2010年10月21日木曜日
マリアビートル
伊坂幸太郎さんの最新作「マリアビートル」。
「グラスホッパー」の姉妹編。
昔の小説に出ていた人物に新たな小説で出逢うと
旧知に会ったような気が。
作品どうしがリンクしている、それだけでワクワクします(恩田陸さんとかも)。
本歌(本家)はバルザックでしょうか?
「マリアビートル」でも、「グラスホッパー」の登場人物たちに再会できます。
虫つながり、虫仲間というところ。
伊坂さんはあいかわらず毒があります。
殺し屋多数に「どうして人を殺しちゃいけないんですか?」と問う中学生(王子)。
「どうして人を殺しちゃいけないんですか?」
中学生の問いに、大人はみなうまく答えられない。
「そんなのあたりまえだ。」
そう、私なら答えます。
これまでに殺した側、殺された側の依頼を受ける機会がありました。
どちらの側に関与するばあいでも、ほんとうにいやなものです。
殺した側の国選事件(初めての殺人事件弁護)。
ご遺族の許しがえられ、ご焼香させていただきました。
筑後地方のある町までバスに揺られていきました。
ご遺族はなにも言われませんでしたが、そのことが心に迫りました。
殺した側の起訴前弁護。
男女の三角関係がもつれた事件。
事件の原因となった葛藤は解消されておらず揺さぶられました。
殺した側の少年事件。
少年の心の闇の深さ、理解しがたさに無力感。
殺した側の弁護も気がおもいところ、殺された側の代理人はさらに気がおもい。
それまでの表層的な人間関係が破られ、真の姿が立ち現れてしまいます。
…
さいしょ、マリアビートルの意味を知りませんでした。
ビートルズの「レットイットビー」にあらわれるマリアさまのことか?
そうおもいつつ読みすすみました。
じっさい、真莉亜も登場。
words of wisdomは話してくれませんが。
この小説を読んで、マリアビートルとはテントウムシのことと知りました。
ナナホシテントウこと七尾(Maria's Beatle)が困難に遭遇するたびに
新幹線車内を右往左往するさまは
テントウムシが植物のくきを行ったりきたりするようすにそっくり。
テントウムシには、植物をずんずん登っていって行き止まると
ぱっと羽をひろげて飛びたつ習性も。
追いつめられ窮地に立たされた人間が
ふだんは隠された力をはっきして光さす方へ飛躍する。
「マリアビートル」は、そうした自由(光)へ飛翔するイメージを強く喚起させます。
(登場人物たちの毒と影は、この光をきわだたせるための仕掛けでしょう。)
困難な情況にあるかたがたが
words of wisdomにめぐりあうこと
あるいは、人間の隠された自己治癒力をはっきされること
それらをとおして光さすほうへ歩んでいただきたい
そう切に願います。
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