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2013年9月17日火曜日

まさかの出来事


先週末は,
東京に出かけていました。

なんとか間一髪,
一昨日(日曜日)の最終の飛行機で
帰ってきました。


予定を2泊3日にしていたら,
帰ってこれなかったかもしれません。


それにしても
大きな被害を伴った台風でした。

京都で10年
過ごしたことがある私にとって,
桂川(京都)の決壊は
衝撃的でした。


自然災害に
「まさか○○するはずはない」
「ここは大丈夫だろう」
という言葉は通じないのですね。



人間社会でのやり取りも
同じかもしれません。

「まさか」と思うようなことが
意外と
起こるものです…。

2012年2月21日火曜日

災害の記憶



 (雲仙・普賢岳)

 雲仙普賢岳の大火砕流が発生したのは
 1991(平成3)年6月3日。

 私が弁護士5年目。
 20年余も前のことになってしまいました。

 取材に当たっていた報道関係者16名、そのタクシー運転手4名
 火山学者ら4名,警戒に当たっていた消防団員12名、警察官2名

 ほか6名の合わせて死者行方不明者43名
 と9名の負傷者を出す大惨事となりました。

 雲仙普賢岳の火山活動という天災が背景にありますが
 避難勧告区域中で無理な取材をつづけた人災でもありました。

 火山活動は、1989(平成元)年11月からの
 橘湾群発地震に始まり

 1990(平成2年)11月に噴火してから
 噴煙活動が観測されました。

 いったんはおさまるかに思えたものの
 1991(平成3)年2月に再噴火。

 降り積もった火山灰などによる土石流が発生するようになり
 6月3日の大火砕流となりました。

 そもそも雲仙では1792(寛政4)年に,島原大変肥後迷惑と呼ばれる
 死者、行方不明者1万5000人という、有史以来日本最大の火山災害が。

 こうした経過からして,6月3日の大災害は,予見可能であったし
 回避可能だったと思われるのですが,人間のさがでしょうか。

 さて3・11がちかづいてきていますが,災害の記憶は
 しっかりと刻まれ,未来への教訓となっているでしょうか?