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2023年11月10日金曜日

福岡公証役場訪問記

 

 福岡公証役場を訪問してきた。養育費請求権について公正証書を作成するためである。夫側の依頼であるので、正確には、作成させられるためである。

離婚に伴い、夫婦どちらかを親権者と定める。親権者とならなかった他方は、相手方に対し養育費の支払いを約束することになる。

未成年の子が成年に達するまでであるから10年以上の期間におよぶことが多い。本来的には、約束が守られなかった時点で、調停か裁判を行って、調停調書や審判・判決などの債務名義を得ることなる。

債務名義というのは、それに基づいて強制執行できる文書のことである。調停や裁判には時間と手間とお金がかかる。これをバイパスするための制度が公正証書を作成する方法である。

公正証書は遺言が知られているが、もちろん養育費請求権についても作成することができる。末尾に強制執行を認諾する文言をつけくわえれば、調停・裁判を経ずして強制執行をすることができる。

強制執行というのは、任意の支払いがないときに、相手方の給料や預貯金を差し押さえることができる制度である。むやみに認めると差し押さえられたほうの被害が大きいのであるが、養育費について認諾文言があるのであればやむをえない。

公証役場はおおむね法務局ごとに存在する。わが事務所の近くには筑紫公証役場が存在する。いつもはそこのお世話になっているのであるが、今回は相手側の弁護士の最寄りの役場を利用することになった。

その際、必要書類がいろいろある。そして通例、IDを証するものが必要である。ところが、今回は不要であるという。なぜかと問うと、公証人が知り合いだからだという。なんと司法研修所で同期の元裁判官であった。

地下鉄赤坂駅で降り、長浜方面へ向かう。右側に大きなテニスコートがある。むかし検察庁があったところだ。そこを左折すると、間もなく福岡公証役場だ。はじめてきた。

表札をみると、6人も公証人がいらっしゃる。そのうち半分は知っているお名前だ。中に入ると、送達、確定日付、認証、公正証書などに窓口が分かれている。筑紫公証役場のばあい、公証人は1人なので、窓口もシンプルである。いかにも役場という感じである。

しばらくして相手の弁護士もいらっしゃったので、中の部屋に入った。途中で、もう一人の知り合いの公証人の顔が見えたので、挨拶することができた。

そして公正証書を作成した。お隣の先生の声も大きく喧噪のため、朗読の声も聞き取りつらい。

公証人はさすがに司法研修時代と同じというわけにはいかないが、いまも毎日水泳に通ったいるとかで若々しい。つかの間の同窓会であった。

2021年10月12日火曜日

ヤマアラシのジレンマ


  コロナ禍のなか、裁判所の手続きの80%くらいはオンラインになった。さいたま地裁、横浜家裁、東京高裁、大分家裁、福岡地裁小倉支部など遠方の事件はもちろん、福岡地家裁本庁の事件もほとんどオンラインでやっている。家裁は電話、地裁はチームス、弁護団会議などはズームという会議用アプリを利用している。

このような面談によらない手続きは難しいと従来考えられていた。しかし、やってみるとそうでもなかった。

メラビアンの法則というのがある。一般的な面談の場面におけるコミュニケーションの情報量を100とした場合に、電話だけだと45%になってしまうというのだ。コミュニケーションの場では、言葉でのやりとりのほか、身振り・手振りで伝えている部分が大きいということだ。

そもそも、われわれの仕事はコミュニケーションが難しい。5つくらい前提をおいて、それらが充たされたら勝てますよと言ったりする。顧客は前提を忘れて、「勝てますよ」という結論しか覚えていない。

三段論法で結論が導かれるわけだが、小前提となる事実認定は、相手のもっている証拠しだいであるし、裁判官と認識が一致するともかぎらない。そのようなことが顧客に伝わらないことが多いのだ。

面談で伝えるのが難しい話をオンラインでやるとなれば、さらに難しくなることは必至だ。

裁判所は国の役所の一つであるから、従来からIT化を推進しようと考えていた。しかしなかなか進まなかった。法曹界が保守的ということもあったかもしれないが、法律の世界のコミュニケーションの複雑性がその推進を阻害していたのである。

しかしコロナ禍となり、人流を抑制するとなれば、オンライン化は避けられない。こうして半強制的にやらされてみると、意外とやれるというのが法曹人の共通認識となりつつある。弁護士と一般人という局面ではなく、法律家と法律家という局面であれば、ミス・コミュニケーションが少ないのだ。

 かくてオンライン化により、われわれの業務は利便性を増した。しかし困ったこともある。従来、仕事時間の半分くらいは裁判所に出かけていた。が、いまでは裁判所に出かける割合は従来の20%くらいだから、ほとんど事務所にいることになる。

われわれも息抜きがしにくいが、事務局(秘書さん)はもっとたいへんだ。ただでさえ、コロナ禍のなか、メンタルヘルスの維持に腐心していると思う。そこへもってきて弁護士が事務所にずっといるのであるから、さぞかし息が詰まるだろう。

わが事務所のレイアウトはワンフロア方式である。他の事務所では、社長室方式といって、弁護士が個室をもってそこに閉じこもっている例もある。わが事務所でもそうしたいという意見がでたこともある。しかし、そうしなかった。

なぜか。弁護士と事務局、弁護士どうしの情報共有やコミュニケーションのしやすさという点からみて、ワンフロア方式のほうがすぐれていると判断したためだ。そういうレイアウトの副反応もあり、さぞかし事務局は息が詰まるだろう。

だよね?と訊いてみた。(Y弁護士が、横から「そんなこと訊いたって、正直に答えられるはずないでしょう。」などとツッコミをいれてきたが)みな苦笑しながら頷いている。やはりそうか。

どうしたらよいだろう?弁護士スペースと事務局スペースの間に、遮蔽板を置くというのはどうだろう?いまはやりのアクリル板ではどうだろうか?というと、事務局はみな首を振っている。だよね。それじゃ意味がない。

でも木製のパーティションにしてしまうと、遮蔽が強すぎて、こちらから事務局の様子がまったく分からなくなってしまう。

それじゃ、細いすき間を入れて垣間見る方式はどうだろう?源氏物語の世界ふうに。それだと、のぞきでしょう!事務局に叱られてしまった。あはは。

もともと人間関係の距離感の難しさをいうのに「ヤマアラシのジレンマ」というのがある。2匹のヤマアラシがいました。寒いので互いに近寄ると相手のトゲが刺さって痛い。離れると寒い。適切な距離感が難しい。

かくてわが事務所も、弁護士と事務局の間の適切な距離感を求めて模索がつづくのであった・・・。

2021年9月2日木曜日

『お気の毒な弁護士』


  わが事務所でいま読まれている本があります。『お気の毒な弁護士』山浦善樹著(弘文堂)です。地域に根ざす弁護士としてのわが事務所の理念と共通するところから、座右の書となりました。事務所報の夏版に書きましたので、そのことはそちらに譲りたいと思います。事務所ホームページ「ちくし法律事務所のニュース」欄をご覧ください。

きょうは別の話題。わが事務所は研修生を受け入れています。研修生には2種類あって、司法試験に合格したあとの人と合格する前の人です。前者は司法修習生、後者はロースクール生です。この研修のことを弁護実務修習とかエクスターン・シップとか呼びます。

むかしは司法修習生に希少価値があり、その受け入れは一つの名誉職でした。それで先輩弁護士はみな、すすんで引き受けていたと思います。司法試験改革により合格者が数倍に増えた結果、修習生の価値もインフレにより下落してしまい、最近は引き受け手も減ったやに聞きます。

そうなった後もしばらく司法修習生を引き受けていました。司法修習生とのおつきあいは利害を超えて、将来の法曹界をになってくれる人材を育てる一助となる、いわば社会貢献的な意味があると思うからです。

しかしなぜか、当職のところには予備(司法試験のバイパス)試験に合格、東京の4大法律事務所(地域事務所とは対極的なあり方)に「就職」がすでに決まり、骨休めに福岡修習を希望しましたみたいな人がつぎつぎとやってきました。そのような状況がつづいたため、社会貢献的な意義も感じられず、引き受けをお断りしました。

最近、それじゃいかんなと思い直し、ロースクール生だけは受け入れることにしました。それで今週月曜から金曜まで1人来られているわけです。

月曜日、かれが来てすぐに、上記書籍を読むよう勧めました。・・・しかし、木曜の今日まで、それが読まれている形跡はありません。残念です。

この問題は実務修習で何を学ぶかという点と関わってきます。本人が実務の枝葉を学びたいというのであれば、いたしかたありません。でも、枝葉は弁護士になれば毎日学ぶことができ、1週間もすれば同じ体験ができます。

むしろいまの時期は、何のために法曹になりたいのか、誰のために仕事をしたいのか、どのような法曹を目指すのかという理念やビジョンを練るほうがよいと思うのです。自動車でいえばエンジンの性能をアップして馬力を高めるということです。エアコン、ステレオや車内の装飾などは、あとからでもどうとでもなります。

むろんそのようなことは実務修習でなくとも大学の図書館でもできるとの意見もありましょう。しかし35年間弁護士をやってきた自分に教えられることがあるとすれば、そこが一番かなとも思うのです。あるいは、自分では教えられないとしても、教えられる本を教えることはできるように思うのです。

でもそこは彼の人生の選択ですし、価値観の問題でもありましょう。なので本人の選択にゆだねるしかありません。まことに残念。

2021年2月25日木曜日

【ノリノリ憲法判例の天邪鬼談義①】「牛刀をもって鶏を割く」の類

 

昨日、最高裁で、孔子廟のために那覇市が土地を無償提供していることが憲法の政教分離規定に違反する、という大法廷判決が出ましたね!


えっ、知らない?興味ない?


私も、最高裁の大法廷で弁論があったという先月の報道で初めて裁判の存在を知ったミーハーですが、違憲判決が出たことに、一人で勝手にテンションが上がっていました。


見解の当否ではなくて、単純に最高裁での違憲判決が珍しいからです。


司法試験の勉強の息抜きに憲法を勉強していたという、例えるならば、わんこそばの息抜きにうどんを食べるみたいなストイックなことをしていた私としては、これはブログに書かなきゃ、と勝手に意気込んでいたのです。


ただ、間違いなく憲法判例史に残る判決。専門的な解説は、これから偉い先生方が続々と書かれるに違いありません。


悲しいかな、しがないマチ弁の私が「この判例はですね・・・」などと真っ正面から解説しようものなら、とんだ勇み足になりかねません。


と、いうことで、長い前フリをへて、この判例の「そこかよ!」とツッこまれそうな私の着眼点を紹介したいと思います。


「反対意見の切り返しの面白さ」についてです。


この判決、当時の那覇市長が都市公園内に孔子廟の設置を許可した上で、敷地の使用料全額を免除したことが、憲法の定める政教分離規定に違反すると判断しました。


孔子廟というと、儒教の祖である孔子を祀っている霊廟のことだそうです。

孔子というと、「子曰く・・・」の論語の方ですね。


この孔子廟のために敷地をいわば無償提供していることについて、那覇市と儒教との関わり合いが相当とされる限度を超えて許されない、と判断したのが今回の判決の多数意見です。


そんなに宗教性ある?公共施設じゃないの?など、これ自体、様々な議論がありうるところです。


ところで、最高裁判決には、裁判官個人が意見を書くことができます。

今回の判決にも、林景一裁判官の反対意見が付されていました。


最高裁の大法廷は裁判官が15名ですから、14対1の判断だったことが分かります。


林景一裁判官の反対意見を一部抜粋すると、次のような部分があります。


「であるからといって,本件施設について,今日的な宗教性を否定する相応の主張,理由があって,前記のとおり,もはや宗教性がないか,既に希薄化していると考えられる中で,外観のみで,宗教性を肯定し,これを前提に政教分離規定違反とすることは,いわば「牛刀をもって鶏を割く」の類というべきものである。」


要するに、政教分離規定違反をいう多数意見に対し、問題となった孔子廟の宗教性が希薄化していると述べて、「そこまでせんでよくない?」という趣旨のことを言われています。


面白いのは、「牛刀をもって鶏を割く」という孔子の『論語』の言葉をひいて、切り返しているところです。


孔子廟の問題には、孔子の言葉で切り返す。


最高裁の裁判官が書かれると、「はあ~さすが」と粋なやりとりに感心してしまいました。


私なんぞが、訴状で、「いわば『牛刀をもって鶏を割く』の類である!」(どや)などと書こうものなら、裁判官から「はあ?」と思われること必至です。


判決といえど、人に読んでいただく文章。やっぱり理路整然としている中でも、「面白い!」「読みたい!」と思ってもらえる粋な内容も書いてもらいたいですね!(ブーメラン)


富永

2021年1月21日木曜日

高齢化社会の裁判


 

80代のかたの刑事裁判がありました。
犯罪事実は道路交通法違反(酒気帯び運転)です。

打合せを3度行ったのですが、うち2度補聴器の調子が悪く、本番での調子が心配されました。事前に裁判所から連絡があり、補聴器を用意しましょうかとのこと。刑事裁判なので、裁判所はどちらかというと「お上」として振る舞うことがおおく、被告人に対するこのような配慮ははじめてでした。
当日、案の定、ご本人持参の補聴器は調子が悪い。裁判所が用意した補聴器のお世話になりました。しかしながら・・・

刑事事件は、民事事件と異なり、文字どおり「口頭」弁論です。
被告人本人であることを確認する人定質問にはじまり、起訴状の朗読、罪状認否、冒頭陳述、検察側証拠の朗読など、すべて「口頭」でおこなわなければなりません。
被告人のかたは、聞こえにくいのか、説明がむずかしいのか、ときどき芳しい回答をされません。
その都度中断して、書面を示しながら、起訴状、冒頭陳述、検察側証拠の内容をひとつひとつ確認しました。

いちばんハラハラしたのは自宅から事故現場までの走行経路の確認作業。
自宅をでて、これこれの道路を経て、スーパー○○の前で事故を起こしましたよね?
と確認するのですが、なかなか肯定されません。しばらくしてようやく納得されました。5分ほどだったのでしょうが、一時間にも感じられました。

検察側立証のあとは、弁護側立証。
しめくくりは被告人質問。
いつもは検察官の厳しい反対尋問がまっています。
しかし、この日は特になし。
検察官の人間的な対応にほっとしました。

即日結審、即日判決でした。
このこともあり得ない対応ではありませんが、高齢の被告人がなんども裁判所まで出かけてこなくてよいようにする、判決までの期間の心労を軽減するなどの配慮があったと思います。
なかでも初めての経験は、裁判官がまず紙に主文を記載して(よみがなつき)被告人に交付し、そのうえで判決の言渡しをしたことです。
被告人を懲役10月に処する、この裁判確定の日から3年間この刑の執行を猶予する・・・

憲法31条は適正手続主義を掲げています。これは被告人の尊厳を保障し、刑事手続の主体として遇するということです。
手続の理解が難しい被告人には、それが理解できるよう最大限の配慮が必要であると考えます。高齢化社会がますます進むにつれて、このような配慮が必要になってくるでしょう。





2017年12月5日火曜日

『水戸黄門』のように,なぜ正義が勝たないのか?筑紫野市の弁護士の回答


          (嵐山・亀山の紅葉)

 「正義は必ず勝つ」といわれる。たしかに『水戸黄門』や『遠山の金さん』などではそうなっている。しかし,実務ではそうならないことも多い。みなさんは,日ごろから『水戸黄門』や『遠山の金さん』などをご覧になっていて,「正義は必ず勝つ」世界観になじんでいられるので,そのギャップに唖然とされることが多い。このギャップはどこから来るのだろうか。

 たとえば,1週間前の午後9時,家の前の暗がりで,Bに殴打され,全治2週間の怪我を負わされたとする。民事裁判でBに対し損害賠償が認められるには,上記殴打の事実について,(Bが否認すれば)こちらが証明しなければならない。たまたま目撃者がいればよい。でもいないことが多い。たまたま目撃者がいたとしても,どこの誰だか分からないことも多い。どこの誰だか分かっているのに,関わりあいになることを恐れて協力してくれないことも多い。そうすると,たかだか1週間前の事件なのに,正義が実現されないことになってしまう。

 では『水戸黄門』や『遠山の金さん』では,なぜ「正義が勝つ」ことになっているのであろうか?それにはこのようなカラクリがある。すなわち,『水戸黄門』では,風車の弥七が天井裏にひそんでいて,悪代官と越後屋の悪だくみを目撃している。『遠山の金さん』ではなんと,裁判官じしんが庶民のふりをして事件現場を目撃している。

 しかし,実際の裁判ではこのようなことはありえない。裁判官が事件の現場に偶然いあわせることは100%ありえないし,みずから捜査みたいのことをすることもありえない。また,仮に風車の弥七みたいな手下がいたとしても,悪代官の天井裏にいる時点で住居侵入罪で逮捕である。

 そうなると,悪事や事件を証明することができない。すなわち,正義が勝つことが難しい。みなさんは,ほかならぬ自分が見聞きし,体験した事実であるから,証明は十分と思っておられる。残念ながら,民事裁判では当事者の証言は証拠価値が著しく低い。加害者が嘘をついていると被害者が言っても,裁判官にはどちらが嘘をついているかの判定が難しいのである(このことも理解していただくことが難しい。でも自分が裁判官であったとして,Aが赤信号だったといい,Bが青信号だったといったときに,どう判定するのか想像していただきたい。)。

 かくて今日も正義が必ず勝つとはいえず,『水戸黄門』的世界観からして不満な人々が事務所をあとにしていかれることになる・・・。

2015年12月21日月曜日

法律相談のしかた④




 「バラエティー生活笑百科」や「行列のできる相談所」など
 法律相談に関する番組がいくつか放送されています。

 これらの番組をみていると
 法律相談のイメージをつかみやすいでしょう。

 でも,どちらの番組を主にみているかによって
 法律相談のイメージにズレをしょうじるかもですね。

 前者の番組をみている人は
 正解はひとつと思いやすくなると思います。

 後者の番組をみている人は
 人によって正解が違うと思われるのではないでしょうか。

 これは番組の作り方や
 お題(問題)の選択とも関係しています。

 正解が一つになりやすい問題を出して
 一件落着を狙う予定調和な番組

 議論がわかれそうな問題を出して
 甲論乙駁を狙うダイナミックな番組

 どちらかというと,実際の法律相談は
 後者のダイナミックな感じでしょうか。


 法律問題は法律家のあいだで
 ほぼ意見が一致する問題があります。

 他方,法律家のあいだでも
 意見がわかれそうな問題もあります。

 それでも政治家の議論とはちがい
 見解の相違は比較的ちいさいです。

 それでもやはり人間のすることだから
 裁判官の個性により見解の相違が残ります。

 最高裁まで3回も審理する制度は
 そのような個性の存在を前提としているくらいです。

 
 ときどき○○弁護士に相談したら
 違うことを言われたと言われることがあります。

 それは上記のような理由によります
 算数の答えとはちがうところです。
 
 神ならぬ人間のやることですから,正解は
 実際に裁判をやってみるしかわかりません。

 そんなときは「30年間の弁護士経験と知識に基づく判決予測なので
 どちらの言うことを信用するかですね」と回答するようにしています。

2015年12月17日木曜日

法律相談のしかた②


 
 法律相談は算数の問題と答えとはちがって
 アドバイスや見通しについて行き違いが生じがちです。

 法律相談にはいくつも前提条件をおいて回答することになりますが
 前提をとばして「勝つ」という見通しだけが耳に残りがちです。

 裁判では,複数の事実の組合せの結果
 裁判に勝ったり,負けたりします。

 一般に法律相談の際には
 事実の存否を確定できません。

 裁判における主張・立証の結果
 裁判官によって事実の有無が判断されることになります。

 相談者にとっては,ごじぶんの心のなかでは
 それら事実の存在することが明白なのですが

 実際は,争いになりますので
 事実を裏付ける証拠が必要になります。
 
 この点,われわれは,「それらの事実が認められれば」
 勝てるでしょうねと見通しを述べることになります。


 相談される方は,勝ちたいという思いが強く
 前提事実は自明のように考える傾向があります。

 なぜでしょう?
 ぼくはテレビの影響かなと考えています。

 日ごろ,水戸黄門や遠山の金さんを見慣れているせいでしょうか
 たしかにテレビ番組では,毎回かならず正義が実現されます。

 しかし,それは風車の弥七が屋根裏から悪代官の謀議を盗み聞きしたり
 金さんが遊び人として街中を徘徊して現場に居合わせるからでしょう。

 しかし,日本の裁判官が現場に居合わせて
 じぶんで目撃したなどということは100%ありえません。

 その結果,日本の裁判では,立証ができないために
 必ずしも正義が実現されるとは限らないことになります。

 
 法律相談をされるときは,そこに注意して
 弁護士のアドバイスを聞くようにしてみてください。

 もちろん,こちらもできるだけ誤解のないように
 説明するよう努力します。 

2015年10月5日月曜日

期待していたのは。。。

地域奉仕のいっかんとして
F中学校の職場体験授業に協力したことがあった。

中学生のころからいろいろな職業に触れ
将来の進路を明確にするという趣旨だ。

消防署や店舗などいろいろな業種の人が集まった。そのなかで
法律事務所を希望した子たち6人のめんどうをみることになった。

事務所で座学をしても分かりにくいので
法廷傍聴をしてもらうことにした。

地域の民生委員の先生たちなどを法廷傍聴にお連れすることがある。
いちばんの悩みは,博多座のように前もって演目がはっきりしないことだ。

いつ分かるかというと当日,法廷の前の掲示板を見るまでわからない。
そこに10時~貸金請求事件,原告○○,被告△△などと書いてある

こちらの気持ちとしては,できればわかりやすい事件を傍聴してもらいたい。
長くつづいている事件のうちの1期日だと,なんとことやら分からない。

そこで集合時間の15分前くらいに裁判所へ行き
裁判所のなかを行ったり来たりしながら手ごろな事件を探し回ることになる。

民事事件より刑事事件のほうがわかりやすい。民事は
「訴状のとおり陳述します。」などと書面中心だから。

刑事事件の場合,起訴状を朗読したりして
被告人だけでなく傍聴人にも事件の内容がわかりやすい。

なかでも,自動車運転過失致傷事件や覚せい剤事件は手ごろだ。
1時間のうちに最初から結審までぜんぶやることが多いから。

その日も,自動車運転過失致傷事件を選んだ。
中学生にも分かりやすく,勉強になるであろうことを期待した。

中学生たちと傍聴席につくと,被告人は男性だったけれども
裁判官も,検察官も,弁護人もみな女性であった。

中学生のうち3人は女子だったので
彼女たちにも励みになるなぁとにんまりした。

ぼくが中学生を6人連れて法廷に入っていったのだから
裁判官たちにも当然状況はのみこめたはずである。

中学生にもわかる,わかりやすい法廷
ぼくはそれを期待した。

ところがである。
審理が進むにつれ,たいへんな事態に。

自動車事故の原因は,抽象的にいえば前方不注視だった。しかし
その実態は,助手席の女性が運転手の男性にいかがわしい・・(以下省略)。

中学生たちが傍聴しているわけだから,法律家たちは
いかがわしい話をさらりと流すやり方もあったはず。

だが,検察官も,弁護人も,裁判官もいかがわしい内容について
微に入り細を穿ち,何度も何度も,尋問を繰り返したのである。

傍聴人を意識してであろう
これでもかこれでもかの大サービスだった。

でも中学生なんだから
そういうことを期待したわけじゃないんだよね。

そういうわけで
とんだ法廷傍聴になったのでした。

2013年12月3日火曜日

気合を入れて


弁護士業界は,
競争真っただ中だと言われます。

(もっとも,
競争のない業界
の方がありえない気がしますが…)


弁護士の数も増えていますし,
執務の方法も大きく変わってきました。

2000年以前は,
広い規制がかかっていない
法律事務所の広告も解禁されました。


まさに業界は変動時期にあるようです。



…といっている内に
今年度の司法修習生が司法修習をまもなく終え,
裁判官・検察官・弁護士になります。

そして,新年度の修習生も
司法修習を開始しました。


次々と活きの良い新人が入ってきます。

私も負けていられませんね。



よし。
気合を入れるために,
毎朝の乾布摩擦でも始めます!!

(なにかが違う…)

2013年10月16日水曜日

ところで,ちゃんとした格好…とは?

突然寒くなったので,
今日はネクタイとジャケットを着て出勤…。

久しぶりのネクタイに
首元がむずむずします。



ところで,

被告人として裁判に臨む際


皆さんはどのような格好で
行かれるでしょうか。



ときどき
「裁判官とは保守的な生き物だから,
スーツなど
ちゃんとした格好をしなさい」
などという話も聞きます。

しかし,
「スーツを着ていないから信用しない」とか
「スーツを着ていないから罪を重くしよう」などと
いうことはありえません。


ただ,
刑事裁判に臨む際,

本当に裁判の場を重大なこととして
捉えているのであれば,
当然,自問自答したうえで,
それなりに気を使った格好をしてくるだろう。

そうでないのは,
反省が足りないからでは…。


くらいには思われる可能性があります。


その限度で,裁判官が保守的だとの
指摘は
当たっているかもしれません。



いずれにしても,


自分がどう見られているのか…

という自問自答が大切ですね。




さて,
とりあえず,
まがったネクタイをまっすぐに戻して
執務を再開すると
しますか。



2013年8月2日金曜日

世間はもう夏休み?


裁判所は,いわゆるお役所です。

そのため,人事異動もありますし,
夏休みも正月休みもあります。
(もちろん当直の職員はいますが)


裁判官もやたらと解決を
伸ばしたくはないので,

「なんとか異動までには…」
「なんとか夏休みまでには…」と
いった具合に

気合を入れて取り組んでくれる場合もしばしば。


もっとも,
人事異動時期に当たる3月下旬や,
夏休みがある8月ころは,
どうしても裁判の日程が入りにくい
現状があります。




そんなわけで,
少し事件の進展が遅れたり
する季節です。

決して私が夏バテをして
サボっているわけではございません。



皆様のご理解をお願いします。

当事務所は,今日も元気です。



2013年7月29日月曜日

胸に光る「裁」の一字


先日は,
弁護士バッジのお話をしましたので,
今回は,
裁判官のバッジについて。


裁判官のバッジがあること,
皆さんご存知でしたか?


こんなものです。
(リンク先で画像をご確認ください)


三種の神器と言われる
ヤタの鏡をモチーフにしており,

曇りなく真実を映し出すという意味で
裁判の公正を象徴している
ものだそうです。



あまり街中で見かけることはありません。

というか,
裁判官は
法服を着てしまうので,
裁判で見かけることも稀です。



裁判官に直接聞くと,
事件の現地に行くとき,
外部の会議に出席するときなどに
付けていくそうです。





……「裁」って,


もう少し,


デザインどうにかならなかったん
ですかねぇ。

2013年7月18日木曜日

三銃士…とは違うか。


3人の裁判官が並んで
法廷で座っている様子をよく目にしますね。


真中が「裁判長」,
裁判長から見て右側が「右陪席裁判官」
裁判長から見て左側が「左陪席裁判官」です。


傍聴席からみると,
「右陪席」と「左陪席」は逆になりますね。


「左陪席」が一番の若手,
「右陪席」が中堅裁判官,
「裁判長」がベテラン裁判官…と
思っていただければ,
ほぼ正解でしょう。



3人が合議をするような裁判は,
非常に難しいものであるケースが多いのです。

そこで,
判決を書く際には,
左陪席が頑張って判決文を書いてみて,

それをたたき台にし,
3人の裁判官が合議をする…という
流れが一般的です。



3人がお互いに意見を出し合って
判決が出来上がっていくのですね。


裁判官はそれぞれ独立している…
とはいえ,
大変なお仕事です。

2013年7月1日月曜日

何事にも染まらない公平さ


裁判官は,「法服」と呼ばれる
黒い服を着て法廷に立ちます。


この黒い色には,
何事にも染められない…という
決意が示されています。

確かに黒い色は,
そこから,違う色にできませんしね。

法服は,前の部分にボタンがあり,
袖を通してから前を閉じる形で着ます。



裁判官の前に座っている
「裁判所書記官」さんも
法服を着ていますが,
少しデザインが違いますし,
素材も違うんです。

裁判官の法服はシルクで,
書記官の法服はコットン…。

よく見ると分かりますが,
裁判官の法服の方が光沢があります。


裁判傍聴などに行かれた際は,
目を凝らしてみてください。



さいごに
裁判官がうろたえたエピソードをひとつ。


初めて見る人には,
「法服」が何に用いる服なのか良く分かりませんよね。


ある裁判官がクリーニングに持って行ったところ,
店員さんが数秒悩んでから,

「コート」

と受領票に書き込んだそうです。


シルク100パーセントの前開き黒コートの誕生です。


ん~~~,たしかにコートかもしれませんね。



「法廷」は

英語で

「コート(court)」    ですし。


おあとがよろしいようで。

2013年6月28日金曜日

賃貸借の揉め事とは


森です。

少しずつブログのレイアウトにも手を入れています。
仕事の合間の急ごしらえなので,
しばらく迷走するかもしれません。
ご容赦を。



さて,

賃貸借している建物を巡る紛争は,
相当数あります。

どうしても契約が長期間になりますから,
貸主も借主も
いろいろと事情が変わってきます。

その事情の変化が,
お互いの立場の違いを
浮き彫りにしてきてしまうのです。



私が担当している事件でも
お話をしていると,
様々な事情が出てきます。


借主側の事件では,
「失業して,家賃を払い続けることができなくなった」
「子どもが生まれて,
どうしても生活音が大きくなってしまうのだけれど,
苦情を出されて困っている」

貸主側の事件では,
「建物が激しく老朽化しているので,
周辺住民に迷惑をかける前に取り壊したい」
「生活上のトラブルが多く他の住民に迷惑なので出ていってほしい」


等々。

貸主側の事件も,借主側の事件も,
どちらの側のお話も
切実です。



建物によってこの事情も様々。


皆さんもお困りのことがあれば,
お気軽にご相談ください。



次回は,
裁判官が着ている「法服」について
少しお話していきます。
お楽しみに。

2013年6月26日水曜日

裁判傍聴が少しだけ分かるようになる法


法廷における弁護士のやり取りには,
独特なものが多くみられます。


不定期で
皆さんにお伝えして,
少しでも裁判を身近に感じて
いただければと思います。


その代表格が,


「しかるべく」


という言葉ではないでしょうか。
決して身近な言葉ではありませんね。



たとえば,

原告が証人尋問をしてほしいと求めたときに,
裁判官が被告に「ご意見は」
と尋ねます。

それに対して被告が「しかるべく」と
応えて用います。

「裁判官が考えているように“しかるべく”取り計らってくれ。
裁判官の判断にお任せします。」

という趣旨ですね。


他にも「異議はありません」といった趣旨で
多く用いられています。


なぜ「しかるべし」ではなく,
連用形である「しかるべく」にしつつ

その後ろにある「取り計らってほしい」
を省略しているのかは,
定かではありません。


裁判傍聴などされたら,
気にかけて聞いてみてください。



ちなみに,私は,
弁護士になって初めて
「しかるべく」と法廷で発する時,
かなり緊張しました。


2013年6月25日火曜日

「静粛に!」


カンッカンッ!!
「静粛に」

そうやって裁判は始まり…
ません。



裁判官が法廷に入ってくると,
起立して全員で一例。
(日本らしいですね)
そして,裁判官のテンポで
その日の審理が始まります。



欧米などでは,
場を静かにさせるために木槌が用いられています。
皆さんも
映画やドラマで見たことがあるのではないですか?

ちなみに,
裁判官が使う木槌のことを
英語では,ガベル(gavel)といいます。



皆さん既にご存知かもしれませんが,
日本の法廷にガベルはありません。

ですから,
裁判官がガベルを打ち鳴らす姿を
見ることはできないわけです。

ガベルではないにせよ,
何か裁判官に持たせてもよいのではないかと
冗談で勉強仲間と話していた際,
いろいろ候補が上がってきました。

鈴,太鼓,
ファミレスにあるピンポン,蛙(!?)…


皆さんはどれを支持されますか?



※注意
この先どんなに待っても
上記の物が法廷に置かれることは,
おそらくありません。

2012年4月11日水曜日

『傍聞き』 by.本も読書も好きな福岡の弁護士



 さいきんなんか本格的な長編を読んでいないような
 宮部みゆきさん,奥田英朗さん,伊坂幸太郎さん…

 読者の期待にこたえてがんばってほしいですね。
 このブログもミステリーとか海外ものがおおいので。 

 というわけで,きょうは平積みの短編
 『傍聞き』(長岡弘樹さん,双葉文庫)。

 ベテラン救命救急士の指示による
 迷走の謎を解く『迷走』

 何度注意しても聞く耳をもたない女性刑事の娘の
 ふるまいの謎が明かされる表題作

 消防士が体験した火事場での不思議な
 出来事の謎を解く『899』

 更生保護に取り組む女性にみせた元受刑者の奇妙な
 行動の謎が明かされる『迷い箱』

 以上4ストーリーからなる短編集。
 いずれも謎解きと人間ドラマがからまって心地よいです。

 コンピューターはいざしらず,われわれ人間は
 おなじ話でも誰から聞くかによって得心ぐあいがちがいます。

 AさんがBさんを説得するときに
 直接説得しても,Bさんの心理的な防御をやぶるのが難しい。

 そんなとき,わざとお隣のCさんに話をします。すると
 それを隣で聞いていたBさんが説得されやすいという間接技。

 裁判でも紛争当事者の供述はほぼ信用されません。
 第三者的立場の証言が重視されています。

 ちょっとちがいますが
 証人尋問でもこういうことがあります。

 核心となる話題については,わざと弁護人の質問からはずして
 検察官や裁判官に訊かせるばあいがあります。

 おなじ答えなのですが
 弁護士が質問すると,どうしても作為がにじみます。

 でも検察官や裁判官が訊いた答えとして
 それが提出されると,なぜか信用できるような気がするわけです。

 それにしても,この刑事の娘さん
 よくできた子どもです。

          ちくし法律事務所 弁護士 浦田秀徳

2011年12月16日金曜日

『クライマーズ・ハイ』(3) by.山歩きの好きな福岡の弁護士



 弁護士になりたてのころ
 こんな事件がありました。

 ある男性(夫)からの依頼。妻が警察官と不倫したので
 慰謝料を請求したいとのことでした。

 相手が相手なので
 妻の証言だけでは弱い。

 証言の裏をできるだけ
 とることにしました。

 いっしょに入ったという
 ラブホテルにも行きました。

 保安上ラブホテルは自動車のナンバーを控えているので
 当日、証言どおりの自動車が出入りした裏付けが得られました。

 家出中の妻の仕事先をその警察官が紹介していたので
 そこへも行きました。

 中洲・南新地のソープで
 ま昼間から調査に行くのはちょっと気がひけましたが。

 当時は、キャナルシティ(96年オープン)が建つ前ですから
 いまよりずっと入りにくい雰囲気でした。

 かくして証拠を固めたうえ交渉しましたが
 ラチがあきません。

 そこで提訴しました。
 予想されたことですが、被告側は頑強に否認。

 それでも証人尋問が終わったところで
 裁判官が被告側に和解を勧告しました。

 「妻をソープ(受付ですが)に紹介していて
 男女関係が無かったという心証はとれない」と。

 その結果、被告側も観念して
 慰謝料を支払う話となりました。

 被告が金策をするのを待つあいだ
 もう一期日が必要になりました。

 その間、どこからか事件のことを聞きつけて
 ある記者くんが取材にきました。

 「慰謝料を払う以上、不倫を認めたことになりますよね?」
 「ま、普通そうでしょう。」

 ところがその後、記者くんは被告側の弁護士からも
 アホなことに、コメントをとろうとしたらしい…。

 しばらくして裁判所から、和解条項に「和解成立後、事件のことを
 口外しない」という1項を入れたいと連絡がありました。

 被告側の弁護士が裁判官に泣きついてきたそうな。
 ま、普通そうなりますよね。

 依頼人の意向を尊重して
 不本意ながら和解を成立させました。

 和解後、記者くんから和解内容の確認を求められましたが
 「ノー・コメント」。

 その対応えに、記者くんはプリプリしてましたが
 「お門違いでしょう。」といいたい気持ちでした。

 マスコミとのお付きあいの難しさを学んだ
 最初の経験でした。

 (注:相手方のコメントをとるなといっているのではなく
 時期が悪いといっていだけなので、念のため)

                ちくし法律事務所 弁護士 浦田秀徳