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2023年3月30日木曜日

雪の八甲田・岩木・白神(3)

 


 八甲田大岳を下山して、酸ヶ湯の千人風呂につかる。疲れがとけていき、至福のとき。混浴で、女性もエプロンのような特性浴衣を着て入湯されている。

宿の送迎バスで青森駅へ。そこからJRで弘前へ。沿線には雪をかぶった田畑が広がり、白い大きな鳥の群れが餌をついばんでいた。白鳥だろうか。

https://www.marugotoaomori.jp/blog/2006/11/2274.html

弘前のホテルは受験生とおぼしき子どもたちと付き添いの母たちで混雑していた。どこを受験するのだろう。部屋の窓からは明日登る予定の岩木山がきれいな裾野をひろげていた。

弘前も岩木山も思い出深い。薬害肝炎の際、フィブリノゲン製剤を日本に導入した産科教授が弘前在住だった。そのため、被害者側の証人になっていただけないかと4,5度訪ねた。

雪の日もあったし、ちょうど桜の季節もあった。弘前城は全国でも1,2を争う桜の名所だ。リンゴ栽培の技術(接ぎ木)が桜にも転用されている。枝振りがみごとなのは、そのためだ。弘前大学からほどちかい。

「スーツを裏返して」ついでに岩木山に登れればよかったが、他の弁護士もいっしょだったので、そういうわけにもいかなかった。

岩木山は、日本百名山をめざした際、最後まで残った山である。2014年9月、リンゴがたわわに実るなか、岩木山に登り、百名山全山に登りきることができた。思い出の山である。

岩木山は弘前平野にそびえる独立峰。本州最北端の百名山である。日本海に面していて、2月までは季節風の影響を受け、雪と強風で登れない。雪山に登るとすれば3月だ。

岩木山のふもとには岩木山神社が鎮座している。岩木山は岩木山神社のご神体である。夏は岩木山神社の奥から登っていくのが普通だ。2014年もそうした。しかし雪山となると雪崩のおそれがある。東側にある神社からは登れないようだ。

このため、バスで南側の嶽温泉へ向かう。嶽温泉ときいてピンとくる人は記憶力がいい。温泉がぬるくなったとして、最近ニュースになった。なお、安達太良山のふもとにも嶽温泉がある。そちらは別なのでご注意を。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230216/k10013981611000.html

温泉街を右手に行き、登山道に入っていく。なだらかな道がつづき、徐々に高度をあげていく。スキーコースでもあるため、幅広の道で晴れていれば迷うことはない。

樹林帯を抜けると、岩木山の前山の鳥海山がそびえていた。岩手、秋田にまたがる日本百名山の鳥海山とは別ものだ。ご注意。それはともかく、行く手にそびえたつ鳥海山は雪化粧もシルエットも美しい(1枚目の写真)。

振り返ると、白神山地がこれまた白く輝いていた。明日登る予定の最高峰・白神岳がひときわ目をひく(2枚目の写真)。うひゃ~。もう幸せ。

2023年3月24日金曜日

雪の八甲田・岩木・白神(1)

 

 先週の連休は、雪の八甲田山・岩木山・白神岳をめざした。超早割で飛行機を予約しているので、天気予報が悪くても変更できない。直前の天気予報では1日目がA判定、それ以後はC判定だった。どうなることやら、ワクワクした。

まずは青森へ。直行便はないので、羽田乗り継ぎ。席はA18、左窓側である。羽田まで富士山は見えたが、春のせいかぼんやりとしていた。

羽田からもA18、やはり左窓側である。気づくと山形上空だろうか、朝日連峰とおぼしき山々が白銀に輝いていた。すると、あれは月山か。あれれ、鳥海山はどこじゃいな。

などと思っているうちに、独立峰の白銀がみえてきた。あれは岩木山に違いない。平野は津軽平野。明後日、登る予定の山だ。いや~登る前からテンション・マックス。さて冒険か、挑戦か、はたまた・・・。はじまりはじまり。

2021年10月5日火曜日

鳥海山登山記(1)

 

 白神岳登山口から五能線を戻り、東能代、秋田で乗り換えて、象潟に泊まった。

ここでもコンビニまで片道20分以上も歩かなければならなかった。コンビニエンスな生活に馴らされてしまって、こういう環境にさえ不便を感じる。もはや山中にこもっての修行など到底かなわない。

 翌日は鳥海山をめざした。ここまで来て、白神岳だけに登って帰るのはいかにももったいないから。

鳥海山は秋田と山形にまたがる日本百名山。標高2236m。日本海からすっくと立ち上がった独立峰。なだらかな稜線が美しい。出羽富士とも秋田富士とも呼ばれる。

遠目には富士山のように美しい円錐形だが、踏み入ると複雑な地形になっている。なんども噴火をくりかえした結果だ。山頂部は1801年に隆起し、いまだ大きな岩が積み重なっている状態だ。

冬に日本海からふきつけるしめった季節風が大量の雪を降らせる。そろそろ初雪が降ろうかというこの季節になっても、山腹のあちこちに雪渓が残っている。

大量の雪は迷惑なだけの存在かというと、そうでもない。恵みももたらす。春になれば雪解け水となり、川や湧水となって里を潤す。米どころ、庄内平野の米はこの水によっている。水がおいしいから米もおいしい。

酒田は江戸時代に「西の堺、東の酒田」といわれたぐらい栄えた(『日本永代蔵』)。廻船問屋が庄内米を上方に運んだからだ。米だけでなく、紅花も運んだ。

鳥海山に登るのは2回目だ。前回は7年ほど前、山形県側から登った。登山口にある滝ノ小屋に一泊。月山を下山して鶴岡から迂回したので、遅い到着だった。同宿に福島大学の労働法の先生とそのお連れ合いがいた。管理人が歌詞カードをもちだしてきて、山の唄を歌った想い出がある。

今回は逆コース、秋田県側から登り、山形県側にくだった。秋田県側の登山口も複数あるが、鉾立にある象潟口を選んだ。

鉾立の地名は九重山にもある。朽網分れから登り、白口岳と立中山の間の峠だ。むかし巻狩りをしたあとらしい。

巻狩りといえば、源頼朝がおこなった富士の巻狩りが有名だ。なぜなら、武士の軍事演習としての意味もあり、頼朝の威勢を示すため70万人が参加したともいうし、曾我兄弟の仇討ちの舞台ともなったから(『吾妻鏡』『曽我物語』)。

鉾立という場所は、サッカーのゴールのようなもの。そこに鉾を立てて、網を張っていたらしい。動物をそこに追い込んで捕まえるのである。魚の追い込み漁のようなものだ。九重や鳥海でもおなじようなことがおこなわれたのだろう。

鉾立はすでに5合目である。降り口である滝ノ小屋もおなじく五合目くらいだから楽そうだが、じつはそうでもない。コースタイムは7時間もある。稜線が長大だからだ。前日の白神岳登山の疲れものこっている。登れるだろうか。

雲ひとつない好天だ。さあ、がんばって登ろう!

2021年10月4日月曜日

白神岳登山記

 



 あこがれていた白神岳(1235m)に登った。山の名がとにかくかっこいい。白山やモンブランに比べ神装備である。

青森県と秋田県にまたがる白神山地の盟主。以前、事務所旅行で山麓を散策したことがあり、いつかは登頂したいと思っていた。

世界遺産。南の屋久島とともに日本で初めて登録された。屋久島は麓の亜熱帯から山頂部の高山帯まで植生の豊さが、白神山地はどこまでも広がるブナ林にみられる手つかずの自然が評価された。

ここより北に弘前の岩木山、さらに北には北海道の山々があるが、辺境感という点ではここが一番かもしれない。

最寄りはその名も白神岳登山口という駅。五能線のほぼ中央にある。五能とは青森県の五所川原と秋田県の能代の頭文字。同駅の近くには、手頃な宿泊施設が見当たらない。

能代にルートインがあったので、そこに前泊することにした。夜7時に駅におりたつと、駅前は真っ暗、ホテルまでは歩いて25分もあった。翌日の買い出しのため、コンビニまでさらに10分歩く必要があった。

翌朝4時30分起床、5時43分の始発に乗った。朝夕だけ4便ほどが走るローカル線だ。遅刻するとつぎは7時34分、待ち時間が半端ない。というか、この日の山行を断念せざるを得ない。ドアの開閉はボタン操作が必要、2両編成。なんと他に客はおらず貸切だった。

能代は晴れていたが北のほうがくは雨雲が蝟集していた。北から寒気が南下しているためだ。天気予報ではしだいに回復に向かうとのことだった。

列車が進むにつれ、白神山地が右手から迫ってきて、線路は日本海沿いに押しやられた。日本海の荒波が磯にうちよせ、車内まで潮騒が響いている。再雇用なのか運転手のせなかが小さく見える。

途中、サルに注意などの看板がでている。クマ除けの鈴は持参したが、サルの襲来までは予期していなかった。

白神岳登山口駅で降りる。6時39分。むろんぼくだけだ。やはり磯にちかく、波がうちつけてくる音がときおり聞こえる。とっても風情のある駅だ。標高ほぼ0メートル。

ここから山頂までの往復。標高差1235メートル、コースタイムは8時間35分。帰りの電車は15時19分発の予定。コースタイムどおりに歩いてギリギリの時間だ。これに遅れると、その次は19時58分までない。本日の宿まで行きつくことができなくなる。

線路と国道をわたると、登山口までのびる林道にとりつく。登山口までは40分の林道歩きだ。ツリガネニンジンがところどころに咲いている。

林道の終点、駐車場に着いた。車が5台だけ駐まっている。きょう山に入るのは10名前後か。みなもう出発したようだ。

歩き出すと雨が降ってきた。しばらくは傘でしのぐ。男性1名とすれ違う。さらに激しくふってきたのでレインウェアをはおる。天気予報ははずれた。帰りまでずっと雨はつづいた。

しばらく行くと登山口。ここから本格的な登山道がはじまる。すぐのところに神のごときブナの樹があった。40分で二股分岐だ。夫婦が休んでいた。

文字どおり、右の谷筋と左の尾根筋の2コースにわかれる。谷筋は徒渉が3度あり、木の橋や石を跳んで渡らなければならない。雨に濡れて危険と判断し、尾根筋をピストンすることにした。

しかしきつい。ステイホームのせいか、体力が落ちている。コースタイム8時間35分の道のりを歩ききるこができるか不安になる。雨も降っているし、途中でなんどか断念しようかと思った。

90分ガマンして登ると、マテ山分岐。ようやく尾根上にたどりついた。そこからは道はなだらかとなり、どこまでもブナの原生林がひろがっている。残念ながら、雨々、ガスガスだが。

ブナはスギやヒノキと異なり、曲がりやすく建築材として役にたたない。橅という漢字は役に立たないことからきている。しかし、保水力がたかく森のダムといわれる。雨のブナ林ではそれがよく分かる。

尾根上を90分行くと大峰分岐。山頂から発する稜線だ。左は有名な十二湖方面、右が山頂方面だ。雨はなお降り続く。20分ほどで山頂だ。途中、おじさんとすれ違う。きょう4人目だ。天気予報はずれましたな、おじさんもボヤいている。

山頂付近には避難小屋とトイレがある。避難小屋には3人ほどが雨をしのいでいた。名古屋から来たらしい。これで7人。山頂で証拠写真を撮り、休憩なしで下山を開始する。

最初にすれ違った男性とすぐのところで会う。ぼくが木陰で道をゆずろうと待っていたのに気づかず、ぎょっとされる。猟銃をもっていたら、撃たれたかもしれない。きょうは人が少ないという。地元のかただ。

大峰分岐までに若い男性とすれ違う。これで8人。大峰分岐をくだりはじめると先ほどの夫婦。こちらはカウント済み。あと登山口付近で男性とすれ違った。結局、この日お会いしたのは以上9人だった。

雨のおかげで雄大な景色は観ることができなかったが、静かな山旅を楽しむことができた。むしろ寂しいくらいだ。一部をのぞき、期待したほど紅葉は進んでいなかった。紅葉までもう1、2週間ほどかな。

最後にすれ違った男性は「下のほうにクマがいましたよ。」と注意してくれた。人が少なければ、クマと出会う確率が高くなる。注意しながら下ったが、クマの姿は見えなかった。ほっ。

帰りの車窓、日本海が日を受けてキラキラ輝いていた。なるほど、このあたりは真西に日本海があり、そこへ夕日が沈む。芭蕉も感動するはずだ。