基本的人権の擁護が弁護士の使命だとしても、八百屋で果物を買うようによりどりみどりに事件を選ぶというわけにはいかない。
いまの日本にはロシアほど人権侵害が多発しているわけではないだろうけれども、暗数は相当ある。すべてに光をあてるべきだろうけれども、多年にわたる膨大な労力を考えるとすべてをすくい上げるというわけにもいかない。
それぞれの弁護士が弁護士になった地域や時期、そして所属することになった事務所や人脈によっても左右される。
福岡は人権侵害の宝庫と呼ばれていた。炭鉱事故事件、カネミ油症事件、サリドマイド事件、スモン事件、空港騒音訴訟、じんぱい訴訟等、日本の裁判所で争われた大規模な被害救済事件のほとんどが福岡で(も)たたかわれたからである。
そういった経験の蓄積もあり、福岡の弁護士は解決力が高い。何年も前に福岡では解決をみた事件を他地域では長々と争っていたりする。
それぞれの弁護士が弁護士になった時期も大きい。どうしてもその時期に世間を騒がせていた事件、解決が望まれていた事件に飛び込んでいくことになる。
ある先輩はカネミ油症事件に取り組むことになった。カネミ油症事件は、一審で勝利し、約27億円の仮払金を得た。しかし、二審で敗訴したため、最高裁が提示した低額和解を受け入れざるを得なかった。仮払金は原告被害者に分配されていたため、先輩はその返還交渉を担当した。これはつらい。
当職の場合、南九州税理士会事件に参画することになった。事務所所長である稲村晴夫弁護士の先輩であった馬奈木昭雄弁護士のお声がかりである。弁護士になる直前、1審判決がでて、勝訴していた。
南九州税理士会は、政治連盟に政治献金するため、会員から特別会費を強制徴収することを決めた。税理士会は、大型間接税(いまでいう消費税。逆進性が強い。)を導入する(税理士の仕事が増える)ため、政治連盟を通じて与党政治家に政治献金をおこなっていた。
ときあたかもロッキード事件の金権腐敗を世論がきびしく批判していた。牛島昭三税理士は、特別会費の納入を拒否。税理士会は同税理士の選挙権・被選挙権を停止処分にした。
牛島税理士は、特別会費の納入義務の無効確認等を求めて裁判を提起した。一審熊本地裁は牛島税理士の請求を認めた。
その二審の舞台は福岡高裁である。われわれはそのたたかいに参画したのである。途中から事務局長の大役を仰せつかった。・・・中略。しかしながら、われわれは福岡高裁で敗訴した。
・・・中略。われわれは最高裁で勝訴した。最高裁は、税理士会が牛島税理士に対し特別会費の納入を強制することは同人の思想・信条の自由を侵害し許されないとした。
団体の政治献金の可否に関する最高裁判決には、八幡製鉄事件がある。八幡製鉄が政治献金をしても問題ないという。企業が政治献金するのは、ワイロ性が高い。しかし最高裁はこれを認めた。
同じように税理士会が政治献金をすることについて、最高裁が許容する余地はあった。しかし、強制加入団体が政治献金資金を強制徴収することはいきすぎであると判断した。
思想・信条の自由という中核的な人権に関する最高裁判決であるため、有名である。憲法判例百選にも掲載され、司法試験の論文試験にも出題された。手もとの模範六法にも憲法19条の参考判例として紹介されている。
最高裁で勝利判決を受けたときには、「人類の多年にわたる自由獲得の努力」に連なることができた感激につらぬかれ、天にものぼる気持ちだった。