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2023年2月22日水曜日

ウェルビーイング(3)

 

 ひるがえって、わが事務所はどうだろう。かねがね心配しているのは、若い人たちが会議のみならず雑談でも参加が弱いことだ。

われわれが事務所をスタートさせたときの年齢差は最大7歳だった。いまでは30歳以上離れてしまっている。若い人たちの個性もあるだろうが、さぞや発言しづらいことだろう。

コロナ禍の影響も甚大だ。全員で会議、リクレーションや懇親会をすることが困難になった。コミュニケーションや交流密度が極端に減ってしまっている。

さらにややこしいのはパワハラ、セクハラのインフレーションだ。弁護士会の事務員さんたちによる組織のアンケート調査の結果がある。

一方で、弁護士が最近購入した自動車が何かなどと訊いてくるのは苦痛だという意見がある。他方で、一日中仕事の話ばかりで雑談が一切ないのは苦痛だという意見である。むむむ。事務員さんが購入した自動車の話題に触れずに、仕事以外の雑談をしなければならない。

これまでにも、いくつかの方法は試されてきた。本ブログでも紹介したホメオウタシスもそのひとつだ。月一度、投票箱に投票して、他の人の仕事ぶりを誉めようという試みである。しかし、3度ほどやってあとが続かなかった。

などと思っていたら、NHK「〝幸せ革命”が企業を変える」で、それを打開する方法が紹介されていた。幸せな三角形を増やす、「幸せアプリ」という方法だ。

3人ひと組となってチームを作る。チーム内で誰かが、幸せに関係するお題を提供する。最近幸せを感じたことはなんですか?幸せになるためには何が大切だと思いますか?などなど。

お題に対し、全員が回答を行う。それぞれの回答に対し、他のメンバーが前向きなコメントを寄せる。後ろ向きなコメントは厳禁である。これを続ける。

NHKで紹介されていたのは、文字どおり、アプリを導入する方法。毎日のお題はそのアプリが提供する。わが事務所ではアプリを利用しない。お題の提供は各チームで考える。

事務所全体16人でコミュニケーションをしようと言われても難しい。他の人たちのリアクションが読み切れないからではなかろうか。でも、3人ならなんどかなる。

はじまって2週間。これがなければ出てこなかったかもしれないメンバーの趣味のことや隠れた思いとかも知ることができた。あとどのくらい続けられるか分からないけれども、楽しもう。

2023年1月6日金曜日

2023年謹賀新年

 


 みなさま2023年新年明けましておめでとうございます。

旧年中は、コロナ禍にくわえ、ロシアによる戦争が開始され、これが世界経済・食料事情の不安定化、円安、物価高、増税論議をなどひきおこすなど厳しい情勢でした。そしてそれは地域の社会・経済にも深刻な打撃を与えました。

新年はコロナ禍や戦争が早期に終結し、世界経済・食料事情等が安定化することを願ってやみません。

わが事務所としては、これまで以上に個々の力量をあげるとともにチームワークをたいせつにし、地域貢献・社会貢献を果たしていきたいと考えています。

みなさまのご健康とご多幸をお祈りいたします。とともに、当事務所に対するこれまでと変わらぬご声援をお願い申し上げます。

※写真は八ヶ岳の稜線上から2023年初日の出。気温マイナス13度、風速10メートル、体感温度マイナス23度という厳しい環境のなか、新しい日の光が昇ってきました。


2022年6月8日水曜日

夢また夢ツアー


  (半夏生)

 昨夕は事務所会議のあと、久しぶりの事務局参加の懇親会。二日市のイタリアン・アズーロで。コロナ禍となって後、大人数での会食はむずかしかったが、すこしずつ日常を取り戻している感じだ。

前回の事務所会議ではパワハラ研修を行った。酒宴の席であっても、セクハラ発言は許されない。おりから法律事務所の職員による調査結果が報告されていた。「自動車なにを買ったの?」などと弁護士からプライベートなことを訊かれるのはいやだという意見もあれば、一日中雑談もなく仕事のことしか話さないのは苦痛だという意見もあった。この二つの意見の間の隘路を通過しなければならない。とても不安だ。

話題は、直前に行われた事務所会議のことから。この点は、あとでトミーが報告してくれることだろう。

不参加のメンバーが4人ほどいたのだが、なんでも体育館の裏でなにやらやらかしているらしい。わが事務所裏にはスペースがあって、実はそこでのことらしいのだが、パワハラ防止のため監視カメラが必要かもしれない(ジョークです。)。

つづいて、シェフによる料理の説明。時節柄、イタリアからの食材の輸入はどうなっているのか質問してみた。われわれもイタリアに絵本を送ろうとして苦労しただけに、シェフの説明にも共感した。

さらに近況報告。子育て。幼稚園、学校、PTA、思春期。みな子育てしながら苦労しているようだ。なかでも、I弁護士は子連れ参加だ。ときおり鳴き声が聞こえてくる。

その後はもうてんでばらばら。仕事柄、ヤミ金や難しい相手方との電話対応、ユニークな顧客対応などの話題が多い。穏やかに受け流すのか、強硬に対抗するのか、人それぞれ。

法律事務所には、弁護士の顧客というより、事務局のファンも多い。顧客のほか、郵便局員、宅配業者をはじめ多数の人間が出入りする。そのなかで、懇切な対応をしてくれた事務局のファンができても不思議ではない。

自分一人では思い出せないが、みなで話題を共有すると、つぎからつぎへと思い出されてくる。学生時代の悪行や、中洲での悪行までも。お鉢が回ってこないよう祈る。

さらに事務所旅行の思い出。ハイライトは南仏(一般コースから外れてマティスの教会へ行った。)や北陸旅行(N弁護士が他団体のおじさんとチークを踊り、母姉を心配させた。)について。わが事務所の最初の事務所旅行は四国めぐり。高知では、どうしても温泉に泊まりたいという所長の要望から、夢の温泉に泊まった。公民館のような建物だけが記憶に残っている。

そこから、事務局が行った夢巡追荘の話へ。それこそ外観は貧弱でがっかりしたらしい。ところが、中を進むにつれ、そのサービスや設備の充実に最初の評価はつぎつぎと裏切られる展開になるらしい。最後は、大満足な結果に。

今年は、夢タウンに集合して出発、1泊目は夢巡追荘、2泊目は夢の温泉という、夢また夢ツアーが計画されるらしい。・・・かくてコロナ禍も半分ぐらい解放された気分になったのだった。

2022年6月6日月曜日

六月博多座大歌舞伎


  雨の日と日曜日は博多座。ということで、大歌舞伎の観劇。コロナ禍後、初かな。お客さんもやや少なめ。

昼の部の演目は、橋弁慶、鷺娘、義経千本桜からすし屋の段。鎌倉殿の影響だろうか、義経にはじまり義経に終わる。間奏は菊之助の鷺姫。暗闇でしか見えぬものがある、暗闇でしか聞こえぬ歌がある。カムカムの桃剣さんと同一人物とはおもえぬ女方舞踊。

義経千本桜といいつつ、すし屋の段には義経はでてこない。でてくるのは死んだはずの平維盛。絶世のイケメンだったらしい。鎌倉殿では濱正悟が演じていた。

死んだはずというのは、平家物語によるから。一の谷の戦から戦線を離脱した維盛は熊野灘で補陀落をめざして自死したことになっている。しかし、そこははっきりしないらしい。そのため、義経千本桜の作者らの創作意欲を刺激のだろうか。

すし屋の段の主役は維盛でもない。すし屋のドラ息子のいがみの権太。かれは母は騙してお金をせびりとったり、親不孝の数々。この日は父親がかくまっていた維盛とその妻子を鎌倉方に売り渡してしまう。これに怒った父は彼を斬ってしまう。

・・・。刃傷で息も絶え絶えとなった権太は、大どんでん返しの真相を語る。ここは菅原伝授手習鑑の寺子屋の段によく似ている。江戸期の庶民はこのような、ほんとうは自己犠牲で義理堅い、どんでん返し、取り返しがつかない、といった場面が好きだったんでしょうね。

ちなみに、「維盛」を追い、その首を受け取った鎌倉殿の武将は梶原景時。演じるのは中村芝翫。私生活も忙しいらしい。NHKドラマでは中村獅童がしぶく演じている。

2022年5月30日月曜日

野外コンサート


  お誘いを受けて、ひさしぶりにコンサート、しかも野外。葉加瀬太郎プロデュースにより、大竹しのぶ、森山良子、藤井フミヤ・・・のオムニバス形式。

野外は天候によるリスクもあるけれど、晴れるとすばらしい。解放感、刻刻と変化する大空、流れる雲の動き、ときおり吹く柔らかな風など、どれもすばらしい。

とくに風は、歌詞にあわせたかのように吹いたり、絶妙のタイミングで大竹しのぶの前髪を揺らしたりして、これ以上ない働きをしていた。

舞台下のカメラから撮影された映像は、ワインカラー、黒、白のドレスを着たアーチスト、神社本殿、クスの新緑、青空と構図と色の組合せが美しい。なかでもクスの新緑の生命感がすごい。

みなうまい。あたりまえか。野外という舞台がすばらしいせいか、コロナ禍の2年間をがまんしたあとの解放感のせいか、歌もすばらしく感じた。

コロナ禍、ロシアのウクライナ侵略の状況下で、3年ぶり。アーチストたちもこの2年間はきつかったろう。トークも状況を色濃く反映していた。反戦メッセージもしっかり伝わってきた。

森山良子は加藤登紀子とどうも混線してしまう(笑)。清水ミチコのものまねで「禁じられた恋」を50年ぶりに聞いた。藤井フミヤがチェッカーズナンバーを歌うと、当時のことが思い浮かんでしまう。

侵略とコロナが終息しますように。

2022年4月4日月曜日

稲村晴夫弁護士の送別会

 先週末は稲村弁護士の送別会が開かれた。

送別会に先立ち裏山の公園で花見を行った。花は咲いていた。満開をすぎ、散り始めている。桜吹雪がきれいだ。記念撮影。

3階会議室に移動。コロナ禍となって以来はじめて全員が集合した。稲村弁護士から送別の辞、つづいて事務所側から答辞。あれ、逆かな。事務局は言葉にならない人も。

その後薬院に場所を移して最後の晩餐。珍しい料理に話題が盛り上がる。遠路はるばる卒業した弁護士も駆けつけてくれた。昔話に花が咲く。そしてここでもお別れの挨拶。

われわれは当事務所が日本一だと常日頃おもっている。それは送別会の風景にもあらわれていると思う。ここまで心のこもった送別会がおこなえるのは、わが事務所だけだろう。

2022年3月9日水曜日

『桐竹勘十郎が魅せる人形浄瑠璃 文楽の世界』

 

 昨夕は『桐竹勘十郎が魅せる人形浄瑠璃 文楽の世界』@博多座。昨年10月重要無形文化財(人間国宝)に認定された桐竹勘十郎さんの語りや人形遣い。

①文楽の三業とは。②桐竹勘十郎インタヴュー。③「二人三番叟」の三部構成。会場と一体となるよう気配りがなされていた。

文楽は太夫、三味線、人形遣いの三業から成る。それぞれの芸の見せどころ、見どころの解説。太夫は多様な登場人物の声の使い分け、三味線は喜怒哀楽の音の違い、人形遣いは3人で操作するのでそれぞれの勘所とは。

つぎに桐竹勘十郎さんのインタヴュー。1953年生まれだから、稲村弁護士と同世代。1967年中学2年のときにデビュー。当時は人手不足で、若いというだけでいろいろやらされたとの昔話が興味深い。

やはり人間国宝だった父の名跡を襲名。披露公演は『絵本太功記』。師匠や兄弟子らもバランスよく活躍できるのがよい演目なのだそうだ。なるほど。

関西人らしく、いろいろ笑える企画にチャレンジされている。コロナ禍対応の動画づくりはその一つ。人形が器械に向かって検温する場はいちばん笑えた。

〆の演目は二人三番叟。これは二つの人形が並んで演技することになるので、人形遣いのうまい/下手が左右対比しながら観察できる。比らべられる若手のほうもたいへんなプレッシャーだ。

われわれの仕事もこのようにして年配者と若手が競うようになれば、互いによい刺激になるだろう。そういう場がないわけではない。集団訴訟の証人尋問や意見陳述などがそう。だから、若手はどんどん集団訴訟に参加し、そこで鍛われればよいのだ。

2022年3月7日月曜日

モデルナワクチン副反応(報告)


  金曜日、ワクチンの副反応がないのも寂しいと書きながら、こんなこと書いたら、よっしゃーと副反応に襲われるのではないかと危惧はしていた。すると案の定

トミーの報告にあるとおり、金曜日の昼からうっすらと熱発した。ぼんやりする。測ってみると36.9度。平熱が36.3度であるから、ややである。若ければ38度くらいまで上がったかもしれないが、60歳もすぎると発熱もぼんやりしている。

病気早退するにも中途半端な症状だったので、午後も執務した。事務局からは顔が赤くなっていると指摘されたが、顧客からは特段の指摘はなかった。

翌朝(土)はもう熱が下がっていた。でも注射部位の5センチほど下は赤みをおびて丘状に腫れている。これが噂のモデルナアームか。他人が噂するほどのものはひととおり体験してみたい派であるが、これはちょっと遠慮したかった。

当日は昼からオンライン会議と観劇(のちほど報告)があったので、昼前から外出し20時ころ帰宅した。

昨日(日)は、怪鳥会の山登り。宝満山から三郡山を経由して若杉山までの縦走を予定していた。山中8時間のロングコースである。しかし病み上がりでもあるし(感染症によるものではないものの、ワクチンにより体内の免疫機構をフル稼働させた分、予備能が費消されている。)、宝満山の山頂まででリタイアさせてもらった。

このような苦痛を高頻度でもたらす異物を、公衆衛生の名のものとに、彼ら自体にそれほど恩恵のない子どもたちにまで打つ必要があるのか疑問である。

2022年3月4日金曜日

ワクチン接種(3回目)


  一昨日、接種券が届いた。説明書を読むと、ファイザーかモデルナかを選べるとある。かかりつけを除けば、市役所でファイザー、カミ-リア(福祉センター)でモデルナが打てるとある。

ちなみに、1回目、2回目ともファイザーであった。3回目もファイザーにするのがいいのか、モデルナにしたほうがいいのか。分からない。

事務局に相談すると、みなそれぞれである。まとめると、モデルナにしたほうが効果はありそうだが、副反応も強いようだ。それはそうだろう。毒にも薬にもならないという言葉がある。薬効があるということは副作用(副反応)もきついということだ。

ファイザーは人気なので待ち日数があり、モデルナは不人気なのですぐに打てるという。よし、じゃ、ファイザーだ(モデルナの副反応が恐かったのでは決してない。ただ従来の流れを変えたくなかったのだ。うそ)。

そう心に決めて、コールセンターに電話した。すると、この電話はモデルナですといわれ、選択の余地を与えない。えっ、そんなこと、どこにも書いてなかったけど・・・。この電話はって、コールセンターの番号は1つしか書いてなかったけれど・・・。いろんな疑問や苦情が頭のなかを駆け巡ったが、ぐっと飲み込む。

モデルナでしたら、明日(木曜)の午後3時以降、何時でも空いてます(さすが、噂どおりモデルナには待ち行列がないようだ。)。あれれ。モデルナでしたらって、どういうこと?さっきは、この電話はモデルナですっていったじゃん。ま、いっか。

じゃ、あすの午後5時で。つまり、今から振り返ると、昨日の午後5時に予約した。問診表に書き込む。保険証を忘れないようにしないと。

副反応のことを考えると、金曜の午後5時にしたほうがよかったかもしれない。でも日曜に怪鳥会の登山、ちょっと厳しめのやつが予定されているので、金曜接種では遅すぎるかもしれないと考えた。

木曜4時すぎ、事務所を出発。出発間際、「死んだらあとはよろしく。」と言って出かける。

むかしの判例に「残念事件」というのがある。慰謝料は精神的苦痛に対する賠償なので、死者の一身専属権である。ゆえに死ぬ前に慰謝料請求の意思を表明する必要がある。なにも言わずに死ねば慰謝料は請求できない。「残念、残念。」といって死ねば、請求できるという判例である。

心配しなくても、いまは何も言わなくても大丈夫。でも万一のことがあるから、死んだらモデルナ社に賠償請求してほしいという趣旨を込めた。

判例では67歳まで逸失利益を請求できることになっている。あと5年分かと言いつつざっと計算する。するとI弁護士がぜんぜん足りないという。たしかにそうだ。個人の損害はともかく事務所の損害補填にはとても足りない・・・。なにを心配しているのか分からない。

そして今日。このブログを書いている。いまのところ副反応はない。命に別状はない。モデルナアームもない。副反応があるのは困るが、なにもないのもなんか寂しい。ほんとうにワクチンが含まれていたのだろうか。生理食塩水ではなかったか。などなど心が騒ぐ。

ぼくは基本的に、自分の体に異物を入れない主義だ。薬はほとんど飲まない。風邪をひいても病院にはいかず、葛根湯とユンケルで免疫を高めて対処する。

ワクチンもできれば打ちたくない。しかし、イタリアにいる孫に会いに行くためには、背に腹は代えられない(ワクチン接種は腕だが。)。涙を飲んで打ちにいった。

3月末には孫のほうから帰国するとの連絡があっていた。ところが、ロシアがしかけた戦争である。コロナのつぎはロシア。ロシア上空を飛行できないため、予約便が飛ぶかどうか分からなくなっている。

早く戦争を終結してほしい。ウクライナの人々からすれば、孫に会いたいなど、なんだそれくらいという話である。しかし、切実にそう願っている。

2022年2月25日金曜日

白銀の磐梯山


 



 3つ目は磐梯山だ。やはり日本百名山。こんかいの旅の本命である。いままでに2度、冬期登山に挑んできたが、いずれも途中撤退している。入山者がすくなく雪が深いためである。去年は緊急事態宣言のため、遠征自体を中止。4年越しの挑戦だ。

前日の天気予報はA判定。ただし、午後までくもり、その後晴、夕方から崩れるというものだった。いままでは南側、猪苗代湖のある側からアプローチしていた。こんかいは、北側、裏磐梯方面からアプローチすることにした。

5時起床、郡山駅を5時55分発の列車で、盤越西線を西に向かう。車窓は雪景色のはずだが暗くて見えない。谷間をぬけると、左手に猪苗代湖があり、右手に白銀の磐梯山が見えてくるはずだが、きょうはガスがかかっていて見えない。南岸低気圧から南風が吹き込んでいるせいだろうか。

タクシーで裏磐梯スキー場へ向かう。除雪がしっかりされている。タクシーの運転手は話好き。ことしの雪の状況、最近のスキー場経営、スキー客の動向など細々と教えてくれる。

7時8分スキー場をスタート。営業は8時30分からで、いまは圧雪中である。ワカンを装着する。ゲレンデの左側をじゃまにならないよう登っていく。

視界は100メートルくらいか、ガスがかかっている。他に登山者は見当たらず、きょうのトップ(先頭)のようだ。

ゲレンデトップまで行くと、標識があり、いよいよ登山道に入っていく。うっすらと雪が積もっているがトレースは分かる。その下の雪はよく締まっていて、踏み抜くということはない。

いちばん上の写真は裏磐梯の写真。むかしは小磐梯という山があったが、爆発で吹っ飛び、いまは火口原になっている。右上が桧原湖、その右が五色沼。その先にきのう登った吾妻連峰が見えている。

ゲレンデトップは写真中央のやや上のあたりだ。しばらくは樹林帯をなだらかに登ったりおりたりする。そして火口原にでる。

行く手には磐梯山の火口北側壁がそびえている(2つ目の写真)。手前側の山体がふっとんだのだから、火山のパワーは半端ではない。左側のギザギザが天狗岩である。

これをまっすぐ登るのは斜度がきつくてできない。左手に尾根があるので、そこから登る。それでもそうとうの急坂である。ワカンをアイゼンに履き替える。

尾根の左手には櫛が峰がそびえている(3つ目の写真)尾根を登っていくと、写真の左側あたりの稜線にでる。先行者がいないため、トレースがはっきりしないところもある。

火口壁にそって稜線を時計回りに4分の1周すると、いよいよ磐梯山の本峰が姿を見せる(4つ目の写真)。右手のトンガリが天狗岩である。

写真をよく見ると分かるのだが、あと4登り必要である。崖や雪原もある。弘法清水という夏小屋があるところからがとりわけ急だ。夏であれば低木の下をくぐるところ、雪がしっかり積もっているので、低木を覆いつくしている。

ようやく山頂だ。4年越しの念願、雪の磐梯山頂を踏むことができた。でもガスガス。本来なら南側に猪苗代湖の絶景がひろがっているのに、この日は見えず。残念。

帰りは来た道を戻る。この日の登山者は4パーティ5人。自分以外は若者たちだった。登り始めはトップだったが、ここらあたりでどんどん抜かれ、弘法清水から先は最後になってしまった。最後というのは非常に不安。なんかあったときに助けてくれる人がいないから。

それでも天気は回復傾向にあり、ときおり青空がのぞく。心も晴れやかだ。夕方から崩れるという予報だったが、なんとかもちそうだ。

猪苗代駅から郡山へ戻る。帰りの電車は会津若松方面からの観光客でやや混雑していた。郡山から東北本線で北上し、福島で宿泊。

2022年2月22日火曜日

白銀の蔵王連峰

 


 先週末の連休は東北遠征にでかけた。いずれも日本百名山の蔵王、西吾妻、磐梯、安達太良の4峰を冬期いちどに登ろうという贅沢な計画だ。

天気予報はめまぐるしく変わり、3日前はC判定、2日前はB~A判定、前日はA判定という具合。

他方、新型コロナの蔓防も気になった。ピークを過ぎ、前週の感染者数より減少傾向をみせていた。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長とは意見を異にすることが多い。だが、「人流制限から人数制限へ」と言われたときは、わが意を得たりと思った。

雪山じたいは人がすくなく、感染の機会はほぼゼロ。問題は途中であるが、飛行機や公共交通機関において感染対策がなされているのであれば、感染の機会はほとんどない。などと心のなかで葛藤しつつ出かけた。飛行機はずいぶん前に早割で購入しているので、解約がむずかしいし(解約手数料をとられるときと、とられないときがある。ややこしい。)。

さて、福岡空港から仙台空港へ飛ぶ。JRの空港線、仙山線を乗り継いで、前日は山形泊。駅を降りると雪が舞っていた。

翌朝、バスで蔵王温泉をめざす。家族連れなどまずまずな人出である。スキーヤー、スノーボーダー、登山者が各3分の1という割合か。

小1時間でバス停。そこからロープウエイ乗り場まで10分ほど歩く。スキー場が複数あり、間違わないようにしないといけない。列になっている。30分ほど並ぶ。

ロープウエイを乗り継ぐと、車窓からスノウモンスターたちが見えた。むかし樹氷、いまスノウモンスター。ここはムーミン谷か。いちどニョロニョロにみえてしまうと、もうそれ以外にはみえない。

山頂駅に着いた。ガスガスだ。でもスノウモンスターたちの迫力はすごい。登山者のグループがつぎつぎと出発していく。あわててワカンを装着する。

30分ほど登ると地蔵山に着いた。1736メートル。やはりガスガスだ。それでもみな快哉をさけび、たがいに写真撮影に興じている。

さてここからどうするか。ガスガスだし、道迷いしないだろうか。でもみなつぎを目指して出発していく。天気は回復傾向にあるとの天気予報を信じて出発する。

地蔵山から先しばらくは稜線になっている。しばらく行くと、どんどんガスが晴れていった。真っ青な空が広がった。ひゃっほー。あちこちで歓声があがる。蔵王ブルー。高山では空気が澄んでいるので、青が濃い。スノウモンスターたちも青く輝く。

そこからいったん下って登りかえすと熊野岳。蔵王連峰の最高峰1840メートル。日本百名山である。

天気はめまぐるしく変化した。山頂ではやはりガスガス。御釜も見えない。刈田岳へ行くのはやめて引き返す。

山形駅から米沢をめざす。車窓左手に蔵王連峰が輝いている。しばし行くと平野が広がる。米沢だ。大河ドラマ「天地人」で、妻夫木くんたちが転封されたところ。

夕食は米沢牛でもいただこうと街を散策した。店頭でメニューを拝見するとけっこうなお値段である。なんちゃってですませることにした。

2021年12月24日金曜日

2021年のまとめ


  みなさん、メリークリスマス
 子どもたちも大きくなり、ホールケーキも買わなくなってひさしく、クリスマスムードはいまひとつですが、ことしもあとすこし。

きょうはことしのまとめを。

第1は、コロナ禍のなか、初孫がうまれ元気に育っていることでしょうか。イタリアから里帰り出産、いまはイタリアからときどき動画でも元気な顔を見せてくれます。

第2は、コロナ禍のなか、家族ともども健康で元気でいられたこと。子どもらが公務員試験に合格したり、薬局長に昇格したりしたのもうれしい話題でした。

第3は、コロナ禍のなか、大過なく仕事ができたこと。優秀であたたかいスタッフにたすけられ、支えられました。

第4は、コロナ禍のなか、子どもたちと山に登れたこと。難所が滝の氷瀑、四王寺山のセリバオウレン、西穂独標の残雪、九重山坊がツルのテン泊、九重山黒岳原生林の紅葉など心に残ります。

第5は、コロナ禍のなか、怪鳥会や同友会で山に登れたこと。怪鳥会では、四王寺山、由布・大崩、上高地・焼・西穂・双六に。同友会では、四王寺山、紅葉の九重山黒岳原生林に。

第6は、コロナ禍のなか、単独でも元気に山に登れたこと。雪の宝満山、武奈ヶ岳、大雪~トムラウシ縦走、白神・鳥海、能郷白山・位山に登りました。緊急事態宣言のため中止したものもいくつかあります。

第7は、コロナ禍のなか、旅行・出張に出かけられたこと。敦賀・越前・京都、象潟・酒田・鶴岡、京都・奈良、和歌山・大阪。

第8は、コロナ禍のなか、家族、事務所メンバー、山仲間、地域のみなさん、高校同級生らと楽しい会食・交流ができたこと。

ことしは1月14日~2月28日(2回目)、5月12日~6月20日(3回目)、8月2日~蔓防、8月20日~9月30日(4回目)の緊急事態宣言発令でした。ざっくり4か月以上。1年の3分の1以上の期間、県外移動自粛など人流制限・行動制限がかかっていたことになります。

残り3分の2の期間のスコアとしては、まあまあ頑張ったかなと思います。すべてのことに感謝。ありがとうございます。

2021年12月22日水曜日

怪鳥会納会


 
 日曜は怪鳥会の納会だった。怪しげな名だが、弁護士、新聞記者など10名からなる山歩き会。ことしで結成12年になる。年に数回九州の山に登り、1度はアルプスをめざしている。その忘年・望年会だ。

 昨年はコロナ禍でほとんど山歩きができなかった。今年は緊急事態宣言の谷間をぬって、なんとか3度催行することができた。3月に新年初登山で四王寺山と新年会、4月に春登山で由布岳と大崩山、7月に上高地・焼岳・西穂独標・双六岳だ。参加者はややすくなめである。

納会は、若杉山や三日月山・立花山など山歩きをして、怪鳥宅で忘年・望年会をするのが恒例になっている。ことしはみなの運動不足・体力不足もあり、山歩きに代えて「篠栗九大の森」散策とした。

篠栗九大の森は、九州大学の敷地(九州大学福岡演習林)の西端にあり、篠栗町と九州大学が共同で整備、管理を行っている。

約17ヘクタールの森には、約50種の常緑広葉樹と約40種の落葉広葉樹が育成している。中心には蒲田池がある。その周り約2キロメートルの遊歩道には、あずまややベンチが所々にあり、自然を感じながら休憩することができる(以上、篠栗町のホームページ)。

われわれはJR門松駅に集合し、そこから北風にむかって歩いた。西にはいつも面会に訪れている粕屋警察署がみえていた。この日は面会予定はない。意味不明だが、牛、馬、羊のオブジェのならんだ田んぼがあった。

およそ30分程度で南口駐車場に到着。20台程度は駐車可能であろうか。ハイシーズンにはあふれる。いちじはSNSでバエすると話題になり、すごかったようだ。いまは紅葉の時期も過ぎ、7台程度。若いカップルが多い印象である。

地図で概要を把握して園内に入る。草木にはそれぞれ名前の看板がつけられている。入口からいきなり「シャシャンボ」。ツツジ科の常緑小高木。なんと佐世保の名の由来となったそうだ。

その他、スダジイ、アラカシ、タブノキ、クス、ヤマモモ(以上、常緑樹)、コナラ、クリ、ネジキ、ハゼノキ、ヤマザクラ(以上、落葉樹)など。大きな樹があるところでは、栗の木広場などになっている。

そして一番奥にラクウショウ。バエする正体はこれ。別名ヌマスギ。池に映る姿が神秘的という。残念ながら、この日は池の水かさがすくなかった。

北アメリカ産の落葉針葉高木だ。寒さに強い針葉樹でありながら落葉するところは落葉松(カラマツ)と同じだ。

葉はメタセコイアに似ている。鑑別はメタセコイアが対生(枝を中心にして両方に生える)であるのに対し、ラクウショウは互生(枝を中心にして左右交互に生える)であること。

散策後は、ほどちかい怪鳥宅まで歩く。そして宴会。怪鳥婦人の手料理とお酒、みなが持ち寄ったお酒と料理、怪鳥ご子息の手料理、デーザートのケーキとくだもの。いずれも美味しく、楽しい話題もあり、幸せなひととき。

参加者は18人にもなった。コロナ禍が下火になっていればこその集まりだ。

宴会の後、来年の計画を決定した。新春、春、トレーニング、夏遠征、秋。旅行は行かなくても、計画するだけでも人を幸せにするそうだ。おかげで幸せな年越しができそうだ。

2021年10月27日水曜日

週末の旅


  先週末はまた旅にでた。その反芻。

宣言が解除された。でもまたいつ宣言がだされるかわからない。冬にはまた感染者数がふえるだろう。いまのうちだ。

こんかいはどちらも日本二百名山の、能郷白山と位山に登った。当初は御嶽山と位山の計画だったが、御嶽山は10月中旬までとのことだったので。

金曜日の仕事を午前中で切り上げて、JR二日市駅へむかった。キップ売り場には女性が二人並んでいた。

聞くともなく聞いていると、先頭の女性のキップの確認をしている。11月○日・・・白河、一関、・・・金沢・・・。どうも東北から北陸をめぐる1週間くらいの旅らしい。いいなぁ、うらやましいなぁ。やはりコロナ明けだなぁ。

そのときはよく分からなかったが、あとでよく考えると、おくのほそ道の旅なのかもしれない。30代くらいだったので、単なる旅行かもしれないが。

きょうは大垣までである。名古屋に泊まるか迷ったが、おくのほそ道の旅、大垣は未踏であった。それで、あえて大垣に泊まり、観光することにした。

新幹線のぞみ車内はすいている。新大阪をすぎ、左手から山﨑、天王山が迫ってくる。寸暇、秀吉と光秀のたたかいに思いをはせる。兵どもが夢のあとだ。

京都でおりる。北東に比叡山、北西に高雄のあたりの山がみえている。紅葉は来週、再来週あたりか。まもなく、こだまがやってきた。これに乗り換え、鴨川をわたる。

山科の盆地をへて、逢坂山のトンネルを通過。小野小町、深草少将、蝉丸にいそがしく思いをはせる。

大津、琵琶湖畔がひろびろと開ける。しばらく行くと、左手に安土城跡。信長の偉業に思いをはせる。

またしばらく行くと、小丘のうえに彦根城。ひこにゃんは見えない。あたりまえだ。トミーの実家も見えない。見えるのかもしれないが、どこらへんにあるか知らない。

しばし佐和山城跡に視界を遮られる、石田三成の居城跡だ。

と思うまに米原。在来線プラットホームへ。北側から特急しらさぎが入ってくる。懐かしい。子どもが小松で働いていたころ、よく見かけた。金沢からの特急は、しらさぎとサンダーバードの2種類がはしっている。名古屋方面へむかうのがしらさぎ、大阪方面へむかうのがサンダーバードだ。

特急をやりすごして、新快速に乗る。高校生がいっぱいだ。開けていた近江の地がすぼまっていく。醒ヶ井、近江長岡・・・。左手に伊吹山が大きくなる。

伊吹山は、西側が削られて醜くなっている。だからシロウトにもすぐわかる。新幹線に乗って京都から名古屋へいく際には、いちど見つけてくだされ。

伊吹山が削られているのは、石灰岩を採掘するから。セメントの原料になるためだ。日本百名山である伊吹山が醜くなるのはこまるが、じゃ、セメントは要らないのかと問われると答えに窮する。

石灰岩の原料はサンゴ礁である。つまり、むかしは太平洋の海中にあったわけだ。それが太平洋プレートに乗って、遠路はるばる運ばれてきた。そして大陸プレートにこそぎとられて日本列島の一部になったわけだ。などと、見てきたようなことを想起する。

と思うまにトンネルを通過し、関ヶ原にでる。ここでもしばし、石田三成と徳川家康の天下分け目のたたかいに思いをはせる。

濃尾平野が開ける、とても大きな平野だ、平野にはいくつもの大河が流れている。垂井、荒尾、そして大垣だ。こんなことを書くと、鉄ちゃんと誤解されそうだ。山歩きをする山ちゃんは、不可避的に鉄ちゃんの仲間入りをすることがある。山歩きをするためには、ローカル線で山奥にわけいる必要があるから。

大垣駅の陸橋から西をのぞむ。伊吹山が個性的で美しい。たくさんの山のなかで、ひときわ目立つ存在だ。緑に覆われず、カクカクしている。石灰岩は植物が育ちにくく、浸食に強いためである。

駅舎を1階におりると、世界の山ちゃんが誘っている。

                                    (つづく)

2021年10月26日火曜日

コロナ禍のなかで


 コロナ禍によるスティ・ホームの影響か、事件の傾向も異なってきているように思う。

 離婚についていえば、原因がはっきりしないものが増えている。いままでであれば、不貞、暴力など明瞭なものが多かった。さいきんは性格の不一致的なはっきりしないものが増えている。スティ・ホームのなか、顔をつきあわす機会が増え、夫婦としての存在意義が試された結果だろう。

また長らく別居状態にあった人たちも、きちんと清算しようと動いている。3年以上の別居を離婚原因としようとの考えもあるが、いまのところ明文化はされていない。しかし時間が解決するということもある。別居当時は痴情怨恨が渦巻いていて到底理性的な思考、話合いができなかった。それが長い時の経過により脱色されて意外と簡単に話がつく印象だ。

時間が解決するといえば、相続もそうだ。相続にはいくつかもめやすいパターンがある。夫が亡くなり、後妻と前妻の子どもたちが相続人となった場合がその一つだ。

前妻の子たちは、幼いころ、父母が離婚し、後妻に父をとられたと思っている人が多い。しかし、最近経験したケースでは意外とすんなりと遺産分割協議がととのった。電話でいちど話したが、育ちのよさを感じさせる口調だった。幼いころ父母が離婚すると、こういうふうに成長するのは簡単ではない。インターネットで検索すると、社会的に評価される仕事についておられる。

いままでとコロナ禍のなかの人生の違いはなんだろう。いままではあまり考えなくても、流されるようにして人生をおくれたのではあるまいか。すくなくともわれわれが成長した昭和30年代から平成にかけてはそんな感じか。

コロナ禍となり、人生とはなにか、いかに生きるべきかを考えさせられる機会が増えたように思う。暇なときに、映画を観にいったり、天神で買い物をして時間をつぶせないのだから。その結果、先が見えなくて自死を選ぶ人が増えているというのは残念だ。こういうときこそ、ほんとうの人生、悔いのない人生を模索すべきように思う。そうすれば、日はまた昇るはずだ。

2021年10月12日火曜日

ヤマアラシのジレンマ


  コロナ禍のなか、裁判所の手続きの80%くらいはオンラインになった。さいたま地裁、横浜家裁、東京高裁、大分家裁、福岡地裁小倉支部など遠方の事件はもちろん、福岡地家裁本庁の事件もほとんどオンラインでやっている。家裁は電話、地裁はチームス、弁護団会議などはズームという会議用アプリを利用している。

このような面談によらない手続きは難しいと従来考えられていた。しかし、やってみるとそうでもなかった。

メラビアンの法則というのがある。一般的な面談の場面におけるコミュニケーションの情報量を100とした場合に、電話だけだと45%になってしまうというのだ。コミュニケーションの場では、言葉でのやりとりのほか、身振り・手振りで伝えている部分が大きいということだ。

そもそも、われわれの仕事はコミュニケーションが難しい。5つくらい前提をおいて、それらが充たされたら勝てますよと言ったりする。顧客は前提を忘れて、「勝てますよ」という結論しか覚えていない。

三段論法で結論が導かれるわけだが、小前提となる事実認定は、相手のもっている証拠しだいであるし、裁判官と認識が一致するともかぎらない。そのようなことが顧客に伝わらないことが多いのだ。

面談で伝えるのが難しい話をオンラインでやるとなれば、さらに難しくなることは必至だ。

裁判所は国の役所の一つであるから、従来からIT化を推進しようと考えていた。しかしなかなか進まなかった。法曹界が保守的ということもあったかもしれないが、法律の世界のコミュニケーションの複雑性がその推進を阻害していたのである。

しかしコロナ禍となり、人流を抑制するとなれば、オンライン化は避けられない。こうして半強制的にやらされてみると、意外とやれるというのが法曹人の共通認識となりつつある。弁護士と一般人という局面ではなく、法律家と法律家という局面であれば、ミス・コミュニケーションが少ないのだ。

 かくてオンライン化により、われわれの業務は利便性を増した。しかし困ったこともある。従来、仕事時間の半分くらいは裁判所に出かけていた。が、いまでは裁判所に出かける割合は従来の20%くらいだから、ほとんど事務所にいることになる。

われわれも息抜きがしにくいが、事務局(秘書さん)はもっとたいへんだ。ただでさえ、コロナ禍のなか、メンタルヘルスの維持に腐心していると思う。そこへもってきて弁護士が事務所にずっといるのであるから、さぞかし息が詰まるだろう。

わが事務所のレイアウトはワンフロア方式である。他の事務所では、社長室方式といって、弁護士が個室をもってそこに閉じこもっている例もある。わが事務所でもそうしたいという意見がでたこともある。しかし、そうしなかった。

なぜか。弁護士と事務局、弁護士どうしの情報共有やコミュニケーションのしやすさという点からみて、ワンフロア方式のほうがすぐれていると判断したためだ。そういうレイアウトの副反応もあり、さぞかし事務局は息が詰まるだろう。

だよね?と訊いてみた。(Y弁護士が、横から「そんなこと訊いたって、正直に答えられるはずないでしょう。」などとツッコミをいれてきたが)みな苦笑しながら頷いている。やはりそうか。

どうしたらよいだろう?弁護士スペースと事務局スペースの間に、遮蔽板を置くというのはどうだろう?いまはやりのアクリル板ではどうだろうか?というと、事務局はみな首を振っている。だよね。それじゃ意味がない。

でも木製のパーティションにしてしまうと、遮蔽が強すぎて、こちらから事務局の様子がまったく分からなくなってしまう。

それじゃ、細いすき間を入れて垣間見る方式はどうだろう?源氏物語の世界ふうに。それだと、のぞきでしょう!事務局に叱られてしまった。あはは。

もともと人間関係の距離感の難しさをいうのに「ヤマアラシのジレンマ」というのがある。2匹のヤマアラシがいました。寒いので互いに近寄ると相手のトゲが刺さって痛い。離れると寒い。適切な距離感が難しい。

かくてわが事務所も、弁護士と事務局の間の適切な距離感を求めて模索がつづくのであった・・・。

2021年10月11日月曜日

近況報告


 わが事務所では毎月全員参加の会議を開き、経営状況を報告し、課題について議論している。

かつては3階の会議室で行っていた。しかしコロナ禍のなか、20人が集まると密になる。そこでさいきんはズームを利用したオンライン会議になっている。

事務所会議がこんな状況であるだけでなく、懇親会もなくなり、昼休みの交流もとぼしくなっている。そのため、会議の〆に近況報告をすることとなった。毎月、事務局2人、弁護士2人の4人ずつの担当である。乏しくなった人的交流を補うのに役に立っている。

先週末にその会議と近況報告があった。事務局からは、昼休みに寄席を視聴するようになったこと、動物家族に対する責任を感じることが報告された。

つづいてM弁護士。かれは新婚早々だが、妻の尻にしかれていることが知られている。さいきんは夫婦で新居を購入しようと毎週出かけているらしい。だがいかんせんM弁護士の熱意は低下しつつある。それを妻に鋭く見抜かれて、もう少し熱心になるよう言われるらしい。新居選択に関与することは家族に対する重大な責任だから、当然だ。

トリはT弁護士。T弁護士はわが事務所でいちばん若い。そのせいか、AI(人口知能)に仕事を奪われる未来について戦々恐々としている。たしかに、われわれはあと10年くらいであるが、彼の場合あと40年もある。等差級数的に考えても、AIに仕事を奪われる可能性は4倍だ。

そのためか、シリ(Siri)とのつきあいは誰よりも深い。シリとは、アイフォンなどに搭載されているAIアシスタントである。こちらの要求には何にでも対応してくれるらしい。

数年まえは尻取りには対応してくれなかったが、さいきんはそれも対応してくれるようになったらしい。

T弁護士は家に帰ってもすることがないので、シリを相手に尻取りをしているらしい。詳しくは本ブログを参照してほしいそうだ(9月21日投稿「Siri」とりの結末は?)。

シリは優秀でいくらでも尻取りにつきあってくれるらしい。さらにこのプログラムのすぐれたところは、尻取りが70くらいまで続くと、わざと負けてくれるらしいところだ。すばらしい。人口知能とも思えぬオトナな対応だ。

I弁護士がまず、ツッコミをいれた。Tくん、そんなことをしていたら、結婚が遠のくよ(笑)。

すかさずU弁護士が追い打ちをかけた。Tくん、いっそのこと、シリに嫁をやってもらったらどう?(笑)(AIに仕事を奪われるまえに、人間の女性との未来を奪われる)

そうすれば、70回に1回くらいは夫婦喧嘩に負けてもらえるよ(笑)。

これがほんとうのシリに敷かれるということか(笑)。はい、おあとがよろしいようで。

2021年10月1日金曜日

パリに終わりはないーはなれて輝く

 

 (焼け落ちるまえのノートルダム大聖堂まえにて)

 憲法は、国内移動の自由・海外渡航の自由という人権を保障している。人権というのは本質的に少数者のものである。多数派は、憲法が別に保障する選挙、国会・議院内閣制を通じて自己の政治的意思を実現できるから。

コロナ禍はその例外だ。多数派も含め、国内移動の自由・海外渡航の自由が制限されるようになった。公衆衛生という公共の福祉による制限である。それもようやく今日から緩和された。

空気とおなじで、人権も制限されるまでは、なかなかその重要性に気づかない。フランスの市民革命で人権を勝ち取った人たちにとっては命がけであった人権も、われわれにとっては空気のような存在になりがちだ。でもこんかい、移動の自由・海外渡航の自由を制限され、これを失ってから、その貴重さを切実に体感することになってしまった。

 「サイズの問題」の次の章、そして『移動祝祭日』全体の結びの章のタイトルは「パリに終わりはない」である。サイズはともかく、タイトルって重要だなと思う。

「パリに終わりはない」に書かれていることのほとんどは、パリのことではない。ヘミングウェイ夫婦が冬のパリを脱出して、オーストリアのシュルンスでスキーを楽しむ幸せな姿が詳細に描かれている。

では「看板にいつわりあり」かというと、そうではない。シュルンスでの描写が美しければ美しいほど、なぜかパリの懐かしさ、パリでの幸せが読者の心のなかに浮かび上がってくるのである。

『スタートレック・ヴォイジャー』は、ある事情で宇宙の果てに飛ばされてしまったヴォイジャー号とクルーが地球を目指す物語である。そこに地球は登場しない。しかしクルーたちが地球での思い出を語るたびに、美しい地球、懐かしい地球がみんなの心のなかに輝く。そんな感じ。

「パリに終わりはない」とタイトルをつけたら、ふつうはパリのよさを一生懸命に描こうとするだろう。でもパリの素晴らしさを描くのに、必ずしもパリじたいを描く必要はないのだ。

このタイトルはもう一つのことも示唆している。「パリに終わりはない」ということは、別の何かは終わったということだ。ネタバレになるけれども、その答えはヘミングウェイの最初の妻であるハドリーとの幸せな結婚生活である。

ハドリーとの幸せな結婚生活が終わったのは、ヘミングウェイの2番目の妻となったポーリーン・ファイファーとの不貞が原因である。ポーリーンは『ヴォーグ』誌の女性記者。まるで小説か映画の筋立てのよう。運命だったのだろう。

本書では、ハドリーとの幸せな結婚が破綻したのは、ヘミングウェイ自身の責任ではなく、ポーリーンら「リッチな連中」の術策によるものとされている。ところが解説を読むと、ヘミングウェイ自身の責任を認める原稿も存在するようだ。

そりゃそうだ。ヘミングウェイは61歳で自死したのであるが、『移動祝祭日』はそのすこし前に書かれている。若気の誤りを認めるのに十分な年齢である。

ヘミングウェイはアラ60歳となり、パリ時代、作家としての修業時代、最初の妻との幸せを懐かしんで、この回想録を書いた。そして自死したのである。

まとめると、最初の結婚が破綻した原因と責任について、それが2番目の妻にあるという原稿と、ヘミングウェイじしんにあるとする原稿がある。『移動祝祭日』はそのうち前者の原稿によっている。

この選択をしたのは、じつはヘミングウェイではない。亡くなる前の妻であるメアリー夫人のようである(解説)。メアリー夫人はいかなる動機にもとづき、この選択をしたのだろうか。純粋に文学的なものだろうか、それともポーリーンに対する反感や嫉妬も含まれていただろうか。

『移動祝祭日』はつまるところ、パリにおける最初の妻との幸せな結婚生活について、ヘミングウェイが描いた回想録である。本書が出版されたのはヘミングウェイの死後、メアリー夫人によってである。メアリー夫人は、ハドリーには嫉妬しなかったのだろうか。

いずれにせよ、ヘミングウェイは自死した。3人の裕福で美しい妻と結婚し、名作といわれる数々の短編・長編をものにし、それらが映画化され、ノーベル文学賞を受賞したのに。ことほどさように、人生はなかなかに難しいものなんだなぁと思う。

同書のエピグラフをもういちど紹介して結びとしよう(このエピグラフもメアリー夫人の選択によるものである)。

もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。

2021年9月14日火曜日

見えない世界を信じる


  朝夕自宅との往復に西鉄電車を利用している。裁判所との行き来にはさらに地下鉄を利用することになる。最近、美人が増えたような気がする。

もちろんマスクの効果による。むかしから「夜目遠目笠の内」というけれども、さらにマスクの内というわけだ。

人間は見えない部分について、善解する傾向があるのだ。善解とは法律家用語で、文章の意味がとりにくいときに、ま、たぶんこのように主張しているのであろうと良い方向で解釈することである。

マスク着用前の状況を知っているので、マスクをしている人たちのうち美人の割合がこんなには多いはずはないと頭では理解しているけれども、感覚的にはみんな美人に見えてしまう。

このところネットフリックスで毎日『スタートレック・ボイジャー』を観ている。もうすぐシーズン4が終わるので、すでに100話ちかく観たことになる。

宇宙の旅というのも、見知らぬ宇宙についてどこまで夢とロマンをもてるかにかかっているだろう。お金ばかりかかって、命を危険にさらして、空気はないし、石と放射能しかないとか思えば、宇宙に行く気は失せるだろう。

生きるうえで見えない部分について善解することができるのも、ある種の能力ではあるまいか。ポジティブに生きるなどというのも、いまだ知られぬ未来予想図について善解しているということだろう。

なかなか先がよく見えない世の中になってしまったが、できるかぎり善解釈してポジティブに生きることに全集中したい。

2021年9月7日火曜日

ウィズ・コロナ


 きのう、午前10時からは遺留分減殺請求権について、家庭裁判所小倉支部との間で電話会議。午後1時からは福岡県中小企業家同友会・総務財政室のズーム会議。同3時30分からは預金の無断引出に関する損害賠償請求権について、福岡地裁との間でチームス会議。結びは、午後5時からズーム利用によるオンライン事務所会議でした。

事務所会議は月1回、全員が揃って当月の相談活動状況等を報告し、事務所全体の課題を話し合います。ビフォー・コロナは3階の会議室に全員が揃って行っていました。しかし、事務所全員がそろうとなると密になるので、さいきんはズームによるオンライン会議になっています。

オンライン会議には困難なものがあります。議題を形式的に議論することはなんとかできますが、情緒的・心理的な一体感を醸成することはできにくように思います。従来、会議後には懇親会を開き、交流をしていました。いまはそれもできません。

そのため、ここしばらくは事務所会議の結びに近況報告の場をもうけています。いつもは仕事のことを話し合っているメンバーが、家族のことや趣味のことについて披露します。意外な趣味に取り組んでいる人もいて新鮮です。なかには、この報告をするために趣味をはじめた人までいます。

きのうはぼくも4人の報告担当の一人でした。夏の報告として、7月に大雪山~トムラウシ山縦走を一人でしたこと、登山グループ怪鳥会で上高地・焼岳・西穂独標・双六に登ったこと、8月の家族の出来事、9月に2回予定している山行計画について話しました。

ぼくは薬害HIV訴訟、ハンセン病訴訟、薬害肝炎訴訟を手がけましたので、感染症、ウィルスについては他の弁護士より詳しいです(ですが文系なので、以下、誤り多数。ご自分で確認くだされ。)。

細かい説明は省略しますが、コロナウィルスはウィルスの特性から変異株を次々と生み出し、コロナ対策がイタチごっこになることは「自然」です。HIVウィルスは1981年に発見されていますが、いまだに特効薬が開発されていません。

当面、宣言期間をすぎればなんとかなる、ワクチンを打ちさえすればなんとかなる・・・というわけではないようです。

ならば、できる範囲でリアルな人間的交流を再開するなど、コロナウィルスと上手につきあっていかねばならない時期にきているでしょう。