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2024年1月26日金曜日

奈良大宮ロータリークラブ45周年(2)

 

(手前がマリオットホテル、左奥がコンベンションセンター)



 集合場所からタクシーに分乗して、45年式典・祝賀会の会場へ。式典の会場は奈良県コンベンションセンター、祝賀会の会場はそのお隣のマリオットホテル。どちらもコロナ期間中、市役所前にあらたに建設されたもの。

奈良市長、奈良県知事をはじめ県下ロータリアンも多数臨席され、にぎにぎしく華やかにとりおこなわれた。

奈良大宮ロータリークラブはわが太宰府ロータリークラブよりやや後輩である。だが、東大寺や奈良ホテルなどの会員を擁し、社会奉仕活動も活発である。見習うべき点が多くあると感じた。

祝賀会は会長みずからギターをひきビートルズナンバーを熱唱されるなど、あたたかな雰囲気につつまれた。

2023年11月8日水曜日

朋有り、遠方より来る

 


 ワンゲルOB会からOBつながりな話題2つ。きのうはゆかりのある人たちが訪ねてきてくれた。

 まず前半戦。太宰府ロータリークラブにスウェーデンからカリンさんと母上が訪ねてきてくれた。2001-2002年の交換留学生。筑陽学園で学び、母国へ帰ってからはテレビ局で働き、いまは放送作家をされているという。

20年前の留学であり、その後2児を子育て中とのことであるが、まったくそのことを感じさせない。日本語はなめらかだし、はつらつとしていらっしゃる。なつかしい時間が流れた。

 つぎは後半戦。故落合弁護士のご家族がご家族で訪ねてきてくださった。配偶者と男児、女児の4人連れである。

落合くんは、わが事務所の新進気鋭の若手、希望の星であったが若くして亡くなられた。ちょうど裁判員裁判導入期、あまたいる福岡県弁護士会会員のなかで、なんと第1号事件と第3号事件をひきあてた(比喩である。)。なんという引きの強さ。

弁護士は時代から呼ばれるところがある。弁護士になったときに社会的課題となっていた事件に飛び込んでいき、それを解決することにより社会に貢献していく。落合くんのばあい、まさに裁判員裁判がそれだった。

他人に対してプレゼンすることが好きでもあったようだ。結婚式ではとても巧みに自己プレゼンをしていたように思う。

その後も、落合くんがいてくれたらなぁと思う場面はすくなくない。数々の活躍が期待されたのである。

他の事務所の詳細は知らない。が、わが事務所はOG、OBが比較的たくさん訪ねてきてくれる事務所だと思う。たいへんうれしい。

訪ねてくるほうはハードルがたかいだろうに、そこを越えてきてくれるところがなおさらうれしい。それでも彼女ら、彼らはいちどはともに働いてきたメンバーたちである。

落合くんのご家族のばあい、当事務所は初訪問であった。さぞかしハードルが高かったことだろう。でも子どもさんたちに落合くんの職場をいちどは見せておきたいという気持ちがまさったのだろう。

旧交をあたためることができた。欧州旅行や収集癖の思い出話をしたり、落合くんの知られざる一面をあらためて知ることもできた。楽しいひとときであった。再会を約した。

2022年3月28日月曜日

第26回九博デー


  土曜は第26回九博デー。九博は国立九州博物館の略称。デーの開催は26年前、東京、京都、奈良についで太宰府に4番目の国立博物館ができることが決まったことを記念して。

NPO法人国立九州博物館を愛する会の主催。太宰府ロータリークラブ共催。当クラブ45周年記念事業を兼ねて。

国立博物館なんて、ほっておいても設立・運営されているものだと誤解しがち。でもそうではない。たくさんのボランティアのかたがたの不断の努力に支えられている。あらためて頭がさがる。

わが事務所も地域に根ざす事務所として、このような活動にできるだけ関わりをもち、できるだけ支援していきたい。

無情にも天気予報は春の嵐、豪雨・強風注意報ということで最悪。特別展も天台宗・最澄が終わったばかり。北斎展までには間があり。客足が心配された。が、雨は午前中であがり、薄日が差す天候に。

メインイベントは筑紫野市在住の八尋さんが主催する「聚」さんによる津軽三味線の演奏。長く厳しい冬を耐え忍び春を待つようすが今日の状況にぴったり。

演奏終了後には博物館横にある「雲海桜」へ。窪地をめぐるように多種類の桜が植樹されている。ちょうど見ごろ。クラブが植樹したばかりの株を囲んで記念撮影。帰りには参道で梅ヶ枝餅を買って帰った。うまし。

2022年3月16日水曜日

ロータリークラブ有志による所長就任祝い


  昨夕は、太宰府ロータリークラブ有志で、ちくし法律事務所の所長就任祝いをしていただいた。ありがたい。

場所は春日原の千太(せんた)。天神の千太が閉店した際、暖簾(のれん)を譲り受けたという。

むかし、いまのソラリアのあるあたり、スポーツセンターがあった。相撲やプロレスを興行し、アイススケートなどを楽しむことができた。

その周りに店ができ、天神センター街。名画座もあり、センターシネマ。割烹料理屋が千太(せんた)だった。

ちくし法律事務所のセンター就任を祝うので、千太というわけだろうか。

ロータリークラブは1905年アメリカはシカゴで結成。シカゴは当時全米第2位の大都会に発展。映画『アンタッチャブル』でかいまみられるように、商業道徳が頽廃しギャングがはびこるような街だった。

結成の音頭をとったのはポール・ハリスという弁護士。彼は田舎から都会にでてきたものの、友だちもいなくて寂しい思いをしていた。

そうしたなか、自分たちだけはまっとうな商売をし、仲よくしようと集まったのがロータリークラブのはじまりである。

その後、職業を通じて社会や青少年、そして国際平和に奉仕する世界的な奉仕団体に成長した。

仲良くしようという親睦目的は重視され、今回の就任祝いにつながっている。いままで面と向かって言われたことはなかった人からも、たくさん誉めてもらい、気持ちのよい一夜をすごすことができた。

みなさんから5年分くらい誉めてもらえたので、すくなくともあと5年は頑張れそうな気がする。こんごとも弁護士業を通じて社会に貢献していきたい。

2018年5月22日火曜日

 ロータリークラブ地区大会@宗像ユリックス


 
 5月19,20日は,ロータリークラブの地区大会でした。

 地区代表である安増惇夫ガバナーを擁立している宗像ロータリークラブのお世話で,宗像ユリックスにおいて開催されました。

 地区大会は,ロータリークラブの最新情報や地区の情況を学び,他クラブのメンバーと交流をはかることを目的に開催されます。その年度のしめくくりともいえる重要な行事です。

 地区の奉仕活動の報告などがおこなわれるほか,記念講演,特別講演がおこなわれます。

 1日目におこなわれた記念講演は,京都仁和寺の門跡である立部祐道氏による「つれづれなるままに」。つれづれなるままに・・は,ご承知のとおり,兼好法師による徒然草のくだりです。

 仁和寺は宇多天皇が出家後に住まわれてできたお寺です。御室という呼び名はそこからきています。宇多天皇は菅原道真公を抜擢された方ですから,太宰府とも密接なご縁があります。宇多天皇が初代の門跡,立部氏が50世の門跡だそう。

 仁和寺の南に双が岡があり,兼好法師はその麓に住んでいたとか。そのせいもあり,徒然草には仁和寺のお坊さんに関する逸話がいくつか含まれています。われわれも中学生のころ習いました。

 仁和寺にある法師,年寄るまで石清水を拝まざりければ心浮くおぼえて徒より詣でけり云々。つまり,仁和寺のお坊さんが初めて1人で石清水八幡宮を参拝したときの逸話です。

 石清水八幡宮は,京都と大阪の境,大山崎にあります。新幹線で新大阪を出発し,まもなく京都というころ,左右両側から山がせまってくるところがあります。

 その左側の山は,羽柴秀吉と明智光秀が天下分け目のたたかいをおこなった天王山です。麓にはサントリーの工場があり,山崎ウイスキーをつくっています。

 右側の山が男山で,その山頂に石清水八幡宮の本殿があります。仁和寺のお坊さんは,初めてのことで要領をえなかったことから,ふもとにあった社殿にお参りをして帰ってしまいます。

 寺に帰ってその旨報告をすると,本殿は山のうえなのに~という話です。むすびは「先達はあらまほしきことなり」。旅行に行くならガイドさん,学ぶなら指導者,なにごとにも先輩は必要ですねというオチ。

 そのような仁和寺にまつわる話などを飄逸に話していただきました。
 さて,なぜ,仁和寺の門跡氏がお話することになったのでしょうか?

 宗像大社の東に鎮国寺があります。立部氏の前職は同寺の住職,同寺真言宗仁和寺派の末寺にあたる関係のようです。立部氏は宗像ロータリークラブの名誉会員ということもあり,本講演をされたようです。

 2日目の特別講演は,百田尚樹氏による「日本人の誇り」。百田氏は,放送作家,小説家で,本屋大賞を受賞した『海賊と呼ばれた男』の著者です。

 同著は,出光興産の創業者・出光佐三氏の話。出光佐三氏は宗像出身だそう。これまた宗像ゆかりということでの特別講演でした。

 ことほどさように,地区大会のすべての企画に,安増ガバナー,宗像ロータリーのメンバーの考えが貫かれた大会でした。たいへん感銘を受けました。

2018年3月5日月曜日

曲水の宴・参宴


 きのうは太宰府天満宮で「曲水の宴」でした。
 太宰府ロータリークラブの会長としてご招待を受けました。

 前日の午前中くらいまで雨予報,それが午後くらいから急遽,晴予報に。さすが天神さま,天気を左右することはお得意なのでしょう。

 汗ばむくらいの陽気のなか,まずは衣冠束帯の着付けから。
 十二単がたいへんだとはよく聞きますが,衣冠束帯の着付けもなかなかに。いちど着たら手洗いに行けないとのことで,参宴もさることながらそちらのほうが気になりました。

 着替え終えたころ,松本幸四郎さんが参宴されることが判明。
 いつもというわけではなさそうで,ラッキーでした。

 社務所を出発,裏道から参道にでて,太鼓橋から本殿参拝。それから文書館,曲水の庭へ。
 あちこちで高麗屋!のかけ声と女性たちの熱い視線が。

 曲水の宴の由来や作法などは他の機会に。
 自作の和歌を詠み上げていただくときはドキドキでした。

 非常に貴重な体験,よい思い出になりました。
 いろいろとご援助いただいた皆さま,ありがとうございました。

 せっかくだから,和歌のご紹介

 被災地の復興を祈念して

   遥けくも飛びきたるとふ梅の花
       匂ひおこせよ被災の地まで


 (春3月11日がまためぐってくるけれども,
被災地の復興はいまだ道遠いようだ。
  遥か遠く都から太宰府へ,そして千年の時を超えてきているという飛び梅の花よ,その超自然的なパワーでもって,東北,熊本・大分,福岡,台湾などの被災地まで,花を咲かせ,匂ひおこせよ,
そうして匂ひやかな故郷がふたたび興りますように。)

            平成30年3月4日・曲水の宴にて
太宰府ロータリークラブ会長  浦田 秀徳

2017年12月13日水曜日

太宰府ロータリークラブ,2017年忘年家族懇親会


 昨日は,太宰府ロータリークラブの2017年忘年家族懇親会でした。西鉄グランドホテル2Fプレジールにて,18時30分から。

 ロータリークラブの役職は単年度制なので,会長として最初で最後の忘年家族懇親会です。

 インターアクトクラブの顧問の先生がた,米山奨学生のほか,会員の家族をお招きしました。それで,忘年「家族」懇親会です。

 以前,ある女性のお客さまが当クラブで講演された際,男性会員ばかりだったので,男社会ですねぇとおっしゃったことがありました。私もずっとそうなのかと思ってきました。

 ところが,先日考えをあらためることがありました。次年度の役員をお願いする際に,会員の事業所を訪問しました。どの会員も立派な経営者なのですが,妻の承諾がないと承けられないと回答されるのです。わがクラブのメンバーにおいては,配偶者の意向を無視して活動ができないことを痛感しました。

 ということを会長あいさつで話しました。が,あまりウケませんでした。みなさんにとって,あまりに当たり前のことでオチが分からなかったか,あまりに恐ろしい論点で触れられたくなかったのか・・。

 ま,会長としてのお仕事もあと半年です。最後まで大過なくやりとげたいと思います。

2017年11月20日月曜日

ウガンダの子どもたちに,きれいな水を(太宰府ロータリークラブ)



 私が所属している太宰府ロータリークラブは,いわゆる筑紫地区(太宰府市,筑紫野市,大野城市,春日市,那珂川町)に根ざして活動している奉仕団体です。

 http://dazaifu-rc.jp/

 ロータリー財団というのがあり,毎年,一定額以上を寄付しています。近年,地区補助金制度ができ,わがクラブでも,これを利用して知的障害者バンド「ピュア・ハート」や,災害時等における障害者の避難所「にぎわい食堂」を支援してきました。

 ことしは地域を離れて,ウガンダに井戸を掘る事業を支援しました。ウガンダでは飲み水へアクセスできる環境が厳しく,遠く離れた場所へポリタンクを抱えて水を汲みにいきます。その役割をになうのは,ほとんどが子どもです。汲んできた水も衛生状態が悪く,その水があらゆる病気をひきおこしています。このような劣悪な状況に対し,安全な生活用水を確保するため,資金を提供して井戸を掘ろうという事業です。地元春日にあるNPO法人福岡ウガンダ友好協会と協力しておこないました。われわれの支援した井戸がウガンダの子どもたちに健康と笑顔をもたらしてほしいと願っています。

                            H.U.

2012年2月23日木曜日

一足はやい春



 先日,ロータリークラブのメンバーで
 台湾を訪問しました。

 フォルモサ(麗しの島)と呼ばれるだけあって
 麗しい景色を堪能しました。

 ほぼ中央部を北回帰線がとおり
 つまり夏至には太陽が真上にきます。

 そのため北回帰線より北部が亜熱帯
 南部が熱帯に属しています。

 すでにサクラだけでなく
 ツツジも咲き,春たけなわでした。

2011年6月1日水曜日

 ティーチ・フォー・アメリカ



 ひきつづきNPO法人のはなし
 共時性なのか感心が向くと話題のほうが寄ってきますね。

 昨日は太宰府ロータリークラブの例会(@大丸別荘)で
 夜須高原でおこなわれたライラセミナー報告がありました。

 ライラはロータリー青少年指導者要請プログラム
 (Rotary Youth Leadership Awards)の略RYLAのこと。

 テーマは「リーダーシップとは」で、小山田浩定氏
 (次期地区代表)が講演された由。そのなかでのお話。

 日本の一流大学の卒業生の人気ランキング上位は大企業
 だけれどもアメリカではティーチ・フォー・アメリカ(TFA)だとか。

 うかつなことに、この話題を知らなかったのですが
 TFAはニューヨークに本部を置く教育NPO。

 アメリカ国内の一流大学の卒業生を2年間、十分な教育が
 なされてこなかった地域に派遣する活動を実施。

 「いつか、すべての子供たちに」教育を
 という理念です。

 2010年には全米文系学生・就職先人気ランキングで
 GoogleやAppleをおさえて1位に。

 行政が解決してこなかった地域や社会の公的な課題を
 見事に解決しているわけで、まさしくNPOの面目躍如です。

 1989年にプリンストン大学のウェンディ・コップが
 卒業論文において論じたアイデアがその出発点だそう。

 これも映画「フェイスブック」でM・ザッカーバーグが
 企業した経緯とダブります。

 日本でも若い優秀な頭脳が一流企業に就職することばかりではなく
 このようなパイオニア分野に向けられることを期待したいものです。

 …というと、「近ごろの若いモンは」という話なので、そうではなく
 われわれ大人がそのような社会環境を整えていく必要がありますね。
 

2011年4月25日月曜日

 シャクナゲ@宝満山 


 宝満山のシャクナゲがそろそろ見ごろ。
 一の鳥居ふきんなので、それほど登る必要はありません。
 
 竈門神社の左手を下りた登山口から
 しばらくの登りです(30分程度)。

 太宰府ロータリークラブでは毎年3月
 シャクナゲの植樹をおこなっています。

 竈門神社と宝満山を愛する登山者のみなさま
 とともに。

 自分たちの植えた樹が花をつけると
 とても幸せな気持ちになれます。

 毎年3月20日ころですので
 みなさまも参加してみませんか。

 漢名は石楠花。石南花→シャク・ナン・ゲが訛ったとか。
 ただし、石南花は別種で誤解だというのだから、ややこしい。
 
 シャクナゲの花言葉は
 「威厳」「荘厳」「警戒」「危険」。

 「威厳」「荘厳」は
 花の気品から来ているのか、それとも…。
 
 学名はRhododendron metternichii
 Rhododendronはツツジ属のことだから、メッテルニヒのツツジ。

 学名のとおりツツジの仲間
 ツツジはrhodon(バラ)の dendron(樹木)が語源。

 メッテルニヒはウイーン体制時代の政治家・宰相
 「会議は踊る」で有名。

 それにしてもなぜ
 日本の植物の名前に宰相メッテルニヒなのか?
 
 それは江戸時代の後期に来日したシーボルトが
 日本の植物標本を多数もちかえり、献じたためだとか。

 その他、シーボルトにちなむ
 学名も多い。 

 シャクナゲは常緑低木で、山中でもよく見かけます。
 犬ケ岳、三郡山、天拝山など。
  
 ネモトシャクナゲは、福島県の県花
 百名山である吾妻山、安達太良山に群生しています。

 花言葉の「警戒」「危険」は、別に地震を予見したわけではなく
 葉にケイレン毒を含む有毒植物だからだと思います。

 やはりきれいな花には
 毒があるのですねぇ。
 

2011年4月7日木曜日

 歩かんね太宰府


 太宰府ロータリークラブの山歩き会で
 太宰府路を散策しました。

 ご案内は、「歩かんね太宰府」の
 冨永敦夫さんと杢尾幹雄さん。

 クラブの卓話を冨永さんにしていただいたご縁で
 こんかいの運びとなりました。

 コースは、観世音寺駐車場(集合)→宝蔵→講堂→戒壇院→学校院跡
 →冨永朝堂アトリエ→三十三茶屋(昼食)→太宰府政庁(都府楼)跡
  
 解説者も参加者も達者で、季節も最高
 いつもとちょっとちがう太宰府路に出会うことができました。
 

2011年3月7日月曜日

 雨のなか、曲水の宴



 3月5日(日)太宰府天満宮で曲水の宴でした。

 太宰府ロータリークラブで在福の留学生をご招待する行事として
 われわれも参加しました。

 国際交流をはかる趣旨で、アジアはもちろん
 カナダ、ベルギー、メキシコなどの留学生も参加されました。

 宴は毎年、梅花さきほこる曲水の庭でおこなわれます。

 庭には小川がつくられていて、流れてくる盃が通りすぎないうちに
 詩歌をつくり盃を戴く雅な祭事。

 起源は中国「秦」時代とされ、清らかな水の流れに盃を流して
 禊祓(けがれをはらう)の儀式として行われたのが始まりだとか。

 和歌のみならず、舞、雅楽、琴、朗詠など
 和風文化の総合芸術の趣があります。

 今年はあいにくの雨にたたられ、文書館にて催行。
 室内でおこなうのは48年の歴史ではじめてだとか。

 1700年前に起源をもつ行事ながら
 歴史のなかでの変容もあります。

 姫役はかつてはミス福岡がされていましたが
 男女共同参画社会のいまは親善大使と名を変えています。

 気になるのは歌の出来栄え
 その場でつくっているのでしょうか?

 小倉百人一首のなかの赤染衛門の和歌

   やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて

             かたぶくまでの 月を見しかな
 
 赤染衛門の姉妹のもとに通っていた藤原道隆(中宮定子の父)
 が訪れなかったため代作した歌とされています。

 平安時代から代作OKの世界なら
 現代日本でも推して知るべきでしょうか?

 京大入試の代作問題の行方が気になるところです。