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2023年8月24日木曜日

不帰ノ嶮(かえらずのけん)(2)唐松岳頂上山荘にて

 




 山中1泊目は、唐松岳の肩にある唐松岳頂上山荘(標高2620m)に泊まる。

八方尾根を登ること4時間5分。山荘から徒歩15分で、唐松岳の山頂だ。山頂は2696m。北アルプスは後立山連峰の一角で、日本三百名山。なかなかかっこよい山だけれども、いずれも百名山の五龍岳と白馬岳にはさまれて、三百名山に甘んじている。

南を望むと五龍岳(1枚目の写真)。2814m。その右(東)には、黒部川の峡谷をはさんで薬師岳が見えている。右肩、最奥部には槍・穂高も見えている。

唐松岳は1500mくらいまでゴンドラやリフトが利用でき、危険箇所も少ないため、北アルプスの山のなかでは比較的登りやすい。お盆期間中ということもあり、家族連れ、子ども連れのパーティもいた。山荘前では、唐松岳を背景に、子どもが黒部の深い谷をのぞき込んでいた(2枚目の写真)。

西側、黒部峡谷の向こうには立山と剱岳が見えるはず。だが残念ながら、ガスが発生してしまって見えない。

太平洋沖では猛烈な勢力をもつ台風7号が発達しながら本州に接近していた。台風は湿った空気を日本列島にどんどん送り込んでいた。そのため、山の天気はめまぐるしく変化し、午後からは積乱雲が発達した。稜線にいては危険な積乱雲だが、小屋前では皆、発達した積乱雲をまえにくつろいでいた(3枚目の写真)。

びっくりしたのは山荘の裏に、ウソがいたことだ(4枚目の写真)。いや、ほんと。ウソはご存じのとおり、天神様の使いの鳥。太宰府天満宮でウソ替えをやるときの、あのウソである。天満宮の裏山に住んでいると思いきや、このような高山帯にまで住んでいるとは。

ウィキによると、亜高山帯には住んでいるようだ。亜高山帯とは、シラビソやコメツガなどの針葉樹が生育しているようなところだ。高山帯は、寒冷、強風や豪雪の影響で、それら針葉樹も生きることができず、ハイマツや高山植物しか生育していない。

そのような厳しい環境で、なぜウソがいたのだろうか。ひとつは温暖化の影響もあるだろう。近年、サルやイタチが高山帯にまで進出し、ライチョウを襲っているという。

ウソとライチョウの関係はどうだろう?ともに神の使いであるから、仲よく共存してほしいものだ。

2023年8月17日木曜日

不帰ノ嶮(かえらずのけん)(1)唐松岳・八方尾根を登る








 山の日(8月11日)からお盆の間、不帰ノ嶮(かえらずのけん)を縦走した。

不帰ノ嶮は、後立山連峰の唐松岳と白馬岳の間にある険しい難所。文字どおり、一度行ったら帰れないのいう。大キレット、八峰キレットとともに日本三大キレットの一つ。

台風6号が九州の西方海上を抜けた翌日、山の日(8月11日)に福岡を出発した。天気予報では8月14日(月)にはつぎの台風7号が名古屋あたりに直撃するとの情報をつたえていた。

不帰ノ嶮は、北(白馬岳)側から、天狗の大下り、不帰ノキレット、不帰Ⅰ峰、不帰Ⅱ峰の北峰、南峰、不帰Ⅲ峰を経て唐松岳に至る。つまり、北から南へ向かうのが正順とされる。

一番の難所は、不帰Ⅱ北峰の北面である。難所は登ったほうが安全性が高い。状況を視界におさめつつ行動できるから。野球でもサッカーでも、ボールは身体の真正面でコントロールしなければならないとされるのは、おなじ理屈だ。

ところが、台風が接近していたので、1日節約できる唐松岳から北上するコースを選んだ。一番の難所が下りになる。安全な足場が見えにくいので危険だ。だいじょうぶか。

初日は白馬村に泊まる。宿の窓から白馬三山が見えている。雄大な絶景だ。

8月12日(土)、八方尾根を登る。ゴンドラとリフトを利用して八方池山荘まで達する。そこはもうお花畑である。ハクサンシャジン、マツムシソウ、ウメバチソウ、カライトソウ、オトギリソウ、シモツケソウなど。まさに百花繚乱。心躍る。

2022年10月14日金曜日

台風上空の世界


  台風の上空がどうなっているかご存じだろうか。じつは写真のようになっている。

 9月24日(土)に飛行機で松本空港へ行く予定になっていた。しかしその日は台風15号が名古屋方面に向かって北上・接近することになっていた。

台風は太平洋高気圧のヘリに沿って進むものだから、名古屋の沖で東に向きを変え、東進する予報となっていた。直撃は免れそうだが、タイミング的には最接近の時だった。

飛行機は飛んでくれるだろうか、心配した。先行する名古屋中部(セントレア)空港行きの便が飛び立っていった。台風により近い空港へも飛び立つのだから、松本へも飛び立ってくれるだろう。

FDAの機長は親切(饒舌?)で、下方は四国徳島、淡路島、関空、和歌山・・セントレアなどと現在位置を説明してくれた。

伊勢湾がひろがり、セントレア空港上空を通過しつつあるとき、機の右手前方にそれまで広がっていた雲とは違う、その上に巨大なホールケーキのような雲が突出しているのが見え始めた。

台風15号の雲である。駿河湾から東京湾上空の辺を進んでいるようだ。それまでいろいろと説明していた機長も、台風の雲の存在は説明しようとしない。乗客に不安を抱かせないための配慮だろうか。

機長の説明がなかったせいもあり、機内ではほとんどの人が台風の雲に気づかなかったようだ。かくいう自分も7年前の経験がなければ気づかなかっただろう。

台風の雲をはじめてみたのは7年ほどまえ、南アルプスの荒川岳に登ったときだ。そのときはそれが台風の雲だとは気づかなかった。

そのときの写真をSNSに投稿したところ、山登りの好きな高校の同級生が台風の雲だねと教えてくれた。なるほど。教えられてみれば、そのとおりだ。当日は東京あたりを台風が通過していたのだから、南アルプスから見えて当然だ。

それからというもの、巨大なホールケーキ状の雲が台風のそれだと分かるようになった。今回も、台風15号の雲が見えるはずだと思って搭乗していた。案の定、見えた。

雲の下はものすごい強風と豪雨が降っているだろう。しかし、雲の上はご覧のとおりの世界だ。ラピュタのよう。美しい。神の存在を思い浮かべずにはおれない。日本人だから風神さんを思い浮かべるべきだろうか。

2022年9月20日火曜日

台風14号一過

  

 (事務所裏から、半分青空)

 台風14号が九州を縦断。みなさまご無事だったでしょうか。被災されたかたにはお見舞い申し上げます。

台風接近にともない、伊勢湾台風、室戸台風「級」、いままでに経験したことのない強力な台風と繰り返し警告を受けた。瞬間最大風速70メートルなどと言われ、ビビった。

わが家は東向きに広い窓があり、風速40メートルも吹けば、おそらくもつまい。と思いつつ、窓ガラスに補修テープやガムテープを貼るなどして暴風に備えた。

結果、予想より陸上よりのコースを通ったとかで、勢力は急速に弱まり、福岡における被害は警告されたほどではなかった。

宗像にある実家の母も無事だった。その代わり、伊勢湾台風、室戸台風のときの苦労話を聞かされた。社宅の屋根が飛んだり、断水が1週間も続いて苦労したようだ。こちらは母の苦労も知らず、会社の大きな風呂に入れてはしゃいでいたようだ。

高台に住んでいる人・暴風被害を受けやすい人、低地に住んでいる人・水害を受けやすい人、戸建てに住んでいる人、マンション・集合住宅に住んでいる人、持ち家、借家など、それぞれの立場で台風の受けとめはちがうようだ。わが事務所のメンバーの安否確認でも、その影響が垣間見られた。

今回、小田和正コンサートは前日早々に中止が決まったが、矢沢永吉コンサートは18日夕に実行された。アーチストやファン層にあった分かりやすい結論である。

しかも矢沢コンサートは来られなかったファンには払い戻し、リスクについて自分で責任をとれる人だけ来てくださいという、これまた妥当なやり方。

しかし案の定、矢沢コンサート後は帰宅困難者が続出したようだ。タクシーがつかまらず、風雨のなか博多駅まで1時間歩くという。ロックだね~。

不要不急の外出を控えるよう気象庁が言っていたのだからやるべきでなかったという批判はあるだろう。しかし、マスコミからマイクを向けられた人が「すばらしいコンサートでした。自己責任ですから。」と名言を言っていた。

思い出すのは、浅間山に登ったときだ。活火山であるから、ときどき噴火のリスクがある。あるところまで行くとロープが張ってあり、そこから先は「自己責任で登ってください。」と掲示がしてあった。もちろん登った。

リスクがあるときに他人の人生に干渉してきて、やめろと声高々と言う人が増えた。ネットの匿名性の影響もあるだろう。しかし、自分の人生を自分で決める人たちに対して、外部からやめろと声高々に言うのはどうなのだろう。

2022年9月14日水曜日

ひさしぶりの沖縄出張

 




 月曜は那覇地裁で裁判。日曜から前のり。ここのところウエブでの裁判が多かったので、リアル出張はひさしぶり。たまたま沖縄知事選の投開票日だった。

おりあしく台風12号が沖縄地方、とくに宮古、石垣方面に接近中。心配したけれども、無事に行って帰ることがでた。宮古、石垣と沖縄本島はおなじ沖縄といえども、相当の距離があるのだろう。

台風接近中ゆえ、大気は不安定。多量の湿気を含んだ南風が吹き付け、ときおりスコールのような激しい雨。蒸し暑く、5分も歩けば汗がズボンまでぐっしょり。

地元料理ゆうなんぎぃ(海ブドウ、ちゃんぷる、ぐるくん、そーきそばなど)、国際通り、市場、やちむん通り、首里城などは定番。水族館、南部戦跡、斎場御嶽までは仕事がらみでは厳しいか。こんかいは断念。

沖縄の人々もコロナの打撃をつよく受けただろう。国際通りの人出は、若い人を中心に、7割くらいまで戻している感じ。

裁判所のなか、男性はかりゆしウェアで涼しげ。ドレスコードでOKなのだろう。こんどはあれにしよう。

事務所3階でウエブ会議は楽でよいが、やはりリアル出張で刺激を受けると違う。もうすこし条件のよいときにまた行きたいな。

2013年10月9日水曜日

仕切り直し


台風接近

電車が止まってしまったら困る…
と思い,
早めに帰宅して
自宅で執務することに。


紙製の重い事件記録を持ち,
台風らしい風が吹き始めた町を
歩く…。

今思えば,
もうこの時点で気持ちは折れていたのでしょう。



実を言うと,
分かっていました。

自宅に持ち帰って執務することが
どれだけ難しいか。


それでも今日ばかりは
「台風を理由にして帰るのだから」
と自分を奮い立たせていたのです。




もちろん,
皆さんが既にお分かりのように,
ほとんど仕事は進みませんでした。

何をしていたのかって?


・・・・・・何をしていたんでしょう。

時の流れとは,ときに残酷ですね。




今朝,
同じ道を重い事件記録を携えて歩く際,
己の弱さを痛感しました。

さて,
仕切り直しです。


2013年10月8日火曜日

New! ちくし法律事務所ノベルティ


九州に台風が近づいております。

はてさて,今晩,
自宅に帰ることができるかどうか…。

西鉄電車が止まらないことを願います。

皆さんも
くれぐれもお気を付けください。




さて,
当事務所のノベルティとして,
メッセージカードと栞を作成しました。

メッセージカードのデザインは,
ペーパースクリーン版画の大場敬介先生です。
とても素敵な色合いです。

栞に使われている写真は
当事務所の浦田弁護士が撮影しました。





















お悩み事が解決したとき,
それをきっかけにして,
また新しく
人生の1ページをめくっていっていただきたい


そんな想いから

栞

を作らせていただきました。



法律トラブルを抱えてしまうと,
どこか憂鬱な気分になるものです。

だからこそ,
気持ちよく次の「章」に進めるよう
お手伝いをさせていただきます。








2013年9月17日火曜日

まさかの出来事


先週末は,
東京に出かけていました。

なんとか間一髪,
一昨日(日曜日)の最終の飛行機で
帰ってきました。


予定を2泊3日にしていたら,
帰ってこれなかったかもしれません。


それにしても
大きな被害を伴った台風でした。

京都で10年
過ごしたことがある私にとって,
桂川(京都)の決壊は
衝撃的でした。


自然災害に
「まさか○○するはずはない」
「ここは大丈夫だろう」
という言葉は通じないのですね。



人間社会でのやり取りも
同じかもしれません。

「まさか」と思うようなことが
意外と
起こるものです…。

2012年10月2日火曜日

台風17号の余波by.福岡県筑紫野市の弁護士




とある事情(いつもの事情ですが)で
日曜は東京にいました。

台風17号が接近していたため
在来線のおおくは終日運休。

そうでないところも
つぎつぎ運休に。

そのころ,台風は四国方面から
和歌山に上陸したとか,他の人が話していました。

そうしたなか
午後5時以降の飛行機も運航とりやめに。

帰りの足をなくしたボクは
いまだ動いていた新幹線に飛び乗りました。

台風に向かっていくのだから
どこかで動かなくなるのは覚悟のうえ。

それでも新幹線は
すごいです。

風速30メートルまでは速度を落としつつも
運行できるのですから。

でも案の定,風速は30メートルを超え
先を行く列車が名古屋~静岡の各駅であいついで停車。

かくて自分が乗る列車も新富士駅で動かなくなり
そこで3時間,風が弱まるのを待つことに。

午後9時30分ころようやく動きだしたところ
新大阪駅で運行とりやめに。

うっ…。
あす(月曜)は,午前9時から事務所で打合せが。

JRさんは休憩列車を用意するとのことでしたが
風呂にも入りたく,なんとかホテルを探して宿泊。

調べてみると,翌朝の朝一番は
6時発の「みずほ」。

みどりの窓口で予約しようとしましたが
指定席はすでに満席。

やむなく自由席に乗ろうと朝5時まえに起き
5時20分に駅に駆けつけました。

が,改札が開くのを待つ人たちで
すでに長蛇の列。

ま,きのう同じメにあった人たちが
たくさんいたわけです。

しかたなく並んで
改札があくや自由席に急行。

しかしそこもすでに
長蛇の列。

昨夜,休憩列車のなかで泊まった人たちが
すでに並んでいたのでした。

なんとか乗り込むと
300%くらいの乗車率。

運良く岡山でおりた人の席にすわり
ようやく一休み。

博多駅に着いたのが
8時25分。

そこから35分の特急かもめに乗り
二日市に着いたのが45分ころ。

その間,事務所に電話を入れ
顧客に事情を説明して待ってもうらうよう依頼。

二日市で普通電車に乗り換え
原田駅まで。

そこからタクシーに乗り
自宅で着替えて事務所まで。

事務所についたのが
9時17分ころでした。

顧客には平謝り
なんとか事なきをえたのでした。

                  弁護士 浦田秀徳