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2024年3月12日火曜日

曲水の宴に留学生を招く会

 



 3月の第1日曜日には、太宰府天満宮で曲水の宴が催行される。われわれ太宰府ロータリークラブはこれに留学生を招く会を毎年おこなっている。国際理解と国際親善の促進が目的。

午前中は少し雪か雨もよいだったが、天気は回復にむかった。初春の令月にして気淑く風和らぎ・・・。梅花は見ごろは過ぎていたが、まだまだ咲いていた。

ロータリークラブには3種の留学生制度がある。そのうち、高校生の交換留学生とホストファミリー、米山奨学生とカウンセラーをお招きした。ノルウェー、フィンランド、韓国、ドイツなど9か国からの学生ほか40名の参加である。

曲水の宴は、文字通り、くねくねと曲がった水路沿いに出席者が並んで座り、水路を流れてくる杯が自分のまえを通りすぎるまでに和歌を詠む行事である。

水に流すという言葉があるが、古来、水辺で禊(みそぎ)をしていた。世界遺産である大峰山に登ったときも、前日、滝ごりや護摩焚きで斎戒沐浴した。曲水の宴は、古代中国でこうした禊が発展したものだという。

東晋の時代、書の達人である王義之も蘭亭でおこなわれた曲水の宴に参加した。そして漢詩集の序文として有名な「蘭亭序」を書き残している。

日本では、日本書紀には古い記事があるようだが、確実なのは文武朝以降。奈良時代を経て平安時代にさかんにおこなわれた。天満宮でおこなわれているのは、平安時代のものの再現。女官が十二単を着、和歌を詠む。

留学生たちはNHK大河「光る君へ」をみているだろうか。みている人は、あああの時代かと理解しただろう。

平安絵巻であるから時間はのんびりと流れる。紅白歌合戦のように次から次へと歌が披露されるわけではない。朗詠もろうろうとおこなわれる。一つの和歌が終わって、つぎの和歌がはじまるまで間がある。

毎日分刻みのスケジュールに追われる留学生たちに日本文化がどこまで伝わったであろうか。少なくとも、よい気分転換になったことだろう。みな表情が和んでいる。

2021年12月16日木曜日

道明寺、道明寺天満宮、葛井寺参拝記

 




 
 古市古墳群のなかには、道明寺、道明寺天満宮、葛井寺が点在しているので、これら寺社もあわせて参拝した。

道明寺、道明寺天満宮は、天満宮とあるとおり、菅原道真公とふかいかかわりがある。道明とは道真の号である。花団とはなんの関係もない(神尾葉子の頭のなかは知らないが)。

菅原氏はもと土師氏で、葬送を職掌としていた。土師氏の家祖は野見宿禰であり(相撲の祖神でもある。太宰府天満宮に碑と力石がある。)、根拠地はこのあたりだった。近鉄道明寺駅の隣は土師ノ里駅である。

野見宿禰の野見は、陵墓に適した土地を探す意味だとか。宿禰は王の死に際し、殉死の代わりに、陵墓をかざる埴輪を考案したとされる。そのことから土師氏(埴輪をつくる人々)の姓とこの地を与えられたという。

道明寺はもと土師寺と呼ばれ、土師氏の氏寺だった。道真の叔母にあたる覚寿尼はこの寺にいた。大宰府に左遷される際、道真は同女を訪ね、別れをおしんだ。

歌舞伎、人形浄瑠璃の演目に『菅原伝授手習鑑』がある。道真が藤原時平の陰謀により大宰府に流された事件をめぐる群像劇である。博多座でも地元ものであるせいか、何度かかかっている。

そのなかでも、道真と覚寿尼が別れを惜しむシーンがでてくる。今回、道明寺を訪ねてみようと思ったのも、そのせいである。

謡曲にも『道明寺』がある。道明寺で、僧尊性が天神の使いである白太夫の神から菅公と道明寺の関係を聞き、木げん樹の実を数珠玉として与えられる話である。

同寺には道真が彫ったといわれる国宝の十一面観音があるが、この日は開帳されていなかった。残念。

天満宮も、もとは土師神社。道明寺と習合していた。大学同級生のお連れあいがこのあたりのご出身だそうだ。子どもさんが小さいときは七五三などよくお参りしていたらしい。この日も何家族かお参りしていた。

結びは葛井寺(ふじいでら)。藤井寺市の葛井寺。西国三十三所5番札所。本尊は十一面千手千眼観音、国宝である(秘仏)。

帰りは天満にある食器等ギャラリーを訪ねようと思った。が、リサーチ不足。日曜は休業日だった。上記各観音さまの拝観ともども、またの機会をうかがいたい。

2013年2月4日月曜日

人はいさ





宝満山の帰りに
天満宮に。

飛梅が
見ごろ。

よい香が
しています。

年年歳歳,花相似たり
歳歳年年,人同じからず。

先日
そう書きました。

そういえば
和歌にも似たものが。

  人はいさ 心もしらず ふるさとは
           花ぞ昔の 香ににほいける

『古今集』編纂の中心人物
紀貫之のさく。

花は毎年おなじだけれども
人の心はどうなんでしょうねぇ。