2021年9月3日金曜日

パリのほそ路

 



 (西鉄電車のなか)
A いま、なにを読んでる?
B  『われらの時代』ヘミングウェイ。
A いまごろ、なぜ?
B それは・・・

BSで『ミッドナイト・イン・パリ』という映画をやっていた。小説家になろうと悩んでいる若者がパリの街角でタイムスリップして過去へ。フィッツジェラルド夫妻、ヘミングウェイなどの小説家や、ピカソ、ダリなどの画家らと交流し、真の人生に目覚めていく。

ウッディ・アレン監督。登場人物はみな本物そっくりで(本物を知っているわけではないけれども)、セリフもおそらく彼らが発した言葉を引用したものだろう、いかにも言いそうなことばかりだ。

と、楽しんでいたらラストちかく、シェイクスピア書店がでてきた。書店はジェイムス・ジョイスの『ユリシーズ』を出版したことで知られる。いまでこそ世界一の名著であることは誰もが知るところだが、当時は発禁処分や刑事事件をおそれて誰も手を出そうとしなかった。その時代に出版したのだから、見識と勇気があったのだ。

シェイクスピア書店がでてきたので、もう一度観た。するとどうも種本はヘミングウェイの『移動祝祭日』のようだ。晩年の作だけれども、彼が若者のころパリに移住し、小説家として駆け出したころを書いたものである。

映画の若者とおなじく、ガートルード・スタインや、シェイクスピア書店のシルビア・ビーチ、スコット・フィッツジェラルドらと交流しつつ、叱咤激励されながら成長していく。

ヘミングウェイが指導を受けたのは、かれら先輩小説家・文筆家だけではない。リュクサンブール公園にあった美術館を訪れ、セザンヌの絵画からも学んでいる。

 ヘミングウェイはひたすら、セザンヌが描くように自然を描きたいと思っている。写真のようなリアリズムとは一線を画す写実。色彩と描線とモティーフの反復。半端なディティルの省略。そこから浮かび上がる”真実”の風景・・・(上記新潮文庫の訳者解説)。

短編小説が苦手である、いままであまり好きだと思ったことはない。しかしこんかい、短編小説の作法を知ることができた。

 もし作家が、自分の書いている主題を熟知しているなら、そのすべてを書く必要はない。その文章が十分な真実味を備えて書かれているなら、読者は省略された部分も強く感得できるはずである。動く氷山の威厳は、水面下に隠された八分の七の部分に存するのだ。

つまり、短編小説には全体の八分の一しか書かれていない。残りの八分の七の部分は、われわれが感得しなければならないのである。なにからなにまで説明してもらえてる、なんて幻想はいますぐ捨てろ!(笑)

ヘミングウェイがこの『移動祝祭日』のなかで日々執筆しているのが、初期短編集『われらの時代』(新潮文庫、ヘミングウェイ全短編1)だ。

かくてこのごろは、映画『ミッドナイトインパリ』『移動祝祭日』『われらの時代』を行ったり来たりしながら、パリの街を散策している。

お奨めはストリートビューを使うことだ。ガイドはヘミングウェイだから、超ぜいたく。

『移動祝祭日』は「サン・ミシェル広場の気持ちのいいカフェ」にはじまる。どのようにすれば、そこにたどりつけるのか?

まずはストリートビューを使って、セーヌ左岸パンテオンの南東にあるコントルスカルプ広場へ行こう。

かれが当時住んでいた住まいや、執筆場所としていたホテルにほどちかい。また『ミッドナイトインパリ』の若者がタイムスリップするサン・ティティエンヌ・デュ・モン教会もちかい。うらぶれた、手入れのお粗末なカフェ・デ・ザマトゥールはもう存在しないようだ。

秋風が吹き雨が降り始めた。でも歩いて行こう、ここはパリだから。

アンリ四世校と古いサン・ティティエンヌ・デュ・モン教会の前をすぎ、風の吹き渡るパンテオン広場を通り抜けてから風雨を避けて右手に折れる。

そこからようやくサン・ミシェル大通りの風のあたらない側に出たら、そこをなおも下ってクリュニー博物館の前を通り、サン・ジェルマン大通りを渡っていくと、サン・ミシェル広場の、通い慣れた、気持ちのいいカフェにたどり着く。・・・

この時節、なかなか外出もままならない。しかしパリの街散歩に出かけよう。われわれは自由だ。エピグラフにはこうある。

 もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。

1950年かれが友人に語った言葉である。しかしいまやわれわれは、若者のころパリで暮らしたことなどなくても、パリをいつでも自由に歩くことができる。ストリートビューも移動祝祭日だからだ。

※きょうの朝、エクスターンくんが出勤してくるなり報告してくれた、昨夜遅くまで『お気の毒な弁護士』を読みましたと。だれかが助言してくれたのかな(笑)。

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