きのうは昼、再会があり、夜、別れがあった。
昼はロータリークラブの例会が二日市温泉大丸別荘であった。そこへ昔、奨学生としてお世話した劉くんが家族連れで挨拶にきてくれた。
ロータリーは複数の奨学生制度を用意をしているのだけれども、かれは米山奨学生。中国からの留学生で、日本で経済を学んだ。多難な留学生活だった。
いまは中国の大学で教えており、日中の経済比較などを研究しているらしい。中国の一人っ子政策はこれから少子高齢化社会を迎え、先行している日本の状況はとても参考になるという。
この間、来日のチャンスをうかがっていたが、コロナ禍等で果たせなかったようだ。今般、中国政府の日本観光解禁措置により、家族を連れて日本を訪れることができたという。
理事会があり長く話すことはできなかったが、握手で長い時間を飛び越えることができた。日中理解と友好の架け橋となってほしい。
夜は顧問弁護士をしている団体の職員の送別会があった。15年間勤務したというからアラフォー。顧問弁護士の仕事のひとつとして、総務財政室の会議に出席しなければならない。かれはその担当事務局だった。
総務財政室のメンバーはよくいえばユニーク、わるくいえば我が儘というか面倒くさい人が多い。そのようなメンバーを相手にかれはよくがんばってくれたと思う。
お連れあいの実家のある堺へ家族ともども引っ越し、かの地で就活をしているという。きけば大学の後輩らしい。いままでは団体の仕事の話しかしていなかったので、はじめて知った。かれらの幸せと活躍を祈った。
ぼくのばあい、高校卒業後、大阪岸和田市から福岡のほうへ転居した。電車のなかで部活の先輩と偶然出あい、餞別などをいただいた。そのときのあたたかい情景がこれまた長い時間を飛び越えてやってきた。
花発多風雨(花ひらけば風雨多し)
人生別離足(人生別離足る)
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