武奈ヶ岳をくだる。まずは登ってきた御殿山方面が見えている。
2024年4月26日金曜日
怪鳥会の春遠征(3)武奈ヶ岳(2)
武奈ヶ岳をくだる。まずは登ってきた御殿山方面が見えている。
2024年4月24日水曜日
怪鳥会の春遠征(2)武奈ヶ岳
武奈ヶ岳。標高1214.4、滋賀県大津市にある二百名山。冬期に2度登ったことがあるけれども、春期ははじめて。
2024年4月23日火曜日
怪鳥会の春遠征(1)
怪鳥会の春遠征。まずは伊吹山に登ろうと金曜の夜に出発し、彦根に宿泊。ホテルの窓から国宝をのぞむことができた。ぜいたく。
痛恨のリサーチ不足。やむなく行き先変更。選択肢は1 ドライブウェイで伊吹山、2 翌日予定していた武奈ヶ岳の前倒し、3 霊仙山、4 京都一周トレイル(稲荷山~蹴上)。翌日の天気予報が悪かったことから2とすることとした。
山科から湖西線で比良へ。比良で降りた。タクシーは待機していない。タクシー会社に電話。しかし、来られないという。この時間帯、高齢者の施設・病院への送迎で忙しいのだろう。
2024年4月19日金曜日
青螺山~黒髪山縦走
薬害肝炎原告団総会@長崎のあとは、八尋大兄とふたりで青螺山~黒髪山を縦走した。
写真左が青螺山(せいらさん)618m、右が黒髪山(くろかみやま)516m。低山であるが、ともに美しい名である。黒髪山は新日本百名山。
2024年4月18日木曜日
ちくし法律事務所の春研修@嬉野温泉
本年度も、ちくし法律事務所の春研修をおこなった。もう38年やっている。前年度の業績や課題を確認し、次年度の課題や担当を確認する。
法律事務所をめぐる環境は年々変化している。38年前と比べると激変している。
そうしたなか、弁護士の使命としての人権擁護・社会正義の実現をはかり、地域に根ざしつつ、持続的な発展をとげなければならない。言うは易く行うは難し。そのため、年に一度は2日間をかけて議論を尽くす。
ことしも耳の痛い議論が多かった。しかし、耳の痛い議論ができることはよいことだ。耳の痛い課題は解決できていないが、少なくとも耳の痛い意見をいえる環境は整っているということだ(そうかな?)。
耳の痛い議論ばかりやっていると疲れるので、合宿はリラックスできる場所でおこなう。ことしは嬉野温泉だ。12年ぶり。美味しい食事をして、美人の湯にも入る。つるつるする。癒やされた。
翌朝、温泉街を散歩した。写真は豊玉姫(トヨタマヒメ)神社。姫は神武天皇の祖母。日本百名山である祖母山は、豊玉姫が降臨したとして、そう呼ばれる。
宝満山に降臨した玉依姫(タマヨリヒメ)とは姉妹の関係である。いつも妹さんの山にはお世話になっています・・・。礼拝。
豊玉姫は、海神わたつみの娘。竜宮に住む。浦島太郎を接待したのは彼女だろうか。
豊玉姫はじつは「八尋の大ワニ」である。一尋(ヒロ)は1.8メートルだから八尋は14.4メートル。ワニというよりクジラのサイズ感である。因幡の白兎にでてくるワニはサメだというから、サメかもしれない。
合宿のあとは、西九州新幹線に乗り、長崎へ向かった。薬害肝炎九州原告団総会に出席するためである。総会では八尋の大アニ※が待ち構えていた・・・。
※八尋光秀弁護士、大兄貴分
2024年4月17日水曜日
南東北の雪山(4)会津若松
城のまえでは、赤べこが歓迎してくれている。会津若松地方の郷土玩具である。ゆらりゆらりと頭を揺らして笑っている。このような柔軟さがあれば・・・。
2024年4月16日火曜日
南東北の雪山(3)磐梯山
2024年4月15日月曜日
南東北の雪山(2)鶴岡
南東北の雪山、2日目は月山に登る予定だった。山形から高速バスに乗り、月山湖を目指した。日本海側に近づくにつれ雪が降りしきり、きょうは無理かなと思った。
しかもリサーチ不足で、道路が冬期閉鎖中だったため断念。月山スキー場のオープンが4月12日だったので、それ以降でないと入山できなかった。
しかたがないので、鶴岡観光に切り替えた。鶴岡は芭蕉が出羽三山(羽黒山、月山、湯殿山)を縦走したのち、下山した場所である。
出羽三山だけでなく、朝日連峰を東から西へ以東岳・大鳥池まで縦走すると、やはり下山するのはここである。
高速バスの到着は鶴岡駅横。市内は歩いて回れる距離感である。駅前の道を南下すると、山王日枝神社に着く。
芭蕉の句碑がある。
珍らしや山をいで羽の初茄子び
おくのほそ道の旅で、出羽三山をおりた芭蕉は鶴岡藩士長山重行の世話になった。そして珍しいかたちの茄子をご馳走になった。そのお礼の句である。山をいで羽は、出羽山を出た(下りた)ということ。
鶴岡は米どころ・庄内平野の南の拠点。北の拠点は酒田である。芭蕉は鶴岡から酒田へは舟で向かった。大泉橋のたもとに、乗船した場所が名所として残されている(長山重行宅跡も近く)。
スズメたちが1本の木に集まって、かしましくしていた。寒い冬にたえ、庄内米のおこぼれにあずかれる秋をまっているのだろう。
大泉橋からは西に向かう。まもなく鶴ヶ岡城跡だ。城跡といっても城壁がすこしで、建物は残っていない。庄内神社があるのみ。
鶴岡といえば、藤沢周平の出身地。小説中にでてくる海坂藩は、鶴岡がモデルである。記念館がある。藤沢の小説家人生と信念がよく分かった。
あとはお堀を一周してバスセンターへ戻った。ときおり雪が舞う不安定な天気だった。冬の季節風の影響だ。これが山々に雪を降らせ、おいしい水となり、おいしい米、ひいてはおいしい酒となるのだ。