ラベル 異議 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 異議 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年9月5日木曜日

「異議あり!」


「異議あり!」


裁判のイメージとして,
この言葉が頭に浮かぶ方も
いるんじゃないでしょうか。



とある裁判をモチーフにした
ゲームソフトなんかでは,

「異議あり!」のほかに

「くらえっ!」

なんてフレーズもあるように
聞きますが,

さすがに裁判所で
「くらえっ!」
と発言したことはありませんし,
他の弁護士もないでしょう。


他方,
「異議あり!」は,
全くあり得ない発言ではありません。

正しく「異議」を申し出ることは,
弁護士の大切なお仕事です。

もちろん,乱発していると
話が進まなくなってしまいますが…。



などと,
話をしていたら,
裁判ゲームをやりたい衝動に一瞬,
駆られましたが,
今日も実際の裁判があることに気づき
思いとどまりました。

2013年6月26日水曜日

裁判傍聴が少しだけ分かるようになる法


法廷における弁護士のやり取りには,
独特なものが多くみられます。


不定期で
皆さんにお伝えして,
少しでも裁判を身近に感じて
いただければと思います。


その代表格が,


「しかるべく」


という言葉ではないでしょうか。
決して身近な言葉ではありませんね。



たとえば,

原告が証人尋問をしてほしいと求めたときに,
裁判官が被告に「ご意見は」
と尋ねます。

それに対して被告が「しかるべく」と
応えて用います。

「裁判官が考えているように“しかるべく”取り計らってくれ。
裁判官の判断にお任せします。」

という趣旨ですね。


他にも「異議はありません」といった趣旨で
多く用いられています。


なぜ「しかるべし」ではなく,
連用形である「しかるべく」にしつつ

その後ろにある「取り計らってほしい」
を省略しているのかは,
定かではありません。


裁判傍聴などされたら,
気にかけて聞いてみてください。



ちなみに,私は,
弁護士になって初めて
「しかるべく」と法廷で発する時,
かなり緊張しました。


2012年12月3日月曜日

追悼・池永満先生





12月1日
池永満弁護士が亡くなられた(享年66歳)。

昨日通夜がおこなわれ
今日葬儀がおこなわれる。

故人の生涯を一言でいえば
「奔流」というこであったろう。

いくつもの
大きな流れをつくりだされた。

われわれはそれらの流れに
巻き込まれ,ときに翻弄された。


そもそも私が弁護士になったきっかけも
かれの後進養成ゼミに負う。

このきっかけがなければ,いまごろ
どこかでサラリーマンをしていたかもしれない。

このブログを
書くこともなかったわけだ。

そのゼミの世話になった者は
3桁におよぶであろう。


池永先生は数多くの課題を見つけだし
取り組まれた。

まるで課題を量産されている
かのようであった。

次々と課題をみつけては,問題提起し
若手に投げ与えるというふうであった。

しんどいけれども誰かがやらねばならない
そんな課題がおおかった。

通夜で盟友の辻本育子弁護士もいわれたが
課題AとBの選択を迫られることがおおかった。

池永弁護士のライフワークの柱は
なんといっても医療の民主化であった。

医療被害救済,患者の権利の確立
医療オンブズマン等次々と取り組まれた。

わたくしの腕もすこしは評価されていたのあろう
難事件の救助をもちこまれることが時々あった。

ある日,池永先生が近づいてきて
こう尋ねられた。

「久留米の事件と北九州の事件
どっちする?」

これは質問の構造からして
誤導である。

この質問をするには
必ずどちらかをしなければならない

という前提が論証されていなければならない
はずだから。

法廷であれば,すかさず
異議!というところだ。

しかし,そこは先輩・後輩の立場ゆえ
そうはいえない。

それぞれどんな事件なんですか?
と,訊いてしまった。(もう相手の術中にはまっている)

久留米の医療被害者は
腹立ちのあまり医者を足蹴にするらしい。

北九州の医療被害者は
弁護士との打合せのあと,病院前でビラを撒くらしい。

いわく。
○○弁護士は必ず勝つと断言した。云々とか。

…。
甲乙つけがたい難事件に絶句した。

数秒,あたまをフル回転させたが
逃げ場はなかった。

久留米の事件を選択した。
近い,という以外に理由はなっかったけれど。

(つづく)