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2022年11月30日水曜日

Yさん送別会


 

 わが事務所は来年創立40年目をむかえる。そうしたなか、22年間勤続してくれたYさんが退職されることになり、その送別会がひらかれた。いまは小郡に移籍された稲村晴夫弁護士もかけつけてくれた。

Yさんは鹿児島の法律事務所で8年間勤務するなどした後、わが事務所に入所。福岡市民オケでヴィオラを演奏する酒豪である。稲村、迫田弁護士らともよき飲み仲間であった。

わが事務局は永田さん、入江さんを嚆矢とし、わが事務所で事務局経験をはじめた人と他の事務所での勤務経験を経てきた人にわかれる。

他の事務所で勤務した人は、自ずとその事務所での方法論や文化をもたらすことになる。わが事務所の所風や文化に多様さと寛容さをもたらしてくれた存在だ。40年の事務所の歴史のうちの22年であるから、いまの事務所の大半をともにつくり、基盤の一角を形成してくれた。

送別会でも、事務所愛をあつく語ってくれた。事務所愛ゆえ月曜日に事務所に来るのが楽しみだったという、ちょっと信じられないエピソードも披露された。後輩たちもそうした文化を着実に引き継いでくれると思う。

他の事務局からは、事務指導体験や懇親行事の際の懐かしい思い出もあれこれと披露された。稲村弁護士からも以前と変わらぬ温かい激励をいただいた。

涙、涙のよい懇親会だった。また明日から頑張ろう、ちくしの伝統と文化を絶やしてはならないと、あらためて思えた送別会だった。

2022年7月13日水曜日

『妻が口をきいてくれません』


  前回の事務所会議の際、ワークショップを行った。「事実をどう見るか。」というテーマで迫田班が報告を行い、それについてチームにわかれてディスカッションを行った。

本年度新機軸の一つ。事務所会議を活性化し、事務所内の風通しをよくしたいが、どうしてもマンネリ化しがち。そこでやってみることにしたのが、この方法。

タネ本は野原広子さんによる『妻が口をきいてくれません』(集英社刊)。手塚治虫文化賞・短編賞を受賞している。

まずは夫の側から。ある日、妻が口をきいてくれなくなり、あれこれ模索するも打開せず。場面切り替わり、妻の側から。口をきかなくなるまでの長い導線の紹介。

裁判をやっていると、一つの事実が二つにも三つにも化ける。事実を偽っていることもあるけれども、同じ事実が観方によって違うということも多い。夫婦でも、実はまったく違う世界を生きているということはある。

チーム分けでは、年配者グループに入れられた。若い人たちとわれわれではそれぞれ「常識」が違うので、議論がかみあうよう配慮したとのこと。

その結果、女性4人に男性1人という多勢に無勢じょうたい。なにを言っても、あーそうですよね、だからですよと言われているような気がする。

夫婦間での話題のあと、事務所内での弁護士と事務局のコミュニケーションの話題に進展するかと思いきや、突然の終了。迫田弁護士いわく、そこは「余韻と省略」(MY弁護士の言葉)なのだそう。なるほど。

2022年4月11日月曜日

事務所春研修ー不易流行


 新年度になった。西鉄電車のなかは、社会人や学生の数が増加する例の現象が発生している。不思議だ。なぜ、春だけ人が増えるのだろうか。

先週金曜日は事務所の春研修だった。毎年、新年度に、前年度の総括と新年度の活動方針を明らかにする。もう20年以上続いている。わが事務所の発展の礎となるもの。

いつもはその年の課題を研修するとともに、前年度の数字をもとに、新年度の各自の目標を協議する。

しかし本年度はちょっと違う。稲村晴夫弁護士が退所されたことを踏まえた会議となった。今後、何を守り、何を変えていくのか。

一言で言えば、不易流行。わが事務所の中核的価値は今後ともなにがあっても守っていく。それでいて、時代の変化に応じ必要なところは変えていかなければならない。

守るべきものの第1は、自由と正義を擁護する、社会と地域に奉仕する、顧客満足の追求など中核的理念は堅持すること。それら理念を堅持することにより、働きがいのある仕事、働きがいのある職場も実現されるはずだ。

守るべきものの第2は、事務局参加を含む民主的な経営の維持、働きやすい職場の維持である。うちは事務局員採用ひとつをとっても、採用担当者がかってに決めたりはしない。全メンバーが参加し、民主的な討議をして採用を決める。志望者にとってはたいへんな作業である。が、そのようなプロセルを経ることにより、全員が納得した採用となり、ワンチームを実現する基礎になっている。

他方、環境は絶えず変化していく。わが事務所も変えるべきところは変えていかなければならない。それは、班会議、事務局会議、弁護士会議、事務所会議という各会議のなかで、民主的な討論を経て決めていくことになる。

稲村晴夫弁護士という事務所のまとめ役、扇の要がいなくなった。その穴を埋めるため、今後はみなが協力して結束していかなければならない。言うは易く、行うは難い課題だ。がんばるしかない。

2022年4月7日木曜日

1階でなにがあったのか?


 県外の○○から通勤しているある若手弁護士が稲村晴夫弁護士より遅く出勤していた。重役出勤という表現があるけれども、さすがに社長より遅く出勤する重役はいなかろう。社会常識がないなぁと思っていた。

別に社長に気をつかえというのではない。一事が万事なのであって、出勤早々、他のメンバーに対して、やる気がないなぁと思わせるところが脇があまいと思うのだ。

会社と違ってうかつに注意できないのは、弁護士という職業柄である。サムライ業であるから、どこで、どんな振る舞いをしようと原則として個人の自由に委ねられている。会社員とは違うところだ。

NHK大河における菅田将暉の義経ではないが、武将として誰もが瞠目する活躍をすれば少々のことは大目に見られるようにはなる。その義経でさえ、最後には頼朝に追われることになったのであるが。

ま、いろいろ考えて注意はしていなかった。

ある時から田中弁護士が早朝出勤し、ゴミ捨てや加湿器の水の補給その他働く環境整備をしてくれるようになった。

経営者の心の鍛錬として、社員の誰よりも早く出勤して、トイレ掃除をするといいという。社員に対する愛情と感謝が育まれるなど、生きる姿勢が磨かれるらしい。

「そなたが鍛錬し、培い、身につけたものは一生の宝となるもの。されど、その宝は分け与える程に、輝きが増すものと心得る」(カムカム)。

最近になって田中弁護士が、そのことを弁護士MLで報告した。日ごろ考えていたことを返信した。誰のこととは書かなかったが、若手弁護士は「○○は遠いから、遅くなるんだ。」などと弁解した。が結局、早朝出勤するようになった。

すると、ある事務局が「1階でなにかあったのですか。」と、心配して訊いてきた。

トミーが3月18日の投稿で書いているように、4月1日席替えを実施した。1階は男性弁護士4人となった。そのうち3人は、田中弁護士、トミー、当職であるから、もともと早出である。

ある若手弁護士が早朝出勤をするとなると、朝から1階弁護士の全員が顔をあわせることなる。いままでにないことである。それを敏感に感じとり、すかさず心配してくれたのが「1階でなにかあったのですか。」である。

さすが。うちの事務局はどこの事務所にも劣らず気配りがきく。わずかな変化も感じとり、気を使ってくれる。

「いやいや、なんでもない。われわれはもともと早出で、○○くんが早く来るようになっただけだから。」と返した。笑いが起こり、一件落着したかに思えた。

夕方になって、事務局長が「○○は遠いですね~。」と話をふってきた。どきっ。せっかく一件落着したと思ったら、また蒸し返しか?

思い過ごしであった。午後、事務局長は仕事で○○まで行って諸手続を行ってきたのである。交通が不便でたいへんだったらしい。その感想が「○○は遠いですね~。」だった。ほっ。

2022年4月5日火曜日

新体制スタート

 


 いよいよ新体制スタート。長年わが事務所を牽引されてきた稲村晴夫弁護士が退所され、大黒柱というか扇の要を失った気分。

思えば37年前、稲村弁護士が33歳(弁護士7年目)、当職が26歳(弁護士1年目)、経験3年目、1年目の事務局2人でわが事務所はスタートした。

当時に比べれば、弁護士や事務局の数も増え、経験年数も飛躍的に増大し、地域に根ざし、多くの方々にご支援していただいている。

こうした信頼と期待にこたえるべく、みなと力をあわせて、より一層精進していきたい。

2022年4月4日月曜日

稲村晴夫弁護士の送別会

 先週末は稲村弁護士の送別会が開かれた。

送別会に先立ち裏山の公園で花見を行った。花は咲いていた。満開をすぎ、散り始めている。桜吹雪がきれいだ。記念撮影。

3階会議室に移動。コロナ禍となって以来はじめて全員が集合した。稲村弁護士から送別の辞、つづいて事務所側から答辞。あれ、逆かな。事務局は言葉にならない人も。

その後薬院に場所を移して最後の晩餐。珍しい料理に話題が盛り上がる。遠路はるばる卒業した弁護士も駆けつけてくれた。昔話に花が咲く。そしてここでもお別れの挨拶。

われわれは当事務所が日本一だと常日頃おもっている。それは送別会の風景にもあらわれていると思う。ここまで心のこもった送別会がおこなえるのは、わが事務所だけだろう。

2022年3月31日木曜日

日本一働きがいのある職場、働きやすい職場をめざして

 
 稲村晴夫弁護士が退所されると聞いて、もと事務局が3人で遊びにきてくれた。3人とも退職してから15年ほどは経っている。

みな転勤族で、1人はわざわざ東京から、2人は福岡から。2人はお連れあいの転勤先がたまたま福岡なのだそう。

いずれも小・中・高校生の子育て中で、忙しいながら。ランチをともにし、近況報告のほか、昔話に花が咲く。そんなことあったっけと思う。

そのあと、3階会議室に場所を移し懇親会。顔見知りの事務局どうしで旧交をあたため、記念撮影。

卒業した事務局がたまにであれ訪ねてきてくれるのはありがたい。わが事務所で働いていた経験や記憶が楽しいものであったか、すくなくとも嫌な気持ちを持っていないことの表明だと思われるから。

わが事務所は事務局が働きがいのある職場、働きやすい職場づくりに力を注いでいる。それでも顧客の紛争を解決し、その幸せと日常を回復するための仕事であるから、言動がきつくなったりすることもある。

そうした言動が受け流せるかどうかは、やはり日ごろの信頼関係があるかどうかだろう。少なくとも15年前までは、そうした信頼関係がたしかにあったのだ。

いまはどうだろう。さすがに在籍しながらでは本音は語りづらかろう。しかし春の合宿へ向けて、若手事務局からはそのようなレポートが複数でてきている。ありがたいことだ。

決意をあらたにし、今後とも日本一働きがいのある職場、働きやすい職場をめざしていきたいと思う。


2021年10月12日火曜日

ヤマアラシのジレンマ


  コロナ禍のなか、裁判所の手続きの80%くらいはオンラインになった。さいたま地裁、横浜家裁、東京高裁、大分家裁、福岡地裁小倉支部など遠方の事件はもちろん、福岡地家裁本庁の事件もほとんどオンラインでやっている。家裁は電話、地裁はチームス、弁護団会議などはズームという会議用アプリを利用している。

このような面談によらない手続きは難しいと従来考えられていた。しかし、やってみるとそうでもなかった。

メラビアンの法則というのがある。一般的な面談の場面におけるコミュニケーションの情報量を100とした場合に、電話だけだと45%になってしまうというのだ。コミュニケーションの場では、言葉でのやりとりのほか、身振り・手振りで伝えている部分が大きいということだ。

そもそも、われわれの仕事はコミュニケーションが難しい。5つくらい前提をおいて、それらが充たされたら勝てますよと言ったりする。顧客は前提を忘れて、「勝てますよ」という結論しか覚えていない。

三段論法で結論が導かれるわけだが、小前提となる事実認定は、相手のもっている証拠しだいであるし、裁判官と認識が一致するともかぎらない。そのようなことが顧客に伝わらないことが多いのだ。

面談で伝えるのが難しい話をオンラインでやるとなれば、さらに難しくなることは必至だ。

裁判所は国の役所の一つであるから、従来からIT化を推進しようと考えていた。しかしなかなか進まなかった。法曹界が保守的ということもあったかもしれないが、法律の世界のコミュニケーションの複雑性がその推進を阻害していたのである。

しかしコロナ禍となり、人流を抑制するとなれば、オンライン化は避けられない。こうして半強制的にやらされてみると、意外とやれるというのが法曹人の共通認識となりつつある。弁護士と一般人という局面ではなく、法律家と法律家という局面であれば、ミス・コミュニケーションが少ないのだ。

 かくてオンライン化により、われわれの業務は利便性を増した。しかし困ったこともある。従来、仕事時間の半分くらいは裁判所に出かけていた。が、いまでは裁判所に出かける割合は従来の20%くらいだから、ほとんど事務所にいることになる。

われわれも息抜きがしにくいが、事務局(秘書さん)はもっとたいへんだ。ただでさえ、コロナ禍のなか、メンタルヘルスの維持に腐心していると思う。そこへもってきて弁護士が事務所にずっといるのであるから、さぞかし息が詰まるだろう。

わが事務所のレイアウトはワンフロア方式である。他の事務所では、社長室方式といって、弁護士が個室をもってそこに閉じこもっている例もある。わが事務所でもそうしたいという意見がでたこともある。しかし、そうしなかった。

なぜか。弁護士と事務局、弁護士どうしの情報共有やコミュニケーションのしやすさという点からみて、ワンフロア方式のほうがすぐれていると判断したためだ。そういうレイアウトの副反応もあり、さぞかし事務局は息が詰まるだろう。

だよね?と訊いてみた。(Y弁護士が、横から「そんなこと訊いたって、正直に答えられるはずないでしょう。」などとツッコミをいれてきたが)みな苦笑しながら頷いている。やはりそうか。

どうしたらよいだろう?弁護士スペースと事務局スペースの間に、遮蔽板を置くというのはどうだろう?いまはやりのアクリル板ではどうだろうか?というと、事務局はみな首を振っている。だよね。それじゃ意味がない。

でも木製のパーティションにしてしまうと、遮蔽が強すぎて、こちらから事務局の様子がまったく分からなくなってしまう。

それじゃ、細いすき間を入れて垣間見る方式はどうだろう?源氏物語の世界ふうに。それだと、のぞきでしょう!事務局に叱られてしまった。あはは。

もともと人間関係の距離感の難しさをいうのに「ヤマアラシのジレンマ」というのがある。2匹のヤマアラシがいました。寒いので互いに近寄ると相手のトゲが刺さって痛い。離れると寒い。適切な距離感が難しい。

かくてわが事務所も、弁護士と事務局の間の適切な距離感を求めて模索がつづくのであった・・・。

2018年3月23日金曜日

弁護士会議と研修


(谷川岳,天神尾根から)

 本日は,当事務所の弁護士会議です。
 
 定例の経営会議は,全体会議,弁護士会議,事務局会議にわかれていて,それぞれ月1回開催されます。

 それ以外に,年度初めに「春の研修」があり,理念の共有や年間方針の決定をおこない,あわせて研修をおこないます。また,夏と冬に半期の会議をおこないます。

 わが事務所は弁護士8人,事務局10人,計18人の事務所です。個々の事件は,個々の弁護士と事務局で対応しています。しかし,全体の経営方針などは全員で実情を共有し,全体で議論して決めていきます。

 ただし,全体会議となると,とくに事務局が意見を言いにくいところがあります。なので,弁護士と事務局にわかれて,それぞれの意見をまとめて全体会議で議論するようになっています。

 こうして本日は弁護士会議なわけです。弁護士会議では先月の経営状況(相談件数,収支など)を数字に基づいて共有し,当面の問題について協議します。

 研修もおこない,本日はわたくしが担当になっています。新人弁護士のMくんも入所したことだし,全般的な心構えを話そうと思っています。ベクトルを1度上向きにするだけで,10年,20年,30年弁護士として活動するうちに差が大きくでると思います。そのような話をしようと思います。

2013年4月5日金曜日

レット・イット・ビー?





事務所で朝,執務をしているところ
有線でレット・イット・ビーが流れています。

  ♪ ボクが悩んでいると
    マリアさまがあらわれて

    おっしゃった知恵の言葉は
    ”Let it be”


3月までは1階で聴いていたのですが
4月からは2階です。

いままでと違い
まわりの景色が明るくみえます。

有線の聞こえ具合も
どこか新しい。


3月29日に,席替え担当替えを
おこないました。

ボクは1階から
2階へ異動。

担当もSさん&Tさんから
Hさんに替わりました。


弁護士7人事務局9人の法律事務所ですが
2年に1度,席替えと担当替えをしています。

人間は,飽きやすいし
マンネリ化しやすい生きもの。

マリアさまのお言葉ですが,ときどきは
環境を変化させたほうがリフレッシュできます。


というわけで,いままで1階に来られていた
みなさま,ご注意ください。

玄関左のエレベーターで
2階までお願いします。


写真の花は
キブシ(木五倍子)。

花言葉は
待ち合わせ,出会いです。

2012年12月4日火曜日

追悼・池永満先生(2)






薬害肝炎をやっている若手は
K賀K重弁護士から話しかけられるのを恐れている。

しんどいけれど誰かがやらなければならない
そういう課題をふってくるからだ。

しかしその恐怖は,池永先生から
話しかけられるのに比べるとまだまだだ。


95年のこと,裁判所の坂をのぼっていると
背後に気配を感じた。

ふりかえると
池永先生であった。

すると,唐突に
こういわれた。

月30万円の保障で
どうかな?

これは
そうとうやばい話である。

いつものAかBかという
選択肢が示されていない。

いきなり
条件の話である。

しかも
月30万円の保障?

なんの話でしょう?
(あっ,また術中にはまっている)

薬害エイズ福岡訴訟の
事務局長を引き受けてくれないか。

これが池永先生の
依頼であった。

医療被害の救済という場合
当然,薬害被害の救済もそれに含まれる。

当時,やっていた南九州税理士会訴訟や
水俣病訴訟などはいずれも未解決の時期だった。

それらを理由にお断りをしたが
ムダな抵抗であった。


薬害エイズ事件というのは
他に例をみないほんとうに悲惨な事件だった。

訴状の原告目録をつくるだけで
涙がとまらなかった。

原告の半分が鬼籍に入っており
ほとんどが10代で亡くなっていた。

それまでこの事件に関与していなかったことに
罪悪感をおぼえたほどだ。


薬害エイズは,東京・大阪訴訟が先行し
解決局面を迎えていた。

池永先生のお考えは,福岡でも提訴し,解決水準の
さらなる上積みを目指すというものだった。

しかしその後,方針をめぐって大激論となり
必ずしもこのような方針どおりにはいかなかった。

しかしこれにより,わが弁護士人生の
後半の活動分野がおおきく変えられた。

それまでどちらかというと
公害・環境型の事件がおおかった。

それが以後,大規模医療被害事件に
つぎつぎと取り組むことになった。

薬害エイズ訴訟の延長上には
ハンセン病訴訟,薬害肝炎訴訟が待っていたから。


こうして私も他の人々の例にもれず
池永先生の奔流につぎつぎとほんろうされた。

それは極めてたいへんではあったが
豊かな意味のあるほんろうでもあった。

このことは,おなじ立場におかれた
すべての人が認めているところである。


池永先生
ありがとうございました。

2012年3月7日水曜日

言霊の力 by.刑事事件にも取り組む福岡の弁護士



 例の寝言の研究をおこなった
 先月のパートナー会議でのこと(2月24日)。

 受任事件の一覧表をみながら,事務局Aさんが
 「さいきん,刑事事件がありませねぇ。」とぽつり。

 「ちょっと,待ったぁ,その一言!」
 と止めましたが,時すでに遅し。

 こういう一言が言霊のちからで
 刑事事件を呼んでしまいます。

 民事事件と異なり刑事事件,特に身柄事件は
 逮捕・勾留されていることから時間制限があります。

 また事務所まで来ていただいて打合せできませんから
 警察の留置場や少年鑑別所などに面会に行く必要があります。

 民事はお金の問題ですが
 刑事は自由が問題となります。

 さらに刑事事件は被害者がおられて
 謝罪や被害弁償も課題です。

 これらのことから
 刑事事件は一般的に気がおもいのです。

 そうしたなか,パートナー会議の翌25日は
 当番弁護士の担当でした。

 2件電話がかかってきました。1件は例の
 『ドラゴン・タトゥーの女』の最中にかかってきたやつです。

 2件とも受任することになったうえ
 翌26日にはもう1件,私選で受任することになりました。

 覚せい剤事件,道路交通法違反(酒気帯び)・窃盗の成人事件と
 道路交通法違反(共同危険行為)の少年事件です。

 筑紫野署,博多署と
 少年鑑別所。

 『ドラゴン・タトゥーの女』の最中にかかってきたやつは
 覚せい剤事件で否認していました。

 否認の理由は,自分で使用するつもりはなく
 他人から知らないうちに使用されたというものです。

 覚せい剤使用事案の場合
 尿の検査をして覚せい剤反応が出たことが前提となります。

 なので,無罪を主張するときは
 知らないうちにとか,無理にとかいう否認になります。

 おおくの否認はあまり説得力がないのが実情ですが
 本件は前後の事情からして真実と思われました。

 捜査機関としては,覚せい剤使用について故意があった旨の
 自白を獲得しようとしていました。

 こういう場合,弁護人としてできることは
 実はあまりおおくありません。やれることは

 面会回数を適宜増やして,事実と異なる自白をしないよう
 被疑者を励ますことに尽きます。

 結局は被疑者の言葉が
 捜査官の心をとらえることができるかどうかです。

 弁護人にできるのは
 それを信じて励ますことだけです。

 無実の罪に泣くことになるのかと心配しつつ面会をしていたところ
 先日,無事釈放されました。

 ひと安心。
 もう2件あります…。

                 ちくし法律事務所 弁護士 浦田秀徳

2011年2月19日土曜日

 休日のちくし法律事務所



 ちくし法律事務所は1階から3階まであり
 1階と2階が執務スペースと相談室
 3階は会議室と書庫になっています。

 弁護士8人と事務局11人の19人体制なので
 各階弁護士4人、事務局5~6人の配置。

 写真は1階の執務スペース
 手前が事務局、奥が弁護士の執務スペースです。

 よくテレビドラマなどででてくる法律事務所とは
 イメージがちょっと違うと思います。

 むかしながらの法律事務所はいまも少なくありませんが
 執務上の機能性と事務所の結束を重視したレイアウトにしています。

 写真のさらに右側に相談室が3つ(2階は4つ)
 待合室が1つあります。

 現在の弁護士の配置は
 1階が浦田、迫田、田中、井上
 2階が稲村、吉野、徳田、落合となっています。

 いまはプラスして1階に司法修習生
 2階にロースクール生が来られています。

 3階の会議室では当事務所の事務所会議、弁護士会議のほか
 士業交流会、有明訴訟など弁護団会議や顧問先の研修などを開催。

 地域の催しや学習会などで会議室がご入り用のときは
 お声かけください。

 休日、事務所は閉めていますが
 何人かの弁護士は執務していることがほとんど。
 
 事務所ではなくとも会議やイベントに出ていることも
 少なくありません。

 ウイークデーは電話がほぼ鳴りっぱなしですが
 休日はときどき留守番電話が応接するぐらいで静かです。

 いつもわれわれを完璧にサポート、バックアップしてくれている
 事務局がいないと心許ないオフィスです。

 BGMは有線で、いまはビーズのオルゴール曲が流れています。
 う~ん、ちょっと曲名を思い出せません。

 休日に電話されて留守電が応接したときは
 写真のような状態とご容赦ください。

 屋上は、晴さんの強い希望で焼き肉パーティくらいはできる
 ようになっていますが、いまだ実現していません。

 これから花見の季節
 ぜひとも実現したいものです。
 
 

2011年2月18日金曜日

 フェイスブック・ネットワーク



 「ソーシャルネットワーク」の映画評を書いたてまえ
 フェイスブックをやってみないといかんなぁ~と思っていました。

 子どもに教えてもらおうと訊くと、mixiはやっているけど
 フェイスブックはやっていないとのことでした。

 それでまたどうしようかと悩んでいると
 中小企業家同友会・筑紫支部の次期役員会で昼食にでたとき

 H内さんがH口さんにフェイスブックで友達リクエストしたけど
 承認してもらえん!などと楽しそうに話していました。

 それで15日(火)、思いきって登録してみました。

 すると翌朝にはさっそく米国在住でボストン大学に通っている
 Mさんからリクエストが届いてビックリ!

 さっそく友達になりました。

 彼女は以前、ちくし法律事務所で秘書(事務局)をしてもらっていました。
 お連れあいは現在、ハーバード・ロースクールで勉学中。

 フェイスブックは、ハーバード大学生が交流を図るためのサービスとして
 開始され、他大学、そして一般に開放されたという経緯があります。

 ボストン(ケンブリッジ)は、フェイスブックのメッカというべきところ
 そこから最初の友達リクエストが届いたというのは出来すぎな展開。

 小説のなかで、このような筋立てになっていたら
 「それはちょっと安易でしょう!」と突っ込みを入れるところです。

 ちなみに、2番目のリクエストはシドニー小林さんの大学の後輩
 N川弁護士でした。

 N川弁護士の仲人により昨日、N間弁護士と友達になりました。
 今朝みたら、H内さんが友達として承認してくれていました。

 たかがe-つながり、されどe-つながり
 ポケモンカードをゲットし、集めるような楽しさがあります。
 (ポケモンカードを集めた経験はないけれども)