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2021年5月31日月曜日

草枕?

 

朝から仕事で色々と調べ物をしていると、とある論稿を見つけました。

釣田竜也『「荒廃地の復旧治山,緑化工が環境に及ぼす影響」に関する現地研究会に参加して』(ja (jst.go.jp)


何気なく冒頭から読み始めると、


「最近土壌断面調査の度にこう考える。地に働けば腰にくる。土壌に刃をさせばすぐ傷む。石が多いと窮屈だ。とかくに不攪乱土壌は採りにくい。」


森林立地学会誌に掲載する論稿の、冒頭にこれを持ってくるセンス。夕方で疲れていましたが、思わずにやっとしてしまい、元気が出ました。


富永


P.S.

「書面を書きながら、こう考えた。土日働けば疲れくる。条文読まねば間違える。ドジをやらかすと窮屈だ。とかくに弁護士は生きにくい。」


2021年4月15日木曜日

君は山なの?

 

ブログの感想をくださる方々から、「U先生の教養のある話の間に、そんな教養のない話ばかり書いていて事務所的に大丈夫?」とよく心配されます。


それは、わかりません笑。

今のところは、大丈夫のようです。


さて、U先生が男体山の話を書かれているのをみて、またも、漢字が読めません。

「ちくし法律事務所」の日常: 日光白根山・男体山登山記 (chikushi-lo.jp)


「だいたいやま」って、君は山なの?山じゃないの?どっちなのさ、と心の中でツッコんでしまいました。


「なんたいさん」って読むんですね。


裁判官に聞かれたのでなくてよかったです。

「ちくし法律事務所」の日常: 裁判官、当職そこは分からないです・・・ (chikushi-lo.jp)


富永


P.S.

音読みしても「だんたいやま」ですね。まあいいか。

日光白根山・男体山、登山記

 



芭蕉の旅の途中ですが、男体山には2009年10月に登りました。同行は稲村晴夫弁護士で女っ気なし、男2体の山です。

われわれは日本百名山である日光白根山と男体山の2つを同時に登る計画をたてました。九州から日本百名山踏破をめざすばあい、2つ以上かけもちで登っていかないと、いつまでたっても踏破できません。

24日、群馬県の沼田からバスに乗り、夏の思い出である尾瀬の玄関口・片品村を抜けて、丸沼温泉に泊まりました。

25日は日光白根山に登りました。ごらんのとおり、霞かかりてガスガスです。山を西(群馬県)から東(栃木県)に抜け、湯元温泉に下山しました。

そこから歩いて、湯の湖、湯川、湯滝、紅葉の見ごろをすぎた戦場ヶ原、竜頭の滝を経て、中禅寺湖畔の宿に泊まりました。そして26日に男体山にいどみました。

男体山は、補陀落山、二荒山のほか、黒髪山とも呼ばれていました。芭蕉一行が訪ねたとき、黒髪山は、霞かかりて、雪いまだ白し。曽良が一句詠んでいます。

 剃り捨てて黒髪山に衣更(ころもがえ)

われわれがいどんだ時は、霞かかりてどころではなく、あいにくの大雨。どしゃぶりでした。なんとか山頂までたどりついたものの、あやうく低体温症になりそうでした。さいわいなことに小屋がありました。そこで着替えて、なんとか命びろいしました。

 (雨に濡れた衣を)脱ぎ捨てて黒髪山で衣更  秀徳

曽良の句について芭蕉の感想は「衣更」の二字、力ありて聞こゆ。われわれは「衣更」なければ力なしどころか、命なし。というわけで、男体山に登った証拠写真は一枚もありません、ふう。

2021年4月14日水曜日

補陀落→二荒→日光は駄洒落か


けさNHKーBS旅ラン10キロで、つるの剛士さんが日光を走っていましたね。こちら同行トミーがまだのようですけれども、先に行きます。

芭蕉一行は御山に参詣しています。御山は日光山です。その前は「二荒山」と書いていました。それを弘法大師空海が「日光」と改めました。「にっこう」の音が共通しているからです。

私が言うと駄洒落と非難されることも、空海や芭蕉が言うと格調高く評価されるのはなぜでしょう?なぞです。

ではなぜ「二荒」なのか。いま東部鉄道にSL「ふたら」が走っています。二荒も「にっこう」ではなく「ふたら」と読みます。「ふたら」の由来は「補陀落(ふだらく)」にあるという説があり、ぼくもそうだと思います。

補陀落は観音菩薩が降臨する霊場です。日本では熊野や日光が補陀落になぞらえられ、信仰を集めました。中世熊野では船に乗って補陀落を目指す、補陀落渡海がさかんに行われました。平家物語でも維盛はこの考えにもとづき入水します。

補陀落(ふだらく)→二荒(ふたら)→日光(にっこう)。繰り返しますが、駄洒落ではありません。

ここで芭蕉が詠んだ句

 あらたふと青葉若葉の日の光

「あら、尊と」は感嘆詞です。あらは荒ではありませんが、もちろん韻を踏んでいると思います。駄洒落ではありません。

はい、日光男体山を背にニッコリ(パシャ)。

2013年1月8日火曜日

筑波嶺




正月なので
百人一首の話題からもう少し。


きのうの光孝天皇の前の天皇は
陽成天皇。

退位して上皇になってからは
陽成院。

 筑波嶺の 峰より落つる みなの川
           恋ぞつもりて 淵となりぬる

あなたを恋そめた心が積もり積もって
深い淵となったんです!

彼が光孝天皇の第3皇女に
送った恋歌である。

百人一首に採られた名歌だけに
同女の心もとらえたのか,後に結婚している。


ん?先に天皇になった陽成天皇が
後に天皇になった光孝天皇の娘と結婚?

先に紹介したとおり光孝天皇の即位は55歳
対する陽成天皇は9歳なので。

陽成天皇については光孝天皇とちがい
悪いエピソードがおおい。

しかし,当時の権力者・藤原基経に政略的に
退位させられていることから,中傷らしい。

権力者によって
歴史が改ざんされる例だろうか。

しかし,さすがの基経も
歌までは改変できなかったよう。


筑波嶺は,茨城県にある
筑波山(876m)。

日本百名山のなかでは
もっとも楽に登れる山であろう。

おまけにケーブルカーと
ロープウェイまである。楽ちん。

百名山も低い山から順に登ると
以外と登りやすいのだ。


山容は東に女体山,西に男体山の
双耳峰になっている。

みなの川は
男女川。

女体山と男体山のあいだに
御幸ガ原という鞍部がある。

そこから
南方に流れている。

面登山道のばあい
筑波山神社から中ノ茶屋をすぎてしばらく。


百名山の基準は
1500m超であるが,例外もある。

例外的に有名である場合だとか
美しい場合だとか。

九州本島の最南端の百名山
開聞岳は美しいほうの例外である。


これにたいする筑波山は
有名なほうの例外。

その理由は
筑波山のもつ歴史。

古代,歌垣(かがひ)の場
として有名。


春と秋に
東国一円の男女が集まってくる。

歌を掛けあう求愛遊びだが
意気投合すれば一夜をすごす結婚の儀式に。

古代における
いちだい婚活イベントであったろう。

さそかし恋がつもって
淵となったことだろう。

2012年11月28日水曜日

塚も動け



本屋さんでの待ちあわせに遅れそうだ。
が,『おくのほそ道』についてもうすこし。


江戸を出た芭蕉らは,埼玉を経て
栃木県の室の八島に参詣する。

曽良が旅前のリサーチの結果だろうか
室の八島に関する由来や縁起を披露する。

1 この神は木の花咲耶姫の神と申して
 富士一体なり。

2 (姫は)無戸室に入りて焼きたまふ,誓ひの御中に
  火々出見の尊産まれたまひしより,室の八島と申す。

3 煙をよみならはしはべるも
 このいはれなり。

4 このしろといふ魚を禁ず。
 縁起の旨,世に伝ふこともはべりし。

(それぞれ面白いエピソードだが
きょうは割愛する。

例の角川文庫
ビギナーズ・クラッシクスを参照されたい。)

古事記,藤原実方(『実方集』),地元の伝承などからなり
曽良の博識,リサーチの徹底ぶりがうかがえる。


 
そのつもりで
読むと曽良の句も結構ある。

日光男体山にて
   剃り捨てて黒髪山に衣替

那須野にて
   かさねとは八重撫子の名なるべし

白河の関にて
   卯の花をかざしに関の晴れ着かな

などなど。弟子というより
文字どおり同行者の扱いというべきだろう。


さてKさんは自分を曽良になぞらえたわけだが
こういう読みはむしろ一般的なのかもしれない。

考えてみれば,芭蕉のような天才は
むしろごくごく少数派である。

それを陰でささえる
縁の下の力持ちこそが多数派である。

曽良に自己を投影して
涙する人も少なくないであろう。


そういえば,2014年の大河ドラマは
岡田准一主演による黒田官兵衛らしい。

官兵衛は,豊臣秀吉の天下取りを
縁の下でささえた右腕,参謀である。

秀吉ではなく,官兵衛に
感情移入できる人が多数いることが前提だろう。


そういえば,2009年の大河ドラマ『天地人』
直江兼嗣もそうだった。

衰運いちじるしい上杉家をけなげにささえる
妻夫木くんにみな涙したんだった。


何ごとかを為し遂げる人は発想が常人とちがうので
仕えにくい人もおおい。

信長がその典型だろう。
光秀ならずとも共通認識だったようだ。

その点,部下に対する配慮をかかさぬ
すぐれた上司もすくなくない。

芭蕉は後者だったようだ。
見習いたい。


早世した愛弟子を追悼して
 
 
   塚も動けわが泣く声は秋の風