2010年10月15日金曜日
藪の中~京都山科殺人事件~
「水嶋ヒロさんが所属事務所を退社。
ところが今後のことは『藪の中』となっています。」
と書きました。
「藪の中」とは、関係者の証言が食い違って、事件の真相がわからないこと。
芥川龍之介の短編小説「藪の中」に由来しています。
「古今物語集」の説話「妻を具して丹波国に行く男、大江山において縛らるること」が元となっています。
「藪の中」を黒澤明監督が映画化したのが「羅生門」。
ネットでも簡単に読めますから先にご一読ください。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/179_15255.html
事件は殺人。
殺害現場は京都の山科、関山(さらに若狭)へ向かう途中の「藪の中」。
関山は逢坂山のこと。
これやこの歌で有名な逢坂の関のあるところ。
これやこの行くも帰るも別れつつしるもしらぬもあふさかの関(蝉丸)
逢坂山は「逢う」という名にし負い、男女の逢瀬、恋、愛といったイメージが喚起されます。
名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな(三条右大臣)
夜をこめて鳥の空音は謀るともよに逢坂の関は許さじ(清少納言)
山科は京都の東はずれですが、いまではすっかり住宅化されています。
でも「山」科というからには、平安時代には殺人事件が起こりそうな雰囲気だったのでしょう。
山科には歌人・小野小町ゆかりの随心院があります。
小町は絶世の美女。
深草(京都伏見)の少将は彼女を死ぬほど愛し、私のもとへ百夜通い続けたら結婚しようと小町に言われて、99夜通ったものの最終日の天気があいにく雪で凍死(伏見山は八甲田山と違いなだらかな山なのですが…。小町のあしらいが死ぬほど冷たかったことの比喩的表現でしょうか?)。
そんな小町も年齢にはかてません。
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに(小野小町)
美男でならした在原業平が妃をかどわかして逃げたとき、小町のドクロが歌を詠んだとか。
秋風のふきちるごとにあなめあなめ…
山科→小町はそうした男女の愛憎や死のイメージも喚起します。
執筆中の芥川の脳裏にも、これら男女の愛憎や死のイメージが去来したことでしょう。
なお、深草の少将の屋敷があったとされる欣浄寺の池の横には「少将の通い道」。
訴訟を持っている者がここを通るとかなわないとか(恋におぼれると訴訟どころではなくなるためか?)。
われわれ訴訟関係者には縁起の悪いところです。
捜査官は検非違使。
検非違使とは「弘仁年間に置かれた、令外の官の一。京中の非違を検察する役であったが、のちに訴訟・裁判も扱うようになりその権威は強大になった」(大辞林)。
いまでいえば特捜検事でしょうか(特捜検事は一般の殺人事件は扱わないでしょうが)。
被害者(死体)は金沢武弘(26歳)。
若狭の国府の侍というのですから、いまでいえば福井県警・敦賀警察署の警察官といったところ。
自殺の線もあるので、容疑者は①被害者本人、②その妻・真砂(19歳)、③多襄丸の3人。
④木樵りその他が犯人である可能性はゼロではありませんが、そのような結論はミステリファンならずとも木戸銭を返せというでしょう。
多襄丸は名高い盗人で女好き。
小栗旬さん主演で「TAJOMARU」という映画になっています。
殺人事件直前に起きた真砂に対する強姦罪については争いがありません。
小説は7通の供述調書からなっています(多襄丸のは自白調書)。
上記3人のほかは、④木樵り、⑤旅法師、⑥放免(警察官)、⑦真砂の母。
④木樵りは死体の第1発見者。
死体の状況や遺留品について供述。
⑤旅法師は事件直前の夫婦を目撃。
⑥放免は多襄丸を逮捕。
多襄丸の前科や余罪とみられる供述も含まれています。
⑦妻・真砂の母は死体が婿のものであることを確認。
娘夫婦の性格などを供述。
被害者の気だては優しく、遺恨なぞ受けるはずはないという。
殺人事件の動機は、痴情怨恨といわれます。
この供述どおりだとすると怨恨の線が消えることになります。
さて、犯人はだれなのか?
これまで真犯人をめぐって百家争鳴。
中村光夫、福田恆存、大岡昇平といった名だたる名探偵も自説を公表しています。
あなたの「見立て」は?
みなさまも考えてみてください。
ではまた来週…。
to be continued
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