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2023年3月28日火曜日

雪の八甲田・岩木・白神(2)

 



 まずは八甲田山をめざす。夏に2度登ったことがある。いちどは事務所旅行の途中、稲村弁護士、行田さん、浦田の3人で登った。2度目はひとり。雪山は初挑戦である。

青森空港からシャトルバスでJR青森駅へ。青森空港は青森駅と八甲田山の中間地点にあるので、いったん戻るかたちになる。タクシー代を節約するため、やむをえない。

青森駅のすぐ裏は海になっていて陸奥湾、その向こうは津軽海峡だ。津軽海峡冬景色というには春にちかすぎるか。海に向かうと開放感がちがう。青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸をみることもできる。しかしここは先をいそごう。

八甲田山の登山基地は酸ヶ湯温泉である(1枚目の写真)。酸ヶ湯温泉までは青森駅からJRバスで。青森空港からすでに八甲田の山々は白く輝いている。心おどる。

しかしバスはこれまたまっすぐに向かわない。まず、青森新幹線の駅である新青森駅へ。そこで時間待ち。その後、三内丸山遺跡や青森県立美術館など名所をめぐる。

三内丸山遺跡は縄文時代の大規模集落跡である。佐賀の吉野ヶ里遺跡と似ているが、やはり火炎土器のように力強い。縄文時代、このあたりはさぞやドングリがたくさん採れたのであろう。

青森県立美術館では奈良美智の作品にであえる。有名なのは「あおもり犬」。その他、棟方志功の作品にも力をもらえる。

https://aomori-tourism.com/spot/detail_1664.html

そこから先、道は南へ折れ、八甲田の山中に入っていく。八甲田山といえば高倉健、北大路欣也の映画だ。新田次郎原作。77年封切り。「天は我々を見放した」という北大路のセリフで一世を風靡した。

明治35年、青森の連隊が雪中行軍を行って遭難、210名中199名が死亡した事件に基づいている。

だから、雪の八甲田に登るといえば、誰もが心配する。しかし、天候判断さえ誤らなければそれほど困難な登山ではない。

酸ヶ湯の手前にはスキー場やロープウエイがある。上記遭難が起きたのは、それより低い場所である。当時の装備、気象予報制度、道路状況など、いまとはまったく別ものだったのだ。とはいえ、気をひきしめる。

酸ヶ湯温泉にチェックイン。男女混浴の千人風呂で名高い。本館はリニューアルされてホテルのようだ。

登るのは明日。まだ時間があるので、登山道の偵察にでかける。これが意外と大事。登山は早立ちが基本なので、暗いなか道迷いすることがあるからだ。

温泉周辺でも2メートル以上の積雪であるが、春の気配が濃い。沢筋など雪解けがはじまっている。ブナなどの木は枝を広げて春を待っている(2枚目の写真)。

そして、むこうに大岳が白く輝いている(3枚目の写真)。美しい。大岳は八甲田連峰の最高峰。八甲田山に登るといえば、大岳に登るということだ。よし、がんばろう。

2023年1月24日火曜日

『孤高の人』

 


 新田次郎の小説『孤高の人』(上下巻、新潮文庫)を読んでいる。以前は中学時代か高校時代に読んだと思う。漫画にもなっているので、若い人たちはそちらのほうを読んだことがあるかもしれない。

今般、怪鳥会では春の合宿として神戸の六甲山全山縦走を計画中である。自身は先日、淡路島に行った際、明石海峡ごしに須磨・一の谷あたりを眺めたので、『源氏物語』や『平家物語』との関連ばかりが思い浮かんでいた。

そうしたら、メンバーのひとりが「『孤高の人』に出てきましたね。」と指摘した。なるほど、そのとおりだ。あまりにも昔に読んだため、すっかりその関連を失念していた。

読み始めてみると、なるほどこういう小説だったのかと思う。以前読んだときはあまりにも子どもだったので、ふたつのポケットに煮干しの魚と甘納豆を入れて行動食にする点に感心し、そのようなことしか覚えていなかった。

読み直しをしてみて、大正末から昭和初の時代、関東大震災前後の不安な世相が背景にあったことを知った。

主人公の加藤文太郎は実在の人物。恐らく三菱造船と思われるが造船会社に勤めていて、労働運動や社会主義運動の渦中にある。

山陰の寒村出身で、大学を出ていないことから、技師にはなれない。そうした制約を越えて、山の魅力にとりつかれている。

普通は2日かかる六甲山全山縦走を1日でなしとげ、しかも宝塚から会社のある和田まで歩いて帰る。和田は平清盛が日宋貿易の拠点として開発した大輪田の泊の場所だ。

初の北アルプスは、表銀座から槍ヶ岳、そこから大キレット通って穂高連峰、さらに西穂まで縦走。あまりにもさらりとやってのける。ほんとうだろうか。実話がベースになっているので、ほんとうなのだろう。

当時、日本人は誰もヒマラヤの高峰を踏んでいない。造船についても登山についても、欧州の知識と技術を輸入吸収している時代。そんななか、ひとりヒマラヤをめざす。

次に目指したのは雪の八ヶ岳。夏沢鉱泉から夏沢峠、硫黄岳、横岳、赤岳の往復。今年の年末年始に歩いたところと重なる。小説では強風に吹かれ苦しんださまが生々しく描かれている。

中・高校生時代に読んだときは、これら高峰はすべて未踏だった。今回は、これらのコースはみな踏んだことのあるコースばかりだ。とてもリアルかつ身近に感じられる。

六甲山は、須磨寺に行ったときに稜線の一部を歩いたことがある。街に近く、道もよく踏まれていて四王寺山のようだった。春合宿が楽しみだ。