ラベル 東北 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 東北 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年4月10日水曜日

南東北の雪山(1)蔵王山





 2月、3月に恒例の東北雪山遠征をおこなった。季節はずれになったけれども報告しておこう。いずれもコンディションはよくなかった。

本当であれば天気予報と相談して日程を決めるべきである。が、早割などで航空券を買っているので変更がきかない。天気が悪ければ、山はあきらめて観光にきりかえるしかない。

2月は南東北4座(蔵王、月山、磐梯山、那須岳)をめざした。仙台まで飛行機。そこからはJR仙山線で山形まで。駅前のホテルに宿泊。朝、ホテルからは東北東の方角に蔵王の山並みが見えていた。

山形駅前からバスで蔵王温泉へ。そこからロープウェイを乗り継いで山頂駅へ。登山者は1割くらいか。スノーボーダーが6割、スキーヤー1割、観光客2割くらい。

駅舎をでるとガスガスである。樹氷、スノウモンスターもみられない。みな残念がっている。2月には見られる確率がたかいのだが、寒波襲来とタイミングがあわなければダメだ。

ひとのぼりで地蔵山。岩にはびっしりとエビのしっぽがついていた。そこからさらに熊野岳をめざす。やはりガスガスだ。先行する人影がかろうじて見える。

なんとか熊野岳山頂までたどりついた。晴れていれば馬の背から御釜を見学できるのだが、きょうはルートさえ見えない。ここでこれ以上の前進はあきらめて撤退することにした。

2023年3月29日水曜日

雪の八甲田・岩木・白神(3)




 翌日の天気予報はA判定だったが、終日曇天だった。山では雨が降らず、風に強く吹かれなければ、上々なのだ。

酸ヶ湯温泉から先、東側を登っていく。ブナやダケカンバの樹林帯を抜けると谷にでる。地獄湯ノ沢だ。夏は噴気がでて、硫黄臭がする。それで地獄だ。

谷を詰めていくと、開ける。仙人岱だ。目の前には小岳、左手には大岳が大きくそびえる。夏は湿原だが、いまは雪原になっている。南側には南八甲田の山々が見える(1枚目の写真)。

雪原を大きくまわりこんで大岳に登る。左手の雪面に亀裂が入っている。雪崩の兆候だ。雪山だからどこを登ってもよい。そうはいっても、夏道は地形的にじつに合理的な道筋になっている。冬は雪で隠れているけれども、やはりそこをトレースするほうが無理なく登れるようだ。

ジグザグに登っていくとやがて広い台地状の地形となり、山頂に到達した。やった。先行していた男性と二人きりだ。あとからもう一人到着した。写真を撮りあう(2枚目の写真)。よかったですね。喜びをわかちあう。

帰りはもときた道を戻る。地獄湯ノ沢からは、岩木山が美しく輝いていた(3枚目の写真)。明日は岩木山に登る予定だ。よろしく。

2023年3月24日金曜日

雪の八甲田・岩木・白神(1)

 

 先週の連休は、雪の八甲田山・岩木山・白神岳をめざした。超早割で飛行機を予約しているので、天気予報が悪くても変更できない。直前の天気予報では1日目がA判定、それ以後はC判定だった。どうなることやら、ワクワクした。

まずは青森へ。直行便はないので、羽田乗り継ぎ。席はA18、左窓側である。羽田まで富士山は見えたが、春のせいかぼんやりとしていた。

羽田からもA18、やはり左窓側である。気づくと山形上空だろうか、朝日連峰とおぼしき山々が白銀に輝いていた。すると、あれは月山か。あれれ、鳥海山はどこじゃいな。

などと思っているうちに、独立峰の白銀がみえてきた。あれは岩木山に違いない。平野は津軽平野。明後日、登る予定の山だ。いや~登る前からテンション・マックス。さて冒険か、挑戦か、はたまた・・・。はじまりはじまり。

2023年3月14日火曜日

磐梯山、墨絵の世界

 




 翌日はやはり天気予報がA判定だった磐梯山へ。米沢から福島、郡山、猪苗代へ。猪苗代駅が近づくと、左手に猪苗代湖、右手に磐梯山がそびえている。美しい円錐形である。

磐梯山は独特のかたちをしている。南側と北側ではまったく違う形である。明治時代に水蒸気爆発し、北側が山体崩壊してしまったから。

いわば富士山の北側部分が崩壊してしまったようなかたちだ。おかげで、いまでは北側に湖沼が点在する美しい風景が広がる。

この日の登山口は裏磐梯スキー場。リフト2つを乗り継いでゲレンデトップへ。数組の登山者が先行している。

天気予報はA判定だったが、前日とうってかわって終日曇天。墨絵の世界だった。ま、雪や風がないだけで、よしとしよう。

シラビソの樹林帯をしばらく歩くと、銅沼にでる(1枚目の写真)。夏場は沼だが、いまは雪が覆っていて、水面上を歩ける。正面は磐梯山の北壁である。

※夏はこんなかんじ。
https://www.google.com/maps/@37.6198056,140.069132,3a,75y,278.23h,95.23t/data=!3m8!1e1!3m6!1sAF1QipP4Xf4rpgeYwL_rpU750HR74F6UksYeEUvjnmM7!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipP4Xf4rpgeYwL_rpU750HR74F6UksYeEUvjnmM7%3Dw203-h100-k-no-pi0.22409566-ya227.21283-ro32.728867-fo100!7i5376!8i2688

正面の斜面をよくみると噴煙がでている。火山性のガスである。磐梯山はいまも生きて活動しているのである。ここらあたりは爆裂火口の中心部でもある。

爆裂火口の斜面を登る。南に向いて9時の方向。ワカンをアイゼンに履き替えて急坂をはいあがる。もうダメだと思うころ、お鉢の稜線にでる。

振り返ると、裏磐梯方面の展望がひらける(2枚目の写真)。桧原湖が美しい。よくみると、氷の湖面に穴をあけてワカサギ釣を楽しんでいる人たちが見える。

稜線をしばらく行くと、前方に天狗峰(右手)と山頂(左手)がそびえている(3枚目の写真)。まだだいぶ距離がある。天狗峰は爆裂火口の一部である。

写真では山頂がみえているが、ときどきガスがかかる。あと2度の登りと最後の急登を登ると山頂だ。やはりガスガスだ。ときおり猪苗代湖の一部が姿をあらわす。

帰りは櫛が峰をみながら急坂をおりていく(4名目の写真)。きょうも無事に登れた。そして無事に帰還することができた。それを許してくれたすべてのことに感謝・感謝。

2023年3月13日月曜日

スノウモンスターに会いに

 



 報告がおそくなったけれども、スノウモンスターにあってきた。

スノウモンスターといえば蔵王が有名。だけど、蔵王はこの日、天気予報が悪かった。そこで、天気予報がよかった西吾妻山に登った。

知らない人が多いだろう。やはり日本百名山。福島から米沢にまたがり、福島側は東吾妻、米沢側は西吾妻。西吾妻はさみだれを集めてはやい最上川の源流である。

宿泊していた山形駅前のホテルからJR在来線で米沢をめざす。小一時間。駅前からバス。

米沢といえば、NHK大河「天地人」で妻夫木聡演ずる直江兼続が主君・上杉景勝とともに転封された地だ。バスは途中、上杉神社のまえを通る。

やはり小一時間ほどで天元台のスキー場に着いた。そこからはロープウェイだが、スノウボーダーたちが長蛇の列。やはり小一時間ほど待たされた。ロープウエイからはカモシカが見えた。

ロープウエイをおりると、そこはもうゲレンデ。スキーヤーやスノウボーダーたちが歓喜している。そのなかをザックをかつぎ、リフト3つを乗り継いでゲレンデトップへ。

数組の登山者がスノウシューをはいて足もとを整えている。ぼくはワカンというカンジキのようなもの。スノウシューをはいている人が7割くらいだったか。つぼ足(登山靴だけ)の人も何人かいた。

降雪直後はともかく、しばらく雪が降っていなかったらしい。トレースはしっかりしていた。

そこからひと登りで、中大巓(なかだいてん)の肩にでる(1枚目の写真)。スノウモンスターの絶景がひらける。右手は米沢盆地だ。

南側の西吾妻山頂をめざす。といっても急な斜面や雪壁はない。なだらかな丸山を2つほど登れば山頂だ(2枚目の写真)。スノウモンスターたちの間をぬうように登っていく(3枚目の写真)。

晴れていたので爽快な雪山が堪能できた。

2022年3月3日木曜日

白銀の安達太良山

 




 東北遠征の最終日は、安達太良山。やはり日本百名山である。

ひとくちに雪山といっても、厳冬期なのか残雪期なのか、日本海側か太平洋側かなど条件により、難しさはさまざまである。

2月は厳冬期なので、一般には天候が安定せず、むずかしい。東北遠征はいちおう4峰を計画しているものの、まあ2峰に登れれば御の字と考えていた。蔵王、西吾妻、磐梯と3日連続で登り、疲れもたまってきていた。

天気は、前々日まではC判定であった。ところが、前日夕方になってA判定に急変した。これはもう呼ばれているにちがいない。

山は高村光太郎の『智恵子抄』で有名である。駅前には智恵子の像がたち、青空を指さしている。途中、「この上の空がほんとの空です」と書かれた道標もある。夏場には女性に人気の山である。

智恵子のお告げのおかげか、快晴になった。青が濃く、安達太良ブルーである。山頂付近は西風の厳しさをうかがわせるエビのしっぽだらけだった。道標もエビのしっぽに襲来されて、判読できない。

安達太良山は別名、乳首山という。由来は、山頂部の形状にある。最後の写真を参照してほしい。解説は省略。東北には乳頭温泉もある。よほど好きなのだろう。

2022年2月25日金曜日

白銀の磐梯山


 



 3つ目は磐梯山だ。やはり日本百名山。こんかいの旅の本命である。いままでに2度、冬期登山に挑んできたが、いずれも途中撤退している。入山者がすくなく雪が深いためである。去年は緊急事態宣言のため、遠征自体を中止。4年越しの挑戦だ。

前日の天気予報はA判定。ただし、午後までくもり、その後晴、夕方から崩れるというものだった。いままでは南側、猪苗代湖のある側からアプローチしていた。こんかいは、北側、裏磐梯方面からアプローチすることにした。

5時起床、郡山駅を5時55分発の列車で、盤越西線を西に向かう。車窓は雪景色のはずだが暗くて見えない。谷間をぬけると、左手に猪苗代湖があり、右手に白銀の磐梯山が見えてくるはずだが、きょうはガスがかかっていて見えない。南岸低気圧から南風が吹き込んでいるせいだろうか。

タクシーで裏磐梯スキー場へ向かう。除雪がしっかりされている。タクシーの運転手は話好き。ことしの雪の状況、最近のスキー場経営、スキー客の動向など細々と教えてくれる。

7時8分スキー場をスタート。営業は8時30分からで、いまは圧雪中である。ワカンを装着する。ゲレンデの左側をじゃまにならないよう登っていく。

視界は100メートルくらいか、ガスがかかっている。他に登山者は見当たらず、きょうのトップ(先頭)のようだ。

ゲレンデトップまで行くと、標識があり、いよいよ登山道に入っていく。うっすらと雪が積もっているがトレースは分かる。その下の雪はよく締まっていて、踏み抜くということはない。

いちばん上の写真は裏磐梯の写真。むかしは小磐梯という山があったが、爆発で吹っ飛び、いまは火口原になっている。右上が桧原湖、その右が五色沼。その先にきのう登った吾妻連峰が見えている。

ゲレンデトップは写真中央のやや上のあたりだ。しばらくは樹林帯をなだらかに登ったりおりたりする。そして火口原にでる。

行く手には磐梯山の火口北側壁がそびえている(2つ目の写真)。手前側の山体がふっとんだのだから、火山のパワーは半端ではない。左側のギザギザが天狗岩である。

これをまっすぐ登るのは斜度がきつくてできない。左手に尾根があるので、そこから登る。それでもそうとうの急坂である。ワカンをアイゼンに履き替える。

尾根の左手には櫛が峰がそびえている(3つ目の写真)尾根を登っていくと、写真の左側あたりの稜線にでる。先行者がいないため、トレースがはっきりしないところもある。

火口壁にそって稜線を時計回りに4分の1周すると、いよいよ磐梯山の本峰が姿を見せる(4つ目の写真)。右手のトンガリが天狗岩である。

写真をよく見ると分かるのだが、あと4登り必要である。崖や雪原もある。弘法清水という夏小屋があるところからがとりわけ急だ。夏であれば低木の下をくぐるところ、雪がしっかり積もっているので、低木を覆いつくしている。

ようやく山頂だ。4年越しの念願、雪の磐梯山頂を踏むことができた。でもガスガス。本来なら南側に猪苗代湖の絶景がひろがっているのに、この日は見えず。残念。

帰りは来た道を戻る。この日の登山者は4パーティ5人。自分以外は若者たちだった。登り始めはトップだったが、ここらあたりでどんどん抜かれ、弘法清水から先は最後になってしまった。最後というのは非常に不安。なんかあったときに助けてくれる人がいないから。

それでも天気は回復傾向にあり、ときおり青空がのぞく。心も晴れやかだ。夕方から崩れるという予報だったが、なんとかもちそうだ。

猪苗代駅から郡山へ戻る。帰りの電車は会津若松方面からの観光客でやや混雑していた。郡山から東北本線で北上し、福島で宿泊。

2022年2月22日火曜日

白銀の蔵王連峰

 


 先週末の連休は東北遠征にでかけた。いずれも日本百名山の蔵王、西吾妻、磐梯、安達太良の4峰を冬期いちどに登ろうという贅沢な計画だ。

天気予報はめまぐるしく変わり、3日前はC判定、2日前はB~A判定、前日はA判定という具合。

他方、新型コロナの蔓防も気になった。ピークを過ぎ、前週の感染者数より減少傾向をみせていた。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長とは意見を異にすることが多い。だが、「人流制限から人数制限へ」と言われたときは、わが意を得たりと思った。

雪山じたいは人がすくなく、感染の機会はほぼゼロ。問題は途中であるが、飛行機や公共交通機関において感染対策がなされているのであれば、感染の機会はほとんどない。などと心のなかで葛藤しつつ出かけた。飛行機はずいぶん前に早割で購入しているので、解約がむずかしいし(解約手数料をとられるときと、とられないときがある。ややこしい。)。

さて、福岡空港から仙台空港へ飛ぶ。JRの空港線、仙山線を乗り継いで、前日は山形泊。駅を降りると雪が舞っていた。

翌朝、バスで蔵王温泉をめざす。家族連れなどまずまずな人出である。スキーヤー、スノーボーダー、登山者が各3分の1という割合か。

小1時間でバス停。そこからロープウエイ乗り場まで10分ほど歩く。スキー場が複数あり、間違わないようにしないといけない。列になっている。30分ほど並ぶ。

ロープウエイを乗り継ぐと、車窓からスノウモンスターたちが見えた。むかし樹氷、いまスノウモンスター。ここはムーミン谷か。いちどニョロニョロにみえてしまうと、もうそれ以外にはみえない。

山頂駅に着いた。ガスガスだ。でもスノウモンスターたちの迫力はすごい。登山者のグループがつぎつぎと出発していく。あわててワカンを装着する。

30分ほど登ると地蔵山に着いた。1736メートル。やはりガスガスだ。それでもみな快哉をさけび、たがいに写真撮影に興じている。

さてここからどうするか。ガスガスだし、道迷いしないだろうか。でもみなつぎを目指して出発していく。天気は回復傾向にあるとの天気予報を信じて出発する。

地蔵山から先しばらくは稜線になっている。しばらく行くと、どんどんガスが晴れていった。真っ青な空が広がった。ひゃっほー。あちこちで歓声があがる。蔵王ブルー。高山では空気が澄んでいるので、青が濃い。スノウモンスターたちも青く輝く。

そこからいったん下って登りかえすと熊野岳。蔵王連峰の最高峰1840メートル。日本百名山である。

天気はめまぐるしく変化した。山頂ではやはりガスガス。御釜も見えない。刈田岳へ行くのはやめて引き返す。

山形駅から米沢をめざす。車窓左手に蔵王連峰が輝いている。しばし行くと平野が広がる。米沢だ。大河ドラマ「天地人」で、妻夫木くんたちが転封されたところ。

夕食は米沢牛でもいただこうと街を散策した。店頭でメニューを拝見するとけっこうなお値段である。なんちゃってですませることにした。

2021年4月28日水曜日

みちのく入り、異世界の初め

(阿武隈川支流・釈迦堂川) 


ともかくも、とかくして白河の関を越え行く。ついにあこがれの未知の国、みちのくへ。いままでとは異なる宇宙と世界が広がっています。

阿武隈川。大きな熊に遇うからあふくま川なのだとか。那須岳の北・旭岳に発して白河に下り、福島県中通りを北上して宮城の海に流れ行きます。東北の大河はなぜみな北上するのでしょう。北へのあこがれをかきたてます。芭蕉一行もこの流れに沿って北行します。

左に会津根高し。会津根は会津磐梯山、1816メートル。美しい姿が登りにこいよと呼びかけてきます。右に岩城・相馬・三春の庄。振り返れば、関東の常陸(茨城)・下野(栃木)の地をさかひて山が連なっています。

飛鳥が影を映すと古書に記されている影沼といふ所を行きました。けれども残念ながら、今日は空曇り、物影は映りませんでした。みちのくの初めから、不易(阿武隈川、会津根などの自然・宇宙)と流行(影沼)に出会う芭蕉なのでありました。さらにどのような異世界・宇宙との出会いが待っているのでしょうか・・。

2021年4月27日火曜日

白河の関、卯の花のかざし


 

なんとか間にあいました。この記事を4月中に書きたかったのです。なぜか?本文を読んでくだされ。

関東と東北の境を守るのは白河の関です。かって東北地方は、あこがれの地であるとともに、生きて帰られるかどうかわからぬ土地でした。白河の関は、そのような地から来るものを阻むとともに、そこへ入っていくゲートでした。

白河の関を越えるには、決死の覚悟が必要でした。芭蕉は、おくのほそ道の冒頭で、春立てる霞の空に、白河の関越えんといちおうの覚悟は示しています。それでも関東を歩いているうちは、あれこれ迷いがあったようです。ですが、いよいよ白河の関に着いたとき、腹は固まりました。いわく。

心もとなき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ。

関所は物理的・地理的境界であるだけでなく、精神的・霊的な境界でもありました。境界というのは中央の王権のおよびにくい土地であり、霊的なものや魔物が出てきやすい場所だからです。

そのような場所で、芭蕉は「諸国一見の僧」(能のワキ)となり、先輩歌人たちの霊を次々と召喚します。

先ず召喚したのは平兼盛。10世紀の歌人で三十六歌仙の一人、赤染衛門の父です。彼がこの関で詠んだ歌は

 たよりあらばいかで都へ告げやらむ 今日白河の関は越えぬと

この関は奥羽三関の一つにして、風騒の人が心をとどめました。次に召喚したのは能因法師。11世紀に活躍したやはり三十六歌仙の一人、旅の歌人で西行の先輩。彼が詠んだ歌は

 都をば霞とともに立ちしかど 秋風ぞ吹く白河の関

第三に召喚したのは源頼政。12世紀保元・平治の乱で活躍した武将。能に『頼政』という曲があります。彼が詠んだ歌は

 都にはまだ青葉にて見しかども 紅葉散り敷く白河の関

芭蕉たちが訪れたのは、青葉の梢があはれな時期でした。が、先輩歌人たちとその歌を次々と召喚することにより、芭蕉たちの耳には秋風が吹く音がし、眼前には紅葉散り敷く情景が広がりました。

第四、第五に召喚したのは竹田大夫国行、藤原清輔。藤原清輔は12世紀の歌人・歌学者。彼の歌論書『袋草子』に、竹田大夫国行がこの関を越えるときに、能因の歌に敬意を表して、冠をかぶり直し、衣服を着替えて通ったという話がありました。

これを踏まえた曽良の句は

 卯の花をかざしに関の晴れ着かな

竹田大夫国行の故事にちなみ、この関を越えるときに、能因の歌に敬意を表して、冠をかぶり直し、衣服を着替えて通りたいものだ。残念ながら、そのような立派な衣装のもちあわせがないので、そこいらに咲いている卯の花を頭に刺し、これを飾りにして関を越えよう。卯の花は卯月(旧暦4月)に咲くから卯の花。

2021年2月2日火曜日

ウィズコロナの時代の節分

 






昨秋、感染増加第2波と第3波の間に岡山に旅することができました。
ウィズコロナの時代、コロナとうまくつきあう必要もでてきました。
うかうかしているとどこへも行かないまま一年が終わってしまいます。

きょうは節分。
明日からまちにまった春ですね。
なのに、緊急事態宣言は延長されそうです。
2月に予定していた東北雪山遠征は中止するしかありませんね。

いざ、3月の計画を楽しくたてましょう。
幸せになるためには、旅行に行かなくても、計画を立てるだけでもよいそうです。
しばらく幸せな時間がもてるでしょう。

2019年1月18日金曜日

松と梅のめでたさ


 成人式は能楽師・今村嘉太郎さん主催の能楽新春コンサートにいってきました。新年を言祝ぎ,とても晴れやかで楽しい会でした。

 演目は,『高砂』,『老松』,『東北』など。いずれも松や梅がでてきて目出度い,新年の門出にふさわしいもの。江戸城では正月,必ずこの3曲を演っていたそうです。

 『高砂』は結婚式の定番なので,みなさんご存知でしょう。相生の松によせて夫婦愛と長寿を愛で人生を言祝ぐめでたい曲です。ワキは九州阿蘇宮の神官ですから,九州とゆかりがあります。舞台は播磨国の高砂の浦。高砂の松と住吉の松の精がでてきます。松は冬でも枯れず緑であることから,人は古来,その生命力に憧れ,あやかりたいと考えてきたんですね。

 『老松』は,地元太宰府ゆかりの曲です。福岡県民ならずとも,大宰府にながされた菅原道真公を追って京都から飛んできた「飛梅」の話はご存知でしょう。天満宮のむかって右手にいまも花を咲かせていますね。昨日書いた原田マハさんのトークショーにでてきた猫の名も「飛梅太」でした。飛梅の話にはつづきがあって,松がそのあとを追ってきたのです。その名も「追松」。曲名では『老松』となっていますが,「追松」と表記したほうがもとの話とあいやすい。高砂は松と松のカップルでしたが,この曲では梅と松のカップルです。梅もまた冬のさなかに,他の花に先駆けて花を咲かせるので,生命力,さきがけとしての魅力,凛とした姿勢,希望などを感じさせます。松ととも古来愛されてきたゆえんでしょう。

 『東北』(「とうほく」ではなく,「とうぼく」と読むそうです。)は,前2曲とちがい,九州とのゆかりはありません。筆者はむかし岸和田に住んでいたのですが,そちらとゆかりがあります。岸和田はむかし和泉国と呼ばれていました。百人一首のなかに,和泉式部という女流歌人がいることはご存知でしょう。式部は夫が和泉守だったことから,和泉式部と呼ばれるようになったそうです。岸和田には「和泉式部ゆかりの恋の淵」なるものがあります。

 さて式部は,これまた有名な中宮彰子につかえていました。藤原道長の娘で,『源氏物語』を書いたことでも有名な紫式部もつかえていました。道長の没後,彼が建立した法成寺の東北に建てられたのが東北院です。その庭には,和泉式部が手植えした梅があります。その名は「軒端の梅」。

 謡曲『東北』には和泉式部の霊があらわれます。式部は歌舞の菩薩になっています。生前の思いでを語り,和歌の徳,仏教のありがたさを説いて舞をまいます。

  あらざらむ この世の外の 思ひ出に
        今ひとたびの 逢うこともがな

                       和泉式部