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2024年1月12日金曜日

年末の八ヶ岳(硫黄岳)

 




 年末29日~30日は八ヶ岳・硫黄岳に登った。ことしは雪がすくなかった。エルニーニョ現象、温暖化の影響だろうか。

 東京・新宿から特急あずさで茅野へ。そこから美濃戸口へ行き、歩いて3時間で赤岳鉱泉まで。途中ほとんど雪はなく、チェーンスパイクも必要ではなかった。

 赤岳鉱泉で宿泊。大同心等でアイスクライミングを楽しもうというグループが多い。日本語だけでなく、韓国語、台湾語も行き交っている。

 翌朝は暗いうちから小屋を出る。ひと登りして赤岩の頭に着く。八ヶ岳南部の大展望が広がる。1枚目の写真は右から赤岳~横岳。2枚目は硫黄岳。

 北アルプスはそれなりに積雪しているようだ(3枚目の写真)。右から槍ヶ岳、大キレット(中央やや右の凹部)、そして穂高連峰。

 予定では山中にある本沢温泉(日本最高所の野天風呂がある。)で1泊する予定だった。が、31日~元旦にかけて天気予報は荒れ模様だったので、ひとまず稲子湯登山口へ下山することにした。

 途中、しらびそ小屋で、リスがヒマワリの種かなにかをごちそうになっていた(4枚目の写真)。餌付けはいけないように思うが、小屋横にヒマワリの種などを置いておくことはよいのだろうか。

 おだやかで快適な山行だったが、アイゼン、ピッケル、ワカンなど冬装備の重さが肩にくいこんで閉口した。

2023年10月5日木曜日

木曽駒ヶ岳、霧ヶ峰、乗鞍岳、美ヶ原(4)フォッサマグナ・糸魚川静岡構造線

 


 きょうは、諏訪湖で交差しているもうひとつの大断層、フォッサマグナの西端・糸魚川静岡構造線の話です。フォッサマグナは学校で習ったのではないかと思います。これもナウマンが発見したものです。

写真(奥の山並み)は霧ヶ峰からみた北アルプス。右側に槍ヶ岳、左側に穂高連峰、中央部の凹は大キレットです。

フォッサマグナの西端・糸魚川静岡構造線は、名前のとおり、日本海岸の糸魚川から太平洋岸の静岡までの大断層です。

フォッサマグナと糸魚川静岡構造線は、違う概念です。フォッサマグナは日本列島を中央で分断する大きな溝。線ではなく、三次元の凹です。

そこはむかしむかし海でした。その凹に新しい土砂がたまって、いまのように東北日本と西南日本がひとつの列島としてつながったのでした。あら不思議。

そのフォッサマグナの西端の大断層が糸魚川と静岡を結ぶ構造線となっているわけです。

これに対し、東の端がどこかについては議論があります。北は新潟県の柏崎か新発田あたり、南は千葉あたりのようです。とにかく日本列島の中央部に大きな溝が存在したことは争いがありません。

ただし土砂がたまっただけでは説明できないところがあります。フォッサマグナの中央部には、北から妙高山、黒姫山、八ヶ岳、冨士山、箱根、天城山などの山々が連なっているからです。これらはマグマの上昇によるものと説明されています。

日本列島は、大陸プレートと太平洋プレートとフィリピン海プレートという3つのプレートが出会う場所にあります。それらのプレートが互いにおしくらまんじゅうをした結果、いまのような列島になりました。

太平洋プレートが東側から、フィリピン海プレートが南側から大陸プレートの下に沈み込むことにより、日本列島にシワがよったり、マグマが噴き出したりしたというのです。

霧ヶ峰(エアコンの名前ではありません。諏訪湖の北に位置する百名山です。)の涼しい風に吹かれ、北アルプスの山々をながめながら、そのような雄大な日本列島のなりたちに思いをはせました。

2023年8月9日水曜日

黒部五郎岳と雲の平へ(6)北アルプスの最奥部へ

 
 さて北アルプスの最奥部、黒部五郎岳と雲の平への山旅の最終回。

写真の奥のギザギザは槍ヶ岳である。その手前の稜線、右(南)に登れば三俣蓮華岳、左(北)に登れば鷲羽岳である。

その稜線とこちら側の稜線の間は深い谷になっている。黒部川の源流が左(北)側から右(南)側へ流れている。あれ?と思うかもしれない。黒部川は日本海に注いでいるので、北へ向かうはずだから。じつは、このあと説明する雲の平をぐるっと半周して北へ向かうことになるのだ。

写真を拡大すれば分かるが、三俣蓮華岳と鷲羽岳をむすぶ稜線のやや右に三俣山荘が建っている。そこから、三俣山荘の中腹を右へトラバース(迂回)すると、黒部五郎岳へ向かうことになる。

三俣山荘から西、黒部源流へくだって徒渉し、ふたたび登りあがり祖父岳の中腹までくると、写真を撮影した場所に達する。さらに、西へ向かうと雲の平だ。新穗高温泉の登山口から三俣山荘まで2日かかっているので、黒部五郎岳や雲の平がいかに奥深いか実感できると思う。


 お目当ての一つ、黒部五郎岳である。標高2840m。日本百名山。東側がスプーンで削ったように、大きな丸い谷になっている。カール地形である。とにかく美しい。長い長い稜線を歩いてきた甲斐があるというものだ。


 お目当てのもう一つ、雲の平。日本最後の秘境と呼ばれる。美しい平原が広がっている。1枚目の写真は、黒部川・黒部峡谷越に薬師岳。

2枚目の写真は、雲の平の中央部に建てられた雲の平山荘。実に優美なデザイン。一度は泊まってみたいが、そうそう長く休んでいられないので、この日は双六小屋まで引き返し、翌日下山した。

いままでで一番のロングコース、最大の高低差だった。達成感がハンパない。

2023年8月2日水曜日

黒部五郎岳と雲の平へ(1)

 



 先週末、北アルプスの最奥部・黒部五郎岳と雲の平へ行ってきた。登山グループ怪鳥会で。仕事で急遽ひとり欠席となり、5人参加。

 初日。まずは飛行機で信州松本空港まで。ピンク色の機体、FDAとJALのコードシェア便だ。FDAはフジ・ドリーム・エアラインの略。

薬害肝炎裁判をやっていた身は、米国FDAを思い浮かべてしまう。アメリカ食品医薬品局、フード・アンド・ドラッグ・アドミニストレーション。薬害が広がるまえにフィブリノゲン製剤の認可を取り消した。

松本空港からはジャンボタクシーを利用。個人では許されない贅沢だが、グループでシェアする便なので。

車窓からはいまだ青い実がなるリンゴ畑や、収穫をすませたスイカ畑が広がる。松本空港からすぐに波多という地名がある。スイカの産地として有名だ。青果市場もある。

車は新島々から山岳地峡へ入っていく。途中、ダムやトンネルがたくさんある。また、野麦峠にいたる分岐もある。飛騨の子どもたちが労働力として信州まで険路を越えてこさせられたところだ。

槍・穂高であれば上高地をめざし、釜トンネルへ入るところだが、今回はすぐ手前を左折、中の湯の前を通過して安房トンネルへ。全長4.4キロメートルもある。抜けると岐阜県・平湯温泉だ。

奥飛騨温泉郷を走り抜けると、終点は新穗高温泉。右手には新穗高ロープウェイがあり、労せずして西穗高のおひざもとまで連れて行ってくれる。

こんかいはそれも利用せず、駐車場から歩き。駐車場のすぐ西を蒲田川が分岐している。むかって左側、左俣川に沿って遡上する。ほどなく登山口があり、そこから先、一般車両は進入禁止だ。

西に笠ヶ岳が迫る林道を1時間20分歩くと、わさび平に到着。地名のとおり、わさびが自生しているのだろう。

美味しい水が豊富。わさび平小屋の前には湧水を利用して、野菜や果物が冷やしてある。塩をかけて食べるとおいしいが、いまはがまん。

そこからふたたび林道歩き。小池新道入口からは本格的な山道。でもよく整備されている(自然状態ではなく、歩きやすいよう石積みがなされている)。秩父沢、シシウドが原を経て鏡平まで3時間50分の歩き。

途中から雷雨。レインウェアを着なくても濡れるし、着ても汗で濡れるというやっかい。着ないままがまんして登る。

鏡平に到着。鏡平池に槍穂高連峰が映えている。きょうはここにある鏡平山荘で宿泊だ。このコース上にある、わさび平小屋、鏡平山荘、双六小屋、黒部五郎小舎はグループ経営。いずれも山小屋とは思えぬサービスが受けられる(トイレや寝室がきれい、水が豊富、生ビール・ソフトクリーム・かき氷・果物が食べられるなど)。

2023年5月15日月曜日

残雪の槍ヶ岳(1)

 



 ことしも残雪の槍ヶ岳に登った。

名古屋に泊まり、朝一(といっても7時発)のJR特急ながので松本まで。そこからアルピコ交通上高地線に乗り換え、新島々駅へ。新島々駅横には梓川が流れている。

梓川(信濃川となって日本海にそそぐ。)は、槍ヶ岳に発する。なので、新島々から槍ヶ岳直下までは梓川をさかのぼる旅でもある。

新島々からはバスに乗って上高地まで。上高地は環境保全のためマイカーでの乗り入れが規制されている。福岡は雨だったが、上高地はよく晴れていた。

バスセンター横を梓川が流れている。梓川流域は花崗岩でできているため、水がとても澄んでいる。美しい。イワナが泳いでいる。

バスセンターから5分上流へ行くと河童橋がある。芥川龍之介の小説で有名なところ。

河童橋から上流には奥穗高岳を中心に穗高連峰がのぞめる(1枚目の写真)。梓川を前景とし、残雪をかぶった穗高連峰はいつみてもしびれる。

中央やや左手の峰が奥穗高岳。3190m、日本第3位。右上隅が前穂高岳。奥穂と前穂をむすぶ稜線が吊り尾根である。

奥穂から左手にいったん切れ落ちて、次に尖っているのがロバの耳、その次がジャンダルムである(裏側)。西穗高は画面さらに左側に見えている。北穂や涸沢岳は奥穂の向こう側にあり見えない。

中央部(残雪がないところ)が岳沢。夏は岳沢から紀美子平を経て、前穂でも奥穂でも登ることができる。いまの時期はまだまだ難しい。

河童橋から下流方面をふりかえると焼岳がのぞめる(2枚目の写真)。北アルブス唯一の活火山。噴煙をあげている。麓に大正池がある。焼岳の噴火で梓川が堰き止められてできた。きょうは寄っていくヒマがない。

写真右手の川縁にたくさん人が写っている。去年にくらべ3倍以上の人出だ。インバウンドも回復してきていて中国語、韓国語をはじめとする外国語を話す人や、イスラム系と思われる出で立ちの人も多い。

上高地から今日の宿泊地の横尾をめざす。梓川に沿って約3時間。途中、1時間ごとに明神、徳澤園という休憩ポイントがある。

明神あたりからは明神岳を(3枚目の写真)、徳澤あたりからは前穂の北尾根を(4枚目の写真)のぞむことができる。前穂北尾根は井上靖の小説『氷壁』の舞台になっている。

https://www.amazon.co.jp/%E6%B0%B7%E5%A3%81-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%BA%95%E4%B8%8A-%E9%9D%96/dp/4101063109

槍ヶ岳はまだまだ先だが、穂高の名峰たちの美しい姿に胸はたかなるばかりだ。

2022年5月11日水曜日

残雪の槍ヶ岳(2)

 




 槍沢ヒュッテについたのは昼すぎ。ちょっと前から雨になっていた。あとから続々と登山者が到着する。みな凍えそうな表情だ。早出早着計画でよかった。

翌朝は快晴。槍沢をつめていった。左手は梓川が水量おおくゴウゴウ鳴っている。ヒュッテをでるとまもなくから、西岳や赤沢山の稜線からくだってくる雪渓をつぎつぎとトラバースしていく。槍沢からはいっとき槍の穂先が見えるが、残念ながら木々がじゃまをしている。

キャンプ場のあるババ平から先は槍沢上部の雪渓地帯。春を迎え、あちこちヒビが入り、崩れそうで怖い。大曲を曲がると、槍沢の水流は雪渓の下に隠れてしまう。そこからは槍に向かってひたすら雪渓を登る。白馬の大雪渓を2、3つ登るかんじだ。

左から大喰岳の稜線が、右から東鎌尾根の稜線が迫り、谷がどんどん細くなっていく。グリーンバンドという氷河地形のあるところをすぎると、くっきりと槍の穂先が見える。

そこらあたりからスラブといって雪崩のあとがあちこちにある。残雪期だからといって、雪崩が起きない保証はない。昨夜は稜線部で30センチの積雪があったと誰かが言っていた。

穂先が見えてからも長い。アイゼンとピッケルを確実に操作しなければならない。雪はしまっていて、よいコンディションだ。

ただし単調ではない。踏み抜きといって、雪が薄くなったところで、膝ぐらいまで埋まってしまう。ときには大腿のつけねまで埋まってしまって、行動不能になった人もいた。

岩や砂礫が露出しているところもある。後ろを振り返ると怖いので振り返らない。途中で休憩する回数が増える。中途半端なところで休憩すると、転げ落ちそうだ。

なんとか稜線に達することができた。振り返ると、手前に蝶が岳から常念岳の稜線。後ろに浅間山、八ヶ岳、富士山(写真を拡大すると、中央にちょこんと見える。)、南アルプス、中央アルプス。そして前穂高岳などの山々が美しい。

北に目を転ずると、西鎌尾根の先に、黒部五郎、双六、薬師岳、水晶岳、立山、白馬など黒部源流の山々が残雪に輝いていた。

当初の計画では、槍ヶ岳に登り、肩の小屋に一泊して、翌日、下山する計画だった。しかし天気予報によると、翌々日は朝からマイナス4度、風速15メートル、霧という天気予報だった。風速1メートルにつき体感温度は1度下がる。あすは体感温度マイナス19度となるということだ。そこで槍ヶ岳山荘には泊まらず、槍沢ヒュッテに戻ることにした。

登り5時間30分、くだり3時間30分、合計9時間のコースタイムだ。体力的に歩けるかどうか心配したけれども、明日くだるよりはマシだろう。バテバテだったが、なんとかくだりきることができた。大満足の山行だった。

2022年5月9日月曜日

残雪の槍ヶ岳(1)

 

 連休は北アルプス・残雪の槍ヶ岳へ。

当初計画では名古屋で前泊する予定だった。天気予報によると、翌日は昼から雨。それなりの雨量が予想された。名古屋前泊だと上高地着が昼ころになり、槍沢まで5時間の歩きがすべて雨に濡れることになる。そこで、仕事をはやく切り上げ、松本まで足をのばして前泊することとにした。

ホテルでチェックインしていると、他の客が上高地へ行く道の土砂崩れ閉鎖はどうなったか訊いていた。翌朝のバスをウェブで予約したばかりだったので、上高地までバスが走るものと思っていたので驚いた。数日前の大雨で不通になっているらしい。

翌朝5時30分の始発バスに乗った。この5時に道路閉鎖は解除されたらしい。上高地には帝国ホテルがある。帝国ホテルの威光により夜通し突貫工事が行われたにちがいない。と誰かが冗談を言っていた。

7時、上高地に着いた。上高地は連休まで冬山ということで閉鎖されている。オープンするのは連休直前である。そのせいか、土砂崩れの影響か、時間が早いせいか、静かな上高地だった。

雲が忙しく往来し、穗高の山々を覆っては晴れていった。河童橋の手前で、ちょうど晴れた。河童橋に達するとガスがかかってしまった。大雨の影響か、梓川の水量も多い。それでもさすが澄んでいる。エメラルドグリーンに輝いている。

河童橋から5分ほど進むと小梨平というキャンプ場がある。そこでガスが晴れた。梓川越しに岳沢、そして奥穗高岳が美しく見えた。とてもきれいだ。上高地の語源は神降地だという。たしかにそうかもしれない。視覚だけでなく、コマドリなどの野鳥が鳴き交わし聴覚的にも心地がいい。

このような絶景に出会うことができたのも、松本まで足をのばして前泊することができたおかげだ。名古屋泊のままであれば、上高地から雨が降っていただろう。山で絶景に出会うには天気と上手につきあうことが大切だ。

2021年11月29日月曜日

残照の頂 続・山女日記

 怪鳥会という山歩きグループに所属している。コマドリ会やライチョウ会などのかわいいネーミングもあったと思うが、怪鳥会。会長の口運び、足運びが怪鳥を思わせる会である。

弁護士や新聞記者など9人がメンバー。九州近辺の山に年数回登り、年に一度はアルプスを目指している。結成して12年になる。

連絡はSNSのグループページで行っている。だいたいは山行や亡新年会の計画や報告である。が、ときどき、山にまつわる読書報告がなされる。

先般は『残照の頂 続・山女日記』(湊かなえ著・幻冬社刊)の紹介がなされた。11月10日第1刷という新刊。休日にそれほど期待しないで読んだところ、意外と突き刺さったという。

知っている人は知っていると思うけれど、NHKのBS3チャンネルで1か月くらいまえからドラマでもやっていた。プレミアムドラマ『山女日記3』。

工藤夕貴主演、中村俊介、田中健、若村麻由美、本仮屋ユイカらが脇を固める。われわれぐらいの年齢だと、工藤夕貴より若村麻由美のほうがよいなぁなどと思いながら観ていた。

SNSに投稿したメンバーにたいし、原作も読んだほうがいいかな?と尋ねた。ところが投稿者はドラマのほうは観ていなかった。コメントを付けくわえたメンバーもドラマは観ているけれども、原作は読んでいないとのことだった。

ドラマ派の二人で、田中健はしぶいだとか、古手川祐子がうらやましいなどと他愛のないやりとりをして、その場はそのままになった。

すると、怪鳥会のメンバーではない稲村弁護士が原作を読んだ、よかったとの感想をもらした。「こ、これは。」、読めという天啓だろうと思い、さっそく裁判所帰りに薬院の書店で購入した。

目次は「後立山連峰」「北アルプス表銀座」「立山・劔岳」「武奈ヶ岳・安達太良山」。つまり、この4本の連作短編から成り立っている。

最後の短編がコロナ禍後に書かれたことは内容から明らか。その前3つの執筆時期はコロナ禍前だろう。

ドラマの原作だからほぼほぼドラマどおりの内容かと思いきや、かなり違う印象を受けた。原作のほうが数倍よかった、感動したとだけ述べておこう。

『山女日記』は、さきの田中健ファンのメンバーによれば、登山のデトックッス効果について書かれたものである。つまり、都会で、仕事で、体内に溜まりに溜まった悪いものを登山によりデトックスするというストーリーである。

本編はタイトルが示すとおり、登山の残照効果について書かれたものである。残照とは、あたりが暗くなってもなお、山頂などに照り映えて残っている夕日の光のことである。

物語の主人公たちは、残照の山頂で、過去を振り返り、整理し直して、あらたな旅に出発していく(再生)。

立山や羽黒三山が生まれ変わりの山であることは、古来いわれてきたことである。それを他の山々にまで押し広げたところが本書の主張だろうか。まてよ、『君の名は。』でも前前前世なんてやっていたなぁ。よく分からない。

ところで、後立山連峰(五竜~鹿島槍縦走)、北アルプス表銀座(燕~大天井~槍)、立山・剱岳、武奈ヶ岳・安達太良山、いずれも登ったことがある。本書をすべて味わいつくすには、これら山々に登ったことがあることがベターだろう。

2021年11月1日月曜日

位山登山記(1)ー君の名は。

 






 
 能郷白山のつぎは、位山(くらいやま)1529mをめざした。イチイの木が群生し、これを朝廷に献上し、位をさずかったことが名の由来という。山頂部に巨石群がある。その名も天岩戸をはじめ、神の山らしい。

ある会合で、誰かが、『君の名は。』のモデルとなったのは位山だと言っていた。それ以来、いちど訪れてみたいと思っていた。ようやく念願がかなった。

樽見鉄道に乗って大垣に戻った。そこから岐阜へ。岐阜から高山本線に乗った。特急飛騨は飛騨川に沿って北上した。

山峡に入ると、飛水峡だ。ここにはチャートと呼ばれる岩がある。大学受験のときにお世話になった受験参考書とおなじ名前だ。固い層と柔らかい層が幾重にも積み重なっている。岩盤も受験も積み重ねが大切だ。

なんと、ここから1400Km離れたハバロフスクでもおなじ岩がみられる。ということは、どういうことか。日本列島はもともと大陸の一部だった。それが、太平洋プレートが沈みこむ際の引きずりこみ作用により、大陸から引きちぎられたものだ。そう考えられている。・・・とBS-NHKのジオジャパンという番組で紹介されていた。

などと考えているうちに下呂温泉に着いた。若い女性グループがおりていく。ついついついていきそうになる。が、なんとか踏みとどまった。

日本二百名山には小秀山がある。御嶽山がちかくで望めるよい山だ。むかしこの山に登る際に下呂温泉に泊まったことがある。知人の名古屋の弁護士もいちおしのいいお湯だ。が、こんかいはここで降りるわけにはいかぬ。

飛騨高山までがまんして降りた。ここで宿泊だ。春に観光するにはよいところだが、こんかいはおあずけだ。

翌日、ホテルの窓から乗鞍岳をのぞんだが、霧に隠されていた。残念。きょうは曇なのか。

登山口はその名もモンデウススキー場だ。つまり、マウント・ゼウス。神の山。太平洋と日本海の分水嶺になっている。

ゲレンデに沿って登った。ガスが薄れていく。どうもガスは高山盆地を覆っているだけで、山々はだいじょうぶのようだ。

ゲレンデを登り切ったところが1合目だ。いきなり北アルプスの展望がひらける。もう雪化粧をしている。美しい・・・。わーい、来てよかった。しばしときを忘れ、風景に見とれる。

ところで「君の名は?」。それぞれの山の名は?

南のほうは雲がおおい。その合間に、木曽の御嶽山。山から雲が湧き出ている。噴煙なのか、雲なのか分からない。じつはこんかい御嶽山→位山の計画をたてた。ところが、御嶽山は10月中旬までという情報に接し、能郷白山に計画を変更していた。当初の計画どおりであれば、アイゼンが必要だったかもしれない。

北に目をうつすと乗鞍岳。左3分の1あたりの鞍部が畳平、右から二つ目の雲に半分かくれているピークが剣が峰である。夏場は畳平までバスで行け、そこから剣が峰に登るのが一般的だ。冬場は向こう側の乗鞍高原から登りあがらなければならない。右下が野麦峠だ。ああ。

その北が槍穂高連峰だ。三層の雲海上に輝いている。右側が穂高連峰。右から前穂、吊り尾根、奥穂、北穂だ。左側が槍の山塊。左から槍、大喰、中、南。中央が大キレット、残念ながらガスがかかっている。

その北に笠ヶ岳。とても美しい。だが、これはちょっと意外な姿だ。信州側からだと大きな山塊だが、こんなに尖がってはいない。さすが飛騨の名峰と呼ばれるだけあって、飛騨側から見るべき山だろう。左端には今夏登った双六が見えている。

その北には黒部五郎から薬師岳への稜線が優美。薬師にも、黒部五郎にも登ったことがあるが、この稜線を縦走したことはない。ぜひ一度縦走してみたい。

さらに北には薬師、立山、劔(中央)、大日まで望むことができた。こんな遠くからでも、劔がピラミッドのようであることが素晴らしい。

御嶽から劔まで北アルプスの百名山がほとんど見えている(信州側の一部が見えていないだけ。)。ぜいたくだ。

2021年7月26日月曜日

飛騨山脈周回記


(神が降りた地、上高地。梓川に河童橋、穗高連峰)

  あれれ。芭蕉とともに奥羽山脈を越えていたと思ったら、連休は飛騨山脈(北アルプス)へ。

上高地を起点に、焼岳、北穗高岳独標、双六岳を周回してきました。ふだんだったらありえないコースですが、夏山トップシーズンであること、連休であること、キャパ50%としか予約を受け付けないことから、双六小屋一泊分しか山小屋の予約がとれなかったことによるものです。

ようやくウィズ・コロナの時代がはじまったのでしょう。交通機関や宿ではウィルス対策がなされ、人々もマスクや手洗いに余念がありませんでした。

天気予報は毎日猫の目のようにクルクルと変わりました。はじめはとても登れるようなものではありませんでしたが、われわれの祈りが通じたのか、どんどんよき方へ変化していきました。

上高地はさすが神が降りた地、すべてのものがキラキラと光輝いていました。

山小屋がとれなかったぶん、一方で、登りくだりが激しかったものの、他方で、麓の温泉宿に泊まり、疲れを癒やしました。どこも露天がすばらしく、芯から効きました。

高山植物はもちろん、イワナ、サル、ライチョウ、高山蝶やアサギマダラが出迎えてくれました。人情にも触れ、小屋前の売られていたリンゴ、オレンジ、バナナ、トマトの味も絶品でした。

2021年4月7日水曜日

週末は西穂へ(1)

 


番組(おくの細道)の途中ですが、週末、西穗高岳の丸山まで登ってきました。もちろんまだ雪が残っています。が、例年にくらべると雪解けがはやいです。

雪山なんてとてもというかたも多いと思います。しかしながら、西穗高であれば、ロープウェイで標高2,156メートルまでは行けます。

西穗高口駅には展望所があり、そこからの絶景は素晴らしいの一語につきます。いちどは行かれることをお奨めします。

われわれが行ったのは今月3日の土曜から。新穗高ロープウエイの山麓の駅は新穗高温泉駅。V字谷の底にあるわけですが、西側に笠ヶ岳、東側に槍穂連峰、焼岳がそびえています。

この写真は西側、笠ヶ岳が見えています。とても美しい。もうドキドキワクワクがとまりません。

2018年6月1日金曜日

残雪の北アルプス(5)


(八方尾根から北を望む。白馬三山)

 翌4月30日はやはり朝3時30分起床,4時前に八方池山荘を出発です。早出,早着が基本。5時ころ日の出なので,4時ころであればもうヘッドランプはいらないぐらいには見えます。

 きのう偵察したとおり,八方山ケルンを経て,八方ケルン。ここでアイゼンを装着するつもりでしたが,ツボ足のまま雪原に踏み出します。第2ケルンを経て,第3ケルンへ。夏であればここから八方池とその背後に白馬三山がのぞめますが,八方池はいまだ雪のなか。白馬三山はすこしずつ明るくなってきています。

 もうしばらくいくと,下の樺(しものかんば)。なぜか,このあたりだけ突然,ダケカンバの樹が数十本はえています。もう少し登ったところにもあるので,下の樺と上の樺と呼ばれています。カップルがアイゼンをつけて休憩していました。

 もうちょっと行けるだろうと通過したところ,後方が急に明るくなる感じがして振り返ると,ご来光です(写真は,「ロータリークラブ地区大会@宗像ユリックス」に添付のものです。)。太陽のパワーはすごく,日の出とともに身も心もあたたかくなります。太古の人類は毎朝,ご来光をまちわび,畏怖の念をいだいたことでしょう。

 下の樺を通過すると,右手に雪壁が。ここはさすがにツボ足では怖そうなので,アイゼンを装着。ピッケルとアイゼンで手場,足場を確保しながらよじ登ります。去年だったら恐怖をおぼえたくらいの雪面ですが,すこしずつ慣れてきました。

 あたりが明るくなり,左右に絶景がひろがります。右手は白馬三山です。積雪期にいちど登ってみたい。はたして登れるようになるでしょうか?
                         (つづく)

2018年5月31日木曜日

残雪の北アルプス(4)


(八方尾根から,右は五竜岳,左奥が鹿島槍ヶ岳)

 焼岳を下山してから,唐松岳を目指し,新島々,松本を経て,白馬へ。白馬駅から八方ゴンドラリフト駅へ。

 チケットを買うのに,登山届を要求されました。装備欄の記載がないとして再度書き直し,きびしい。
 ゴンドラとリフトを乗り継いで,八方池山荘へ。途中はスキー場なので,スキーヤーがいっぱい。

 八方池山荘は,水道工事中のため,営業していないとのアナウンス。
あれ?予約したのになぁ。
 トイレも使えないので,途中で用をたしていくようにとまで。あれれ,どうなるものやら。
 はらはらしながら山荘につくと,それほど不自由なく使えました。なあんだ。

 部屋は4人の相部屋。名古屋の1人,東京の2人と。名古屋の1人はぼくとおなじく明日登山予定。東京の2人は今日登ってきたとか。東京の2人は75歳と77歳。ですが,20キロはありそうなザックをかついで元気。さすがに白馬の温泉宿をさがす(連休中です)元気はなく,ここで一泊。77歳のおじさんからは,夏冬の山の情報をいろいろ教えてもらいました。

 きょうもまた夕食まで時間があったので,偵察にでかけました。八方尾根はゴジラの背中のような長大な尾根。過去にいくつかの悲しい遭難を経験し,要所要所に立派なケルンがあります。八方山ケルンを経て,八方ケルンまでは残雪はあるもののアイゼンをつかわずに登れそうでした。そこから先は大きな雪原がつづいていたため,偵察はそこまで。

 後ろ立山の稜線が登る方向に障壁をなしていて,登山意欲をかきたてられました。尾根の左手(南側)は,昨夏,いつものグループで登った五竜岳。そして,その奥はさらにその前に登った鹿島槍ヶ岳が荒々しい山肌に雪をまとって聳えていました。

 尾根の右手(北側)は,白馬三山。手前から白馬鑓,杓子,白馬。正面は唐松岳と不帰の𡸴が見えています。
 よし明日はがんばろう!           (つづく)

2018年5月28日月曜日

残雪の北アルプス(3)


(焼岳を背に下堀沢上部,右側が南峰の雪壁,むこうは乗鞍岳)

 焼岳は,北アルプス南部に位置しています。北アルプスの南端は乗鞍岳で,その北側,つまり南から2番目の山です。焼岳の北側には穂高連峰や上高地があります。

 焼岳登山は2回目。日本百名山の1つです。百名山に挑戦したときは,上高地側から登りました。

 雪山登山としては,この新中ノ湯コースが推奨されています。このコースは,下堀沢上部が,南峰からの雪崩のおそれを指摘されていますが,冬期は上高地側より登りやすいのでしょう。

 下堀沢との出会いふきんまでは樹林帯のなかを登ります。踏み跡が複数あって迷いますが,基本,尾根伝いに登るのでコースを大きく外れることはありません。

 下堀沢に入ると,ボール状の地形になり,たしかに南峰の雪壁は状況によっては雪崩そう。これを左側から回り込むようにしてトラバースしていきます。

 ツボ足(アイゼンなどをつけない状態),ストック(ピッケルではなく,夏山にも使うポールストック)でも登れそうでしたが,上部は斜度が増してきたので,念のため,アイゼンとピッケルに装備を変えました。

 南峰は崩落がすすみ,夏山は登山禁止とされています(雪山ならば登れるらしい。)。斜度の増す雪面を登り詰めます。南峰と北峰の分岐あたりは,活火山らしく,硫黄の臭いがし,水蒸気が出ていました。
 
 そこからは北峰を右側から回り込むようにして頂上に達します。山頂部は融雪が進み,雪と地面がまだらになっています。

 山頂に立つと穂高連峰,上高地,笠ヶ岳,槍ヶ岳,黒部源流の山々があらわれました。すばらしい景観。ただし,春山のせいか,すこし霞んでいるのが残念。
 
 先行者は誰もおらず,この日,入り番乗りで,絶景をひとり占めでした。しばらくすると,写真家のかたがあがってこられ,いろいろと教えていただきました。

 風景をしばらく楽しんだあと,下山開始。ぞくぞくと後続の方々が雪面をあがってきます。日差しがつよくなり,日焼けしそう。汗もにじみます。

 融雪がうまいぐあいにすすんだころあいで,ザクザクと軽快に下山をすることができました。(つづく)

2018年5月25日金曜日

残雪の北アルプス(2)


(焼岳南峰)

 最初に登ったのは,焼岳です。

 難易度としては,唐松岳→焼岳→立山なので,この順に登るのが望ましい。しかしながら,そうすると名古屋から信州入りして松本から北上して白馬,白馬からまた松本に戻り,その後再び北上して信濃大町へと行ったり来たりすることになります。そこで,やむをえず焼岳から登ることにしました。

 天気予報は連休前半はだいじょうぶそうでした。

 初日は,松本から上高地方面に向かい,途中下車して中ノ湯に泊まりました。はじめての宿で,山小屋をイメージしていたらちゃんとした温泉宿で,登山客以外の観光客もいっぱいでした。玄関先から眺めると,穂高の山並みが焼岳の尾根上に美しく輝いていました。あしもとには,フキノトウがたくさん,遅い春が顔をだしていました。

 翌朝は暗いうち(日の出前1時間で4時)の出発を予定していたので,1ピッチ(1時間)分の偵察をおこないました。旅館の右側を登り,林道をショートカットするのですが,ここが一番の難所というくらいの急登でした。

 温泉は外湯がすばらしく,餌場がもうけられていてヒガラ,シジュウカラが5羽ほど遊びに来ていました。

 和室1間に1人なので快適,お隣は東南アジアからの家族連れのようでした。

 明日の早立ちにそなえて,早めに就寝しました。(つづく)

2018年5月23日水曜日

残雪の北アルプス(1)


(唐松岳)

 すこし報告がおそくなりましたが,ことしの連休も残雪の北アルプスに登りました。焼岳,唐松岳,立山の3山です。昨年登った仙丈,乗鞍,正月に登った燕にひきつづき,雪のアルプスへの再度の挑戦です。

 ぼくが日本アルプスに登るようになったのは,大学時代にワンダーフォーゲル部(ワンゲル)に所属してからです。
 ワンダーフォーゲルは渡り鳥という意味のドイツ語です。

 山に登ることは登山部とおなじですが,岩登りと雪山はやらないと言われていました。ただし,公式行事としてはで,任意のグループで登ることは委員会の承認を条件に許されていました。しかし,ぼくは大学時代,そこまではやりませんでした。

 40代後半になって山登りを再開したわけですが,やはり雪山はやらないつもりでした。しかし,すこしずつ考えが変わってきました。

 ひとつは,100名山を踏破するなか(磐梯,妙高,九重など),あるいは,大雪山~トムラウシ縦走(大雨のため途中撤退),槍・穂(大キレット)縦走に挑戦するなかで,大きな雪渓や残雪を経験することが何度かあったことです。

 ふたつは,雪山とひとくちに言ってもさまざまなレベルがあることを知ったことや,山仲間のなかで雪山に挑戦する人がでてきたことです。こうしたことから,やってみようと思うようになりました。

 すこしずつ雪山の道具を買いそろえていきました。山道具は安くなく,雪山道具はさらに値が張ります。ピッケルは,百名山を踏破したときに,太宰府ロータリークラブからプレゼントされたものを愛用しています。

 昨年から,アルプスに挑戦するまえに武奈ヶ岳,伊吹山,霊仙山,ことしになって赤城岳,那須岳,谷川岳,武尊山,越後駒に登りました。こうしてすこしずつ難易度をあげてきました。

 たしかに,雪山とひとくちに言っても,難易度はさまざまです。時期,山域,雪の具合,トレースの有無,天候などによって,同じところでも大きな違いがあります。

 時期は,むずかしい順に,厳冬期,天候が落ち着く2月後半以降,残雪期にわかれます。山域は,厳冬期だと,北アルプス北部は文字どおり厳しいものの,八ヶ岳や東京近郊であればそうでもありません。

 降雪直後は,トレース(踏み跡)がなくルートファインディングが難しいですし(夏道は雪の下),ラッセルという力仕事も必要になります。これに対し,ゴールデンウィークぐらいになると,天候も安定し,多くの人が登るので踏み跡もあり,雪もしまっていてラッセルは不要になり,比較的容易に登れるようになります(とはいえ,昨年の乗鞍で経験したとおり,天候が崩れホワイトアウトすると急に難易度があがります)。

 ということで,ことしも残雪のアルプスに挑戦しました(つづく)。

2012年9月11日火曜日

富士山by.福岡県筑紫野市の弁護士



 富士山に
 登りました。

 だいたいお客さんと話していると
 お客さん:先生,ご趣味は?

 ぼく:山歩きなど。
 お客さん:じゃ,富士山に登られましたか?

 ぼく:いいえ。
 お客さん:…。

 という展開に。
 これじゃいけないので,登りました(やや強引?)。

 それほど富士山は有名
 日本で山といえば富士山なんですねぇ。

 よくクイズ番組で
 日本で一番高い山は富士山,では2番は?

 …
 ふつうの回答者は答えにつまります。

 みなさんはごぞんじですか?
 答えは,北岳(@南アルプス)。

 ちなみに,3番は
 奥穂高岳(@北アルプス)です。

 穂高のほうがやや知名度はあるでしょうか。
 北岳は知らない人がほとんどでしょう。

 なぜにこれほど
 富士山は有名なのでしょう?

 高さは,北岳3,193m,奥穂3,190mに対し
 富士山3,776mと500m以上高い。

 しかしこれはおそらく
 富士山が有名な理由ではないでしょう。

 山の高さの感じは相対的で
 近くで見るか遠くで見るかで感じが違います。

 やはり富士山が独立峰で
 どこからでも見えることがおおきいでしょう。

 それに
 シンメトリーな美しい姿をしていることも。

 さらに
 人間の思考経済もあると思います。

 ランキングのトップは誰でも覚えるけれど
 2位以下はなんだっけ?というやつです。

 というようなことを深く考えたわけでもなく
 正直,ただ登りたくなったから登りました。

 混雑を避けるため
 9月,須走ルートを日帰りしました。

 富士山にはおおきく4つの登山ルートが
 北~東~南にかけて開かれています。

 吉田ルートや富士宮ルートは
 登りやすいかわり人がおおいらしい。

 須走ルートのコースタイムは
 登り7時間40分,下り4時間,合計11時間40分。

 登山口は5合目で標高2,000m
 富士山頂3,776mとの標高差1,776mの登り・下りです。

 日帰りするには,早朝出発が不可欠。
 午前3時半に登山口を出発。

 もちろん真っ暗
 でも満天の星がきれい。

 登るにつれて空が白み
 やがて朱にそまっていきます。

 6~7合目あたりで
 荘厳なご来光。

 来て良かった!
 (つづく)

                     弁護士 浦田秀徳
 

2012年8月8日水曜日

シコタンソウby.福岡県筑紫野市の弁護士



 シコタンソウ(色丹草)
 ユキノシタの仲間の多年草。

 北アルプス槍ヶ岳の肩から山頂をめざす
 厳しい岩場にけなげに咲いていました。

 色丹は,あの北方4島の1つ
 色丹島のこと。

 この花の命名者は白山に登らないで
 色丹島へ行ったみたい。

 高山植物には,他にもウルップソウなど
 北方諸島の名を冠したものがあります。

 高山の気候とこれら北方諸島の自然環境が
 おなじことによるものでしょう。

 ではそのタネはどうしたのか?
 渡り鳥がはこんできたのか?

 この点は,氷河期に本州に分布していたものが
 高山帯で生き残ったと考えられています。

 地球大紀行ですね。
 何万年も高山帯で生きのびてきたわけです。

 そんなことにはわれ関せずというふうに
 花に,黄と赤の斑があるのが可愛委い。

 花言葉は
 愛らしい告白。

                        弁護士 浦田秀徳