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2011年7月14日木曜日

 宝満山の風景



 きのうのつづきです。山頂から北西に
 宇美町・志免町方面、博多湾を臨んでいます。

 博多湾の中央に浮かんでいるのが志賀島
 その右側に延びているのが海の中道。

 志賀島の左奥に浮かんでいるのが玄海島
 左手前が能古島。

 その奥は糸島方面が
 見えています。

 左下の屋根は竈門神社の上宮
 屋根から中央部にかけての緑の固まりが四王寺山(大野城)です。

 四王寺山の向こう側が春日市、福岡市
 拡大すると、志賀島と能古島の下あたりに空港が見えています。

 その左側にはさらに、福岡タワー、ドーム、シーホークなども
 見えています。わかりますか?

 歴史で習ったとおり、大野城・水城が築かれたのは
 白村江の戦い(663)に日本が敗れてから。

 太宰府側の防衛線として水城が築かれたというけれども
 粕屋・宇美側の防衛線はどうなってたんだろうと思います。

 平安時代、最澄が渡唐する(804)まえにも
 宝満山にこもって修行をしたといいます。

 彼らもおなじ風景をみたのでしょうか。
 

2011年7月13日水曜日

 梅雨明けの宝満山



          (山頂から筑後平野、不知火海方面を臨む)

 梅雨明けの宝満山に登りました。
 暑い…。

 西鉄太宰府駅から天満宮、大石茶屋を抜けて
 竈門神社にたどりついたときにはもう汗だく。

 一の鳥居あたりでもう休憩
 冬場では考えられない疲労状態です。

 三合目の水場をすぎ
 五合目ではもう日和りそうになりました。

 でも、この時期、常連さん、ご家族づれのほか
 やはり女性の登山者が元気です。

 何割かはアルプスをめざしての
 体力づくりのようです。

 私もそのクチですが
 こんな体たらくで登れるのかしら?

 山頂では夏雲が元気で
 涼やかな風が吹きすぎていきました。
 

2011年6月10日金曜日

 芭蕉句碑ー宝満山の石碑



 宝満山を竈戸神社側から登り、7合目(「閼伽の井」「西院谷」)を過ぎ
 しばらくいくと、右上に、石碑があります。

 中宮跡まで行ってしまうと、見過ごしたことになります。
 戻るか帰りに見るか、思案のしどころでしょう。

 石碑には芭蕉の句

   世の人の みつけぬ花や 軒の栗

 「奥の細道」のなかの句です。
 芭蕉一行は白河の関を越え、福島県須賀川の宿

  この宿のかたはらに、大きなる栗の木陰を頼みて、世をいとふ僧あり。
  橡拾ふ深山もかくやと閑かにおぼえられて、ものに書き付けはべる、

  その詞、
 
   栗という文字は、西の木と書きて、西方浄土に便りありと、
   行基菩薩の一生 杖にも柱にもこの木を用ゐたまふとかや。

   世の人の みつけぬ花や 軒の栗

 というくだり。
 なぜ、この句が宝満山のこの場所に?

 不明ですが、宝満山がそのころ修験道の山であり
 精神的・気分的に芭蕉の句と相通じあうものがあったからでしょうか。

 なお「橡(トチ)拾ふ深山」は
 西行法師のつぎの歌より。

   山深み 岩にしただる 水溜めむ
          
           かつがつ落つる 橡拾ふほど

 これには閑かさだけでなく、橡(トチ)と栗の実の連想によるところも
 ありましょうか。

2011年4月25日月曜日

 シャクナゲ@宝満山 


 宝満山のシャクナゲがそろそろ見ごろ。
 一の鳥居ふきんなので、それほど登る必要はありません。
 
 竈門神社の左手を下りた登山口から
 しばらくの登りです(30分程度)。

 太宰府ロータリークラブでは毎年3月
 シャクナゲの植樹をおこなっています。

 竈門神社と宝満山を愛する登山者のみなさま
 とともに。

 自分たちの植えた樹が花をつけると
 とても幸せな気持ちになれます。

 毎年3月20日ころですので
 みなさまも参加してみませんか。

 漢名は石楠花。石南花→シャク・ナン・ゲが訛ったとか。
 ただし、石南花は別種で誤解だというのだから、ややこしい。
 
 シャクナゲの花言葉は
 「威厳」「荘厳」「警戒」「危険」。

 「威厳」「荘厳」は
 花の気品から来ているのか、それとも…。
 
 学名はRhododendron metternichii
 Rhododendronはツツジ属のことだから、メッテルニヒのツツジ。

 学名のとおりツツジの仲間
 ツツジはrhodon(バラ)の dendron(樹木)が語源。

 メッテルニヒはウイーン体制時代の政治家・宰相
 「会議は踊る」で有名。

 それにしてもなぜ
 日本の植物の名前に宰相メッテルニヒなのか?
 
 それは江戸時代の後期に来日したシーボルトが
 日本の植物標本を多数もちかえり、献じたためだとか。

 その他、シーボルトにちなむ
 学名も多い。 

 シャクナゲは常緑低木で、山中でもよく見かけます。
 犬ケ岳、三郡山、天拝山など。
  
 ネモトシャクナゲは、福島県の県花
 百名山である吾妻山、安達太良山に群生しています。

 花言葉の「警戒」「危険」は、別に地震を予見したわけではなく
 葉にケイレン毒を含む有毒植物だからだと思います。

 やはりきれいな花には
 毒があるのですねぇ。
 

2010年11月6日土曜日

 竈戸神社~宝満の祈り~



 地域事務所交流会@筑紫のプレ企画は
 ①筑紫路歴史散策(都府楼址~太宰府天満宮)
 ②筑紫路バスツアー(大野城、奴国遺跡など)
 ③宝満登山
 のなかからのチョイス。

 私の担当は③宝満登山のツアーガイドでした。
 迫田登紀子弁護士といっしょに11名様のご案内。

 西鉄太宰府駅に集合、タクシーで善導寺バス停まで。
 堤谷→百日絶食碑→紅葉谷→金の水→釣舟岩
 →キャンプ場(昼食)→山頂→中宮址→竈戸神社のコース。

 宝満山中には
 玉依姫命(タマヨリヒメ)が居わします。
 
 私はまだお会いしたことがないものの
 目撃証言と物証があります。

 山頂手前の「馬蹄石」
 「玉姫降神すれば即ち山谷鳴りて震動す。
 心蓮座に登れば即ち天華飛びて繽粉たり。」
 
 天武天皇白鳳2年(673)2月10日の辰の刻
 法相宗の僧で、宝満山の開山である心蓮上人が
 山に篭り樒閼伽の水を持って修行していたところ
 俄かに山谷が震動し何ともいえない香りが漂い
 忽然と貴婦人が現れ
 「我は玉依姫なり
 現国を守り民を鎮護するためこの山中に居ること年久し」
 と告げたとかと思うとたちまち雲霧がおこり
 貴婦人は姿を変じて金剛神となり
 九頭の龍馬に駕して飛行した…。
 
 その龍馬のひずめの跡が
 「馬蹄石」の上のくぼみ、だとか。

 法律事務所の集まりですから
 日ごろデスクワークばかりのところ
 みなさんとても元気でした。

 とくに貴婦人がたの元気なこと
 昔も今もかわりありません
 龍馬でさえ尻にしかれる勢いですから。

 ゴールの竈戸神社は
 玉依姫命が主祭神のためか
 縁結びの神様として有名。 

 20代の女性弁護士が
 縁結びおみくじを真剣にひいていました。

 おみくじというと
 「奥山に紅葉ふみわけなく鹿の
          雲居にまごう沖つ白波」
 みたいな歌が書いてあって
 山男と結婚するもよし
 鹿男と結婚するもよし
 パイロットと結婚するもよし
 海猿と結婚するもよし…
 と、ゆるキャラ?なのがふつう。

 でも竈戸神社の縁結びおみくじはちがいます。
 そんな当たったのか当たらなかったのか
 わからないような代物ではありません。

 ①年齢は5つ上か2つ下
 ②干支はイノシシかトリ
 ③星座は水瓶座か蟹座
 ④血液型はAかO
 ⑤近くにいます
 というふうに要件を列挙しています。

 彼女の年齢は2×歳ですから
 ①②の要件を充たすのは2歳下のイノシシ男しかありえません。
 さらに③~⑤の要件をしぼっていくと一人の男にいきつくか
 誰もいないか明瞭になります。

 これはおみくじとしては
 かなりの自信というか冒険というか。

 ゆるキャラ型とオンリーワン型に分類すれば
 まごうかたなきオンリーワン型おみくじ。

 法律論は、要件→効果からできていて
 ①~⑤の要件が揃ったときは→相手に対して金500万円請求できる
 という構成になっています。

 権利を行使する側からすれば要件というのはハードル。
 ハードルがおおいほど権利行使(勝訴)が困難になります。

 法律相談はいっぱんに
 相談者の主張内容がこの要件をすべて充たすかどうか
 の吟味に費やされます。

 全部の要件が
 完璧な証拠で裏付けられている!
 という案件は100%ありません。

 かぎられた証拠をもとに
 勝てるのかどうか
 将来予測はなかなかに難しい。

 私どもとしては
 「法律が要求する①~⑤の要件について
 あなたが主張する事実が存在すると裁判所が認めれば
 勝てますよ」
 と慎重ないいまわしで
 回答をすることになります。

 それでも前提がとんでしまって
 「勝てますよ」というところしか
 聞いていない、あるいは覚えていない
 方がほとんど
 裁判に負けると苦労することになります。

 このような経験に照らし
 竈戸神社の縁結びおみくじは
 いっそ潔いと思います。