2023年8月24日木曜日
不帰ノ嶮(かえらずのけん)(2)唐松岳頂上山荘にて
2021年8月10日火曜日
黒部川、那古の浦、有磯海
(黒部湖・黒部ダムより)
(那古の浦、放生津八幡宮)
(藤波、波のように花がゆれるたとえ)
(那古の浦から有磯海を臨む。向こうは能登半島・氷見)
黒部四十八が瀬とかや、数知らぬ川を渡りて、那古といふ浦に出づ。担籠の藤波は、春ならずとも、初秋のあはれ訪ふべきものをと、人に尋ぬれば、「これより五里磯伝ひして、向かうの山陰に入り、蜑の苫葺きかすかなれば、葦の一夜の宿貸すものあるまじ」と、言ひおどされて、加賀の国に入る。
早稲の香や分け入る右は有磯海(ありそうみ)
市振の関をでると越中の国、富山県。まずは黒部四十八が瀬という難所です。
黒部川は、北アルプス(飛騨山脈)の最深部・鷲羽岳に発し、3,000m級の山々の間を急流となってかけくだり、山々を削ってV字の黒部渓谷となし、途中、黒部湖・黒部ダムや宇奈月温泉を経て、富山平野に出て扇状地を形成しています。
黒部川をかけくだる水や土砂の量が膨大であることから、平野部にでてから川はしょっちゅう流れを変え、かつ、多数の川筋となっています。そこで黒部四十八が瀬と呼ばれていました。四十八あったわけではなく、たくさんの意味です。
黒部ダムは、『黒部の太陽』という石原裕次郎の映画で有名です。最近では(もう最近でもないか)中島みゆきが「地上の星」を歌ったところとして記憶に新しい。
宇奈月温泉は、民法の教科書の最初にでてきます。温泉を引く管がわずかに地所を通っていた地主がどけろと言ったことに対し権利の濫用だから許さないとした大審院(いまの最高裁)判決があります。
那古の浦は、歌枕。
港風寒く吹くらし奈呉の江に つま呼びかはし鶴さはに鳴く
万葉集の編者とされる大伴家持が越中の国司として赴任し、たくさんの名歌を詠んだ地として有名です。
あゆの風いたく吹くらしなごの海士の 釣する小舟漕ぎかくる見ゆ
石巻、金華山の段で、大伴家持が「こがね花咲く」と詠んだと紹介しましたが、あの歌はこの地で詠まれたものです。奈良時代にもニュース速報みたいなものがあったのでしょうか。
担籠は藤の名所、やはり歌枕。
担籠の浦の底さへにはふ藤波を かざして行かむ見ぬ人のため
有磯海は富山湾西部、高岡から氷見にかけての海。やはり歌枕。早稲の香やの句をどこで詠んだのか、説が分かれています。越中と加賀の国境である、倶利伽羅(くりから)峠で詠んだと解したいと思います。早稲の香からはやや時間が経ってしまいますが、そのほうが句のスケールが大きいですから。
那古の浦(新湊)へは高岡駅から万葉線株式会社・新湊港線の路面電車でトコトコ行きます。高岡の名は『詩経』の一節、「鳳凰鳴けり彼の高き岡に」から。これもスケールの大きな命名です。
高岡は高岡早紀の出身地かと思いきや、風吹ジュンの出身地でした。そして藤子・F・不二雄のふるさとでもありました。高岡駅や路面電車にはドラえもんやドラみちゃんのフィギュアやアニメがあちこちにありました。家持がやきもちを焼いているかも。
2011年2月3日木曜日
今さらジロー(3)
日本百名山の一つ、北アルプスの鷲羽岳に源を発し
黒部川は一路北へ日本海をめざします。
川が削った黒部峡谷はV字谷となり
日本の秘境100選のひとつです。
途中、雲ノ平、薬師岳を迂回して黒部湖・黒四ダムに至ります。
その難工事は「黒部の太陽」として、小学校の教科書に載っていました。
立山・黒部アルペンルートがここを東西に横断し
みどころの一つですから訪れたことがあるという方もおおいでしょう。
黒部ダムからさらに西に剣、東に鹿島槍、五竜、白馬などの山塊を削って
富山湾のほうへ下ると、欅平、黒薙温泉をへて宇奈月温泉にいたります。
昭和のはじめ、この温泉場で熱いたたかいがくりひろげられ
大審院(当時の最高裁)判決が形成されました(宇奈月温泉事件)。
民法判例百選のはじめに紹介されている判例であるため
3日ぼうずの法学部生でも一度は読んだことがあるものです。
宇奈月温泉は7.5Km上流にある黒薙温泉から
引湯管を使いお湯を引いていました(いまもそう)。
引湯管は黒部峡谷の急傾斜地につくられていたところ
2坪だけ利用権を得ていない他人の土地を横切っていました。
その土地の所有者が引湯管の持ち主に、土地を高額で買い取るか
所有権に基づく妨害排除として引湯管の撤去等を求めた事件。
これに対し、大審院は
①所有権が侵害されてもこれによる損失がいうに足りないほど軽微
②撤去することが著しく困難で莫大な費用を要するような場合
③不当な利益を獲得する目的で、その除去を求めるのは
権利の濫用にほかならないと判示しました。
その妥当な結論に誰もが「うなづき」ました。
この結論を導いた法律論が権利の濫用の法理です。
戦後の民法改正のとき、権利の濫用はこれを許さない。
と明記されました(民法1条3項)。
法を適用する裁判所が判例という形で法を形成し
法をつくる国会が後追いした例です。
とはいっても、民法は基本的には権利の行使を擁護する法律ですから
権利の濫用が認められることはきわめて例外的とされています。
司法修習生時代、研修所の民事裁判のK教官が
「権利の濫用を言い出したらそちらの当事者の負けだ」
と断言されていました。
そうはいっても弁護士たるもの
権利の濫用を主張せざるをえないこともあります。
K教官はしばらく福岡地裁で部総括(部長)判事をされていましたが
もちろん、その時でさえも。
(つづきはまた明日)








