2023年5月16日火曜日
残雪の槍ヶ岳(2)上高地の猿祭り
2023年5月15日月曜日
残雪の槍ヶ岳(1)
ことしも残雪の槍ヶ岳に登った。
名古屋に泊まり、朝一(といっても7時発)のJR特急ながので松本まで。そこからアルピコ交通上高地線に乗り換え、新島々駅へ。新島々駅横には梓川が流れている。
梓川(信濃川となって日本海にそそぐ。)は、槍ヶ岳に発する。なので、新島々から槍ヶ岳直下までは梓川をさかのぼる旅でもある。
新島々からはバスに乗って上高地まで。上高地は環境保全のためマイカーでの乗り入れが規制されている。福岡は雨だったが、上高地はよく晴れていた。
バスセンター横を梓川が流れている。梓川流域は花崗岩でできているため、水がとても澄んでいる。美しい。イワナが泳いでいる。
バスセンターから5分上流へ行くと河童橋がある。芥川龍之介の小説で有名なところ。
河童橋から上流には奥穗高岳を中心に穗高連峰がのぞめる(1枚目の写真)。梓川を前景とし、残雪をかぶった穗高連峰はいつみてもしびれる。
中央やや左手の峰が奥穗高岳。3190m、日本第3位。右上隅が前穂高岳。奥穂と前穂をむすぶ稜線が吊り尾根である。
奥穂から左手にいったん切れ落ちて、次に尖っているのがロバの耳、その次がジャンダルムである(裏側)。西穗高は画面さらに左側に見えている。北穂や涸沢岳は奥穂の向こう側にあり見えない。
中央部(残雪がないところ)が岳沢。夏は岳沢から紀美子平を経て、前穂でも奥穂でも登ることができる。いまの時期はまだまだ難しい。
河童橋から下流方面をふりかえると焼岳がのぞめる(2枚目の写真)。北アルブス唯一の活火山。噴煙をあげている。麓に大正池がある。焼岳の噴火で梓川が堰き止められてできた。きょうは寄っていくヒマがない。
写真右手の川縁にたくさん人が写っている。去年にくらべ3倍以上の人出だ。インバウンドも回復してきていて中国語、韓国語をはじめとする外国語を話す人や、イスラム系と思われる出で立ちの人も多い。
上高地から今日の宿泊地の横尾をめざす。梓川に沿って約3時間。途中、1時間ごとに明神、徳澤園という休憩ポイントがある。
明神あたりからは明神岳を(3枚目の写真)、徳澤あたりからは前穂の北尾根を(4枚目の写真)のぞむことができる。前穂北尾根は井上靖の小説『氷壁』の舞台になっている。
槍ヶ岳はまだまだ先だが、穂高の名峰たちの美しい姿に胸はたかなるばかりだ。
2022年5月9日月曜日
残雪の槍ヶ岳(1)
連休は北アルプス・残雪の槍ヶ岳へ。
当初計画では名古屋で前泊する予定だった。天気予報によると、翌日は昼から雨。それなりの雨量が予想された。名古屋前泊だと上高地着が昼ころになり、槍沢まで5時間の歩きがすべて雨に濡れることになる。そこで、仕事をはやく切り上げ、松本まで足をのばして前泊することとにした。
ホテルでチェックインしていると、他の客が上高地へ行く道の土砂崩れ閉鎖はどうなったか訊いていた。翌朝のバスをウェブで予約したばかりだったので、上高地までバスが走るものと思っていたので驚いた。数日前の大雨で不通になっているらしい。
翌朝5時30分の始発バスに乗った。この5時に道路閉鎖は解除されたらしい。上高地には帝国ホテルがある。帝国ホテルの威光により夜通し突貫工事が行われたにちがいない。と誰かが冗談を言っていた。
7時、上高地に着いた。上高地は連休まで冬山ということで閉鎖されている。オープンするのは連休直前である。そのせいか、土砂崩れの影響か、時間が早いせいか、静かな上高地だった。
雲が忙しく往来し、穗高の山々を覆っては晴れていった。河童橋の手前で、ちょうど晴れた。河童橋に達するとガスがかかってしまった。大雨の影響か、梓川の水量も多い。それでもさすが澄んでいる。エメラルドグリーンに輝いている。
河童橋から5分ほど進むと小梨平というキャンプ場がある。そこでガスが晴れた。梓川越しに岳沢、そして奥穗高岳が美しく見えた。とてもきれいだ。上高地の語源は神降地だという。たしかにそうかもしれない。視覚だけでなく、コマドリなどの野鳥が鳴き交わし聴覚的にも心地がいい。
このような絶景に出会うことができたのも、松本まで足をのばして前泊することができたおかげだ。名古屋泊のままであれば、上高地から雨が降っていただろう。山で絶景に出会うには天気と上手につきあうことが大切だ。
2021年12月24日金曜日
2021年のまとめ
みなさん、メリークリスマス
子どもたちも大きくなり、ホールケーキも買わなくなってひさしく、クリスマスムードはいまひとつですが、ことしもあとすこし。
きょうはことしのまとめを。
第1は、コロナ禍のなか、初孫がうまれ元気に育っていることでしょうか。イタリアから里帰り出産、いまはイタリアからときどき動画でも元気な顔を見せてくれます。
第2は、コロナ禍のなか、家族ともども健康で元気でいられたこと。子どもらが公務員試験に合格したり、薬局長に昇格したりしたのもうれしい話題でした。
第3は、コロナ禍のなか、大過なく仕事ができたこと。優秀であたたかいスタッフにたすけられ、支えられました。
第4は、コロナ禍のなか、子どもたちと山に登れたこと。難所が滝の氷瀑、四王寺山のセリバオウレン、西穂独標の残雪、九重山坊がツルのテン泊、九重山黒岳原生林の紅葉など心に残ります。
第5は、コロナ禍のなか、怪鳥会や同友会で山に登れたこと。怪鳥会では、四王寺山、由布・大崩、上高地・焼・西穂・双六に。同友会では、四王寺山、紅葉の九重山黒岳原生林に。
第6は、コロナ禍のなか、単独でも元気に山に登れたこと。雪の宝満山、武奈ヶ岳、大雪~トムラウシ縦走、白神・鳥海、能郷白山・位山に登りました。緊急事態宣言のため中止したものもいくつかあります。
第7は、コロナ禍のなか、旅行・出張に出かけられたこと。敦賀・越前・京都、象潟・酒田・鶴岡、京都・奈良、和歌山・大阪。
第8は、コロナ禍のなか、家族、事務所メンバー、山仲間、地域のみなさん、高校同級生らと楽しい会食・交流ができたこと。
ことしは1月14日~2月28日(2回目)、5月12日~6月20日(3回目)、8月2日~蔓防、8月20日~9月30日(4回目)の緊急事態宣言発令でした。ざっくり4か月以上。1年の3分の1以上の期間、県外移動自粛など人流制限・行動制限がかかっていたことになります。
残り3分の2の期間のスコアとしては、まあまあ頑張ったかなと思います。すべてのことに感謝。ありがとうございます。
2021年10月18日月曜日
『二つの心臓の大きな川』
ニックは橋の上から淵を見下ろした。暑い日だった。一羽のカワセミが水面をかすめて上流に飛んだ。川を見下ろして鱒を目にするのは、久しぶりだった。どれも文句のつけようのない鱒だ。カワセミの影が水面を走ると、底にいた大きな鱒がゆるやかな角度で上流に飛び出した。その影の動きで、上昇している角度がわかった。ほどなく鱒は水面に踊りあがり、影が消え、陽光に魚身がきらめいた。次の瞬間、鱒がまた水中にもぐると、その影は流れに逆らわずに下流に漂って橋の下の定位置にもどった。そこでその鱒は、身を引き締めて流れに面と向かった。
鱒が動くにつれて、ニックの心臓も引き締まった。遠い日々の、あのさまざまな感動がよみがえってきた。
・・・・
ラインがぐいと引かれた。張り切ったラインを、ニックは引いた。その日最初のあたりだった。いまや生き物のように動くロッドを流れの上にかざしつつ、左手でラインをたぐりよせる。水中の鱒が激しく身を躍らせるにつれて、ロッドがぐっとしなった。ニックにはわかった。まだ小さな鱒だ。ロッドをまっすぐ宙に立てた。すると鱒の重みで大きくしなった。
水中の鱒が見えた。流れの中で角度を変えるラインに逆らって、頭と体を激しくよじっている。
左手でラインを持って引っ張ると、鱒は弱々しく流れに逆らいながら水面に浮かびあがってきた。その背中には小石の上を流れる水のような澄んだ斑紋があり、側面が陽光にきらめいた。ロッドを右の小脇にかかえると、ニックは身をかがめて右手を水中に沈ませた。一瞬たりともじっとしていない鱒を濡れた右手でつかみ、その口から針のかかりを左手ではずして鱒を流れの中にもどした。
・・・
ヘミングウェイの初期短編の代表作『二つの心臓の大きな川』(高見浩訳・新潮文庫)から。研ぎ澄まされた文体で客観描写に徹し、そこからニックの心情をにじみださせる。まるで俳句のよう。
※写真は残念ながら二つの心臓の大きな川の鱒ではない。上高地・梓川のイワナ。どちらもサケの仲間ではあるけれど。
2021年9月9日木曜日
上高地
夏に上高地に行った旨をSNSに投稿したせいか、上高地のみどころを訊かれることが増えています。今朝質問されたかたは10月河童橋近くに3泊の予定だそうです。いいですね ~(わが家も娘2人と9月に上高地宿泊を予定していたのですが、宣言延長のためキャンセルしようと考えています。残念です。)。
上高地は槍穂連峰の懐深くにあります。むかしは島々から徳本峠を越えて1泊しないと入れませんでした。いまは山々をいくつものトンネルが貫いていて、バスやタクシーで入ることができます。環境保護のためマイカーで入ることはできません。
標高1500メートル。1000メートルにつきマイナス6度ですから、地上より10度ほど涼しい。行くだけで涼をたのしむことができます。
上高地は梓川の両岸に細長く広がっています。梓川は槍ヶ岳に発しています。槍穗高連峰は花崗岩でできているので、濁りのない清流になっています。
上高地のヘソは河童橋です。芥川龍之介の小説にも出てきます。河童橋から上流をながめると奥穂を中心に穗高の山々、下流をながめると焼岳の姿を見ることができます。すぐ間近なところから3,000m級の山が立ち上がっているので迫力があります。
河童橋からまず下流に向かいます。田代橋まで数分。左手に入ると帝国ホテルがあります。泊まる予算はないので、お茶とコーヒーで我慢します。そこから梓川沿いに樹林の散策ルートを通り、田代湿原・田代池を経て、焼岳の麓の大正池まで行きます。大正池は、焼岳が大正時代に噴火して梓川を堰き止めてできたものです。片道1時間30分。
つぎに河童橋から上流に向かいます。数分で岳沢湿原に着きます。穗高の山々に降った雨が岳沢に伏流し、湧き水がこんこんとあふれています。このあたりでは野生の猿の群れに遭遇することが多い。
そこから1時間で明神、明神岳の麓にあります。ウエストンを案内した嘉紋次小屋、明神池があります。池では清流の王様、イワナがたくさん泳いでいます。
そこからさらに1時間で徳澤園。井上靖の小説『氷壁』の舞台で、氷壁の宿と呼ばれています。ソフトクリームが女性に人気で、一度泊まってみたいのですが、槍・穂に登るには中途半端な位置にあり一度も泊まったことがありません。
そこからさらに1時間行くと横尾です。山小屋ですが、風呂に入れます。梓川沿いにまっすぐ進めば槍ヶ岳、左に折れて梓川を渡れば涸沢・穗高方面です。横尾までは多少の登りくだりはあってもほぼ平坦です。が、ここから先は本格的な登山となります。
横尾からさらに1時間30分ほど行くと涸沢に辿り着きます。年によって違いますが、9月末から10月はじめにかけて鮮やかに紅葉します。日本一と評価が高い。みささんも一度どうぞ。
2021年7月26日月曜日
飛騨山脈周回記
あれれ。芭蕉とともに奥羽山脈を越えていたと思ったら、連休は飛騨山脈(北アルプス)へ。
上高地を起点に、焼岳、北穗高岳独標、双六岳を周回してきました。ふだんだったらありえないコースですが、夏山トップシーズンであること、連休であること、キャパ50%としか予約を受け付けないことから、双六小屋一泊分しか山小屋の予約がとれなかったことによるものです。
ようやくウィズ・コロナの時代がはじまったのでしょう。交通機関や宿ではウィルス対策がなされ、人々もマスクや手洗いに余念がありませんでした。
天気予報は毎日猫の目のようにクルクルと変わりました。はじめはとても登れるようなものではありませんでしたが、われわれの祈りが通じたのか、どんどんよき方へ変化していきました。
上高地はさすが神が降りた地、すべてのものがキラキラと光輝いていました。
山小屋がとれなかったぶん、一方で、登りくだりが激しかったものの、他方で、麓の温泉宿に泊まり、疲れを癒やしました。どこも露天がすばらしく、芯から効きました。
高山植物はもちろん、イワナ、サル、ライチョウ、高山蝶やアサギマダラが出迎えてくれました。人情にも触れ、小屋前の売られていたリンゴ、オレンジ、バナナ、トマトの味も絶品でした。
2018年5月28日月曜日
残雪の北アルプス(3)
2018年5月25日金曜日
残雪の北アルプス(2)
2012年8月22日水曜日
氷壁の宿by.福岡県筑紫野市の弁護士
今夏,上高地から梓川を遡上し
槍ヶ岳に登りました。
その写真をフェイスブックにアップしたら
Nさんから,氷壁の宿でヤマメでも…というコメントが。
氷壁の宿とは徳沢園の山小屋のこと
上高地から8Kmほど奥にあります。
ここが氷壁の宿と呼ばれるのは
井上靖の小説『氷壁』の舞台のひとつになったことから。
主人公の魚津恭太と親友の小坂乙彦はここから
前穂高岳の西側の氷壁にいどみ遭難。
事故の原因をめぐって
魚津は運命にほんろうされていきます。
学生時代に読んだほか
映画もみた覚えがあります。
こんかい,Nさんのコメントをきっかけに
小説を再読してみました。
じっさいに穂高にのぼり親しい友人の死を経験したいまでは
小説の印象がずいぶんちがいました。
『天平の甍』や『敦厚』などの乾いた文体とも
ちがっていました。
読了後,末尾にある
福田宏年の『人と作品』を読んでいたら
井上靖が毎日新聞大阪本社に入社したことが
記してありました。
そういえば,山崎豊子さんはここで
井上と机を同じくしたのだったような。
人の運命は
わかりませんねぇ。
弁護士 浦田秀徳



















