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2013年1月7日月曜日

君がため若菜摘む





新年あけまして
おめでとうございます。

21013年(平成25年)の幕開け
今年はどんな年になるだろうか。

年賀状を拝見していても
みな明るい年だと見とおせないようだ。

でもそこは言霊のくに
よい年になりますように。


きょうは1月7日で
七草の節句。

七草の原点は
古代の若菜摘みだとか。

年初に雪の間から芽を出した
草を摘む風習らしい。

若菜を食べると
邪気を払い,病気にならないと信じられた。


 
  君がため 春の野に出でて 若菜摘む
              わが衣手に 雪は降りつつ
  
                            光孝天皇


『百人一首』屈指の美しい歌とされる。
(以下も含め角川文庫のビギナーズ・クラッシクス)

「君がため…」の「君」が誰かについては
諸説あるらしい。


光孝天皇は
即位したとき55歳。

苦労人の風貌があり
家臣への気配りや清貧の逸話が。

宴席で給仕役が天皇の膳に粗相をした際
灯りを吹き消して,気遣ったという。


志賀直哉の『小僧の神様』ではないが
あえてここで擱筆しよう。

わが身や政治に言及することも考えたが
いわぬが花ということもあろう。

2012年11月28日水曜日

塚も動け



本屋さんでの待ちあわせに遅れそうだ。
が,『おくのほそ道』についてもうすこし。


江戸を出た芭蕉らは,埼玉を経て
栃木県の室の八島に参詣する。

曽良が旅前のリサーチの結果だろうか
室の八島に関する由来や縁起を披露する。

1 この神は木の花咲耶姫の神と申して
 富士一体なり。

2 (姫は)無戸室に入りて焼きたまふ,誓ひの御中に
  火々出見の尊産まれたまひしより,室の八島と申す。

3 煙をよみならはしはべるも
 このいはれなり。

4 このしろといふ魚を禁ず。
 縁起の旨,世に伝ふこともはべりし。

(それぞれ面白いエピソードだが
きょうは割愛する。

例の角川文庫
ビギナーズ・クラッシクスを参照されたい。)

古事記,藤原実方(『実方集』),地元の伝承などからなり
曽良の博識,リサーチの徹底ぶりがうかがえる。


 
そのつもりで
読むと曽良の句も結構ある。

日光男体山にて
   剃り捨てて黒髪山に衣替

那須野にて
   かさねとは八重撫子の名なるべし

白河の関にて
   卯の花をかざしに関の晴れ着かな

などなど。弟子というより
文字どおり同行者の扱いというべきだろう。


さてKさんは自分を曽良になぞらえたわけだが
こういう読みはむしろ一般的なのかもしれない。

考えてみれば,芭蕉のような天才は
むしろごくごく少数派である。

それを陰でささえる
縁の下の力持ちこそが多数派である。

曽良に自己を投影して
涙する人も少なくないであろう。


そういえば,2014年の大河ドラマは
岡田准一主演による黒田官兵衛らしい。

官兵衛は,豊臣秀吉の天下取りを
縁の下でささえた右腕,参謀である。

秀吉ではなく,官兵衛に
感情移入できる人が多数いることが前提だろう。


そういえば,2009年の大河ドラマ『天地人』
直江兼嗣もそうだった。

衰運いちじるしい上杉家をけなげにささえる
妻夫木くんにみな涙したんだった。


何ごとかを為し遂げる人は発想が常人とちがうので
仕えにくい人もおおい。

信長がその典型だろう。
光秀ならずとも共通認識だったようだ。

その点,部下に対する配慮をかかさぬ
すぐれた上司もすくなくない。

芭蕉は後者だったようだ。
見習いたい。


早世した愛弟子を追悼して
 
 
   塚も動けわが泣く声は秋の風

2012年11月27日火曜日

閑かさやに至るほそ道





えっ!『おくのほそ道』って
芭蕉に感情移入して読むものでは?

と書いたが,芭蕉は
それを意図していなかったかもしれない。


岩にしみ入る蝉の声
その上5音はつぎのどれ?

1 さびしさや
2 閑かさや

こたえは2だけれども
1がありえないかというと,そうでもない。

2が確定する前は
1だったようだ。

どうちがうのか?
1は,自分ひとりの心情に執着。

2は,自己を超えた
広がりのある世界の静寂感を指向。

(例によって角川文庫
ビギナーズ・クラッシクスより)


われわれはどうしても自分ひとりの心情に執着しがち
自己チュウというやつだ。

それを一歩つきはなして
広がりのある世界を指向できるかどうか。

天才芭蕉にして最初から到達しているわけではなく
苦吟のなかからようやくつかみとっていったようだ。

まさしく
『おくのほそ道』なわけだ。

なんだか
励まされる。


芭蕉の句作というと,最初から
即興的にひらめいたように考えてしまう。

でも,やはり複数の選択肢のなかから,あーでもない
こーでもないと考えぬいたすえ確定したのだ。

そう思うとやはり創作というのは
感性だけでなく理性のはたらきが必要なようだ。


というわけで
『おくのほそ道』の読み方である。

それが自己を超えた世界を指向していたとすれば
芭蕉に感情移入して読まなくてもよいのかもしれない。

2012年11月26日月曜日

行き行きて





山仲間のM・K夫婦が
立石寺を訪ねたと聞いた。

MKはタクシー会社ではなく
MさんとKさん。

破天荒なMさんをKさんがけなげに支える
おしどり夫婦だ。

立石寺は
みちのく山形にある山寺。

創始者は慈覚大師=円仁
天台宗の開祖・最澄の高弟…。

というより,岩にしみいる蝉の声
の句で有名だ。

『おくのほそ道』
の不朽の名句だ。

閑寂な宇宙
のひろがり。

わずか5・7・5文字で表現するとは。
すばらしい。さすが。

『おくのほそ道』は春から秋にかけて
東北から北陸を経て中部・大垣までの紀行文。

旅をすみかとした芭蕉の傑作
古典では一番好きな作品だ。

同行者は
弟子の曽良。

温厚篤実で
すぐれた秘書。

コースの下調べ,資料収集,旅費の会計
などを担当し,『随行日記』を書きのこした。

(例により角川文庫
ビギナーズ・クラシックス参照)

夫婦の旅のたよりに誘われて
漂白の思ひやまず『おくのほそ道』を再読。

月山に登り,湯殿に下ったくだりまで読んだところで
ことしの山の会の納会が開かれた。

場所はMK夫婦のご自宅
Kさんの手料理によるもてなしだ。

電車でいっしょになったSさんと
訪れると,さっそく読書談議となった。

Kさんが読んでいるのは『平家物語』
やはりダジャレがいっぱいだ!だとか。

Sさんは『本屋さんで待ちあわせ』。
この話はのちほどまた。

ボクは『おくのほそ道』を読んでいて
月山から湯殿さんへ下ったところだと披露した。

Kさんは意外にも
曽良に思い入れを感じると応じた。

えっ!『おくのほそ道』って
芭蕉に感情移入して読むものでは?

でも,よく考えると意外でも何でもない。
Mさん=芭蕉,Kさん=曽良の構図だから。

そうか
そうか(納得)。

そういえばこの話
どっかでもあったなぁ…?

そう。
『ニュー・シネマ・パラダイス』!

ローマ在住の大物映画監督サルヴァトーレは
故郷の母からある訃報を受ける。

そこから彼は,映画に魅せられた少年時代
~青年時代の恋愛へ思いをはせる。

この流れからして,この映画
サルヴァトーレに感情移入するようにつくられている。

でも,ある女性(1男の母)は
故郷の母に感情移入してしまうらしいのだ。

ふつう小説や映画,お芝居は主人公がいて
そこへ感情移入するようつくられている。

これがうまくいかないと
作品にのめり込めない。

よい作品ほど主人公に感情移入しやすい
つくりになっている。

だから,主人公以外の登場人物に
感情移入することはむずかしい。

でも,たしかに作品の鑑賞のしかたは
ひとさまざま。

母や曽良に感情移入したって
いっこうにかまわない。

“自分が”生きる意味を見つけたり
確認したりすることこそが大事だろうから。

  行き行きて倒れ伏すとも萩の原
                       曽良

2012年11月14日水曜日

いずれ和泉か紫か?






『紫式部日記』(山本淳子=編・角川文庫)
を読んでいる。

もちろんビギナーズ・クラッシクスでだ。
べつにいばっていう話ではないが。

読んでるわけは
こうだ。

かなり込み入っているので,わからないかもしれない。
そのときは…しかたがない。

話しは本ブログの
11月5日の記事までさかのぼる。

読んだ人にはくどくてすみまないけれど
読んでない人のために,あらすじ。

さいきん法律で11月1日が
古典の日とさだめられた。

なぜかというと,『紫式部日記』の11月1日のところに
源氏物語に関する最古の記述があるからだ。

その日,芸事ならなんでもござれの藤原公任が
紫式部に「若紫さん」と呼びかけたらしい。

若紫さんは紫の上の若いころの呼び名で
源氏物語の巻名でもある。

この記事により11月1日は,源氏物語
=日本の古典に関する最古の記述のある日となった。

かくて11月1日が古典の日と
定められたのでした。パチパチ。

さればと思って古典を読んだのだが
ついつい『和泉式部日記』を読んでしまった。

和泉式部は魔性の女と呼ばれるほど
おおくの殿方たちと浮き名をながしているからだ。

おかたいイメージの紫式部より
和泉式部のほうを読みたくなるのは男として人情だろう。

だいたい男が女性関係で失敗するのは
このパターンだ。

………
いやいや,あくまで一般論だ。

ま,とにかく
それが11月5日のブログ記事だったわけだ。

でも,内心じくじたるものが
あった。

『紫式部日記』にもとづき
古典の日が定められた。

古典の日にちなんで
古典を読んでみた。

それがなぜ
『和泉式部日記』なんだ?

やはり『紫式部日記』も読んどかないと
まずくないか?

かくて『紫式部日記』を(も?)
読んでいるわけだ。

いわば,A子ちゃんの誕生会に呼ばれていったのに
気になるB子ちゃんとばかり話してしまい

ちょとしまったかなと思って
アリバイ的にA子ちゃんとも話す,みたいな感じだ。

しかし!読んでみて
衝撃の事実がわかった。

…仕事の時間になったので
つづきはまた。

2012年9月27日木曜日

『伊勢物語』by.福岡県筑紫野市の弁護士






『謡曲』のうち,『井筒』と『隅田川』のベースとなった
『伊勢物語』を読んでみました。

例によって,角川文庫のビギナーズ・クラッシックス
によって。

もちろん,授業等で断片的には読んだことがありますが
通読したのははじめて。

とはいっても,坂口由美子さんが
編んだ現代語訳によってですが。

「むかし,こんな男がいましたっけ。」ではじまる
茶目っ気たっぷりの現代語訳と解説つきです。

いうまでもなく,『伊勢物語』の主人公のモデルは
在五中将・在原業平。

父方も母方ももとをたどれば
桓武天皇にいきつく高貴な血筋。

ただし,政治的には不遇で
臣籍に降下。

貴族で歌人(六歌仙のひとり)であるだけでなく
美男で有名で恋多き人生。

ん?これってどこかで聞いたことがある?
そう,『源氏物語』の主人公・光源氏とそっくりですね。

紫式部も『源氏』を書くうえで
『伊勢物語』におおいにインスパイアされたらしい。

紫式部だけでなく,世阿弥など『謡曲』の作者たちも
インスパイアされたことは冒頭のとおり。

権勢家・藤原氏の娘で
天皇の妻になる予定の高子の略奪愛。

もっぱら神につかえるはずの
伊勢の斎宮との恋愛。

など禁断の恋がいっぱい。
手に汗にぎりますねぇ。

ベルばらのフェルゼンとマリーアントワネットみたい。
いや,逆か?

『伊勢物語』は和歌を中心とする歌物語で
『古今和歌集』の成立と表裏の関係にあるらしい。

ほとんどの和歌が
古今集にも収録されています。

  ちはやぶる 神代もきかず 竜田川
          からくれなゐに 水くゝるとは

これは小倉百人一首にも
撰歌されていますね。

  世の中に たえて桜の なかりせば
         春の心は のどけからまし

  忘れては 夢かとぞ思ふ 思ひきや
         雪踏みわけて 君を見むとは

  から衣 きつつなれにし つましあれば
         はるばるきぬる たびをしぞ思ふ

  名にし負はば いざこと問はむ 都鳥
         わが思ふ人は ありやなしやと

これが昔男が東下りして『隅田川』を渡るときに見かけた
都鳥(ユリカモメ)を踏まえた和歌。

  月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ
         我が身ひとつは もとの身にして

『伊勢物語』は,和歌を中心に組み立てられていることもあり
言葉すくなくものたりない印象。

でも,じゃたくさん言葉をついやせばいいかというと
そういうものでもない。

そのことを教訓的に示すのが
『大和物語』の存在。

これは『伊勢物語』とおなじことを
説明的にくどくどと語っています。

くどくどと説明されると
われわれのイメージはしぼんでしまう。

逆に,おおくを語らず余白が残されることにより
インスパイアされる…。

勉強になりますねぇ。

                     弁護士 浦田秀徳


2012年2月20日月曜日

『ビギナーズ・クラシックス 平家物語』



 (雲仙・国見岳)

 ここのところ日曜の帰りが遅く
 きのうも大河ドラマ『平清盛』を見損ねました。

 いったいどうなっているのか?ふつうのドラマだと
 2回も見損ねると,筋がわからなくなります。

 そんな方にお奨めなのが
 『ビギナーズ・クラシックス 平家物語』(角川書店=編)。

 角川文庫1冊で,平家物語の全ストーリーを現代文で
 読みどころを古文と現代文の両方で味わえます。

 読みどころにはもちろん,梶原景季と佐々木高綱による
 宇治川の先陣争いを描いた「宇治川」や
 
 熊谷直実が息子ほどの平家の貴公子・敦盛を涙ながらに討つ
 「敦盛最期」なども含まれています。

 私のまわりにも梶原さん,佐々木さん,熊谷さんらが
 おられますが,このころからの名族なんですねぇ。

 これら読みどころは,中学校だったかで習ったわけですが
 こんな面白い話が学校で習うとなんであんなに退屈なのでしょう?

 京都に行くとよく嵯峨野にいくわけですが
 仲国が想夫恋を奏でる小督を発見する「小督」(渡月橋北に小督塚),

 怨念を超えた祇王と仏御前の友情物語である「祇王」(祇王寺),
 『滝口入道』の題材となった「横笛」(滝口寺)などのエピソードも。

 乱世にあっても美しく生きることの大切さをあらためて
 教えられます。

 みなさまもどうぞ。