いにしへの奈良の都の八重桜
けふ九重ににほひぬるかな 伊勢大輔
古都奈良の都で咲いていた八重桜が、今日は新しい都京都に献上されて、九重の宮中で美しく咲き誇っていますよ。
百人一首61番の歌。伊勢大輔は、伊勢神宮祭主の娘。六条御息所のエピソードといい、当時、都と伊勢は密接な交流があったのだろう。
伊勢はやはり彰子中宮のサロンに仕え、和泉式部や紫式部と親交があった。そして実家である大中臣家は歌人の家としても代々有名であった。
この歌の詞書。
一条院の御時、奈良の八重桜を人のたてまつりて侍りけるを、そのをり御前に侍りければ、その花をたまひて歌よめとおほせられければよめる。
当時、伊勢は新参女房で、いわば初出場、デビュー曲だった。桜の受け取り役は先輩の紫式部から譲られた。中宮彰子はもちろん道長も同席。歌よめと命じたのは道長だった。
本人も緊張したろだろう。自分も大法廷で初めて尋問したときは極度に緊張した。まわりも固唾をのんで事のなりゆきをうかがった。あの代々歌詠みの家系である大中臣家の娘らしいけれど、どれほどの実力かしら?
そうしたら、披露したのがこの歌だ。九重は山の名ではない、宮中のことだ。いにしえの奈良とけふ九重との対比。八重桜と九重との対比。よくもこれだけスケールの大きな歌を新人がものすることができたものだ。
結果、「殿をはじめ奉りて万人感嘆、宮中鼓動す」。そりゃそうだろう。
※現代語訳等は『ビギナーズクラッシック日本の古典 百人一首(全)』谷知子編によった。
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