2021年7月20日火曜日

山刀伐峠ー切れ

(奥羽山脈・栗駒山) 


(最上の庄、晴れていれば向こうに月山が見える)

 あるじのいはく、これより出羽の国に大山を隔てて、道定かならざれば、道しるべの人を頼みて越ゆべきよしを申す。さらばと言ひて人を頼みはべれば、究竟の若者、反脇差を横たへ、樫の杖を携へて、われわれが先に立ちて行く。今日こそ必ず危ふきめにもあふべき日なれと、辛き思ひをなして後に付いて行く。あるじの言ふにたがはず、高山森々として一鳥聞かず、木の下闇茂り合ひて夜行くがごとし。雲端につちふる心地して、篠の中踏み分け踏み分け、水を渡り、岩に躓いて、肌に冷たき汗を流して、最上の庄に出づ。かの案内せし男の言ふやう、「この道必ず不用のことあり。恙なう送りまゐらせて、仕合はせしたり」と、喜びて別れぬ。後に聞こえてさへ、胸とどろくのみなり。

尿前の関は奥州と羽州の境にある関。奥羽山脈は奥州と羽州の境にある山脈。奥州は福島、宮城、岩手、青森、羽州は山形、秋田です。鳥の羽を献上したのが由来らしい。鳥の羽は矢羽根に使われ、つまり当時の軍需物資だったんですね。

奥州から羽州へ越える峠を越えるため、山刀(ナタ)でぶった切りました。これにより、初折りと名残りの折りの間の「切れ」はより鮮やかになりました。

むかしはわが家にもナタがありました。ノコギリやカンナとともに。当時は藪があちこちにありナタが必要でしたが、最近は見なくなりましたね。

一鳥聞かずは、王安石の「鐘山即事」からの引用、「山更に幽なり」と続きます。雲端につちふるは、「杜甫」の「鄭附馬宅宴洞中」からの引用。木の下闇は夏の季語から。自在です。

最上の庄は最上川が流れているところです。最悪の道中を経て、最上の庄に着きました。

0 件のコメント:

コメントを投稿