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2021年1月26日火曜日

オンライン集会

 コロナ禍で、多くの裁判でもTeamsによるWEB会議が利用されるようになり、全国規模の大きな裁判でも影響があります。


HPVワクチン薬害訴訟でも、公開法廷での口頭弁論ではなく、WEB会議による手続が続いており、先日、1月18日(月)に福岡地方裁判所で行われた期日もWEB会議でした。


期日後の報告集会も、今はZoomを利用したオンライン集会で行われています。福岡以外の方も福岡に来ることなく報告集会に参加できるなどのメリットがある一方、意識して声をかけていかないと、学生などに来てもらって社会問題として関心をもってもらい、支援を広げていくことが難しくなっていると感じます。


そこで、報告集会への参加について、今年3月31日から司法修習に行く予定の方に声をかけてみると、弁護士として働くなら社会的に問題となっている事柄に関わってみたいとの嬉しい返事が。報告集会、ぜひ参加してください!いつか同じ弁護団で一緒に仕事ができるといいな~と思ったのでした。


富永


2017年12月7日木曜日

薬害C型肝炎九州訴訟・弁護団会議と忘年会(福岡市内で)


            (宝厳院の紅葉)

 薬害C型肝炎九州訴訟の原告団世話人会,弁護団会議と忘年会がありました。

 薬害C型肝炎訴訟は,フィブリノゲン製剤と血液凝固第9因子製剤(クリスマシン)の投与によってC型肝炎に感染させられた原告たちが国と製薬会社に対し損害賠償を請求した訴訟です。仙台,東京,名古屋,大阪,そして福岡地裁の全国5地裁でたたかわれ,私は福岡訴訟弁護団の共同代表でした。

 2002年に提訴し,2008年1月11日,福田総裁の指示で「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第Ⅸ因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」が成立し,15日,厚生労働大臣と原告団・弁護団との間で基本合意書が締結されて一応の解決をみました。

 はやいもので来月には上記解決10周年を迎えます。基本合意は,個別救済,恒久対策,再発防止の3本柱よりなり,これを担保するため毎年,厚生労働大臣交渉をおこないます。
(個別救済)
 上記薬剤を投与したとの証明,C型肝炎に感染したとの証明,その間の因果関係を証明しさえすれば,責任論を議論することなく救済されることになります。
 しかしながら,1985年前後の投与,あるいは,それより以前の投与が多く,多くの産院ではカルテが破棄され,多くの感染者の感染経路が不明なままでした。原告団・弁護団では厚生労働省に投与病院を訪問してもらい,カルテ調査を督励してもらっています。これにより,一人でも多くの被害者が救済されるよう図っています。
(恒久対策)
 恒久対策は,肝炎治療体制及びこれに関する社会保障の充実を求めるものです。上記解決をきっかけにこれらの諸制度の整備が進み,感染被害者にとどまらず,200万人といわれる多くの感染者の治療や保障が前進しました。
(再発防止)
 再発防止は,2度とこのような薬害がおこらないように制度を整備することです。原告団・弁護団はしっかりとした調査権限・体制を有する第三者監視機関の設置を求めていますが,厚生労働省の対応は鈍く,いまだ実現にはいたっていません。

 10周年は節目でもあるので,来月には記念行事が予定されています。それを契機に,未解決の課題が一歩でも前進するよう努力してまいりたいと考えています。

2015年12月3日木曜日

宝満山~三郡山~若杉山縦走




 「スターウォーズ/フォースの覚醒」というわけではないけれど
 またブログを書きはじめようと思い立ちました(前よりスローペースで)。

 いつまでつづくか分かりませんが
 よろしくお願いします。


 あいかわらず山ネタから
 先日,宝満山から若杉山まで縦走しました。


 薬害C型肝炎の九州訴訟(福岡地方裁判所)に取り組んだ弁護士を中心に
 山歩きの同行会をつくり,怪鳥会と呼んでいます。

 後輩弁護士が去秋,黒岳の原生林を散策しているとき
 怪我をして,ヒザの前十字靱帯を断裂してしまいました。

 この一年,かれはリタイヤ
 かれがいない山行は寂しいかぎり。

 治療とリハビリがようやく終わったため
 快気祝いと納会をかねての山歩き会です。

 快気祝いなのでみんなは若杉登山だったところ
 せっかくだから宝満山からひとり縦走することにしました。

 若杉山の山頂に昼12時に集合。たどりつけるかなぁ?
 コースタイム6時間35分のロングコースなので心配。

 朝7時,竈門神社(太宰府市内山http://kamadojinja.or.jp/を出発
 1合目,2合目,3合目・・・

 早い時間のせいか
 健脚者がおおい。

 宝満山頂(829.6m)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E6%BA%80%E5%B1%B1
 についたのは8時20分,よく晴れていた。

 体調もヒザにやや違和感があるくらいで
 だいじょうぶそう。

 からの仏頂山,からの三郡山(935.9m)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%83%A1%E5%B1%B1
 いきかう登山者も多く,心づよい。

 三郡山は文字どおり飯塚市,糟屋郡宇美町,筑紫野市の境界
 各町から人が集まってくるところです。
 
 山頂には男女8人くらいの高校生のグループがいました。
 高校時代の山歩き,どんなかなぁ,もう想像するのもむずかしい。

 そこから先,きゅうに登山者が減り
 広葉樹の落葉もちり終わり,もう冬の風情

 夏とちがい
 下草もなく,快適な縦走路

 左側からは宇美町,昭和の森からの登山道
 右側からは飯塚市方面からの登山道が集まってきます。

 小ピークを繰り返しながら
 ようやく砥石山,思わず「遠いし・・」と声が漏れました。

 雲行きもあやしくなり,バックパックのなかの携帯電話も
 さっきからプー,プーと着信をつげています。

 すわ,みんなはもう若杉山頂か?
 と思いながら足どりをはやめました。

 高度をぐんぐんさげて,しょうけ越し(峠です)
 そこから若杉山へ登り返し。

 これが登山者の心を折ります
 せっかく登ったのに,くだって,また登り・・・

 そこをぐっと歯をくいしばって
 山頂に。

 な,なんと11時30分!
 竈門神社から4時間30分で着きました。

 ことし50うん歳
 まだまだ行けるね,としばし余韻にひたりました。

 他のメンバーが登ってきたのは
 予定どおり12時ちょうど。

 それから奥の院,太祖神社を経て
 http://www.sasagurikanko.com/temple/wakasugi_okunoin/
 大和の森巨木探索路を散策して下山。

 若杉の湯http://www.wakasuginoyu.com/でまったりしたあと
 怪鳥宅で酒盛り,またまた盛りあがって夜は更けていったのでした。

                                       浦田

2011年2月25日金曜日

 統一教会・霊感商法事件



 久しぶりに統一教会がらみの事件がきました。
 20年ぶりでしょうか。

 当時、霊感商法などとして社会問題化していました。

 被害者を「霊場」に連れて行き、「霊能者」が不幸の原因が先祖の因縁に
 あるなどと不安を煽り、法外な値段で壷などを買わせる手口でした。

 人間は過去・現在のみならず、将来への思いを胸に日々生きる存在
 将来を思うかぎり「不安」はさけられません。

 世の中にはこのような人間の弱みにつけ込む卑劣な行為が
 あとをたちません。霊感商法もその一つでした。

 福岡でも消費者問題委員会を中心に被害対策弁護団が結成され
 私も当時の若手委員の一人として参加しました。

 1993年福岡地裁は、実質上、統一教会の指揮監督によって
 霊感商法をはじめとした経済活動が組織的、計画的に行われたとして

 統一教会の使用者責任を認定し、損害賠償を命じました。
 (統一教会の責任を認めた初の判決)

 使用者責任は、ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の
 執行について第3者に加えた損害を賠償する責任を負うもの(民715条)。 

 関西弁でいえば「責任者でてこい!」という法律
 最近では、これに基づき暴力団の組長の責任追求などがなされています。

 公務員の不法行為に関する国家賠償法1条の責任もおなじ仕組み
 ただ国家の賠償責任は憲法17条に由来しています。

 リビアの治安部隊がおこなった殺戮行為についてカダフィ大佐に対して
 民事上の責任追求をされる日が来るのでしょうか? 

 それはともかく霊感商法事件では
 執行官を先頭にわれわれは教団の施設に強制執行をかけました。

 これに対して教団側は被害対策弁護団の所属弁護士の事務所のちかくで
 名誉・信用を毀損する中傷ビラをまく攻撃をしかけてきました。

 われわれは刑事告訴をおこない
 ビラを巻いた人間らは刑事責任を問われました。

 被疑者の調書を読んでいると、二日市の事務所だけは探したけれども
 見つかりませんでした…などと書いてありました。

 中傷ビラを巻かれるのは名誉毀損だけれども
 事務所がわかりにくいなどと公文書に書かれるのはさらなる名誉毀損だ!?
 と話が脱線した覚えがあります。

 それから20年、ニュースで耳にすることはあったものの依頼は久しぶり。
 いま事実関係を調査中。大過なく解決できそうな感じではあります。
 

2011年1月26日水曜日

 反省の仕方



 田辺三菱子会社製の注射薬につき、品質試験の一部懈怠
 朝日新聞が一面トップで報じていました。

 田辺三菱は薬害肝炎の被告企業
 「受け入れざるをえない重大な状況と認識」しているとか。

 新聞報道だけで事実を断定することはできませんが
 田辺三菱がこのようなことをやりかねないことは
 薬害肝炎の被害者にとっては心配されたことでした。

 田辺三菱は、薬害肝炎のまえには薬害エイズの原因企業であり
 薬害肝炎のあとにはやはり子会社が治験データをねつ造して
 つい昨年4月、25日間の業務停止処分を受けています。

 薬害肝炎原告団・弁護団は
 被害実態と加害原因の調査・検証をおこない
 そのうえに立って再発防止策を講ずるよう要求しています
 が、田辺三菱はまったく応じようとしません。

 刑事の自白事件で重要なのは情状弁護です。

 情状弁護で重要なのは
 被告人の反省が真実であることと
 再犯防止策が実効性があることです。

 裁判官の前で、被告人たちは100人が100人とも
 反省している、もう2度としませんと言います。

 しかしこれでは足りません。

 何が原因で犯罪をやってしまったのか?
 その反省にたって日ごろの行動のうち何を変えたのか
 変えようとしているのか?が重要です。

 酒気帯び運転のばあい、酒をやめると口先でいうだけでなく
 自助グループに入るなど具体的な行動の変化が求められます。

 これが真の反省と実効性ある再発防止策であると評価されれば
 実刑が回避され、執行猶予付きの判決が選択されるわけです。  

 こういう観点からすれば
 田辺三菱の態度は、反省をしているとは到底評価できません。

 1万人以上もの被害者を出した薬害肝炎事件についてさえ
 加害原因の検証をしようとしないのですから
 今回報道されたようなことをおこしかねないことが心配されたわけです。

 われわれの生命・健康に直結する医薬品を供給する
 製薬企業が不十分な反省のまま事業をつづけるのはとても心配です。

 いまからでも遅くないので
 田辺三菱は、薬害肝炎についてきちんと調査・検証をするべきでしょう。

 (3周年の記事の翌日にこのような記事を書かなければならないのは
 まったくもって不本意…)
 

2010年12月26日日曜日

 森の謎の犯人はうなぎだった!? 


 
 村上春樹ワールドの
 タイやヒラメの見事な舞い踊りに見惚れているうちに
 いつのまにやら日が経ちました。

 そろそろ森を脱出して、現実の世界に戻らねば
 と思うきょうこのごろです。

 村上さんの作品を読んだことのない人や
 あまり好きではないという人には
 申し訳なく思いつつも
 長々と書いてしまいました。

 ま、それほどにおもしろい世界であるということでして。
 騙されたと思って一度読んでみてください。

 それでも「ノルウェイの森」を読んだけど
 さっぱり分からなかっただとか
 あんまり癒されなかっただとか
 そういうことはあると思います。

 「まず最初にあなたに理解してほしいのはここが
 いわゆる一般的な『病院』じゃないってことなの。

 てっとりばやく言えば、ここは治療するところではなく
 療養するところなの。…

 人々は自発的にここに入って自発的にここから出ていくの。
 そしてここに入ることができるのはそういう療法に向いた人達だけなの。

 誰でも入れるというんじゃなくて専門的な治療を必要とする人は
 そのケースに応じて専門的な病院に行くことになるの。

 そこまではわかる?」
 (「阿美寮」についてのレイコさんの説明)

 というわけでして
 村上ワールド療養に向かない人達には、ごめんなさい。

 村上さんの世界にこうも馴染むようになったのは
 わけがあります。 

 薬害肝炎の被害立証がはじまろうとしていたころ
 若手弁護士たちは大きな壁にぶつかっていました。

 それまで薬害責任論を長い時間かけてやってきたせいで
 行政的・科学的な議論に頭が凝り固まっていて
 イマジネーションが枯渇していました。

 O Freunde, nicht diese Töne!
 という感じ。

 そんなとき久保井弁護士からまことに適切なアドバイスが
 投げかけられました。

 久保井さんは、あの困難なハンセン病訴訟における
 被害立証の責任者でした。

 ハンセン病被害は、90年間におよぶ多様な被害が幾重にも
 積み重なっていましたから、その立証は困難を極めました。

 それを見事にやり遂げたのですから
 集団訴訟における被害立証の第一人者なわけです。

 久保井さんはハンセン病訴訟の被害立証に携わり、ある時点から
 「この尋問で原告が語っていることは、まさに原告が語りたかったこと
 であり、かつ、被害の本質である」という確信を抱いたといいます。

 そのような立証ができたのは、振り返れば
 そこに「うなぎ」がいたからだ、というのです。

 「うなぎ」とはなにか?
 村上さんは柴田元幸さんとの対談でつぎのように語っています。
 (「柴田元幸と9人の作家達」2004年)

 「僕はいつも、小説というのは三者協議じゃなくちゃいけない
 と言うんですよ」
 「三者協議?」

 「三者協議。僕は『うなぎ説』というのを持っているんです。
 僕という書き手がいて、読者がいますよね。

 でもその二人だけじゃ、小説というのは成立しないんですよ。
 そこにうなぎが必要なんですよ。うなぎなるもの」

 「…読者と作家とのあいだだけで。ある場合には批評家も入るかもしれない
 けど、やりとりが行われていて、それで煮詰まっちゃうんですよね。
 そうすると『お文学』になっちゃう。

 でも、三人いると、二人でわからなければ
 『じゃ、ちょっとうなぎに訊いてみようか』ということになります。

 するとうなぎが答えてくれるんだけど
 おかげで謎がよけいに深まったりする。
 そういう感じで小説書かないと、書いてておもしろくないですよ」

 こうして久保井さん=村上さん=うなぎクンのアドバイスのもと
 弁護団の若手のあいだにも自由な地平が新たに開け
 なんとか被害立証を遂げることができました。

 傍聴席で聴いていて、意味のわからない
 謎の質問はうなぎクンのせいなわけです。

 というわけで、村上さんには恩義を感じているわけです。

 それを別にしても「ノルウェイの森」にも
 うなぎが投げかけたと思われる謎がいっぱい。

 これがもうめっぽうおもしろい
 答えをつかまえたと思ったら、するりと抜けてしまいます。 

 私自身も弁護士になったころからしばらく
 フィクションを受け付けない時期がありました。

 40代前半に例の「読書の師匠」(11月「静子の日常」参照)に巡りあい
 その薦めで読んだ小説がどれもおもしろく感じ
 それからまた小説を読むようになりました。

 長い人生ですからその時々の情況・気分におうじて
 自分に語りかけてくる時期、自分を癒してくれる時期など
 あると思います。

 いまはどうもという人も、しばらくすれば
 うなぎクンが成長して
 語りかけ、癒してくれるのでは?