6月末、北海道の大雪山~トムラウシ山縦走を計画した。ここは縦走路に沿って文字どおり百花繚乱で、天上世界のよう。登山者あこがれのコースである。
全長40キロメートル。山中2泊3日なのだが、営業小屋はなく避難小屋のみである。天候と体調には細心の注意を払わなければならない。
2009年7月にはこのコースを歩んだツアー登山者たちがトムラウシ山で大量遭難が発生し、ツアーガイドを含む登山者8人が低体温症で亡くなった。夏とはいえ、低体温症には用心しておかなければならない。
ヒグマの巣のようなところを通過していかなければならず、クマに襲われるリスクも考えておかなければならない。とはいえ『女二人のニューギニア』の旅ほどには危険ではないと思う。
福岡空港から新千歳空港へ向かう。大雪山に登るには旭川空港がもよりなのだが、福岡からの直行便はなく、羽田経由だと割高になってしまうから。
新千歳空港の売店で、予約していたガスボンベを購入する。避難小屋泊まりなので、寝具・食事もすべて自前である。バーナーや食器等も持参しなければならない。困るのはガスボンベを飛行機に持ち込めないことである。先人の努力で空港で入手できるようになっている。
新千歳空港から札幌まで空港快速、札幌から旭川まで特急ライラックである。札幌から旭川までJRに乗ると、恵庭、砂川、滝川などの各駅を通過し、憲法判例100選の目次かと思う(滝川事件は趣旨がちがうが)。
旭川からはバスで旭岳温泉へ。宿に着くころには雷雨になっていた。不安定な天候である。
旭岳温泉にはいくつか宿があるが、勇駒荘に泊まった。異なる泉質が5種類もある。地元食材をつかった料理もおいしい。ただしご多分に漏れず、物価高はここまで及んでいる。
マンホールのデザインはナキウサギ。ことしは出会えるかな。
旭岳温泉から旭岳をめざす。旭岳は大雪山系の最高峰である。大雪山は北海道の中央部に位置し、北海道の大屋根と呼ばれる。大雪山という名前の山はなく、西の旭岳、東の黒岳などからなる連峰である。大雪山国立公園は23万ヘクタールあって、日本最大の面積を誇る。
旭岳は標高2291メートル。標高は2000メートル級であるが、緯度が高いので気候のきびしさは本州の3000メートル級に匹敵するといわれる。
旭岳も、黒岳も途中までロープウェイなどを利用できて便利である。旭岳ロープウェイを利用して姿見駅まであっというま。駅は標高1600メートル。山頂まで残すところあと700メートルほど。宝満山の標高くらいである。
姿見駅周辺の雪解けはおそかったようで、高山植物の種類・数はすくなかった。チングルマがわずかに咲いている。
例年は散ってしまっているのだけれど、ショウジョウバカマの花も残っていた。猩々というぐらいだから本来赤い花なのだけれど、土壌の影響か紫色である。
姿見駅から30分弱で姿見の池に着く。池面には雪渓が残っている。池の向こうは旭岳の勇姿。山頂から西へ裂けた地獄谷が亜硫酸ガスを吹き出している、まさに活火山の迫力。
エゾノツガザクラ。文字どおり、蝦夷のツガザクラ。北海道~東北だけにみられる。この美しさは人間向けではない。マルハナバチが受粉を手伝っている。詳しくは『日本の高山植物ーどうやって生きているの?』工藤岳著・光文社新書を読んでくだされ。
登りにとりかかる。旭岳は大雪山の峰々のなかでもっとも若く、形成時期は数千年前である。つまり、弥生時代。ついさいきんのことである。強い酸性の土壌となっており、いまだ酸性度に強い植物が地をはっているだけである。
登山道は地獄谷の右手(南側)を登っていく。地獄谷は山頂から西側に裂けた馬蹄形の谷となっている。600年ほど前(つまり室町時代)の水蒸気爆発で生じた爆裂火口が浸食されたものである。多数の噴気孔があり、いまも火山ガスを多量に放出している。旭岳をのぼっていると、火山ガスが流されてきて、温泉臭がすごい。
地獄谷の火口壁はスコリア層が10枚以上露出している。スコリアとは、安山岩・玄武岩質の穴だらけの岩クズである。ゴロゴロしていて足場が安定せず、とても歩きにくい。
そのうえ、この日は10メートル以上の北風が吹いていた。てんくらの登山適度判定はABC3段階のC判定であった。強風が小石まで巻き上げ顔にあたって痛い。とくに6~8合目あたりが風の通り道になっているようで、歩けないどころか、ともすれば吹き飛ばされそうであった。半分くらいの登山者があきらめて下山していった。
振り返ると姿見駅が見える。昔は北海道に梅雨はないといわれていた。近年は異常気候で、北海道も暑く、湿度も高い(西日本はすでに梅雨が明けていた。)。雲がわいている。
ようやく8合目あたりまで登ってきた。左手に山頂がちかくなってきた。山頂の右手に大岩が見えている。金庫岩である。
金庫岩の手前で、西側・地獄谷を見下ろす。姿見駅も見える。さきほどの雲もすこしうすれて、旭岳温泉街も見えている。旭川市街や旭山動物園は雲の下である。
山頂まであとわずか。先達の人たちが歓声をあげたり、憩ったりしている。
ようやく山頂到着。「大雪に登って山の大きさを知れ」。山頂は360度の大展望である。