2023年2月9日木曜日

最近の防犯カメラ事情

 


 火曜、いつものイタリアンでランチをしていたら、店主がなんども住居侵入されて困っているという。

事情を訊くと、家の隣にフキが生えていて、そのフキをとるために、近所のおばあちゃんが家の敷地に侵入してくるのだとか。なんども。

なぜ、そんなことが分かるの?と訊く。答えは、お客さんに奨められて7,000円で防犯カメラを買ったところ、侵入者があるとその都度報せが来るのだとか。

ためしに現在のリアル映像を見せてもらったところ、とても鮮明な画像。宮台真司さんを襲った疑いのある人物の映像をテレビで見たが、あれより鮮明。

店主は警察に相談したらしい。すると警察官は可罰的違法性がないとあしらったらしい。ほう。その警察官、なかなかよく勉強している。

ある行為が刑法に形式的に触れるようにみえても、刑罰の制裁を加えるほどのことでない場合を可罰的違法性がないという。

住居侵入といっても、隣のフキを採るのが目的だし、おばあちゃんだし、ま、いいではないか。ということである。

われわれが刑事裁判で、可罰的違法性がないと主張しても一切受け付けない。でも自分たちが楽をするためなら言うという点が気になったが、当職の見解も同じである。

それより、そこはよく前を通るところであるが、逆にこれでこちらが監視されていることにもなる点が気になった。

春先になると、庭々にはコブシやウメの花が咲く。そこへメジロが飛んできたりもする。カメラを持っていれば、美しい花や鳥の写真を撮ったりする。もちろん宅地内に侵入することはないのであるが、軽犯罪法というのがあって、「のぞき」は犯罪とされている。

他人の庭の花や鳥を撮影しただけでは、「のぞき」とはいえない。少なくとも可罰的違法性はないはずだ。けれども、この場合も警察官と見解が一致するとはかぎらない。あらぬ疑いをかけられぬよう気をつけなければ。

2023年2月8日水曜日

塚も動け!

 



 きのうはウランバートルよりは敦煌に行きたいと書いた。それには頭のなかにあった井上靖の小説『敦煌』(新潮文庫)が影響している。

われわれより上の世代はシルクロードへの憧れをもっている。敦煌はシルクロードの出発点である。

かっての敦煌の繁栄は、砂に埋まってしまっていた。しかし20世紀初頭になって、莫高窟で敦煌文献が発見された。

井上靖の小説はこれに着想をえて、なぜ敦煌文献が莫高窟に隠されたのか、その謎を解くストーリーである。

何を食べようかと定食屋に入る、すると隣のおじさんがおいしそうにサンマを食べている、これを見て頭のなかがサンマに占拠される、かくて自分もサンマを注文してしまう、そういうことがよくある。

頭のなかが『敦煌』のイメージで占拠されていたのは、先週書いた『天平の甍』の残像が影響している。どちらも井上靖の小説であり、往古の中国大陸ロマンであるから。

じつはいま『星と祭』を読み返している。これもまた井上靖の小説である。娘を琵琶湖で亡くした主人公の架山がその死を悼むため、琵琶湖周辺に祀られている十一面観音を参拝してまわるというストーリーである。

先週、ブレイクの詩から「一と全の同時把握」のことを書いた。仏教にも同じような考えがあったはずだ。井上靖の小説のどれかに、その言及があったはずだと思った。

最初にあたりをつけたのが『星と祭』。主人公が十一面観音を参拝してまわるストーリーであり、仏教色満載であるから。

書いたとおり、その言及は『天平の甍』のなかにあった。先週のブログを書くだけであれば、それでおしまいである。

しかしすでに頭のなかが『星と祭』のイメージで占拠されてしまった。そこで、いまいちど読んでみようと思い立った次第である。

いぜん小説を読んだのは30年くらい前だろうか。ある種感動したのでそのあと、自身でも琵琶湖周辺の十一面観音を見て回ったことがあった。

その後、竹生島へ行き、その帰りに島から長濱まで船に乗った(主人公の娘が亡くなったのは竹生島の南とされている。)。また西国三十三所めぐりの一貫として琵琶湖畔の長命寺へも行った。そういった経験を踏まえ、こんかいの再読は以前は気づかなかったことにいくつか気づくことができた。

なかでも「あっ」と思ったのはつぎにのくだり。主人公・架山の娘はある若者といっしょに貸しボートに乗っていて転覆したものと推定された。その若者の父親が大三浦である。

 大三浦は、彼自身が言ったように、現世の欲望というものは、全部払い落としているのに違いなかった。金にも、仕事にも、なんの野心もなければ、執着もないのである。ただひたすら死んだ息子に執着しているのである。
 困った奴だ、と架山は思う。しかし、また大三浦の方が本当かと思うこともある。人間の悲しみというものは、もともと消えたり、薄らいだりするものではないかも知れない。水のように蒸発したりするものではなく、石に刻まれた跡のように、それは永遠に残るものかも知れない。塚も動け!大三浦の悲しみの中には、そんな烈しいものがある。

ここで「塚も動け!」というのは、芭蕉の句の一部である。以前読んだ際には、まったく気づかなかった。おくのほそ道金沢の章。

 一笑と云ものは、此道にすける名のほのぼの聞えて、世に知人も侍しに、去年の冬、早世したりとて、其兄追善を催すに、

 塚も動け我泣声は秋の風

もちろん、竹生島へ行ったことがなくても、長浜まで船に乗ったことがなくても、長命寺その他の十一面観音に参拝したことがなくても、金沢に行ったことがなくても、おくのほそ道を読んだことがなくても、作品の鑑賞はできる。でも・・。

2023年2月7日火曜日

モンゴルから来た留学生の送別会

 

 日曜は糸島で、モンゴルからの留学生(女性)の送別会だった。ロータリークラブには奨学金制度がいくつかあるが、本件は米山奨学金制度によるもの。

任意参加のクラブメンバー9人と本人の10人で送別会を行った。会場はクラブメンバーの一人が営む「古材の森」という古民家。大学に近いので。

日本では土木を学ばれたそう。といっても環境土木といってデザインに近い。橋を架けるにしても、まわりから浮き上がるデザインにするのか、まわりに溶け込むものにするのか、みたいな。

モンゴルのことを知らない。モンゴルといえば、みな、草原でのテント生活とか、力士ぐらいの知識しかない。

首都はウランバートルである。人口は150万人くらい。それなら福岡市とおなじくらいだ。草原でのテント生活とは違う。

第2の都市エルデネトの人口は10万人。モンゴル全体の人口も320万人。つまり、ウランバートル一極集中だ。大気汚染もひどいので、第2の首都づくりの計画もあるらしい。

国全体の人口密度は1平方キロメートルあたり2人。国連加盟国のなかで、一番少ないという。

2人のうち1人は都市に住んでいるわけだから、草原地帯では一平方キロメートルに1人しか住んでいない。お隣まで塩を借りにいくのに、1キロメートルは歩く計算だ。

留学生としてはもちろん日本に残るという選択肢もあるが、故郷に帰って同じ志の人たちと連携してモンゴルに貢献したいという。がんばってほしい。

参加者の一人が一度モンゴルを訪問しようとしきりに誘う。う~ん、休みをとっておなじ内陸にいくのなら、敦煌に行ってみたいのだが。

2023年2月6日月曜日

誠実な先輩経営者の肖像

 

 先週は、高校同級生がSNSに投稿した氷の写真から発想した「一片の氷から世界を見る」だった。最後は『博士の愛した数式』のエンディングで流れたブレイクの「無垢の予兆」で締めくくった。

氷の写真の投稿者から「今週のブログ、本日の見事な着地に感動しました」とお褒めの言葉をたまわった。ありがとうございます。

忘れがちだが、ブログもコミュニケーションの一つであることに違いない。こうしたリアクションをいただくことで、それを思い起こさせてもらえる。そしてなにより励まされる。

おなじころ、『若い芸術家の肖像』(ジョイス著・丸谷才一訳・集英社文庫)を読了した旨のメールをいただいた。就職情報誌などを発行する会社を経営されている先輩経営者Sさんから。何千日も毎日走り続けていることで有名な鉄人経営者である。

話は2年前にさかのぼる。年2回ちくし法律事務所が発行するニュースの新年号にこう書いた。

 「ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を1年がかりで読んでいます。いま3回目が終わったところ。1回目、さっぱりなんのことやら分からない。2回目5%ぐらい、3回目10%くらい分かったような気がする。とにかく1文ごと、1行ごとに謎が仕掛けられている。難しすぎて自分だけで謎ときをしようとしても、まったく歯がたたない。参考書(つまり、解答例集)3冊を片手に少しずつ読み進める。なるほど、なるほど、そうなのかー。めちゃくちゃスリリング、めちゃくちゃ面白い。主人公はわれわれ読者。さすが20世紀の最高峰、そういう本です。」

これに対し、Sさんからお尋ねのメールがこうあった。

 「あけましておめでとうございます。本年もよろしくおねがいします。
さっそくですがニュースレターちくしを拝読させていただいてます。
ジェイムス・ジョイスのユリシーズの記事に興味を持ったのでメールを差し上げました。・・それで質問です。
日本語訳ですか?
貴殿が3回で10%なら、私はどうなるんだろう。
あと何回読まれるつもりですか?
解答例集というのが別売であるんですか?
すみません、お時間のあるときにでも教えてください。」

この質問に対し、『ユリシーズ』を読破するうえで役にたつ参考書を3冊ご紹介した。その中の一冊がジョイス初期の自伝的小説『若い芸術家の肖像』である。

Sさんはこのアドバイスにしたがい、同書を読破されたようだ。といってもこの2年間ずっと読み続けていたわけではなく、最近病気療養をされたのでその機会に取り組まれたらしい。

いろいろと尊敬しどころ満載の先輩であるけれども、後輩の事務所ニュースを読み、メールで感想をよせ、それに対する返信メールにも答える、それも2年がかりで実践する。その誠実な姿勢にあらためて敬意をおぼえた。

2023年2月3日金曜日

一片の氷に世界を見る(5)

 


 『博士の愛した数式』(小川洋子著・新潮文庫)。第一回本屋大賞なので、読まれたことがあるだろう。

家政婦が派遣されていった先は、数学博士の家。博士は一日中ほぼ数学のことを考えていて、世界の成り立ちは数の言葉によって表現できると信じている。

問題は交通事故の後遺症により、博士の記憶が80分しかもたないこと。前日の記憶がないことから毎日、新人家政婦さんとして靴のサイズや誕生日を訊かれる。どうしてもぎくしゃくしてしまう。

ぎくしゃくしてしまう原因は、博士がコミュ下手なことにもある。ほぼ一日中、数学のことを考えていて、じゃまされるのを嫌う。会話が苦手な局面になると数学の話題に逃げ込んでしまう。

そこへ子どもを連れて行ったところ、頭の形がそっくりということでルートと名付けられ、なぜか温かい交流がはじまる。数学ぎらいの読者にも数学好きかもと誤解させる好著。

映画にもなった。深津絵里が家政婦、寺尾聡が数学博士(先生)。原作にほぼ忠実に実写化されていたが、ところどころ違うところも。

いちばんの違いは、エンドロールのまえに、ブレイクの「無垢の予兆」があらわれ、ルートがこれを朗読するところだろうか。

  一粒の砂にも世界を
  一輪の野の花にも天国を見,
  掌のうちに無限を
  一時のうちに永遠をつかめ。

たしかに、世界の成り立ちは数の言葉によって表現できるのだから、一片の数式で世界を表現することができる。

ということで今週は、一片の氷に世界を見、ブレイクの詩に世界を見、かすかな塵に三千大千世界を見、五七五の十七文字に世界を見、数の言葉に世界を見た。

2023年2月2日木曜日

一片の氷に世界を見る(4)

 

春風や闘志抱きて丘に立つ 高浜虚子

 顧問会社からお誘いを受け、春の社員旅行に同行させてもらう予定である。行き先は四国は愛媛松山。松山での訪問先について打合せに余念がない。

いま松山といえば、やはり夏井いつき先生にお目通りねがいたい。が、お忙しいようだから、正岡子規の記念館でも訪ねようかと思う。

子規は明治期、松山出身で、俳句の中興の祖である。芭蕉ののち俳句の世界は停滞していた。それを芭蕉に帰ることで刷新した。

時代は明治であるから自然科学の伸張著しく、俳句の世界でも自然主義が浸透しやすかったのだろう。つまりは「写生」「写実」。

子規は元来ホトトギスの意である。ホトトギスは口の中が赤い。子規は結核を患い、喀血していた。そこからの雅号である。覚悟と凄みが感じられる。

子規には二人の高弟がいた。高浜虚子と河東碧梧桐。子規を玉とすれば、飛車・角のような存在である。虚子と碧梧桐は非常に仲がよく、寝食をともにした。虚子が子規に師事して俳句を学んだのは碧梧桐の誘いによる。

ところが虚子は、碧梧桐のもと婚約者と結婚した。いまでいえば略奪愛。しかも碧梧桐が入院中に仲よくなったらしい。碧梧桐は、入院中に婚約者と友情を同時に失った。心痛いかばかりであったか。

そのせいかどうかは分からないが、二人は流派を違えるようになった。虚子は季語(季題)と五七五という詩形のしばりをどこまでも重んじた。これに対し、碧梧桐はこれらの拘束をきらい、自由な詩作を提唱するようになった。

略奪愛が原因であれば、虚子が自由を、碧梧桐が拘束を主張しそうなものだ。しかし俳句の世界では逆の立場になった。

虚子は、碧梧桐の新傾向俳句との対決を表明。つぎの句を詠んだ。

 春風や闘志抱きて丘に立つ 

そして『俳句の作りよう』(角川文庫)に、こう述べている。

 近来俳句についての拘束を打破してかかることを主張するものがありますが、・・・私は十七字、季題という拘束を喜んで俳句の天地におるものであります。この拘束あればこそに俳句の天地が存在するのであります。・・狭いはずの十七字の天地が案外狭くなくなって、仏者が芥子粒の中に三千大千世界を見出すようになるのであります。

2023年2月1日水曜日

一片の氷に世界を見る(3)

 


 高校生の一時期、日本史の教師になりたいと思っていた。S先生の授業がすばらしかったから。2年だったか3年だったか、2学期が終わった時点で近世までしか進んでいなかったので、学校の図書館で近代の補講をやっていただいた。その時の感動は忘れられない。日本史って面白いと思った。

その先生に「読んどいたほうがいいよ。」と言われて読んだのが井上靖『天平の甍』(新潮文庫)。唐招提寺を開いた唐の高僧・鑑真を日本に招聘した日本の若き学僧たちの物語。そもそも入唐そのものが命がけだった時代にハードルが高すぎる課題である。

その冒頭7頁に、つぎの一節がある。

 大安寺の僧普照(ふしょう)、興福寺の僧栄叡(ようえい)の二人に、おもいがけず留学僧として渡唐する話が持ち出されたのは、二月の初めであった。二人は突然、当時仏教界で最も勢力を持っているといわれていた元興寺の僧隆尊の許に呼び出されて、渡唐の意志の有無を訊ねられた。普照も栄叡も、隆尊と親しく言葉を交えたのはこの時が初めてであった。二人とも隆尊の華厳※の講義を聞いたことはあったが、平生は傍へも近寄れぬ相手であった。

華厳に付された※は注解の印である。末尾203頁に次の注解がある。

※華厳
 釈迦成道後はじめての説法を録した華厳経を所依として建てた宗派のこと。世界を太陽の顕現であるとして、かすかな塵の中に全世界を映し、また一瞬の中にも永遠を含むという一即一切の世界観が根本教理である。
 印度では竜樹・世親を祖とし、中国では唐の賢首によって大成され、天平8年(736)唐僧道璿がその章疏をもたらし、同12年、新羅僧審祥が、はじめて華厳経を講じた。そのため、審祥を元祖とする華厳経が、東大寺を根本道場として成立した。

ウィキペディアからの引用で申し訳ないけれども、華厳経の内容について次の解説がある。

 智顗の見解では、この経典は釈迦の悟りの内容を示しているといい、「ヴァイローチャナ・ブッダ」という仏が本尊として示されている。「ヴァイチャナ・ブッダ」を「太陽の仏」と訳し、「毘盧遮那仏」と音写される。毘盧遮那仏は大日如来と同一の仏である。・・
 陽光である毘盧遮那仏の智彗の光は、すべての衆生を照らして衆生は光に満ち、同時に毘盧遮那仏の宇宙は衆生で満たされている。これを「一則一切・一切即一」とあらわす。・・

いうまでもなく、奈良の大仏さんは毘盧遮那仏である。


2023年1月31日火曜日

一片の氷に世界を見る(2)

 


 ブレイクの詩の題は「無垢の予兆(Auguries of Innocence)」。全132行からなる。岩波文庫・松島正一編に紹介されているのは、その最初の4行。

  To see a World in a Grain of sand
  And a Heaven in a Wild Flower,
  Hold Infinity in the palm of your hand
  And Eternity in an hour.

  一粒の砂にも世界を
  一輪の野の花にも天国を見,
  掌のうちに無限を
  一時のうちに永遠をつかめ。

山歩きをする者としては、やはり2行目に惹かれる。

この4行が「無垢の予兆」の初めであるとともに全体の要約でもある。
「一」と「全」の同時把握が求められている。「一」と「全」は一粒の砂と世界、一輪の花と天国、掌と無限、一時と永遠。詩の構成もそうかな。

実はこの考えはブレイクの独創ではなく、日本にも古くからある。

2023年1月30日月曜日

一片の氷に世界を見る(1)

 


 高校時代の同級生がSNSに、氷の写真を投稿した。大雪予報だったにもかかわらず、大阪市内では雪が降らなかった。けれども、氷ははったということだった。

この写真の美しさはどうだろう。氷だけにフォーカスして、背景に広がる大阪市内はボカシている。いつも写真にセンスを感じる。

なにかものを言いたくなったので、「一片の氷に世界を見る(Wブレイクふう)」とだけコメントした。これだけでは意味が分からないかもしれないけれども、くどい説明は嫌味かなと思ったのだった。

すると高校時代の恩師が、解説のコメントをつけてくださった。

To see a World in  a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower
(一粒の砂に世界を見、野の花に天国を見る)
ウィリアム・ブレイク( イギリスの詩人)
補足説明をばさせていただきました。

たしかに、先のコメントだけでは意を尽くしていない。いつも、ご配慮ありがとうございます。

先生のアシストもあり、その後のやりとりも盛り上がった。インターネットの普及により、人間の嫌な面が増幅されるようにもなった。しかしそれまでにはなかった楽しい交流が果たされることもある。利用する側の心しだい。

2023年1月27日金曜日

ある交通事故損害賠償請求・交渉事件(車両価格、後遺障害認定、整骨院治療費)

 


 ある交通事故による損害賠償請求事件について、示談解決の運びとなった。主な争点は3つ、車両価格、後遺障害認定、整骨院治療費である。

追突された側で受任。責任は追突した側が100%、過失相殺はない。医療過誤などと比べて交通事故の話が容易であるのは自賠責法があるから。追突の場合はその議論も必要ない。

問題は損害論。まず物損。修理代が車の値段より高くなると、保険会社は車の値段しか認めない。そうすると、車の値段はいくらかということになる。保険会社はレッドブック(中古車の価格本)にしたがい損害額を提示。

むかしはこれで終わりだったけれども、最近はネットの発達により中古車市場が形成され、われわれも簡単に検索することができる。当方はこれで提示。保険会社もこれを認め、依頼者の納得も得られたので、物損はこれで解決。

つぎは人損。整骨院の治療費が問題となった。保険会社は、整形外科の治療費は3か月以内であれば原則としてこれを認める。しかし、整骨院の治療費は整形外科医の処方がないとこれを認めない。整骨院だって、柔道整復師法によるれっきとした国家資格であるが、一段低くみられているのである。

本件では、仕事帰りに通院するのに、整形外科の診療時間に間にあわず、やむを得ず整形外科医の「許可」を得て、整骨院で治療を受けていた。

ところが、保険会社の照会に対し、整形外科医が「許可」はしたが「指示(処方)」はしていないなどと回答したらしく、紛争化した。保険会社は整骨院への支払いをしないまま推移し、依頼人は焦燥した。

最後に問題になったのは後遺障害認定。整形外科医は腰椎捻挫等の症状がなお残っているとして後遺症診断書を作成した。事前認定はいったん後遺障害の認定を否定。

不服申し立てをおこなった。当初救急搬送された病院、その後の整形外科、またその後の整形外科などから診療録等をとりよせた。また医師の意見書もとりつけた。・・結果、後遺障害14級の認定となった。

さてこれに基づく示談交渉。保険会社もせからしいと思ったのか、整骨院治療費も認めてきた。依頼者も喜んでくれた。「先生には感謝しかありません。」と。

2023年1月26日木曜日

賃貸借中の土地の明渡事件

 


 土地を賃貸し、賃借人がその土地の上に建物を建築。その方が亡くなり、相続人が複数いらっしゃったが皆、相続放棄をされた。困った賃貸人からご相談・依頼を受けた事案。

賃借人がいなくなった後の賃貸物件の処理をどうするかは悩ましい。がっぷり四つに組まないといけないのは、居住したままの賃料不払い。3ヶ月分滞納したところで催告し、2週間後に契約を解除する。内容証明郵便で。

それでも明渡しがなければ、裁判を起こし、判決をとる。それでも明渡しがなければ、判決に基づき強制執行をすることになる。強制執行は、家財の引越、保管や競売を伴い、手間、ヒマ、費用がかかる力業だ。

夜逃げして行方不明になった場合、もっと悩ましい。契約書には立ち入り、残置動産を処分してもよいなどという約定もある。賃貸人が自分で明渡しを実行してしまうことを、自力救済という。自力救済しても問題とならないケースも多かろう、行方不明なのだから。

しかし弁護士のところへ相談に来られれば、「自力救済は禁じられています。お金と時間と手間はかかるけれども、裁判を起こして判決をとり、これに基づき強制執行したほうがいいですよ。」とアドバイスすることになる。行方不明であるから、裁判は公示送達、欠席判決の方法による。

こんかいは、とても稀なケース。賃貸人が亡くなり、相続人のかたがたが皆、相続放棄をされたのだから。借金などが残るケースでは、相続放棄をすればそれで終わり。しかし、遺産に不動産があるとやっかい。相続財産管理人が管理するまで、それまでの相続人が管理義務を負うことになる。

ある相続人の後見人のかたと協議して、相続管理人を選任してもらい、その方に不動産を管理してもらった。

相続財産管理人は、なんどか現地を訪れ、建物や家財を高く売るべく努力された。しかし、建物は老朽化しており、家財もそれほどペイする見通しはなかった。そのため、建物と家財を賃貸人のほうで買い取ることとなった。代金は滞納賃料と相殺だ。

相続財産管理人は、家庭裁判所が選任する。不動産の売却となれば、家庭裁判所の許可が必要である。もちろん、家庭裁判所の許可を得た上での売買である。

1年ほど時間がかかったが、無事解決した。売買した建物を解体するには相当の費用がかかる。賃貸人としても痛い出費だ。でも納得し満足されたと思う。

2023年1月25日水曜日

胃カメラ検査受診記

 


 胃カメラ(内視鏡)検査を受けた。先日の人間ドックで要精密検査となったためだ。

人間ドックでは、バリウムを飲んで造影したうえで胃X線検査だった。造影してはいるが、その所見は影にすぎない。なんか凸凹しているなぁぐらいな感じである。なので、胃の中を直接見ることができる胃カメラ検査が必要となった。

検査は受けたくなかったが、後にガンと判明したときの痛恨を思い、しぶしぶ予約の電話をかけた。年末だったため、年内には双方の都合で予約できず、年明けとなった。ガンだったら進行してしまうところだ。

前日午後9時から絶飲食。この時点から緊張がはじまる。あらためて受診案内をみると、人間ドックの紹介状を持参するよう指示がある。あした忘れないようにしないと。

検査医院は人間ドック施設の紹介による福岡市内の胃腸内科医院。予約は午前10時。15分前には受付を済ませるよう指示があった。検査結果の説明は午後0時を過ぎることもあると説明があった。検査時間は5分ほどらしい。2時間もなにをするのかな。

自分で検索した場所に行ってみると見当たらない。あらためて検索すると、北へ500メートルほどのところ。前の検索の際、住所を打ち間違えたようだ。時間がせまり、あせり走る。血圧があがってしまうな。はあはあ。

医院に着くと、はや4~5人が待っている。受診案内、紹介状と保険証を提出する。

問診票を書くよう指示される。ふむふむ。特に思い当たる自覚症状はない。人間ドックで要精密検査とされただけだ。これまで大病を患ったこともない。糖尿病等もない。人間ドックでは血圧やや高めだったが、その後の歩きや走りが効いたのか正常値になっている。待つこと30分。

問診。以前に胃カメラを飲んだことは2回(たぶん。依頼人にはそんな特異な経験の記憶はあるでしょうと言う。が、自分の記憶は意外とあいまいだ。)。直近は5年前か、一番最初は太くて飲み込むのに苦労した。いまのは別物らしい。またしばし待たされる。

看護師さんに呼ばれる。その指導で、ベッドに横向きに寝かせられる。口横にタオルがおいてあり、そこへ涎をたらすことになるなどと説明される。えっ、そんなぁ。

まず水様の薬を飲まされる。昨日から絶飲食なのだけれど、これは飲んでもいいのだろうか。

つぎに咽喉が麻痺するような薬剤を渡され、咽喉奥で保持するよういわれる。口に含んで、飲み込んでしまわないよう、咽喉の奥へ移動させる。このあたりでよいのだろうか、もうすこし奥までやったほうがよいのだろうか、でもこれ以上飲むと飲み込んでしまいそうだし、とあれこれ心配。医療機関の受診はなんにせよ、不安や心配だらけだ。

最後に点滴開始。眠剤らしきものを時々添加。●●添加しましたなどと医師に報告をしている。医師はちゃんと聞こえているのだろうか。心配。そうしているうちに意識が遠のく。・・・

気がつくと、どうやら検査は終わったらしい。胃カメラを飲ませるのに苦労した医療側は患者を寝かせて、その間に検査することを思いついたようだ。

またまた待つこと数10分。呼ばれて結果の説明を受ける。動画を見せられる。正常。すこし荒れていますが。ま、現代人で、弁護士やってて胃がなんともないという人もすくなかろう。勲章のようなものか。

記念なのか、検査実施の証明なのか、検査中の写真を数葉わたされる。名前が書いてあるわけでもないので、自分の胃かどうかはわからない。でもひと安心。ふう。

2023年1月24日火曜日

『孤高の人』

 


 新田次郎の小説『孤高の人』(上下巻、新潮文庫)を読んでいる。以前は中学時代か高校時代に読んだと思う。漫画にもなっているので、若い人たちはそちらのほうを読んだことがあるかもしれない。

今般、怪鳥会では春の合宿として神戸の六甲山全山縦走を計画中である。自身は先日、淡路島に行った際、明石海峡ごしに須磨・一の谷あたりを眺めたので、『源氏物語』や『平家物語』との関連ばかりが思い浮かんでいた。

そうしたら、メンバーのひとりが「『孤高の人』に出てきましたね。」と指摘した。なるほど、そのとおりだ。あまりにも昔に読んだため、すっかりその関連を失念していた。

読み始めてみると、なるほどこういう小説だったのかと思う。以前読んだときはあまりにも子どもだったので、ふたつのポケットに煮干しの魚と甘納豆を入れて行動食にする点に感心し、そのようなことしか覚えていなかった。

読み直しをしてみて、大正末から昭和初の時代、関東大震災前後の不安な世相が背景にあったことを知った。

主人公の加藤文太郎は実在の人物。恐らく三菱造船と思われるが造船会社に勤めていて、労働運動や社会主義運動の渦中にある。

山陰の寒村出身で、大学を出ていないことから、技師にはなれない。そうした制約を越えて、山の魅力にとりつかれている。

普通は2日かかる六甲山全山縦走を1日でなしとげ、しかも宝塚から会社のある和田まで歩いて帰る。和田は平清盛が日宋貿易の拠点として開発した大輪田の泊の場所だ。

初の北アルプスは、表銀座から槍ヶ岳、そこから大キレット通って穂高連峰、さらに西穂まで縦走。あまりにもさらりとやってのける。ほんとうだろうか。実話がベースになっているので、ほんとうなのだろう。

当時、日本人は誰もヒマラヤの高峰を踏んでいない。造船についても登山についても、欧州の知識と技術を輸入吸収している時代。そんななか、ひとりヒマラヤをめざす。

次に目指したのは雪の八ヶ岳。夏沢鉱泉から夏沢峠、硫黄岳、横岳、赤岳の往復。今年の年末年始に歩いたところと重なる。小説では強風に吹かれ苦しんださまが生々しく描かれている。

中・高校生時代に読んだときは、これら高峰はすべて未踏だった。今回は、これらのコースはみな踏んだことのあるコースばかりだ。とてもリアルかつ身近に感じられる。

六甲山は、須磨寺に行ったときに稜線の一部を歩いたことがある。街に近く、道もよく踏まれていて四王寺山のようだった。春合宿が楽しみだ。

2023年1月23日月曜日

ある不貞慰謝料被請求事件

 

 不貞を理由とする慰謝料の請求を受けたある事件。夫と子どもがいて共働きだったところ、妻が仕事先の男性と浮気。夫が妻と男性を訴え、慰謝料等440万円を請求した。

妻側で受任。裁判は和解で解決した。和解内容は、男性が夫に180万円を支払う。妻は男性に、そのうち90万円を支払う。ただし、月2万円ずつ45回の分割払いである。

こういう場合、妻と男性の行為は、夫に対する共同不法行為。慰謝料の支払義務は連帯責任・連帯債務である。どちらかが全額支払えばそれで終わり。ただし、内部的に求償の問題が残る。本件に即していえば、180万円の連帯債務、これを男性が全額支払い、妻が求償金90万円を支払うこととなった。

不貞慰謝料の金額は、浮気の結果として夫婦が離婚に至ったかどうかが大きい。離婚に至らなければ慰謝料も低くおさえられることが一般的である。その他、そもそもの夫婦関係(そもそも破綻していれば損害はない)、不貞に至った経緯(どちらが誘ったのか)、不貞期間・回数等が慰謝料額を左右する。

本件では、双方の主張がでそろった段階で、裁判所が一定の解決案を示し、それをめぐって和解協議が重ねられた。

依頼人が福岡に居住していなかったため、打合せがたいへんだった。DV案件で警察の介入もあったため、住所情報の秘匿にも苦労した。

弁護士費用は法テラスを利用されたので、着手金も報酬金も法テラスが決めた。依頼人は月1万円ずつほど法テラスへの返済義務も負うこととなった。

2023年1月20日金曜日

白銀の八ヶ岳縦走(3)

 


 白銀の八ヶ岳縦走、2泊目(2022年12月31日)は赤岳の稜線上にある赤岳展望荘に泊まった。年越しをするのに「展望荘」という名前が気にいっている。おしるこや年越しそばがふるまわれ、恒例のじゃんけん大会で盛り上がる。

翌元旦は赤岳山頂ではなく、小屋前で初日の出を待つことになった。昨日、阿弥陀岳に登ったため、他のみなさんより到着が遅れた。そのため朝食が2巡目の6時からの回になってしまったからである。登っていたのでは、朝食に間に合わない。しかたがない。朝食にはおせち料理がでた。

この日、風速が10メートル前後と強かった(上の写真、右赤岳の斜面に雪煙が舞っている)。外気はマイナス13度。体感温度はマイナス23度となる。

湿度のある小屋内から外にでると、メガネやカメラのレンズが曇ってしまう。こんかいは用心してゴーグルを買い替えたので、メガネはだいじょうぶだった。

強風のなか、小屋陰で風をしのぎつつ、ご来光をまつ。赤岳の稜線のむこうに富士山が見えている。美しい。10分ほどの間に、寒色から暖色へ色を変えていく。

正面は奥秩父の山並み、高いところは百名山の金峰山だろう。その右肩が輝きだし、初日の出があらわれでた。

小屋前で待機していた20人ほどの人のあいだから、どっと歓声があがる。ばんざいする人もいる。「明けました。おめでとうございます。」声をかけあう。

雪山は危ない。でもこの美しさ、荘厳さ、感動はなににも代えがたい。来年も登りたい。心配してくださるかたがた、心配をおかけしてすみません。

小屋の北側にまわると、阿弥陀岳がきのうとは違う絶景をみせている。頂部だけに朝日があたっている。下部はいまだシルエットのままだ。

阿弥陀岳の左手には御嶽山、さらに左に中央アルプスの山々。右手には北アルプスの山々。穂高、大キレット、槍・・・。

その手前に輝く湖面は諏訪湖だ。その手前に行者小屋が見えている。空はビーナスベルトのピンク色だ(ちかくにビーナスラインがある)。ビーナスさま、また来年もよろしく。

2023年1月19日木曜日

白銀の八ヶ岳縦走(2)

 
(阿弥陀岳、手前が中岳)


(阿弥陀岳山頂から赤岳)

(赤岳山頂から甲府盆地ごしに富士山)


(赤岳から横岳・硫黄岳・天狗岳・北八、蓼科山をのぞむ)

 3年ぶり行動制限のない年末年始、白銀の八ヶ岳縦走の2日目は赤岳鉱泉を出発。12本歯アイゼンとピッケルで雪山完全装備だ。体動がロボット化する。

中山に登ってくだって、30分ほどで行者小屋に到着する。行者小屋は土日開業している。テント泊した人たちも出発の準備をしている。

行者小屋からは地蔵尾根コースと文三郎道にわかれる。こんかいは後者を登る。夏場は階段やクサリ場となっているところが雪をかぶり、雪の斜面となっている。ところどころ階段やクサリが露出している。

そろそろ限界と思うころ文三郎分岐に着く。左に登れば赤岳、右に下れば阿弥陀岳だ。阿弥陀岳、その手前の中岳の姿が美しい。ことしは右へくだる。ぐっと下って、中岳へ登りかえす。

中岳を越えると阿弥陀岳の登りだ。急な登りで息が切れる。前回来たとき、この坂を女性が滑落したのをみたという登山者がいた。その記憶がよぎりドキドキする。

ようやく山頂だ。よい天気だ。絶景だ。山頂は青年と女性と3人だけ。青年と健闘をたたえあい、たがいに写真を撮りあう。かれは同じルートできて、今日帰るらしい。

しばらく休み、もときたルートを登り、文三郎分岐から赤岳に登る。急な岩稜で、右側が切れ落ちている。アイゼンとピッケルをきかせていけば、それほどの危険は感じない。

岩場をはいあがると、赤岳山頂だ。反対側きたグループなど10人くらいで混雑している。外人さんもいる。かれに写真を撮ってもらった。山頂からは甲府盆地こしに富士山が見えた。どこから見ても美しい。心が躍る。

しばらく絶景を堪能したのち北へむかっておりる。北側にはきょう泊まる予定の赤岳展望荘が見えている。その先が地蔵の頭。

そこを登ると横岳である。横岳から先、きのう登った硫黄岳も見える。その北はみどり池から見えた天狗岳だ。双耳峰である。

その先には北八ヶ岳、蓼科山まで八ヶ岳の全貌を望むことができた。

2023年1月18日水曜日

白銀の八ヶ岳縦走(1)

 
(夏沢峠、霧氷、向こうは硫黄岳爆裂火口)

(硫黄岳北斜面、右下が夏沢峠、正面は根石岳)
           
(雪雲を吐き出す赤岳)

(赤石の頭から硫黄岳)

 年末年始は3年ぶりに行動制限がないということで、白銀の八ヶ岳に登り縦走した。

八ヶ岳は日本アルプスではないけれども、最高峰の赤岳は標高2899メートルで、ほぼ3000メートル峰だ。北は長野県から、南は山梨県まで南北に長く連なっている。こんかいは南部、硫黄岳、阿弥陀岳、赤岳、横岳を縦走する計画を立てた。

八ヶ岳のよいところは、この時期、晴れる確率が高いことだ。天気予報を見ていると、日本海から北西の季節風が吹き付けている。北陸や北日本はほぼ雪マークだ。

しかし、北西の季節風は北アルプスを越える際に大量に雪を落とし、八ヶ岳では晴れていることが多い。ことしの年末年始も晴マークが並んでいた。

そのこともあり、八ヶ岳には冬期も開業している山小屋が多い。年末年始はさらに開業している小屋が増える。登山者も多く、トレース(踏み跡)もしっかりついている。雪山初心者からステップアップをめざす人までお奨めの山域なのである。

こんかいは初めて、八ヶ岳の東側にある稲子温泉から入山することにした。羽田空港から新宿へ。新宿から特急かいじに乗って甲府へ。

特急かいじは、全席指定。富士山方面へ向かう観光客(大月までおなじ列車)であふれ、指定がとれず、デッキで立っていた。

途中、南側に白銀の富士山が広大な裾野をひろげてそびえていた。八王子あたりから見えなくなったものの、甲府手前からまた山頂部を拝むことができた。

いちど富士が見えるところで住んでみたいものだ。さぞやおごそかで清々しい気分で過ごせるのではなかろうか。

甲府をすぎると、列車進行方向の左手に南アルプスの山々が白く輝いてみえる。北岳や荒川の山々だろうか。その右は鳳凰山だ。さらに右手には甲斐駒ヶ岳。さらに右は目指す八ヶ岳。なんという贅沢な景色。山梨に住むのもいいなぁ。

甲府から普通電車で小淵沢駅へ。そこでJR最高点を走る小海線(八ヶ岳高原線)に乗り換え松原湖駅まで。

・・と書くと簡単なようだが、実際は重い荷物をかかえて、年末年始に移動する人並みにもまれた。キップひとつを買うにも長蛇の列に並び、発車まぎわの列車に飛び乗るようにして、ようやくたどりついた。

そこからバスはなくタクシーで稲子温泉へ。あたり一面雪景色。そこで一泊。ひなびた山宿で廊下などでストーブが焚かれている。それでも寒い。

翌日、シラビソの樹林帯のなか2時間の登りでみどり池・しらびそ小屋。みどり池は、苔や藻で緑なのだが、この時期は全面氷結している。白き・みどり池である。しらびそ小屋は薪ストーブが燃え、リスや野鳥が観察できるのであるが、今回はスルー。池越しに、ガスにけぶる天狗岳がおごそかに鎮座している。こちらも今回は登らない。

そこから1時間で本沢温泉。本沢温泉は日本最高所にある野天で有名。男性入浴の時間だったが、先をいそぐ旅だったので入浴は断念。

途中、登山道の右手下100メートルに湯船が見えた。男性2人が入浴中だった。これって女性入浴時間だったら、女性が入浴しているのかしら。などと考えつつ、霧氷で美しく変身したシラビソ樹林帯を登る。

1時間ほどで夏沢峠。ようやく八ヶ岳の稜線にでた。ヒュッテ夏沢と山びこ小屋がある。どちらも休業中のようだ。西にすこし下るとオーレン小屋がある。

夏沢峠で数グループの登山者と行き交う。若い登山者と情報交換して、12本歯アイゼンに履き替える。いよいよ硫黄岳の本格的な登りだ。

樹林帯越しに、硫黄岳の爆裂火口が見え隠れする。樹林帯は霧氷に覆われ美しい。しかし、氷結した爆裂火口はすごい迫力だ。ひるがえると根石岳の樹林帯が美しい。

森林限界から先、吹きっさらしとなり、北西の季節風に急速に体温を奪われる。降り積もった雪も風でとばされ、登山道はザクザクしている。アイゼンでは歩きにくい。

上部はガスっている。道を見失わないか心配だ。しかしケルンがあるはずだし、大丈夫だろうと思って登る。3パーティほどと行き交う。小学生と思われる子どもを連れたパーティもいた。足下がおぼつかない子どもを励ましながら下っていく。

1時間ほどで頂上にでた。なんとそれまでのガスが晴れていった。横岳、赤岳、阿弥陀岳が美しく連なっている。赤岳が雪雲を吐き出している。なんという美しさ。

風景を堪能したのちは赤岩の頭へくだる。振り返ると、硫黄岳が長大な登り稜線が美しい。ガスが覆っては晴れたりを繰り返していた。外人女性とガイドさんのパーティが登っていく。

赤岩の頭から樹林帯に入り、ほっとする。1時間余で本日の宿泊地・赤岳鉱泉。まわりにはテントが張られ、アイスクライミングを楽しんだ人々でにぎやかだ。

2023年1月17日火曜日

能「土蜘蛛」



 土曜日は大濠能楽堂で観能。日本全国能楽きゃらばん 観世流 特別講演。

 http://www.ohori-nougaku.jp/lineup/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%A8%E5%9B%BD%E8%83%BD%E6%A5%BD%E3%81%8D%E3%82%83%E3%82%89%E3%81%B0%E3%82%93%E3%80%80%E8%A6%B3%E4%B8%96%E6%B5%81%E3%80%80%E7%89%B9%E5%88%A5%E5%85%AC%E6%BC%94

演目は、能「土蜘蛛」(つちぐも)、狂言「粟田口」ほか。

能はもともと将軍や高級官僚が聴衆だったので、むずかしい。高尚である。庶民を聴衆として発達した歌舞伎や文楽とはちがう。

現代でも理解者・支援者がすくないのが実情。そのため相撲にあやかり、全国きゃらばんを行い、理解者・支援者の輪をひろげようとされているのだろう。

観世流というのは主役であるシテ方の流派の一つ。シテ方だけでも五流が伝わる。芸能として難しく、理解者・支援者がすくないのに、五流も伝わるというのは関係者の並々ならぬ努力のたまものだろう。

土蜘蛛は、みなさんもハイライトだけはテレビでみたこともあるだろう。土蜘蛛が手から蜘蛛の糸をクリスマスのクラッカーのように繰り出す、あれである。

冒頭、源頼光が脇息にもたれて伏せっている。頼光は平安時代の武将で、摂津源氏の3代目(ライコウとも読む。)。大江山の鬼退治で知られる。

大江山は京から遠く、魑魅魍魎が跋扈する世界である。百人一首、小式部内侍の和歌でご存じだろう。

 大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立

みなさんは「からつくんち」に行かれたことがあるだろうか。唐津で11月初旬におこなわれる。14台の曳山をひいて街中を練り歩く。

その11番目が「酒呑童子と源頼光の兜」である。頼光が酒呑童子という鬼の首を切ったところ、首は宙を飛び、頼光の兜にかぶりついたという。類をみない意匠。曳山が近づいてくるとド迫力。

武名たかき頼光であるが、本作では土蜘蛛の毒気にあてられたのか、病に伏せり、土蜘蛛の化身の襲撃を受ける。

土蜘蛛を退治するのは頼光自身ではなく、その家来である独武者(ひとりむしゃ)である。独武者と呼ばれるが、一人ではない。ややこしい。昔は一人だったのかもしれない。

しかも能の主役(シテ)は独武者ではない。土蜘蛛である。ここが能のミソ。異界の者が主役なのである。

現代人のわれわれは、等身大の主人公に感情移入することにより物語の世界に入っていく。現代であればラスボスが主役なのである。ここも能にとりつきにくい理由の一つだろう。

平安時代の土蜘蛛は、大江山の酒呑童子とおなじく、実際は山賊の類いかもしれない。土蜘蛛のアジトは大江山ではなく葛城山である。

しかし土蜘蛛という言葉じたいは古く、古事記にでてくる。そこではヤマト王権が全国を支配する際、恭順しなかった各地の土豪がそのように呼ばれている。

かく言うと他人事のようだが、われらが九州でいえばクマソタケルがそうである。筑紫君磐井などもそうだろう。時の政府の言うことを聞かない連中を土蜘蛛と呼ぶのであれば、国賠裁判を提起する弁護士だってその類いかもしれない。あはは。

ともあれ、最後は紙吹雪ならぬ糸吹雪で大団円。吹雪はきらいだが、紙ならば楽しめる。

2023年1月16日月曜日

ヒキガエルのカップル

 


 昨年「大追跡!謎の登山ガエル」という番組が放送された。NHK「ダーウィンが来た!」で。

https://www.nhk.jp/p/darwin/ts/8M52YNKXZ4/episode/te/XX81ZJLZV9/

福岡県の霊峰・宝満山にたくさんの子ガエルが大量に登っていく。このブログでも12月21日の記事で紹介した。

http://blog.chikushi-lo.jp/2022/12/blog-post_21.html

きのうは怪鳥会の新年発登山だった。登りはじめで、「ダーウィンが来た!」の話題になった。この池が野々池で、ここでオタマジャクシが孵化するんだよねなどと話した。

しばらく登ると、左手にヒキガエルが。なんとその上部にはヒキガエルのカップルが春を準備していた。どうやらいまの時期に産卵して、梅雨時に孵化するようだ。

ヤマカガシ連中に負けないで、頑張って命をつないでほしい。太宰府の市民遺産が絶えないことを祈ろう。

ところでヒキガエルの季語は夏である。

 這出よかひやが下のひきの声 芭蕉

2023年1月13日金曜日

香りの世界

 


 わが法律事務所ではときどき外部講師をお招きして研修を行っている。先日はレクリェーションを兼ねて、講師の先生からアロマオイル(精油・エッセンシャルオイル)についてお話を聞き、それを使ったワークショップを行った。

アロマオイルには、ラベンダー、ローズマリーなどハーブ系のものや、オレンジやグレープフルーツなどフルーツ系、それらをブレンドしたものなど数十種類もある。それぞれ精神・神経を覚醒させたり弛緩させたりする。

弛緩させるというとあまりイメージがよくないが、いわゆるリラックス作用である。覚醒剤が精神・神経を覚醒させ、大麻がそれらを弛緩させるのと同じだ。もちろんよりマイルドな効き目である。

アロマオイルや薬剤が人間にとって有用であるのは、人間の精神・神経がここぞというときに弛緩していたり、必要もないときに緊張したりしているものだからだ。

ワークショップといっても難しいものではなく、多種類あるアロマオイルを数種類ブレンドして、ベースとなる素材と混ぜ、①ルームフレッシュナー、②携帯ハンドソープ、③とろとろハンドローション、④バスボムを作る作業。RPGでMPを回復する薬草をブレンドして、より強力な効き目の薬草を作るようなものである。

正直いって企画段階ではあまり興味がなかったが、やってみていろいろ勉強にもなり面白くもあった。香りに関し、豊かな世界が広がっていることを実感することができた。

刑事手続に検証がある。テレビドラマやニュースで現場検証と呼んでいるやつ。検証とは、裁判官がその五感の作用によって、直接に事物の性状、現象を検査してその結果を証拠資料にする証拠調べである。

ここでいう五感とは、視覚にかぎらず、聴覚、味覚、嗅覚、触覚を含む。われわれ現代人は視覚を多用し、せいぜい時に聴覚等他の感覚を働かせているくらいである。しかし、人類の歴史のなかでは、視覚のみならず、聴覚、味覚、嗅覚、触覚が大事な働きをしてきた。

刑事や探偵が事件を解決するうえで発動する第六感は、こうした人間に一般に備わっている五感を超えた能力を発揮すること。岩波新書で中村雄二郎『共通感覚論』を読んだ。これは五感に共通する感覚のことである。

むかしNHKのドラマで「時をかける少女」にはまった。筒井康隆原作で、その後、原田知世主演で映画化された。大林宣彦監督の尾道三部作の二作目。アニメにもなった。時をかける際の重要アイテムがラベンダーの香りである。ラベンダーの香りにはリラックス効果、抗不安効果があるようだ。

筒井康隆の脳裏にあったと思うが、この話はプルーストの『失われた時を求めて』そのものである。ある寒い日、主人公が母に奨められたプチット・マドレーヌを紅茶とともに口に触れたとたん、失われた時が復活するエピソードはあまりにも有名である。

プレバトをみていると、夏井いつき先生が五感の切替の鮮やかさを賞賛することがある。情景描写から音や匂いへの発想を飛ばす。それが快感をもたらす。

味覚・嗅覚・触覚はひごろはあまり稼働していないかもしれないが、人間の深いところとつながっている。その稼働をきっかけとして古い懐かしい記憶を発動させることもある。

山歩きをしていると、ときに甘い香りがする。秋の紅葉した川沿いであればカツラであるし(写真下、これは春)、針葉樹林帯であればシラビソである。

カツラ(桂)の香りはメープルシロップのそれにそっくり。秋の登山道でカツラの香りに包まれるとノスタルジックな気分になる。

シラビソはどちらかといえば覚醒系だろうか。殺菌作用があり、天然除菌剤として販売されている。シラビソはこの成分を分泌することにより、細菌から身を守る免疫作用を発揮しているのであろう。

2023年1月12日木曜日

ある委任契約無効確認訴訟(勝訴)

 

 ある委任無効確認訴訟事件について勝訴(確定)したので報告する。

まず前哨戦があった。父が亡くなって、母Yと子どもたち(A、X)で遺産分割調停事件となった。母YとA対Xの争いであった。当職はY、A側から依頼を受けた。

その際、Xが母から預かった遺産資料の返還になかなか応じなかった。そのため、調停が終了した後、YはAに対しXとの間の面会について、いつ、どこで、どのくらいの時間会うのかを調整する権限を委任した。そしてその面会にはAを立会人とする条件をつけた。

Xはこれに反発し、Xは子どもとして母Yと自由に面会することができる、そのためYがAに対して行った上記委任契約は無効であることの確認を求めるとの裁判を提起した。

本件でもY、Aから依頼を受けて応訴した。Xは子どもが母と面会を自由におこなうことができると主張した。裁判例も数例援用した。

高齢化社会の反映だろう。子が親と面会を求める裁判例が数件あった。どれもが認知症等により親の判断能力が疑われる事案であった。

たしかに、国家や自治体が母子の面会を理由なく制限すれば、それは人権侵害だろう。しかし、とうの母親が子と会いたくないと思っているときに、子が母と会うことは自由だといえるだろうか。それは逆に母の自由を不当に拘束することになるだろう。そう論旨を展開した。

さらに、本訴はXがYに会うことを請求するという方法ではなく、過去にY・A間で締結した委任契約の無効確認を求めたことが議論をややこしくした。

500万円を払えとか、家の登記手続をせよとか、相手方に給付を求める請求訴訟をおこすことが一般的である。しかし、前哨戦での経過から、本件ではY・A間に上記委任契約が締結されていたため、その無効確認を求める裁判となったのである。

さきにも報告したとおり、遺言無効確認訴訟というのは認められている。遺産のそれぞれについて給付を求めるのは煩雑であり、遺言の無効を確認できれば一括して紛争が解決できるからである。

本件ではどうだろう。当該委任契約の無効を確認したところで紛争の解決になるだろうか。つまり、われわれの言葉でいう「確認の利益」の有無が争われた。

結論。当方が勝利した。裁判所は本訴について確認の利益がないとした。相手方も控訴せず、一審で確定した。

当然のことながらまだ続きがある。確認の利益がないことの理由として、上記委任契約はXを拘束するものではないとの説示があった。相手方はそれを根拠として面会の自由があると主張した。

物件と異なり債権は第三者を拘束しない。これは債権の一般論である。判決はこの一般論を述べたにすぎない。そのことからただちにXがYと自由に会えるとの結論を導くことはできない。そう反論した。

とりあえず、この論争がつづくことを避けるため、当職が上記とおなじ内容の委任を受けた。

弁護士が受任した以上、その頭越しに本人と交渉をすることは許されない。このことは弁護士法が存在する以上、一般的に認められているところである。

さて、この問題はこんごどうなるであろうか。いまだ進行中である。

※写真は大垣おくのほそ道むすびの地の芭蕉と木因。

2023年1月11日水曜日

日本の高山植物 どうやって生きているの?

 




 さいきんの読書といえば芭蕉、プルースト、ジョイスをローテーションで耽読しているのだが、久しぶりに一般書『日本の高山植物 どうやって生きているの?』(工藤岳著・光文社新書)を読んだ。

ジュンク堂でパラパラと立ち読みしていたら、ヒサゴ沼の美しい写真がでてきた。それで思わず購入した。ヒサゴ沼は北海道大雪山からトムラウシ山までの縦走路の途中にある指定キャンプ地である。

日本百名山のなかで、どこが一番よかったですか?よく訊かれる質問だけれども、さいきんでは大雪山~トムラウシ山の縦走が一番と答えるようにしている。2泊3日の縦走が天候の影響もありそれなりに困難で挑戦的であるし、高山植物が豊かでヒグマがあちこちで徘徊しているから。

ヒサゴ沼は静寂のなか、ナキウサギの鳴き声がどこからともなくキュッ、キュッと聞こえてくる。筆者の工藤岳氏は北海道大学地球環境科学研究院の准教授。彼のフィールドワークの拠点がヒサゴ沼なのだ。

もう30年以上も大雪山にかよい、高山植物の生態を研究しているのだそう。多雪、強風、極寒、乾燥など厳しい冬が長く、2ヶ月ほどの短い夏。このような過酷な環境で、高山植物たちはどうやって生きているのか?どうやって命をつないでいるのか?あざやかな回答の数々。

ばくぜんと理解していたことどうしが、うまくつながる感じがすごい。植物は植物だけで生きているわけではない。われわれがばくぜんと理解しているように、蝶だけが受粉の手助けをしているわけでもない。

実際にはハエやハチが受粉の手助けをしている。ハチはマルハナバチだ(マルハナバチはプルーストの『失われた時を求めて』の「ソドムとゴモラ」冒頭にでてくる。いつもの読書ともつながる。)。高山植物はかれら昆虫と緊密な生態系を維持しながら生存している。

高山植物は短い夏の間に命をつないでいかなければならない。そのため自家受粉しているのかと思いきや他家受粉しているらしい。そのほうが激変する環境に強い種となるからだ。そうなると、昆虫たちなしではうまく受粉できない。風だけがたよりではあまりにも心許ない。

筆者の30年の研究生活のなかで、やはり分子生物学の進歩の成果がはなばなしい。(いまから考えれば)むかしは形態が似ているとかザックリした研究だった。しかしいまはちがう。DNAレベルで類縁関係がわかるのだ。

それによれば、北海道の高山植物たちと中部山岳(日本アルプス)地帯におけるそれらとでは出自が違う。高山植物は氷河期の生き残り。かれら彼女らは北方からやってきたとはいわれていた。シベリアなどに同種の植物がいるからだ。

しかし、北海道の高山植物はベーリング海・千島列島に沿って、中部山岳地帯のものはシベリア・サハリン経由で来たらしい。前者は「エゾ」なんとかという名前で、後者とはすこし違う種であることは意識されていた。しかし、それほど出身地が離れているとは知らなかった。

こうして厳しい環境のなか生存戦略を進化させてきた高山植物たちだが、いま危機にさらされている。地球温暖化の影響だ。短い夏が早くやってき、花が咲いているときにはハチたちがまだ活動しておらず、逆の事態にもなる。ハチたちが絶滅すれば、花も生きてはいけない。なんとかしなくては。

人生やり直すことができるなら、北大に入り、このようなフィールドワークをするのもいいと思える一冊だ。(隣の芝生は青い、ならぬ、隣のフィールドは広い)

2023年1月10日火曜日

能「緋桜」、「安達原」

 

  太宰府プラムカルコアで能「緋桜」、狂言「樋の酒」、能「安達原」を観た。

写真館を経営されているUさんのお誘いだったが、「緋桜」のシテ役が今村嘉太郎さんだったので、あわせてご挨拶等いただいた。

「緋桜」は宝満山にまつわる新作能。森弘子先生が解説。大宰府権帥として下向した大江匡房は、桜の名所として都まで名のしられた竈門山へ。竈門山は宝満山の旧名。麓の神社名に名残をとどめている。

緋桜のもとで前シテの女があらわれ、美しい桜のいわれを語る。天智天皇がここでつぎの歌を詠んだという。

 散るたびにもえこがれても惜しきかな 竈門山なる緋桜の花

匡房が夢見心地でいると、太鼓の音に誘われ、後シテである緋桜の精があらわれ、美しい舞を舞う。

天智天皇は中大兄皇子時代に九州に来ている。白村江の戦いに敗れたときだ。宝満山にも登ったかもしれない。しかし歌はどうだろう。万葉集には掲載されていないようだ。竈門が「火」→「緋」をみちびいたのだろうか。さらに狂言の「樋」を導いたのかも。

謡曲「安達原」のもととなったのは、黒塚の鬼婆伝説。伝説はふるく平安時代からあったようだ。平兼盛の歌。

 みちのくの安達が原の黒塚に 鬼こもれりと聞くはまことか

筋は福音館書店の絵本「みるなのくら」と同じ。一夜の宿を借りたところ、主人の婆が自分の寝所をのぞいてはならぬの言い置いて外出。みるなといわれればよけいに見たくなるのが人情。

日本人の歴史とともに古い。古事記にもある。イザナギは死んだイザナミが恋しくて黄泉の国へ行く。そこで覗いてはならぬといわれたのに覗いてしまう。イザナミは腐敗してウジにたかられていた。イザナギは驚いて逃げ出すが、イザナミは追っかける。

山幸彦はトヨタマヒメから出産のときは見ないでといわれるが、見てしまう。トヨタマヒメはなんとサメの姿に。・・。

そもそも人を食らう鬼婆だから追っかけてくるのか、見るなと禁止したのに約束を破って寝所をのぞかれた恥をそそぐために追いかけてくるのか分からない。不思議な筋。

写真は安達太良山の登山口でみたご来光と黒塚。安達原は安達太良山の麓にあるのだ。智恵子さんは、男心をわしづかみにする鬼女の末裔だったかもしれない。

2023年1月6日金曜日

2023年謹賀新年

 


 みなさま2023年新年明けましておめでとうございます。

旧年中は、コロナ禍にくわえ、ロシアによる戦争が開始され、これが世界経済・食料事情の不安定化、円安、物価高、増税論議をなどひきおこすなど厳しい情勢でした。そしてそれは地域の社会・経済にも深刻な打撃を与えました。

新年はコロナ禍や戦争が早期に終結し、世界経済・食料事情等が安定化することを願ってやみません。

わが事務所としては、これまで以上に個々の力量をあげるとともにチームワークをたいせつにし、地域貢献・社会貢献を果たしていきたいと考えています。

みなさまのご健康とご多幸をお祈りいたします。とともに、当事務所に対するこれまでと変わらぬご声援をお願い申し上げます。

※写真は八ヶ岳の稜線上から2023年初日の出。気温マイナス13度、風速10メートル、体感温度マイナス23度という厳しい環境のなか、新しい日の光が昇ってきました。