【事例】
被相続人Aは、平成18年9月4日に死亡したところ、Aには、X、Yをあわせて7名の子がいた。Yは、同日、夫に頼んでA名義の預貯金から100万円を払い戻してもらい、Aの葬儀費用等の支払いに充てた。その後もYはA名義の預貯金はすべて払い戻して、Aの納骨堂代、納骨壇永代使用料などの支払も行った。そうしたところ、Xは、YによるA名義の預貯金の払戻しが不当であるとして、自身の相続分に応じた額の返還を求めた。被相続人A名義の預貯金から葬儀費用等を支出することは認められないのだろうか。
【解説】
1 葬儀費用
⑴ 意義
葬儀費用とは、追悼儀式及び埋葬に必要な費用であって、具体的には、棺柩その他の祭具、葬式場設営、読経、火葬、墓標、通夜や告別式の参列者の飲食、納骨堂などに要する費用である。
他方、墓地の代価、四十九日の法要の費用、葬儀後の見舞客の食事代については範囲外と考えられている(文献③)。
⑵ 遺産分割の対象となるか
葬儀費用は、相続開始後に発生した費用であるから、遺産分割の対象にならない。ただし、相続人全員の合意により遺産分割事件の対象とすることはできる。
⑶ 葬儀費用の負担者
遺産分割等において、葬儀費用を誰が負担すべきかをめぐり争いとなることがある。
葬儀費用の負担者に関しては、
①共同相続人が法定相続分に応じて分割して承継するという見解(相続人全員負担説、裁判例③⑰⑱㉑)
②葬儀を主宰した喪主が負担するという見解(喪主負担説、裁判例⑤⑧㉖)
③相続財産である遺産をもって支出すべきであるとする見解(相続財産負担説、裁判例②⑦⑬⑭⑳㉓㉕)
④専らその地方又は被相続人の属する親族団体内における慣習若しくは条理に従って決めるべきであるとする見解(慣習ないし条理説、裁判例⑥⑨⑮⑯㉒)
などに分かれており、定説をみない状況である。ただし、最近の裁判例(裁判例⑤⑩⑪)は、喪主負担説によるものが多くなってきているとの指摘がある(文献⑤)。
2 香典
香典は、慣習上香典返しに充てられる部分を控除した残余につき葬儀費用に充てられるが、なお残余金が生じた場合は、葬儀主催者に帰属すると解する見解(文献①)と相続人に帰属するとの見解がある(文献④)。
3 事例について
事例では、一般論として、葬儀費用は喪主、納骨堂代や永代使用料は祭祀承継者が負担すべきと判示しつつ、相続人間での決算報告に異議が述べられていないこと等、個別の事情を考慮して、葬儀費用、納骨堂代やその永代使用料への支出を不当利得とは認めなかった。
【発展】※専門職向け
【判例・裁判例】
■最高裁判所
■高等裁判所
①東京高決昭和30年9月5日・家月7巻11号57頁
②高松高決昭和38年3月15日・家月15巻6号54頁
③福岡高決昭和40年5月6日・家月17巻10号109頁
④大阪高決昭和49年9月17日・家月27巻8号65頁
⑤名古屋高判平成24年3月29日・判例秘書搭載
■地方裁判所
⑥甲府地判昭和31年5月29日・下民7巻5号1378頁
⑦東京地判昭和59年7月12日・判タ542号243頁
⑧東京地判昭和61年1月28日・家月39巻8号48頁
⑨東京地判平成6年1月17日・判タ870号248頁
⑩東京地判平成27年12月3日・判例秘書搭載
⑪東京地判平成28年11月8日・判例秘書搭載(事例)
■家庭裁判所
⑫東京家審昭和33年7月4日・家月10巻8号36頁
⑬大阪家堺支審昭和35年8月31日・家月14巻12号128頁
⑭東京家審昭和37年9月25日・家月14巻12号116頁
⑮仙台家古川支審昭和38年5月1日・家月15巻8号106頁
⑯神戸家明石支審昭和40年2月6日・家月17巻8号48頁
⑰福井家審昭和40年8月17日・家月18巻1号87頁
⑱長崎家佐世保支審昭和40年8月21日・家月18巻5号66頁
⑲大阪家審昭和40年11月4日・家月18巻4号104頁
⑳盛岡家審昭和42年4月12日・家月19巻11号101頁
㉑神戸家姫路支審昭和43年2月29日・家月20巻8号88頁
㉒宇都宮家栃木支審昭和43年8月1日・家月20巻12号102頁
㉓大阪家審昭和51年11月25日・家月29巻6号27頁
㉔長崎家審昭和51年12月23日・家月29巻9号110頁
㉕大阪家審昭和53年9月26日・家月31巻6号33頁
㉖神戸家審平成11年4月30日・家月51巻10号135頁
【参考文献】
■調査官解説
■条解・コンメンタール等
■裁判官・元裁判官
①井上繁規『(三訂版)遺産分割の理論と実務』(2021、新日本法規)203~205頁
②岡口基一『要件事実マニュアル第5巻 家事事件・人事訴訟(第7版)』(2024、ぎょうせい)449頁
③司法研修所『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』(1994、法曹会)255~256頁
④片岡武、管野眞一『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務(第4版)』(2021、日本加除出版)80~81頁
⑤田村洋三、小圷眞史ほか『実務 相続関係訴訟 遺産分割の前提問題等に係る民事訴訟実務マニュアル(第3版)』(2020、日本加除出版)47頁、488~499頁
⑥松本哲泓『設例解説 遺産分割の実務 ー裁判官の視点による事例研究-』(2024、新日本法規) 176~177頁
⑦山城司『Q&A 遺産分割事件の手引き』(2022、日本加除出版)177~180頁
■立案担当者見解
■学説
■弁護士・その他
富永