みなさま明けましておめでとうございます。
2024年1月9日火曜日
初詣は室の八島(大神神社)
みなさま明けましておめでとうございます。
2023年11月7日火曜日
ワンゲルOB会 42周年?
先日は声をかけてもらったので、大学ワンゲルOB会に参加してきた。場所はくじゅう南登山口にあるキャンプ場に1泊して、翌日は牧ノ戸から中岳(九州本土最高峰)往復である。
どう数えればよいのだろう?64歳ー22歳として42周年? 中途はんぱである。そのわけは5年前にアラ還OB会をやったからだ(大学の部活だから年齢にバラつきがある。)。それから5年後だから今年になった。同期のOB会としては通算4回目と思う。
むかしは家族連れで参加した。子どもどうし楽しそうに遊んでいた。
9人の参加。クラブ内で結婚した配偶者2人を含むので、ややすくない。リタイアしたメンバーもいて働いているメンバーと半々ぐらいか。なかには自身もしくは身内が大病、あるいは大病後という。この歳になればある程度のリスクはあるだろうが、それにしても多すぎるような気がする。
日本百名山達成まであと4座というメンバーもいた。残っているのは北海道の十勝岳、トムラウシ山、北アルプスの薬師岳、黒部五郎だそうだ。来年7月に前者、8月に後者を登る予定という。なんなら一緒に登って祝ってやりたいが、いずれもそれなりの山が残ってしまっている。
その他のメンバーも1人をのぞけば、いまでも山歩きを楽しんでいるようだ。1人は前回から1度も登っておらず5年ぶりだそう。それでもさすがに足運びはしっかりしている。
とまあ、われわれのほうはここには書けないことも含め、いろいろとあった。が、山はいままでと変わらず、美しいよそおいを見せてくれた。
2023年10月10日火曜日
木曽駒ヶ岳、霧ヶ峰、乗鞍岳、美ヶ原(5)4日間で日本百名山4座
この旅はまもなく結婚予定のカップルと私の3人の旅となってしまいました。計画段階では違うメンバー構成だったのだけれど、途中で1人が参加できなくなってしまい、その代わりに1人があらたに加わった結果、こうなったのでした。
むかし同じ事務所の迫田弁護士夫婦と屋久島の宮之浦岳に登ったことがありました。そのときは3人とも若かったせいか、同じ部屋で川の字になって寝たりして、疎外感はそれほどではありませんでした。
しかし、今回はさすがに年齢も離れていますし、新婚旅行に紛れ込んだおじゃま虫か、せいぜいが同行カメラマンという感じでした。ははは。
日本百名山といえば、その選択基準が①高さ、②歴史、③品格などとされており、一座登るのに2~3日かかるのが一般です。しかし今回はそこを工夫して4日間で4座登る計画をたてました。
登ったことのある人は分かると思いますが、深田久弥の時代はともかく、いまの時代はロープウエイやビーナスラインなど道路が整備され、4日間で4座を登ることは十分に可能です。
そして天気にもめぐまれました。やはり、ひごろの行いでしょうか。みなの体力もなんとかもって、無事、4日間で4座を登ることができました。2人も大感激、大満足の様子でした。感謝、感謝。
2021年6月4日金曜日
岩手山・蔵王山の登山記
それではぼくも近況報告。といきたいところですが、きょうは13年前の話、遠況報告です。
伊達の大木戸を越して宮城県に入ると、最初の町は白石(しろいし)です。白石はおくのほそ道の旧跡としてより、蔵王山の麓の町として有名です。東北新幹線の駅名も白石蔵王駅です。
この駅は2008年9月15日にいちどだけ利用したことがあります。迫田学、迫田登紀子、石井謙一の各弁護士とともに、岩手山と蔵王山に登った帰りです。
どちらも日本百名山です。このころ百名山の踏破をめざすようになりました。百名山を踏破するには、いちどに2つ、3つの山に登っていかないと、一生のうちに登り終えることができません。とくに九州人にとってはそうです。
9月13日仙台で、薬害肝炎の全国原告団会議が開かれました。同年1月、被害回復法が制定され、政府との間でも被害回復に関する基本合意が結ばれており、仙台だけれどもなごやかな雰囲気でした。
会議を途中で抜け出し、われわれは一路北上し、秋田県の乳頭温泉を目指しました。宿のおかみさんから4時までにチェックインするようきつく言われていました。まかないの女性が近所の主婦らのアルバイトであり、遅くなると自宅の食事がつくれなくなってしまうという理由でした。
東北新幹線で盛岡を経て田沢湖駅へ、そこからタクシー。右手に秋田駒ヶ岳、左手に田沢湖、夕闇迫るなか宿につきました。5時をだいぶ回ってしまいました。
いま考えると、岩手山に登るのに、前泊を乳頭温泉にしたのは無謀。盛岡市内にすべきでした。東北の大きさを知らない者の計画です。
でも山菜料理に外湯は至福。あまりの気持ちよさに外湯のベンチで湯冷ましをしているうちにウトウトしてしまいました。
翌朝、盛岡に引き返し、そこから岩手山へ。岩手山は盛岡から見ると富士山のように見えます。
NHK朝の連ドラに「どんど晴れ」がありました。オープニングで、手前に一本桜、奥に岩手山が美しく配され、印象的でした。主演の比嘉愛未も美しく可愛かったです。深きょん休養にともなう代役も、がんばってほしい。
岩手山は名前のとおり、岩手県の百名山。岩手県と言えば『遠野物語』、座敷わらし、宮沢賢治とイートハーブ。旧新の童話、むかし話のふるさとです。
「どんどはれ」は昔話のおしまいのことば「めでたし、めでたし」とおなじ意味です。福音館の絵本にもいくつか「どんどはれ」のエンディングがあったような。「見えないものを信じる勇気と力」は、「星の王子さま」の専売特許ではありません。
われわれのコースは、馬返し登山口→不動平→薬師岳(最高峰2038m)→焼走り登山口でした。山頂から、北にはやはり百名山の八幡平、南東にはおなじく早池峰山を望むことができました。
早池峰は、遠野の北にあり、遠野物語に出てきます。たしか妖精やら精霊やらが住んでいます(八幡平、早池峰の登山記は別の機会に。あんまり脱線していると、師匠に叱られるので。)。
山頂で食べた秋田こまちのおにぎりは絶品でした。水がおいしいと米はおいしい。地元の米を地元の水で炊くとこんなにおいしいのかと感動しました(米は流通にだすと、いろんな混ぜ物をするのでおいしくないともいいます。)。
下山して盛岡駅についたのはやはり午後5時くらいだったでしょうか。蔵王温泉の宿になんどか電話して、遅参することをわびました。
ここでもわれわれは計算違いをしていました。いまのようにナビタイムで時間計算ができないし、時刻表を丹念に見る習慣もありませんでした。日本地図をざっと見て1時間もあれば行けるかなと思ったわけです。計画がズブズブ。
蔵王温泉宿に着いたのは9時ちかかったでしょうか。旅館のおかみさんがあきれ顔で迎えてくれました。でも一言のぼやきもなく、さすがのおもてなしでした(たしか蔵王四季のホテル)。
翌日はロープウエイを使って地蔵山山頂駅まで。そこから、地蔵山→熊野岳(最高峰1841m)→馬の背・御釜→刈田岳→大黒天→遠刈田温泉→白石蔵王駅というコースでした。
蔵王のシンボルといえば御釜、火山湖がエメラルドグリーンに輝いています。蔵王は宮城県と山形県の県境にあり、御釜が両県のヘソになっています。宮城県の作家・伊坂幸太郎と山形県の作家・阿部和重が競作をしたことがあります。タイトルは『キャプテンサンダーボルト』。御釜が物語のヘソになっています。ご一読を。
いちど蔵王の樹氷を見てみたいと思うのだけれども、天気が悪くていまだ果たせていません。写真は2019年3月。吹雪のなか、地蔵山の地蔵さん。さすが念力がすごくて、雪のうえに賽銭箱を浮遊させておられます。どんど晴れ~。
2021年4月23日金曜日
那須岳登山記、付・那須温泉
殺生石に近づきすぎると、ハイシンデマスになります。でもすこし下ると、おくのほそ道にでてくる那須温泉があります。ここに入ればすぐに生き返ります。
お奨めは鹿の湯。歴史は古く、開湯は1300年前、舒明天皇の時代だとか。狩野三郎行広が射損じて逃げる鹿を追って山奥に入ると、鹿が温泉で傷を癒やしていたのだとか。このエピソードにも那須野の野趣が濃厚です。
湯の温度は4つに分かれていて41~48度!私は48度には入りきれませんでした。だいたいもう湯の温度を感じないのではなかろうかという枯淡の境地、仙人のようなおじいちゃんばかりが数人入ってありました。
43度でもゆっくりゆっくり時間をかけて体をならして入り、途中で他の人が入ってきてさざ波でも立とうものなら、ふたたびハイシンデマス状態になってしまいました。
さて、トミーの投稿にあわせるため、あとさき逆になりましたが、鹿の湯からさらに坂を登った那須・茶臼岳にまずは登らなければなりません。温泉は帰りのお楽しみです。
那須岳は日本百名山です。いままでに3度登りました。3度目は2018年2月2日、雪山でした。那須岳は冬期でも雪がすくなく、雪山初心者でも登れます。
大丸というところから12本歯のアイゼンを装着して雪道を登ります。トレースはついていました。ロープウェイの山麓駅、峠の茶屋、峰の茶屋跡へ。風の通り道で、強風が吹いています。そこから稜線沿いに南下、茶臼岳山頂に到ります。山頂部はお鉢になっているので、ぐるっと一周します。帰りは来た道を戻ります。大丸まで往復約4時間のコースタイムです。
那須岳といえば、2017年3月に発生した雪崩事故が記憶にあたらしい。高校生ら8人が亡くなりました。この事故は上記の登山道とはちがうところで発生しました。登山道には雪崩が発生しそうな場所はないと思います。とはいえやはり冬山は冬山、各自お気をつけくだされ。
夏山であればロープウエイを利用して往復1時間くらいで登頂可能です。みなさまも一度どうぞ。そして、48度の高熱湯でハイシンデマス状態を体験されてください。
2011年8月23日火曜日
鳳凰三山
夜叉神峠で「マークスの山」の捜査陣とわかれて
北上すると、鳳凰三山がそびえています。
薬師岳(2780m)、観音岳(2840m)と
地蔵岳(2764m)の三山です。
これだけ仏さまが並んでいるにもかかわらず
ずっと雨にたたられました。
いや、仏さまのご利益で、雷にうたれず
増水で足止めされず、無事、下山できたと考えるべきか?
鳳凰山の由来は、深田久弥さんの「日本百名山」(新潮文庫)
によると、つぎのような伝説が。
天平宝字2年(758年)5月、剃髪して法皇となられた孝謙天皇が
夢のお告げによって、遙か東国の早川の上流奈良田に遷居された。
天平宝字8年南都に還幸して重そされたが、それまで7年間奈良田に滞在
され、その地を山城国奈良に因んで山代郡奈良田と名付けられたという。
法皇及びその従者は奈良田滞在中に芦安から北の山に登られた。即ち現在
の鳳凰山であって、それは法皇山から来たものである。
そして今も残っている北御室、南御室、御座石などの名は
その当時の名残りだと伝えられている。
2011年5月17日火曜日
雲取山(2017m)
2011年2月23日水曜日
大峰山~“癒す”聖地~
(大台ヶ原からみた大峰山系、右が吉野、左が熊野方面)
「聖地はなぜ“癒す”のか」の番組では
熊野古道を歩くことが“癒す”のにいいということでした。
熊野までの道にはもうひとつ、大峯奥駈道があります。
吉野から熊野まで大峯山系を南北に縦走しています。
その中心にあるのが大峰山
日本百名山の一つで、奈良県南部にあります。
「峯」の字は「山久しくして平らかなり。」という意味だそう
修験道の山です。
大峰山は、宗教的には山上ヶ岳(1719m)のことで
山頂に史跡「大峯山寺」があります。
他方、日本百名山としては、深田久弥さんの書いている標高からか
八経ヶ岳(1915m、別名「八剣山」)が紹介されることが一般的。
ユネスコの世界遺産に、「紀伊山地の霊場と参詣道」の文化的景観を示す
主要な構成要素として史跡「大峯山寺」、史跡「大峯奥駈道」ほかが登録。
奈良大宮ロータリークラブの山の会のみなさんが毎年9月の第1週に山行
されており、われわれも5年ほどまえからご招待をうけ参加しています。
奈良大宮クラブと太宰府クラブは姉妹クラブで、山だけでなく
ゴルフや周年行事で交流をはかっています。
奈良大宮クラブの方は本格的で、行者装束の方もおられ
参拝講をつくられているそうです。
立山などの修験者が霊山への登山を勧めて全国を廻り
各地に参拝講が作られたとか。
「先達」がリーダーをつとめ
登った回数により、小先達、中先達、大先達と資格がすすみます。
徒然草第52段で、仁和寺にある法師がひとり石清水八幡宮に参詣し
麓の下院のみを詣でるという失敗をおかし
「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」
と兼好法師があったほうがいいよといった、あの先達のことです。
うちのクラブからはK添さんが5回参加され、小先達になられたはず
私はまだ2度しか参加できていません。
ベースキャンプは、吉野郡天川村の洞川(どろかわ)温泉
百名山に登るのは、全国の温泉をめぐる旅でもあり、ほんと癒されます。
天川村は、内田康夫さんの「天河伝説殺人事件」により、一躍有名に。
洞川湧水群があり、水の郷百選にも撰ばれ、水の清浄なところ。
まずは龍泉寺で、般若心経をとなえつつ護摩焚き
その後、フンドシ1つになり、滝行、そして水行の修行。
9月といえども湧水ゆえ水温は低く寒冷
でも滝行、水行のあとはなぜか気分が清浄になりすっきりとします。
大阪は泉佐野にある犬鳴山で女性の滝行が人気だとか(TV番組)
みなさん、同じような感想を述べられていました。
ただ竜泉寺境内は女性観光客も。フンドシ姿を見られることに心を乱した
I村さんは足もとを乱してしまいました。まだまだ修行が足りません。
食後、温泉街を散策。上品にひなびていて、とても風情があります。
(温泉街特有の猥雑さがありません。)
ある店で(名前が思い出せません)、金平糖と葛湯をいただき
「陀羅尼助丸」という漢方薬(胃腸薬)のおみやげを購入。
宿は一丸旅館
酒宴が盛り上がるなか、夜は更けていきます。
(明日は早立ちなのに、大丈夫か?ぼくたち…)
2011年2月3日木曜日
今さらジロー(3)
日本百名山の一つ、北アルプスの鷲羽岳に源を発し
黒部川は一路北へ日本海をめざします。
川が削った黒部峡谷はV字谷となり
日本の秘境100選のひとつです。
途中、雲ノ平、薬師岳を迂回して黒部湖・黒四ダムに至ります。
その難工事は「黒部の太陽」として、小学校の教科書に載っていました。
立山・黒部アルペンルートがここを東西に横断し
みどころの一つですから訪れたことがあるという方もおおいでしょう。
黒部ダムからさらに西に剣、東に鹿島槍、五竜、白馬などの山塊を削って
富山湾のほうへ下ると、欅平、黒薙温泉をへて宇奈月温泉にいたります。
昭和のはじめ、この温泉場で熱いたたかいがくりひろげられ
大審院(当時の最高裁)判決が形成されました(宇奈月温泉事件)。
民法判例百選のはじめに紹介されている判例であるため
3日ぼうずの法学部生でも一度は読んだことがあるものです。
宇奈月温泉は7.5Km上流にある黒薙温泉から
引湯管を使いお湯を引いていました(いまもそう)。
引湯管は黒部峡谷の急傾斜地につくられていたところ
2坪だけ利用権を得ていない他人の土地を横切っていました。
その土地の所有者が引湯管の持ち主に、土地を高額で買い取るか
所有権に基づく妨害排除として引湯管の撤去等を求めた事件。
これに対し、大審院は
①所有権が侵害されてもこれによる損失がいうに足りないほど軽微
②撤去することが著しく困難で莫大な費用を要するような場合
③不当な利益を獲得する目的で、その除去を求めるのは
権利の濫用にほかならないと判示しました。
その妥当な結論に誰もが「うなづき」ました。
この結論を導いた法律論が権利の濫用の法理です。
戦後の民法改正のとき、権利の濫用はこれを許さない。
と明記されました(民法1条3項)。
法を適用する裁判所が判例という形で法を形成し
法をつくる国会が後追いした例です。
とはいっても、民法は基本的には権利の行使を擁護する法律ですから
権利の濫用が認められることはきわめて例外的とされています。
司法修習生時代、研修所の民事裁判のK教官が
「権利の濫用を言い出したらそちらの当事者の負けだ」
と断言されていました。
そうはいっても弁護士たるもの
権利の濫用を主張せざるをえないこともあります。
K教官はしばらく福岡地裁で部総括(部長)判事をされていましたが
もちろん、その時でさえも。
(つづきはまた明日)
2010年8月23日月曜日
晴さんと槍ヶ岳
8月19~21日、晴さんと槍ヶ岳に登りました。
晴さんは名にし負わぬ雨男。
昨年、日光の白根山と男体山に登ったものの、雨にたたられ、日光をおがめずじまいでした。
今年も心配しましたが、日ごろのおこないのせいか
徳沢園で通り雨をやりすごしたほかは、晴れました。
自然の造形、すごいです。
上高地を起点とし、梓川沿いに3時間歩いて横尾、そこから手前(西)に穂高、奥(北)に槍。
これ以外の配置は考えられません。
槍は、天をめざして鋭くそびえたち、印象的な孤高の姿は白馬からも乗鞍からも望むことができます。
それでいて四方に尾根と沢を伸ばして、北アルプスの山々とネットワークを形成し、多くの登山者をひきつけてやみません。
宗教と縁遠い身にも、ハイヤーパワーの作品かと疑いたくなります。
わが事務所も、このような頂きを目指したいものだと思います。






