井上靖著『星と祭』は、琵琶湖で娘を亡くした架山が、湖岸の十一面観音を巡礼し、癒やされていく話である。
娘といっしょに亡くなった青年の父親である大三浦に導かれるようにして、それは始まる。
まず訪ねたのは渡岸寺の十一面観音(国宝)である。
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「渡岸寺の観音さまは平安時代の作でございます。ものの本にそう記してございます。」
・・その内陣の正面に大きな黒塗りの須弥壇が据えられ、その上に三体の仏像が置かれてある。中央正面が十一面観音・・
架山は初め黒檀か何かで作られた観音さまではないかと思った。肌は黒々とした光沢を持っているように見えた。そしてまた、仏像というより古代エジプトの女帝でも取り扱った近代彫刻ででもあるように見えた。・・
「宝冠ですな、これは。ーみごとな宝冠ですな」
思わず、そんな言葉が、架山の口から飛び出した。丈高い十一個の仏面を頭に戴いているところは、まさに宝冠でも戴いているように見える。・・
大王冠を戴いてすっくりと立った長身の風姿もいいし、顔の表情もまたいい。観音像であるから気品のあるのは当然であるが、どこかに颯爽としたものがあって、凛として辺りを払っている感じである。
・・いずれにせよ、観音というものがそういうものである以上、観音信仰というものは成立する筈であった。片方はこの世の苦しみや悩みから必死になって抜け出して生きようとしている人間であり、片方はその衆生の苦しみや悩みを救うことを己れに課し、それによって悟りを開こうとしている菩薩である。そうした信仰によって、この像もまた今日に伝えられて来たものであろう。
※引用は能美舎刊から。昔読んだ角川文庫は書棚をさがすも見つからず。ネットでさがすも廃刊のよう。出版不況のなか、再読することは図書館に行かねばなるまいと思った。
しかしなんと同社から復刊されていた。発行者はずばり『星と祭』復刊プロジェクト、能美舎の住所は滋賀県長浜市木之本町大音1017『丘峰喫茶店』内。
湖岸の十一面観音は、いずれも信長の兵火をのがれ、村人が抱きかかえるようにして守りつたえてきたものである。井上靖の『星と祭』もまた、おなじようにして守りつたえられていることに感慨を覚えた。
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