2023年2月3日金曜日

一片の氷に世界を見る(5)

 


 『博士の愛した数式』(小川洋子著・新潮文庫)。第一回本屋大賞なので、読まれたことがあるだろう。

家政婦が派遣されていった先は、数学博士の家。博士は一日中ほぼ数学のことを考えていて、世界の成り立ちは数の言葉によって表現できると信じている。

問題は交通事故の後遺症により、博士の記憶が80分しかもたないこと。前日の記憶がないことから毎日、新人家政婦さんとして靴のサイズや誕生日を訊かれる。どうしてもぎくしゃくしてしまう。

ぎくしゃくしてしまう原因は、博士がコミュ下手なことにもある。ほぼ一日中、数学のことを考えていて、じゃまされるのを嫌う。会話が苦手な局面になると数学の話題に逃げ込んでしまう。

そこへ子どもを連れて行ったところ、頭の形がそっくりということでルートと名付けられ、なぜか温かい交流がはじまる。数学ぎらいの読者にも数学好きかもと誤解させる好著。

映画にもなった。深津絵里が家政婦、寺尾聡が数学博士(先生)。原作にほぼ忠実に実写化されていたが、ところどころ違うところも。

いちばんの違いは、エンドロールのまえに、ブレイクの「無垢の予兆」があらわれ、ルートがこれを朗読するところだろうか。

  一粒の砂にも世界を
  一輪の野の花にも天国を見,
  掌のうちに無限を
  一時のうちに永遠をつかめ。

たしかに、世界の成り立ちは数の言葉によって表現できるのだから、一片の数式で世界を表現することができる。

ということで今週は、一片の氷に世界を見、ブレイクの詩に世界を見、かすかな塵に三千大千世界を見、五七五の十七文字に世界を見、数の言葉に世界を見た。

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