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2024年1月12日金曜日

年末の八ヶ岳(硫黄岳)

 




 年末29日~30日は八ヶ岳・硫黄岳に登った。ことしは雪がすくなかった。エルニーニョ現象、温暖化の影響だろうか。

 東京・新宿から特急あずさで茅野へ。そこから美濃戸口へ行き、歩いて3時間で赤岳鉱泉まで。途中ほとんど雪はなく、チェーンスパイクも必要ではなかった。

 赤岳鉱泉で宿泊。大同心等でアイスクライミングを楽しもうというグループが多い。日本語だけでなく、韓国語、台湾語も行き交っている。

 翌朝は暗いうちから小屋を出る。ひと登りして赤岩の頭に着く。八ヶ岳南部の大展望が広がる。1枚目の写真は右から赤岳~横岳。2枚目は硫黄岳。

 北アルプスはそれなりに積雪しているようだ(3枚目の写真)。右から槍ヶ岳、大キレット(中央やや右の凹部)、そして穂高連峰。

 予定では山中にある本沢温泉(日本最高所の野天風呂がある。)で1泊する予定だった。が、31日~元旦にかけて天気予報は荒れ模様だったので、ひとまず稲子湯登山口へ下山することにした。

 途中、しらびそ小屋で、リスがヒマワリの種かなにかをごちそうになっていた(4枚目の写真)。餌付けはいけないように思うが、小屋横にヒマワリの種などを置いておくことはよいのだろうか。

 おだやかで快適な山行だったが、アイゼン、ピッケル、ワカンなど冬装備の重さが肩にくいこんで閉口した。

2023年8月9日水曜日

黒部五郎岳と雲の平へ(6)北アルプスの最奥部へ

 
 さて北アルプスの最奥部、黒部五郎岳と雲の平への山旅の最終回。

写真の奥のギザギザは槍ヶ岳である。その手前の稜線、右(南)に登れば三俣蓮華岳、左(北)に登れば鷲羽岳である。

その稜線とこちら側の稜線の間は深い谷になっている。黒部川の源流が左(北)側から右(南)側へ流れている。あれ?と思うかもしれない。黒部川は日本海に注いでいるので、北へ向かうはずだから。じつは、このあと説明する雲の平をぐるっと半周して北へ向かうことになるのだ。

写真を拡大すれば分かるが、三俣蓮華岳と鷲羽岳をむすぶ稜線のやや右に三俣山荘が建っている。そこから、三俣山荘の中腹を右へトラバース(迂回)すると、黒部五郎岳へ向かうことになる。

三俣山荘から西、黒部源流へくだって徒渉し、ふたたび登りあがり祖父岳の中腹までくると、写真を撮影した場所に達する。さらに、西へ向かうと雲の平だ。新穗高温泉の登山口から三俣山荘まで2日かかっているので、黒部五郎岳や雲の平がいかに奥深いか実感できると思う。


 お目当ての一つ、黒部五郎岳である。標高2840m。日本百名山。東側がスプーンで削ったように、大きな丸い谷になっている。カール地形である。とにかく美しい。長い長い稜線を歩いてきた甲斐があるというものだ。


 お目当てのもう一つ、雲の平。日本最後の秘境と呼ばれる。美しい平原が広がっている。1枚目の写真は、黒部川・黒部峡谷越に薬師岳。

2枚目の写真は、雲の平の中央部に建てられた雲の平山荘。実に優美なデザイン。一度は泊まってみたいが、そうそう長く休んでいられないので、この日は双六小屋まで引き返し、翌日下山した。

いままでで一番のロングコース、最大の高低差だった。達成感がハンパない。

2023年8月8日火曜日

黒部五郎岳と雲の平へ(5)長大な稜線とピーク

 
(弓折岳、笠ヶ岳)

(双六小屋、むこうに鷲羽岳)

(双六岳の台地、むこうに槍ヶ岳)

(双六分岐から丸山、三俣蓮華岳)

(三俣蓮華岳)

(鷲羽岳、左奥に水晶岳)

 北アルプスの最奥部、黒部五郎岳と雲の平への山旅2日目のつづき。

1日目の宿泊小屋である鏡平山荘から1時間の登りで弓折分岐に着く。ライチョウの母子と出会ったところだ。1枚目の写真の真ん中のピークが弓折岳。その手前が弓折分岐。左斜め下に鏡平山荘がある。

弓折分岐から稜線を歩いて1時間超で双六小屋だ。1枚目の写真、真ん中から右へハイマツが生えていないのが登山道。それを真ん中から右へ歩く。

小ピークを3つほど乗り越すとやがて双六小屋が見えてくる(2枚目の写真)。まるで桃源郷のよう。小屋の向こうに鷲羽岳がそびえている。小屋の右(東)側の斜面を登っていくと、やがて槍ヶ岳に着く(西鎌尾根)。

左(西)側の斜面を登っていくと双六岳だ。1時間の登り。双六岳は円錐形ではなく、台地状になっている。振り返ると、槍ヶ岳へつづく登山道がのびている。まるで滑走路のよう。有名な絶景だ(3枚目の写真)。

山頂からは360度の大展望。東に槍ヶ岳や穂高岳、西に黒部五郎岳や薬師岳、南に笠ヶ岳・焼岳・乗鞍岳・御嶽山、北に三俣蓮華岳・鷲羽岳・水晶岳など。

双六岳からは北に転針する。三俣山荘まで、また1時間超の歩き。途中、丸山と三俣蓮華岳を越えていかなければならない(4枚目の写真)。

三俣蓮華岳は長野県、岐阜県、富山県の3県の県境をなしている。カール地形が美しい。カールは氷河が削った丸い谷である(5枚目の写真)。

三俣蓮華岳を乗り越えると、鷲羽岳が大きく迫る。鷲羽岳の山麓に三俣山荘がある。いくつもの稜線とピークを越えてようやく今日の宿泊地だ。ふう(このあと積乱雲が発達し、2時ころから雷雨となった。)。

2023年5月18日木曜日

残雪の槍ヶ岳(4)

 







 3日目。いよいよ槍ヶ岳をめざす。

横尾からは道は3つに分かれる。左に梓川を渡れば穂高方面、右に斜面を登れば蝶ヶ岳、まっすぐ梓川沿いに進めば槍ヶ岳である。

横尾から先、梓川を挟んで、氷河がけずったV字谷となる。槍沢である。槍沢の谷を進むと、ときどき前山越や樹木越に槍の穂先が見える(1枚目の写真)。

さいしょはオオシラビソなどの針葉樹林帯である。が、しばらく進むと森林限界となる。森林限界から先は、寒さに強い針葉樹でさえ生存できない厳しい世界である。

森林限界というもそこから先、樹木がまったく生育できないのかというとそうでもない。ダケカンバ(岳樺)ががんばっている。落葉広葉樹であり、この時期まだ葉を落としている。

雪の影響を受けつつもリズミカルに並んでいたり(2枚目の写真)、青空をバックに美しい樹影をこしらえたりしている(3枚目の写真)。心おどる。

槍沢のキャンプ地あたりになると、梓川は伏流し、残雪の下にかくれてしまう(4枚目の写真)。前を行くのは槍沢ロッジのスタッフ。毎日のように雪面の状況が変化するので、道しるべとなる旗の位置を微調整してくださっている。

他のコースとちがい、V字谷の底を行くので、(少なくとも晴れていれば)大きな道迷いはない。しかし、雪渓を踏み抜いて梓川に落ちてしまったりしたらたいへんだ。また雪崩も危険。両側にデブリ(雪崩の跡)が堆積している。これら危険がもっとも少ないと思われるルートに旗が立てられている。

大曲という谷が大きく湾曲しているところをすぎると、穂先に向かって急登の連続となる。正念場だ。

グリーンバンドをすぎると槍の穂先が見えてくる(5、6枚目の写真)。雪と岩のコントラストはもちろんだが、空の青の深さ、雲の白のまばゆさが美しい(是非、写真をクリックして拡大して見て欲しい。)。ことしも来ることができた。すべのことに感謝、感謝。

2023年5月17日水曜日

残雪の槍ヶ岳(3)蝶ヶ岳からの展望

 




 上高地から3時間歩いて横尾に着いた。きょうはここで宿泊。横尾から振り返ると、前穂とその北尾根が輝いていた(1枚目の写真)。美しい(しかし連休中、3人が滑落し、うち2人が亡くなっている)。

もともとは、まず常念岳に登り、稜線を縦走して蝶ヶ岳に登り、そして横尾に下山する計画だった。しかし、2日目午前中の天気は荒れるとの予報だった。強風と大雨。そこで急遽、常念岳を断念して、上高地から横尾入りすることに計画変更した。

天気予報の精度は格段に向上している。明日は14時から雨が降るというと、ほんとうに14時から雨が降り出すから驚きだ。山の天気が変わりやすいのは変わらない。けれども、天気予報の精度が向上したことにより、登山の安全性が増していることは間違いない。

他方でコロナ禍以降困っているのは、山小屋が完全予約制になったことだ。むかしはどんなに混雑していても、布団1枚に3人寝かしてでも、泊めてくれた。しかしコロナ禍以降、そういうわけにはいかなくなった。

むかしだったら、常念小屋で天気の回復をまって、蝶ヶ岳へ縦走していただろう。しかし山小屋の完全予約制により、そうもいかなくなった。その先の横尾山荘や槍ヶ岳山荘の予約が流れてしまったり、予約できなくなってしまうからだ。そのため、常念岳の登りを断念して、上高地から横尾にショートカットしたというわけだ。

2日目、午前9時まではかなりの雨量だが、それ以降は1ミリ程度と予報されていた。山荘で一日潰すのはもったいない。そこで、9時過ぎに小屋を出て、蝶ヶ岳(2677m)に登ることにした。

上高地の標高は1500mだから、標高差1200m。宝満山の標高が800mであるから、その1.5倍である。5時間半くらいのコースタイムだろうか。

雨のなかを出発したが、1時間程度で雨はあがった。この日、蝶ヶ岳に同じコースで登ったのは4グループ6人(くだりのときにさらに2グループ3人に出会った)だった。

5合目くらいから残雪となった。アイゼンを装着する。先行していたおじさんが先に進むかどうか迷っている。

夏道はみえない。オオシラビソの木につけられた道標やペンキマークを目印に登ることになる。トレースはあったりなかったり。ときどき判断に迷うところもあったが、おおむね地形に沿って登ることができた。

稜線部は雪が溶けて夏道が露出していた。しかし風が強い。夏であれば登山者が行き交っているところ、誰も歩いてはいない。

振り返ると、槍ヶ岳から穂高の稜線をのぞむことができた(2枚目の写真)。空は曇っているが、稜線にガスはかかっていない。

右端が槍ヶ岳。中央やや右に凹んでいる部分が難所として知られる大キレット。その左は穗高連峰である。

穗高連峰を拡大してみる(3枚目の写真)。右から北穗高岳、涸沢岳、奥穗高岳、前穂高岳。涸沢岳から下にエプロンのように白くなっているところが涸沢(左側に岩が点々とみえているのはザイテングラード)である。

さらに左手、南を見ると、木曾の御嶽山をのぞむことができた(4枚目の写真)。神々しい。霊峰と呼ぶにふさわしい。

2023年5月16日火曜日

残雪の槍ヶ岳(2)上高地の猿祭り

 









 上高地にはニホンザルがいる。なんでも世界で最も寒いところにいるサルだそう。


上高地に3回行くと、1回はサルにまったくあわない、1回は数匹のサルにであうことができる、1回はサルの群れにであることができるという感じだろうか。

この日はなんと3群ものサルの群れにであうことができた。サルの集会かお祭りでもやっていたのだろうか。カワウソが祭りをするのであれば、サルが祭りをしたって不思議ではない。

上高地の地図はこうなっている。右上から左下に斜めにひかれた青い線が梓川。左上が上流である。中央部から左上に向かって歩いた。


この日の出発点は、上高地バスターミナル。地図のほぼ中央部E点。梓川の左岸(上流からみて左)である。

そこから右方、上流へむかい、5分で河童橋(⑥)。河童橋で橋を渡り、岳沢湿原(⑧)を抜けて梓川の右岸を行く。

1時間ほどで明神池のまえに着く(⑩)。猿の群れにであったのは、ここらあたりからだ。明神橋横のワイヤーを上手に渡っているやつがいる。

自然環境保護のため、人は木道のうえを歩かないといけない。しかし木道を占拠しているやつがいる。顔が赤い。昼間から飲んでいるのか。

さらに行くと、向こうからおっかない顔した連中がやってきた。サルとは目をあわせてはいけない。喧嘩売っているのか!ということになるらしい。しかしこういう場面で目をあわせないことはむずかしい。また木道から外れないでやりすごすこともむずかしい。

人間のことなど知るかと歩いているやつもいる。上方に気をとられているやつもいる。その上方でさらに上方に気をとられているやつもいる。

食事中のやつもいる。考え中のやつもいる(ただ顎がかゆいだけかもしれない)。瞑想中のやつもいる(ただ昼寝しているだけかもしれない)。なかなかにぎやかだ。サルの惑星ならぬサルの楽園だ。

2023年5月15日月曜日

残雪の槍ヶ岳(1)

 



 ことしも残雪の槍ヶ岳に登った。

名古屋に泊まり、朝一(といっても7時発)のJR特急ながので松本まで。そこからアルピコ交通上高地線に乗り換え、新島々駅へ。新島々駅横には梓川が流れている。

梓川(信濃川となって日本海にそそぐ。)は、槍ヶ岳に発する。なので、新島々から槍ヶ岳直下までは梓川をさかのぼる旅でもある。

新島々からはバスに乗って上高地まで。上高地は環境保全のためマイカーでの乗り入れが規制されている。福岡は雨だったが、上高地はよく晴れていた。

バスセンター横を梓川が流れている。梓川流域は花崗岩でできているため、水がとても澄んでいる。美しい。イワナが泳いでいる。

バスセンターから5分上流へ行くと河童橋がある。芥川龍之介の小説で有名なところ。

河童橋から上流には奥穗高岳を中心に穗高連峰がのぞめる(1枚目の写真)。梓川を前景とし、残雪をかぶった穗高連峰はいつみてもしびれる。

中央やや左手の峰が奥穗高岳。3190m、日本第3位。右上隅が前穂高岳。奥穂と前穂をむすぶ稜線が吊り尾根である。

奥穂から左手にいったん切れ落ちて、次に尖っているのがロバの耳、その次がジャンダルムである(裏側)。西穗高は画面さらに左側に見えている。北穂や涸沢岳は奥穂の向こう側にあり見えない。

中央部(残雪がないところ)が岳沢。夏は岳沢から紀美子平を経て、前穂でも奥穂でも登ることができる。いまの時期はまだまだ難しい。

河童橋から下流方面をふりかえると焼岳がのぞめる(2枚目の写真)。北アルブス唯一の活火山。噴煙をあげている。麓に大正池がある。焼岳の噴火で梓川が堰き止められてできた。きょうは寄っていくヒマがない。

写真右手の川縁にたくさん人が写っている。去年にくらべ3倍以上の人出だ。インバウンドも回復してきていて中国語、韓国語をはじめとする外国語を話す人や、イスラム系と思われる出で立ちの人も多い。

上高地から今日の宿泊地の横尾をめざす。梓川に沿って約3時間。途中、1時間ごとに明神、徳澤園という休憩ポイントがある。

明神あたりからは明神岳を(3枚目の写真)、徳澤あたりからは前穂の北尾根を(4枚目の写真)のぞむことができる。前穂北尾根は井上靖の小説『氷壁』の舞台になっている。

https://www.amazon.co.jp/%E6%B0%B7%E5%A3%81-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%BA%95%E4%B8%8A-%E9%9D%96/dp/4101063109

槍ヶ岳はまだまだ先だが、穂高の名峰たちの美しい姿に胸はたかなるばかりだ。

2023年1月24日火曜日

『孤高の人』

 


 新田次郎の小説『孤高の人』(上下巻、新潮文庫)を読んでいる。以前は中学時代か高校時代に読んだと思う。漫画にもなっているので、若い人たちはそちらのほうを読んだことがあるかもしれない。

今般、怪鳥会では春の合宿として神戸の六甲山全山縦走を計画中である。自身は先日、淡路島に行った際、明石海峡ごしに須磨・一の谷あたりを眺めたので、『源氏物語』や『平家物語』との関連ばかりが思い浮かんでいた。

そうしたら、メンバーのひとりが「『孤高の人』に出てきましたね。」と指摘した。なるほど、そのとおりだ。あまりにも昔に読んだため、すっかりその関連を失念していた。

読み始めてみると、なるほどこういう小説だったのかと思う。以前読んだときはあまりにも子どもだったので、ふたつのポケットに煮干しの魚と甘納豆を入れて行動食にする点に感心し、そのようなことしか覚えていなかった。

読み直しをしてみて、大正末から昭和初の時代、関東大震災前後の不安な世相が背景にあったことを知った。

主人公の加藤文太郎は実在の人物。恐らく三菱造船と思われるが造船会社に勤めていて、労働運動や社会主義運動の渦中にある。

山陰の寒村出身で、大学を出ていないことから、技師にはなれない。そうした制約を越えて、山の魅力にとりつかれている。

普通は2日かかる六甲山全山縦走を1日でなしとげ、しかも宝塚から会社のある和田まで歩いて帰る。和田は平清盛が日宋貿易の拠点として開発した大輪田の泊の場所だ。

初の北アルプスは、表銀座から槍ヶ岳、そこから大キレット通って穂高連峰、さらに西穂まで縦走。あまりにもさらりとやってのける。ほんとうだろうか。実話がベースになっているので、ほんとうなのだろう。

当時、日本人は誰もヒマラヤの高峰を踏んでいない。造船についても登山についても、欧州の知識と技術を輸入吸収している時代。そんななか、ひとりヒマラヤをめざす。

次に目指したのは雪の八ヶ岳。夏沢鉱泉から夏沢峠、硫黄岳、横岳、赤岳の往復。今年の年末年始に歩いたところと重なる。小説では強風に吹かれ苦しんださまが生々しく描かれている。

中・高校生時代に読んだときは、これら高峰はすべて未踏だった。今回は、これらのコースはみな踏んだことのあるコースばかりだ。とてもリアルかつ身近に感じられる。

六甲山は、須磨寺に行ったときに稜線の一部を歩いたことがある。街に近く、道もよく踏まれていて四王寺山のようだった。春合宿が楽しみだ。

2022年12月28日水曜日

2022年のまとめ

 





 歳末の観劇のうち能の話がまだだけど、わが事務所はきょうが仕事納めなので、2022年のまとめ。

ことしのベスト5は時系列で、①白銀の東北4峰登頂、②残雪の北アルプス槍ヶ岳登頂、③大雪山縦走、④北アルプス裏銀座縦走、⑤北アルプス立山登頂かな。

①白銀の東北4峰登頂(ソロ)
2月、白銀の蔵王、西吾妻、磐梯、安達太良山の4峰に登った。仙台空港におりたち、仙台→山形→米沢→福島→郡山→猪苗代→郡山→福島→二本松→福島→仙台と旅をしながら。2月は北西の季節風が吹き付ける厳冬期なのだけれど、蔵王や西吾妻の樹氷はこの時期しか見られないので。いつもはガスガスだったりするのだけれど、今年は天気にめぐまれて4峰全部登ることができた。ラッキー。

②残雪の北アルプス槍ヶ岳(ソロ)
ゴールデンウィークは残雪の槍ヶ岳に登った。山頂の肩にある槍ヶ岳山荘で一泊する予定だったが、翌日の天気が厳しそうだったので、ふもとの槍沢ヒュッテから往復した。バテバテ。そのうえ、一眼レフカメラのメモリーを忘れてしまった。スマホの映像しか撮れず。来年リベンジしたい。

③大雪山縦走(ソロ)
北海道には梅雨がない。本州や九州が梅雨時で本格的な夏山がはじまるまえの7月上旬が空いている。高山植物には早いことが多いが、ことしは百花繚乱。そのせいか、人も多かった。旭岳温泉からまず最高峰の旭岳に登り、お鉢を1/4めぐって白雲岳避難小屋まで。ここでも翌日の天気予報が悪かったので、トムラウシ山縦走はあきらめた。小屋からお鉢にもどり黒岳をへて、層雲峡に下山。

④北アルプス裏銀座縦走
怪鳥会の行事。信濃大町から烏帽子小屋、野口五郎岳、水晶小屋、水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳、双六小屋を経て新穂高温泉まで。数年前、烏帽子岳まで登ったところで台風に直撃されたため断念したもののリベンジ。

⑤北アルプス立山登頂
娘たちと立山三山のうち、浄土山、雄山。そして最高峰の大汝山に登頂。浄土山で御来迎(ブロッケン現象)に出会えてよかった。下山後の安曇野、松本観光も楽しかった。

ことし63歳になった。コロナ禍のなか、これだけ登れればまぁまぁかなと思う。わが健康とこれを支えてくれたまわりの方々に感謝したい。

事務所的にも稲村晴夫弁護士、森俊輔弁護士が退所され、どうなることかと心配した。が、まぁまぁなパフォーマンスで今年をしめくくることができそうだ。

これもまた事務所の面々やわが事務所を応援して頂いている皆様のおかげ。心より感謝申し上げます。ではよいお年をお迎えください。

2022年10月18日火曜日

雲上の絶景

 


 浄土山の山頂から南側を望むと、立山カルデラが望めるはず。だが、この日はどこまでも雲海がひろがっていた。

雲海の左手奥には薬師岳、黒部五郎岳、笠ヶ岳が雲上に浮かんでいる。この夏に水晶・鷲羽を縦走しながらながめた山々だ。右手奥には白山が見えている。

さらに東に目を転じると、槍ヶ岳が独特の姿を見せている。大キレットをはさんで、その右手には雲間に穗高連峰が連なっていた。北穂、奥穂、ジャンダルム、西穂。台風一過の絶景である。

槍ヶ岳の手前左側にみえる、なだらかで大きな山は野口五郎岳。今夏登った裏銀座のセンターである。稜線を右手にたどると、水晶岳の稜線だ。

絶景を堪能して、浄土山をくだった。くだりは、つるべ落としの夕陽との駆けっこになった。室堂平までおりたところで、ちょうど西方の雲海のなかに日が没していった。雲海を黄金色に染めて、西方浄土を思わせた。

この日は室堂山荘泊まり。バスターミナルからほどちかく、お風呂にも入れる。山小屋のような、旅館のような宿だ。

室堂の宿は夏にコロナの影響で休業したところもある。臨時休業を心配したが、だいじょうぶだった。食堂のテーブルにはアクリル板がたてられ、感染症対策もばっちり。

さぁはやく寝て、あすにそなえよう。

2022年9月22日木曜日

黒部の山賊

(ハクサンイチゲ)
 
 (水晶岳)

(夕景、金沢方面)
(水晶岳と雪渓)
(チングルマと間違えそうなチョウノスケソウ)
(槍ヶ岳)
(ワリモ岳)
(鷲羽岳)
(シコンタンソウ)
(薬師岳)
(黒部五郎岳)
(コバイケイソウ花畑ごしに鷲羽岳)
(鏡平で一瞬だけみえた槍の穂先)

 にっぽん百名山「野口五郎岳」では、インフルエンサーのちゅーたさんの案内。山の絶景だけでなく、案内人と野口五郎小屋の人々との家族的な交流も描かれていた。

コロナ禍による打撃は世界のすみずみまで及んだろうが、山小屋も例外ではない。というより最も深刻な打撃を受けた部類だろう。もともと辺鄙なところでの零細経営。夏の間だけ2か月程度の営業期間。もともと密な構造のところにソーシャル・ディスタンスを持ち込むから定員半分での営業。それでも従業員に感染者が出て10日間閉める小屋が続出・・・。

野口五郎小屋は、烏帽子小屋と水晶小屋の中間にあって、やや中途半端な立ち位置。3人兄弟の真ん中で、状況により兄姉でもなければ弟妹でもないみたいな不安定。もちろん天候急変時などや休憩には最適だけれど、晴れていれば通過してしまうみたいな。

考えさせられながら、録画をみるととともに、山仲間にも情報提供する。ついでに、番組表をながめていたら、BSNHKで「黒部の山賊」の再放送があるようだ。

水晶小屋の先には三俣山荘がある。北アルプスの最深部、黒部の源流ちかく。どこから登っても2日はかかる。昔は山賊がでたとの伝説が残る。そこの主人が書いた本をもとに、その子どもたちと家族の奮闘を描く。

まえに視聴したことがある。それなりに楽しんだ。今回は、夏の山行での交流を経たうえで、思い出を交えての視聴である。楽しみ。