先日書いたとおり、鳥羽から伊勢湾・伊良湖水道を横断して伊良湖岬へ渡った。その際、フェリー甲板から右手に、神島を望むことができた。
三島由紀夫の小説の舞台である。せっかくの機会なので、『潮騒』を再読した。
小説、映画やアニメの舞台をめぐる聖地巡礼がはやりである。小説などを味読するうえで、聖地巡礼は必要だろうか。
現実を知ることはイメージの広がりを制約する、だから聖地巡礼は必要ないし、むしろ有害であるという考えもあるだろう。しかしぼくは聖地巡礼肯定派だ。
もののけの森のモデルといわれる屋久島の白谷雲水峡、『千と千尋の神かくし』のモデルといわれる台湾の九份、『君の名は。』のモデルといわれる飛騨高山の位山など。いずれも訪れて損はしなかった。
なかには原作のイメージを制約するところもないではないけれども、どちらかといえば豊かにしてくれるように思う。
『潮騒』の冒頭、神島そのものが神々しく描写される。伊勢湾に浮かぶ島。大綿津見神が支配する。西は伊勢・鳥羽、北は知多半島、東は伊良湖岬・渥美半島、南は太平洋。その描写がすばらしい。
三島が29歳のときの作。若いのに、さすが。一行とて無駄な文章がない。
現地を知らないで本文を読めば、たいくつさを感じるかもしれない。しかし現地を知ったうえで本文を読めば、一行一行の描写の的確さに舌を巻く思いがする。
弁護士になりたてのころ、水俣病訴訟に関与した。水俣病を理解するのに、現地を知ることほど重要なことはない。
チッソの工場の立地、そこから有機水銀が排出され、水俣湾を汚染した。水俣湾は半島や島々で囲繞されていて、有機水銀が集積しやすく、希釈されにくい。
裁判官を案内して現地検証をおこなった。漁船に乗って、あの島で何人の患者が発生し、あの半島のあの地区で何人の患者が発生したなどと指示説明を行った。
とても悲惨な公害被害現場を案内しているのであるけれども、他方で、水俣湾の美しさはたとえようもなかった。三島の見事な自然描写を読んでいると、あのときの記憶がいきいきとよみがえってきた。
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