、話すことほど、誇りと幸福をあたえるものはない」(フロム)から。

 この本の使い方としては、これにより知識を蓄えるのではなく
 日々生きるうえでの「考えるヒント」とするのがいいのでしょうね。

 「僕たち、ずっと遠くまでいったけれど、この鳥
 ずっとここにいたんだなぁ」(「青い鳥」のチルチル)

 チルチル&ミチルの兄妹のように旅をしなくとも
 この本のなかに旅はあります。

 生きる意味や幸せについての考え方を変えるだけで
 自分の手のなかにある幸せに気づくかも知れません。

 先日、福岡地裁へ向かおうと、二日市駅で
 天神行きの西鉄電車をまっていたら 

 「きょうは夢みたいね、天神にいくなんて」

 「おもいがけないお出かけねぇ」

 と年配のご婦人お2人が話されていました。
 これを聴いて、「あっ」と思いました。

 僕自身は天神に行くことについて
 仕事場に向かう通過点にすぎないと考えていたからです。

 たしかに、高校生くらいまでは
 「お町に出かける」ことにワクワクしたものでした。

 そういうワクワク・ドキドキをなくしているなぁと
 反省しました。

 そう思い直して行った天神は、夢のようとまではいきませんが
 すこし輝いてみえました。
 

2011年5月24日火曜日

 裁判傍聴



 筑紫野市社会福祉協議会の催しで
 心配ごと相談員のみなさんの裁判傍聴にご一緒しました。

 あいにくの雨のなか
 午前9時50分に福岡地方裁判所のロビーに集合。

 裁判傍聴をおこなう日に
 どのような裁判がおこなわれるか分かりません。

 すこし早くでかけ、各法廷前に貼りだされている予定表をみて
 どの法廷を傍聴するか決めます。

 前回のときは、一般事件がなかったため連続強姦事件を傍聴
 とくに女性の相談員のかたがたには苦痛だったよう。

 今回は、窃盗事件(判決)、覚せい剤事件(新件)、道路交通法違反事件
 (証人尋問)という法廷があり、ここを傍聴することにしました。

 裁判について、はじまり、途中、終わりとひととおり
 体験することができ、とても分かりやすいとの判断からです。

 殺人や強盗事件などと異なり、件数も多い一般事件ばかり
 地裁の裁判官が一人(単独)で審理する法廷です。

 傍聴席から向かって正面に裁判官と書記官、その手前が証言席
 その左が検察官、右が弁護人でした。

 3件とも身柄事件、被告人らは早良区百道にある福岡拘置所から
 押送されたようで、手錠腰縄で法廷のなかへ連れてこられます。

 窃盗事件の判決は、主文をとばして理由から
 死刑判決ではよくありますが、窃盗事件では初めて見ました。

 前刑執行猶予終了後6ヶ月にしての再犯で
 実刑もやむをえないところ、保護観察付きの執行猶予判決。

 被害額が少なく犯行直後に逮捕されたことから実害がなく
 反省し、家族の支援も見込めることが理由でした。

 刑罰は、犯人を苦しめることが目的か再犯を防ぐことが目的か
 議論のあるところですが、後者を重視した判決でしょう。

 保護観察は、保護観察所・保護司の指導監督のもとに
 更生を支援する制度。

 今度やったら間違いなく実刑で刑務所にいくことになります。
 そのような規制のなかで、立ち直りを期待するわけです。

 相談員の方からは、このような保護観察中の人にどのように
 接したらよいのか質問がありました。

 「社会政策は最良の刑事政策」という格言を紹介しました。
 貧困を解消することが犯罪防止には一番の処方箋という意味です。

 心配ごと相談員は民生・児童相談員でもあるので
 その職責をまっとうされることが防犯にも役だつでしょう。

 覚せい剤事件は、人定質問、起訴状朗読、黙秘権告知、罪状認否
 と冒頭手続からはじまりました。

 「まったく覚えがありません。」と
 100%否認事件でした。

 強制的に採取された尿から覚せい剤反応が検出されており
 問題はその由来。

 知人宅で食した物のなかにそのような成分のものが入っていた
 のかどうか、次回、その知人の証人尋問をやることになりました。

 道路交通法違反事件(これも否認事件)では、昨秋における
 二輪車の無免許運転が被告事実のよう(途中からなので推測)。

 交差点で右折車と事故を起こしたものの
 二輪車側の運転手が現場から逃走し、それが被告人なのかが争点。

 友人と会社の部下の2人が法廷に呼ばれ
 当日の被告人の言動や二輪車の放置場所などが尋問されていました。

 こうして、午前中の2時間でしたが
 とても充実した審理を傍聴することができました。

 その後、質疑をおこなったのですが
 相談員のみなさまからは活発な質問がなされました。

 国民が裁判を傍聴する権利は、国民の人権
 とくに刑事裁判についてはそうです。

 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行う(憲法82条)。
 
 すべて刑事裁判においては、被告人は、公平な裁判所の
 迅速な公開裁判を受ける権利を有する(憲法37条1項)。

 市民革命前の絶対王権のもとでおこなわれていた非公開の
 いわゆる暗黒裁判に対する反省からこれら人権が保障されました。

 かならずしも歴史のなか過去の出来事ではなく、いまでも
 中東や北朝鮮などの独裁国家でおこなわれていると報道されています。

 テレビや新聞をつうじて裁判に接するのみならず
 みなさまも直接、裁判を傍聴してみませんか?
 
 裁判傍聴は原則としてすべての事件についておこなうことができます。
 ひとりで不安がある方は当事務所や弁護士会にお問い合せください。
 

2011年4月26日火曜日

 労災事故&交通事故&医療事故


 労災事故&交通事故&医療事故?という3重困難な事件が解決しました。
 作業中に交通事故に遭い、診断・治療が遅れ、障害が後遺した事案。

 労災保険は所得の一部と慰謝料等を補償するものではないため
 不足分の損害賠償を求めて雇主、車の所有者らを訴えたものです。

 損害保険と生命保険のちがいをご存じでしょうか?
 生命保険は加入している口数だけ保険金がおります。

 これに対し、損害保険は複数口加入していても1口しか出ません。
 それにより損害が補填されるからです。

 医療裁判のハードルのほうが高いこともあり
 労災・交通事故裁判に専念することにしました。
 (2兎を追うものは1兎も得ず、なので)

 福岡地裁で勝訴判決を獲得し、被告らが控訴したものの
 福岡高裁で和解が成立しました。

 一審では、労災事故・交通事故の発生そのものが争点に
 労災事故の性格上、目撃できる者は被告企業に集中し多勢に無勢。

 さらに、もととなった症状の診断がおくれたために
 障害をひきおこした事故の存在そのものも不安定に。

 (むかし短期間に3度交通事故に遭ったために、因果関係の証明が
 難しくなった事件がありました。複数の不幸に遭うとさらなる不幸が
 まっているというのが訴訟制度の難しいところ)

 それでも長期間にわたる治療実績があることや
 労災による障害認定を受けていたことから、一審勝訴。

 高等裁判所では、労災事故・交通事故の存在を前提に  
 主に、事故と障害との間の因果関係が争われました。

 障害の発生原因が他にあるという、いわゆる他原因主張です。
 他原因が医学的な論点であったことから、医学論争となりました。

 損保会社側からは、医師の鑑定書が複数提出されました。
 当方も、診療にあたった医師の鑑定書を2通提出しました。

 この段階で、高裁から和解勧告がなされました。
 和解案は、事故と因果関係を認めた上で、素因減額をするというもの。

 素因とは、損害の発生及び拡大に影響を及ぼす被害者側の事情
 その理由により、賠償額を減額するのが素因減額の考え方です。

 一審・福岡地裁が認めた賠償額が削られることに不服がありましたが
 高等裁判所の和解案であることを考慮して受諾、和解が成立しました。
 
 裁判は証拠によって事実を立証しなければならず
 複数の要因が重なると、すべての事実が存在しないことにも。

 そんな錯綜した事件でした。
 

2011年2月25日金曜日

 統一教会・霊感商法事件



 久しぶりに統一教会がらみの事件がきました。
 20年ぶりでしょうか。

 当時、霊感商法などとして社会問題化していました。

 被害者を「霊場」に連れて行き、「霊能者」が不幸の原因が先祖の因縁に
 あるなどと不安を煽り、法外な値段で壷などを買わせる手口でした。

 人間は過去・現在のみならず、将来への思いを胸に日々生きる存在
 将来を思うかぎり「不安」はさけられません。

 世の中にはこのような人間の弱みにつけ込む卑劣な行為が
 あとをたちません。霊感商法もその一つでした。

 福岡でも消費者問題委員会を中心に被害対策弁護団が結成され
 私も当時の若手委員の一人として参加しました。

 1993年福岡地裁は、実質上、統一教会の指揮監督によって
 霊感商法をはじめとした経済活動が組織的、計画的に行われたとして

 統一教会の使用者責任を認定し、損害賠償を命じました。
 (統一教会の責任を認めた初の判決)

 使用者責任は、ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の
 執行について第3者に加えた損害を賠償する責任を負うもの(民715条)。 

 関西弁でいえば「責任者でてこい!」という法律
 最近では、これに基づき暴力団の組長の責任追求などがなされています。

 公務員の不法行為に関する国家賠償法1条の責任もおなじ仕組み
 ただ国家の賠償責任は憲法17条に由来しています。

 リビアの治安部隊がおこなった殺戮行為についてカダフィ大佐に対して
 民事上の責任追求をされる日が来るのでしょうか? 

 それはともかく霊感商法事件では
 執行官を先頭にわれわれは教団の施設に強制執行をかけました。

 これに対して教団側は被害対策弁護団の所属弁護士の事務所のちかくで
 名誉・信用を毀損する中傷ビラをまく攻撃をしかけてきました。

 われわれは刑事告訴をおこない
 ビラを巻いた人間らは刑事責任を問われました。

 被疑者の調書を読んでいると、二日市の事務所だけは探したけれども
 見つかりませんでした…などと書いてありました。

 中傷ビラを巻かれるのは名誉毀損だけれども
 事務所がわかりにくいなどと公文書に書かれるのはさらなる名誉毀損だ!?
 と話が脱線した覚えがあります。

 それから20年、ニュースで耳にすることはあったものの依頼は久しぶり。
 いま事実関係を調査中。大過なく解決できそうな感じではあります。
 

2010年11月17日水曜日

 事件は会議室で起きてるんだ!いや、寝てるんだ↘



 きのうから今年の司法試験合格者のかたが
 事前修習にこられています。

 事前修習は修習がはじまるまえの修習。
 われわれのころはありませんでした。

 われわれのころの合格者は年間500人で
 2年間の修習期間があり
 東京湯島にあった研修所で4か月(前期修習)
 福岡地裁民事部、福岡家裁で4か月
 福岡地検捜査・公判部で4か月
 福岡地裁刑事部で4か月
 弁護士会、法律事務所で4か月
 の実務修習を経て
 ふたたび研修所で4か月(後期修習)でした。

 それがいまは法曹増員の要請から
 合格者2000人で
 修習期間は1年間となり
 前期修習がなくなったうえ
 実務修習期間も短縮されてしまっています。

 このような現状をふまえて
 すこしでも修習の実をあげようと
 手弁当で事前修習にとりくまれています。

 世のなかから余裕が失われているなか
 法律家だけがのんびり修習するわけにもいかないのでしょうが
 それにより大切なものも失われているようにも思います。

 さて昨今の報道から
 このところよく思いかえすのは検察修習でのこと。
 (以下の話は匿名希望)

 当時、福岡での実務修習は全員で20余名程度
 3班にわかれて7~8人で
 裁判所民事・刑事部、検察庁をローテーションし
 最後が法律事務所にわかれての弁護修習でした。

 検察庁では実際に取調べを担当したり
 公判担当検事に同行して法廷を傍聴するのが主な修習でした。

 座学もあり
 覚えているのは検事正講話と検事長講話。

 検事正は福岡県で一番えらい検事
 検事長は九州で一番えらい検事です。

 なぜ覚えているかというと
 検事長講話で寝てしまい
 指導担当検事から「ぼくの首をとばす気か!」と叱られたから。

 指導担当検事は捜査や公判実務からはなれ
 修習生の指導をもっぱらにする検事のこと。

 会議室で
 検事長の前方の席左右に3~4人で座り
 私は左側の一番前(検事長より)の席でした。

 この席で寝てしまったのですから
 50人や100人の講演で寝たのとはわけが違います。
 大事件でした!

 修習担当検事に激しく叱られたのもむべなるかな。
 ごめんなさい。
 (さいわい、検事はその後も順調に出世されています。)

 私なりに弁解させていただくと
 検事正のお話に比べて検事長講話がつまらなかったのは
 否めません。

 検事正はたたきあげ
 実際に捜査を担当し現場を知っています。
 そのような体験に根ざしたお話だったので
 とても興味深く拝聴しました。

 これに対し
 検事長は試験の成績が優秀だったであろう官僚タイプです。
 制度や人事にくわしい、行政の専門家。
 当時の私にとって興味がもてる講話ではありませんでした。

 このような事情は裁判所もおなじ。
 矢口洪一さんが最高裁長官になったときと記憶していますが
 新聞の人物欄に
 「裁判官としての力量は未知数」と紹介されていました。

 その意味は、裁判官といっても
 それまでの経歴が司法行政畑ばかりで
 普通の意味での裁判をした経験が乏しいということ。

 最高裁の判断が庶民感覚からズレて
 官僚的だったりするのはこの辺に原因があります。

 (話を戻して)
 大阪地検特捜部の証拠改ざん(罪証隠滅)事件では
 最高検が前特捜部長らを犯人隠避の容疑で検挙しました。

 この判断は適切であったと思います。
 是非とも有罪にもちこんでほしいとエールを送っています。

 そんなときに頭をよぎるのが検事正vs.検事長講話体験。
 たたきあげの前特捜部長らに
 官僚タイプの最高検検事は対抗できるのか?
 ちょと心配…。
 

2010年10月27日水曜日

 弁護士の一日



 ずいぶん昔、神戸大学に三井誠先生を訪問させていただきました。
 検察官による接見交通権侵害(いわゆる上田国賠)事件の打合せ。

 被疑者・被告人が弁護人と秘密に面会できる
 接見交通権は憲法34条前段が保障する人権です。
 
 ところがそのころ
 検察官が濫発する接見指定書により自由に面会できない状態でした。
 
 情況を改革すべく上田國廣弁護士が国賠という形で問題提起され
 三井先生には刑事法研究者の立場からの証言をしていただきました。 

 そのさい、先生の授業におじゃまして
 「弁護士の一日」について話をさせていただいたことがあります。

 学生さんたちは血湧き肉躍らないな~みたいな顔をしていました。
 あれから20年くらい経ったものの、あまり変わっていないと思います。

 きのうは7時30分に事務所に出勤。
 いくつか事務処理をして9時20分に事務所を出る。

 10時から福岡市中央区にある福岡地方裁判所(本庁)にて口頭弁論。
 家主さんのご依頼による賃料滞納による建物明渡し請求事件。

 不景気の影響で賃料滞納による不動産明渡しの紛争も増えています。
 競争の激化から保証人なしの賃貸も余儀なくされ、貸家業もリスキーな情況。
 
 11時から18時15分までヒルトン福岡シーホークにて
 福岡県中小企業経営者フォーラムに参加。

 午前中は分科会の打合せ。
 入念な準備に頭がさがります。

 基調講演は
 日本理化学工業(株)の大山泰弘会長による
 「本当の人間尊重の中小企業経営とは」。
 
 76名の社員のうち56名の方が知的障がいをかかえておられるメーカー。
 村上龍さんの「カンブリア宮殿」などでも紹介。

 11月20日(土)13:00~15:30
 太宰府市中央公民館でも講演をなさるそうです。
 興味のあるかたはどうぞ。
 
 分科会の報告は
 (株)鐘川製作所の鐘川喜久治社長による
 「失敗に学ぶ企業経営」。

 会社の問題と課題がすべての社員に見える
 システムと社風と社長の構え。
 すごいです。

 18時から薬害HIVの原告団・弁護団会議のところ
 当番弁護士の出動要請があり、欠席。

 朝倉署に着いたのは19時30分。
 留置場にて被疑者に面会しました。

 事案は道路交通法違反(酒気帯び運転)。
 酒酔い、酒気帯び運転に対する刑事対応はどんどん厳しくなっています。
 みなさまも飲んだら乗られませんよう。

 検察官による接見指定はなく
 自由に接見することができました。

 弁護士の一日はあまり変わりませんが
 よくなっているところもあります。

 21時、直帰。