2022年4月21日木曜日

ある刑事事件


  ある刑事事件をひきうけた。他県に在住する先輩弁護士の紹介である。近時裁判のオンライン化が進み、民事であれば他県でも受任することができないではない。でも刑事となるとやはり現場でないとできない。

罪名は暴行罪。酔余の犯行である。本件被疑者は犯行のことを覚えていない。飲み過ぎて記憶がなくなるということは日常的に経験したり、聞いたりすることだろう。

しかし、刑事事件ではこの弁解は許されていない。否認と同視される。ほんとうに記憶がなくなったのか、記憶があるにもかかわらずなくなったふりをしているのか、外形的に判断できないからである。

朝、警察官に起こされて、飲み屋を出たところまでしか覚えていない被疑者・被告人はよくいる。しかし、飲み屋から確保地点まで防犯カメラの映像をつなげて飲酒運転を立証されることになる。本件でも、被害者の証言のほか、防犯カメラの映像など証拠はそろっていた。

将来はアップルウォッチが進化し、犯行当時の記憶がないことが証明できるようになるかもしれない。しかしそれで刑事責任能力がなくなるわけではない。刑事責任能力がなくなるには心神喪失まで証明できなければならない。刑事責任能力の有無と記憶の有無とは別問題である。

さて弁護人の仕事は一般に、テレビでやっているほど華々しいものではない。被害者に対し被疑者・被告人に代わって謝罪し、被害弁償の努力をすることがほとんどである。

謝罪や被害弁償の努力、その結果としての被害感情の沈静化は情状に影響する。本来は、被疑者・被告人が行うのが望ましい。

しかし、被害者は、事件を思い出したくない、あるいは、再被害にあうことを恐れているなどの理由で、被疑者・被告人に会いたくないことが多い。被疑者・被告人の身柄が拘束されていることもある。そのため、弁護人が代わって行うことになる。

殺人事件で、県南にある遺族のお宅を伺い、お線香をあげさせていただいたこともあった。遺族のかたはよくぞ了承していただいたと思う。被告人にはお金がなく、焼香しか手立てがなかった。

性犯罪の謝罪や被害弁償はさらに難しい。弁護人だから謝罪しなくてもよいと言っていただくこともある。でも弁護士の立場や役割が理解できない方もいる。

被害者が複数だとなおさらだ。関係者にお願いしても、全員が納得するような金策ができたためしはない。足りない分は頭をさげるしかない。

本件でもなんとか示談に応じていただいた。被害感情はおさまらなかったようだが、堪忍していただいた。担当刑事から電話があり、事件終了を告げられた。紹介者である先輩にもその旨報告することができた。

※ほかに書きたいことはあるが、事案の性質からこれ以上書くことは差し控えたい。

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