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2023年12月8日金曜日

マジカルミステリーツアー(3)

 





 赤倉温泉駅から陸羽東線を古川に戻る。そこから東北新幹線で盛岡へ向かう。列車は全席指定のはやぶさだ。なんと1両貸切。他に客はいない。これも山の神のご接待か。恐れ多い。

北上駅あたりから東をのぞむ。あのあたりが遠野だろうか、早池峰山だろうか。まもなく新花巻を通過。時間があれば訪ねたいところだ。最近でいえば早池峰山に登ったときに訪ねたきりだ。それでももう10年以上前になる。

盛岡でおり、ホテルに向かう。北上川にかかる開運橋を渡る。北を見ると、岩手山が美しい姿をみせていた。西側に雲がすこしかかっているので、上空は風が強そう。でもこれなら、明日は登れそうだ。開運橋は開雲橋。

岩手山の美しい姿をみると、NHKの朝ドラ「どんど晴れ」(2007年)を思い出す。比嘉愛未が旅館の若女将を好演した。旅館の格式と奮闘しながら成長し、民話との運命的な再会を果たす。その不思議な魅力に、まわりは彼女に開運の座敷童(ざしきわらし)を幻視する。

ドラマ制作のねらいは、目に見えるものしか価値をもたなくなった現代人に欠けている「見えないものを信じる勇気と力」を描こうとしたとされる。

『星の王子さま』や『ロード・オブ・ザ・リング』を共通するテーマ。『遠野物語』の遠野があり、『銀河鉄道の夜』などを書いた宮沢賢治の拠点であった岩手を舞台としたことで、テーマを効果的に描くことができた。欠かさず見た記憶だ。もちろん、オーディションで選ばれた比嘉愛未の可愛いさにハートを打ち抜かれたせいもあったが。

翌日は岩手山に登った。標高2038メートルの百名山。宮沢賢治も中学時代から登り、30回以上は登ったという。ぼくは13年ほどまえに1度、今回が2度目である。以前は迫田弁護士夫婦、石井弁護士の4人で登った。宿で握ってもらった秋田こまちのおにぎりの味が絶品だった思い出がある。

岩手山は、どこよりも地元の人たちに愛されている山だ。東北なまりが行き交い、雰囲気があたたかい。若者から高齢者まで。70歳、80歳とお見受けするおじいさん、おばあさんがたくさん登られている。あの年齢で、足は、腰はだいじょうぶか?といらぬ心配をしてしまう。

70歳、80歳のかたがたに混じって最初は余裕だったが、くだりではそうとうバテてしまた。それもそのはず、この日の万歩計は37,000歩を歩いたと告げていた。平地ならともかく、その半分は登りである。バテたはずだ。

2022年12月22日木曜日

牧野富太郎博士とNHK朝ドラ「らんまん」

 

 12月14日のブログ「伊良湖岬と椰子の実と鷹とアサギマダラと日本人」に、ちょこっと植物学者の牧野富太郎博士のことを書いた。新婚旅行先の霧島でもただ物見遊山するのではなく、新種のツツジを見つけ、ミヤマキリシマと名付けたと。

そうしたら例のシンクロニシティ。大学時代おなじ部活で、いまは九大の先生をしているIDくんが高知県佐川市へ仏画の調査に行ったところ、そこは牧野富太郎博士の出身地。来年は大河ドラマブームで盛り上がりそう。と、SNSに投稿していた。

あれれ。来年のNHK大河は松潤のなんとか家康じゃなかったっけ?(正式には「どうする家康」だった。)

https://www.nhk.or.jp/ieyasu/

調べたところ、牧野博士は大河ではなく朝ドラ(連続テレビ小説)のほう。ほう。タイトルは「らんまん」。

https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=34193

牧野博士役は神木隆之介、妻役は浜辺美波。楽しみ。霧島やミヤマキリシマのエピソードはでてくるのだろうか?いまから楽しみ。

2022年7月4日月曜日

ウィ・シャル・オーバーカム


  あることを知ると、それまでバラバラだった知識がそのことのまわりに凝集してくることがある。

先日、葉加瀬太郎のコンサートに森山良子がゲストできていた。その際、清水ミチコもゲストだった。清水のあとが森山の出番だった。清水は森山にうまくつなげるため、森山のかって歌った「禁じられた恋」の歌まねをした。

「禁じられた恋」は1969年のヒットソング。10歳、小学校3年のときだ。曲は知っていたが、森山良子の歌とは知らなかった。いまどきのヒットソングである「さとうきび畑」や「涙そうそう」とはかなりちがう。

きのう、世界の果てまでイッテQだったろうか、イモトが狂言まわししながらAIが信州の星空のしたで「アルデバラン」を歌っていた。NHKの朝ドラで毎日聴いていたはずだが、森山直太朗の作詞・作曲というのはきのう初めて知った。

いまNHKの朝ドラアンコールは「芋たこなんきん」をやっている。2007年の番組で田辺聖子の自伝的ドラマ。きょうは徳永家の長女が成長し、フォークをきき集会などにもでかけていくようになる場面。部屋では「禁じられた恋」が流れていた。

集会で歌われていたのは「ウィ・シャル・オーバー・カム」。ぼくらはすこし遅れてきた世代だから、リアルタイムでの記憶はない。ウィキで検索すると、邦題「勝利を我等に」。米国ではジョーン・バエズ、日本では上条恒彦らが歌い、反戦・平和運動、歌声喫茶などでひろく歌われていたらしい。

この曲の存在を知ったのは弁護士になってから。なりたてのころ、弁護士会では自由な接見交通権の確立に取り組んでいた。知恵をお借りしに九大刑事訴訟法の横山晃一郎先生の研究室を訪ねた。その際、横山先生から聞いたのが、この曲。

その後ほどなくして先生はご病気で亡くなった。葬儀はプロテスタント教会で。仏教による葬儀と異なり、すべて平明な言葉で心の痛みが表現されて、感銘を受けた。

2022年3月30日水曜日

「カムカムエヴリバディ」


  NHKの朝ドラはいよいよ最終回がちかづいてきた。大正時代から現代まで母娘三代(上白石→深津→川栄)の悲喜劇を描く。

深津は回転焼屋を営んでいるが、ライバルとして「団子3兄弟」の曲が流れる。この曲がヒットすると客が回転焼から団子に流れてしまう。でもドラマのほうも曲にあわせて、上白石、深津、川栄の時代のいろんなエピソードが串団子のように一本にまとまる展開になってきた。

「カムカムエヴリバディ」はわが事務所のスローガンとしてもぴったり。昭和の時代、稲村弁護士は裁判所前の門前町を離れ、お客さまのなかに飛び込んた。それまで福岡市内の赤坂や城内に事務所をかまえ、来られる人は来なさいというやり方だった。それを180度転換し、カムカムエヴリバディというやり方に変えたのだ。

虚無蔵さんの名セリフも、若手弁護士に聞かせたい。

「日々鍛錬し、いつ来るとも知れない機会に備えよ」

虚無蔵がこのセリフを言うと、アーヴィングの『オウエンのために祈りを』を思い浮かべてしまう。主人公2人は何の役にたつともしれぬスラムダンクの練習に日々励む。このような日々の鍛錬が意味をもつ日は来るのか。

むかし駆け出しの弁護士だったころ、水俣病の裁判で会場の場所とりや弁当の手配など、弁護士の仕事とも思えぬ下働きをやらされていた。その後、ハンセン病裁判を主導するようになった。下働きを一緒にしていたK弁護士は「この日のためにやっていたんだ。」としみじみと言った。後になって下働きの経験が役にたったのである。

カムカムでは母娘三代にわたり、あんこを作っている。その場合のスタンスが他のあんこ屋さんと違っている。人間側の都合ではなく、徹底してあずきの側に立っている。その呪文。

「あずきの声を聴け、なにゅうしてほしいか、あずきが教えてくれる。
おいしゅうなれ、おいしゅうなれ、おいしゅうなれ・・・」

当職の弁護士としてのモットーは「人事を尽くして天命を待つ」である。人事を尽くす際には、やはりおなじように祈っている。「よい結果になれ、よい結果になれ、よい結果になれ」。

2022年3月11日金曜日

アルデバラン


 カムカムはいま3代目・川栄李奈が活躍中、そろそろ終結かと思われる。

主題歌はAIの「アルデバラン」。アルデバランは牡牛座のα星、冬のダイアモンドを構成する。歌詞の冒頭はこう。

 ♪君と私は仲良くなれるかな
  この世界が終わるその前に・・・

カムカムは日常的ドラマの流れのなかに、突然異質なものが挿入されて面食らう。「暗闇でしか見えぬものがある。暗闇でしか聞こえぬ歌がある。」以前紹介した時代劇シーンなどがそうだ。

川栄李奈になってからは「およげたいやきくん」や『サラダ記念日』など、ときどきの流行歌や流行したセリフを使って昭和という時代とその流れを感じさせてくれる。

なかでもこれはと思ったのがノストラダムスの大予言。「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる」。あったあった、あったね~。

その後の展開で川栄は恋人の五十嵐と別れる展開に。時代劇が廃れ、食えなくなったからだ。あれれ。「アルデバラン」の歌詞どおりではないか。

そう思っていたら、ロシアによるウクライナ侵略。プーチンによる核兵器威嚇。NATOや欧米各国とロシアによる全面戦争になりかねない事態に。・・・。

俄然、歌詞の重みが増している。SMAPの「Triangle」も最注目されている。

先輩時代劇俳優が五十嵐に贈った言葉が沁みる。

どこで何をして生きようと
お前が鍛錬し培い身につけたものはお前のもの
決して奪われることのないもの
一生の宝とせよ。

2022年2月4日金曜日

暗闇でしか見えぬものがある。暗闇でしか聞こえぬ歌がある。

 

 きょうは電車のなか、私立受験とおぼしき高校生がたくさんいた。立春の日にふさわしい光景といえよう。立て!高校生たちよ。

さて更科つながりで、『更科日記』から『更科紀行』。

芭蕉の紀行文のなかに、『更科紀行』がある。元禄元年8月、笈の小文の旅の帰りに、更科・姨捨山へ月見に立ち寄ったときの紀行文。同行は名古屋の越人。

 さらしなの里、おばすて山の月見ん事、しきりにすすむる秋風の心に吹きさはぎて、ともに風雲の情をくるはすもの又ひとり、越人と云。

おなじく鹿島詣も月見の旅だったけれども月見えず。しかし『更科紀行』のときにはよく見えた。

 俤や姥ひとりなく月の友

 いざよひもまださらしなの郡哉(こおりかな)

 さらしなや三よさの月見雲もなし 越人

平安朝に美文を集めたアンソロジー『和漢朗詠集』。日本人が雪月花を愛するようになったのは、そこに白居易の次の詩が掲載されたことに由来するらしい。

 琴詩酒の友は皆我を抛つ 雪月花の時最も君を憶ふ

雪や花を求めて信州の山を訪ねることはあっても、月を求めて訪ねることはない。月の価値はうすれつつあると思っていた。

朝ドラを見ている。「カムカムエヴリバディ」。上白石萌音の時代ははんとうに暗かった。深津絵里の時代になって転調、急に明るくなった。

なんじゃこれ、とずっと思っていたのが時代劇シーン。単なる幕間狂言かと思いきや、どうやらドラマのテーマを伝えているようだ。モモケンの決めぜりふ。

 「暗闇でしか見えぬものがある。暗闇でしか聞こえぬ歌がある。」

わが事務所も4月に稲村晴夫弁護士が退所、しばらくはむずかしい時代を迎えるだろう。しかし、それもまた好機。困難な時しか見えぬものがあるだろう、困難な時しか聞こえぬ歌もあるだろう。

2021年12月17日金曜日

『菅原伝授手習鑑』


  道明寺、道明寺天満宮を訪れたので、旅の反芻もかねて、『菅原伝授手習鑑』を反芻読書した。

とはいっても、オリジナルの脚本ではなく、河出からでている日本文学全集10のなんちゃって現代語訳である。とはいっても、三浦しをん訳。とても読みやすい。

とはいっても、最初はとても戸惑う。平安時代の話なはずなのに、江戸時代に書かれた脚本なので、セリフや風俗などは江戸時代である。ま、当時からなんちゃって江戸時代訳だったわけである。

でも二読、三読するうちに、そんな違和感はなくなってしまう。いつしか江戸時代の観客と一体化して舞台に見入り、手に汗をにぎってしまう。

時の権力者である藤原時平やその子分たち、かれらの悪逆非道に負けるな道真公!

面白かったので、つづけざまに『義経千本桜』まで読んでしまった。こちらはいしいしんじ訳である。現代の売れっ子小説家による、江戸時代の売れっ子脚本家の翻訳であるから、手慣れたものだ。

義経もでてくるが、主役は彼らをめぐる人物群像である。源平合戦も、壇ノ浦の戦いはでてこない。屋島の戦いのなかで済まされてしまう。こまかいことは気にしない。

壇ノ浦や熊野沖で死んだはずの、安徳天皇や平の知盛、維盛、教経も生きている。そして義経一行にからんでくる。だいたい義理と人情の板挟みというやつだが、いまでも面白いし感動する。

これかと思ったものがあれだったりして二転三転する。ハリウッド映画のようだ。逆か。真似たとすれば、ハリウッド映画のほうだ。この点は歴史的に明らかだ。

さらに『仮名手本忠臣蔵』まで読み進んでしまった。松井今朝子訳というのがいい。『義経千本桜』読了の日がちょうど12月14日だったこともある。討入りの日だ。流れで『仮名手本忠臣蔵』に討ち入ってしまった。

これも読みやすくはない。実話のとおりに書くと、江戸幕府を批判しているともとられかねない。当時の脚本家がその点をはばかって、時代を足利幕府に設定しているからだ。

登場人物は、吉良上野介と浅野内匠頭ではなく、高師直と塩治判官となっている。吉良上野介の役職「高」家→「高」師直、赤穂藩主・浅野内匠頭→赤穂の特産は塩→塩治。こうしたサジェスチョンにより、当時の観客にも実は赤穂浪士の討入りの話だと分かる仕組みになっている。

こちらも読みながら、頭の中でいちいち翻訳しなければならない。足利時代→江戸時代、さらに現代への三段跳び。言論の自由がないというのは、じつに不自由なことだ。

12月10日フィリピンとロシアのジャーナリストにノーベル賞が授与された。彼らが命がけで表現の自由を守っているからだ。

朝ドラ『マー姉ちゃん』でも、太平洋戦争がすすむにつれ言論統制が厳しくなってきた。いま思えばこっけいなことばかりだ。でも当時はみな「死ぬほど」まじめにやっていたのだ。

いまの日本はどうだろう。権力悪にたいし真相究明・真相解明がなされているだろうか。たとえば、森友学園をめぐる財務省の公文書改ざん問題。

自殺した財務省職員の妻が裁判で損害賠償を求めた。国は争わずして妻の請求を全面的に認めた。なぜか。公文書改ざん問題の真相を法廷で追及・明らかにされたくなかったためだろう。

しかし、それでは逆だ。国は責任を全面的に認めたのであるから、すべての真相を明らかにする責任がある。そうでなければ、天神さまの怒りに触れ、天罰がくだること疑いない。

2021年7月6日火曜日

あたらしい歌枕・登米


(モネの睡蓮@ビュールレ展)

  思ひかけずかかる所にも来たれるかなと、宿を借らんとすれど、さらに宿貸す人なし。やうやうまどしき小家に一夜を明かして、明くればまた知らぬ道迷ひ行く。袖の渡り・尾ぶちの牧・真野の萱原などよそ目に見て、遙かなる堤を行く。戸伊摩といふ所に一宿して、平泉に至る。その間二十余里ほどとおぼゆ。

思いがけず石の巻に来て、宿を借りようとしたけれども借りられず、平泉にむけて出発したけれどまた道に迷い、袖の渡りなどの歌枕には行き損ねたらしい。またまたほんとうでしょうか。

ここも『曽良随行日記』によれば、事実と異なっていて、実際はそれなりのもてなしを受け、道迷いもなかったらしい。芭蕉がこのように旅程を困難に暗く書いているのは、念願の目的地である平泉や金色堂をより光かがやかすためであるとされています。

芭蕉は『笈の小文』で、紀行文とは何かについて、こんなことを書いています。

 抑、道の日記といふものは、紀氏・長明・阿佛の尼の、文をふるひ情を盡してより、餘は皆俤似かよひて、其糟粕を改る事あたはず。まして淺智短才の筆に及べくもあらず。其日は雨降、昼より晴て、そこに松有、かしこに何と云川流れたりなどといふ事、たれゝもいふべく覚侍れども、黄奇蘇新のたぐひにあらずば云事なけれ。

小・中学校のときに、日記の書き方について、先生から指導されたとおり。朝起きて、顔洗って、歯を磨いて、ご飯を食べて、着替えて・・・ということを書いてもしかたがない。なにかしら新しいことや興味あることを書かないと、面白くないし意味がないというわけです。

 されども其所ゝの風景心に残り、山館・野亭のくるしき愁も、且ははなしの糧となり、風雲の便りともおもひなして、わすれぬ所ゝ跡や先やと書集侍るぞ、猶酔者の妄語にひとしく、いねる人之譫言するたぐひに見なして、人又亡聴せよ。

とは言っても、いろいろと旅の思い出などを書き連ねるので、フィクションと思って話半分に聞いて欲しい。なるほど、分かりました。

松島から平泉まで、姉歯の松、緒絶えの橋、袖の渡り、尾ぶちの牧、真野の萱原という5つの歌枕がありましたが、全部スルー。各歌枕の地元の観光協会としてはさぞかし悲憤慷慨でしょう。

「昔より詠み置ける歌枕多く語り伝ふといへども、山崩れ、川流れて、道改まり、石は埋もれて土に隠れ、木は老いて若木に代われば、時移り、代変じて、その跡たしかならぬことのみ」(多賀城碑の段)なので、歌枕を尋ねる気力が失せたのでしょうか。

そして歌枕をスルーして遙かなる堤を行く。遙かなる堤は北上川の土手です。そして芭蕉一行は、戸伊摩(といま)といふ所に一宿しました。

戸伊摩って、どこか分かりますか。いまの登米町(とよままち)です。登米って、どこか分かりますか。いまのNHK朝ドラ『おかえりモネ』で、主人公の百音ちゃんが夏木マリの家に下宿して森林組合の職員として働いているところです。

百音ちゃんは、いま気象予報士めざして勉強に励んでいます。ひとつまえの石の巻で、日和見(観天望気)の話をしましたので、うまいぐあいに響きあっています。

モネちゃんは百音と表記されていることから、音と関係が深いのでしょう。主題歌はBUMP OF CHICKENの「なないろ」です。なないろは、もちろん虹の色でしょうが、百音ともひびきあっているのでしょう。

歌を歌った場所が歌枕だとするなら、登米は最新の歌枕じゃないでしょうか。♪闇雲にでも信じたよ きちんと前に進んでいるって・・それでもいい これはぼくの旅

ということで、道迷いしながらも、芭蕉の旅は念願の平泉に至ったのでした。パチパチ。