2024年6月12日水曜日

成瀬って誰?

 

 由良のとをわたる舟人かぢをたえ
        ゆくへも知らぬ恋の道かな  曽禰好忠

 由良の門を漕いで渡る船人が、櫂がなくなって、どこへ漕いでいっていいのか、行方がわからないように、これからどうしていいのか、途方にくれる恋の道だよ。

 百人一首46番の歌。曽禰は長く丹後掾をつとめた。丹後といえば、和泉式部の夫の赴任地として先に出てきた。天の橋立があるところである。由良の門は、そのずっと東。いまなら由良川橋梁があるあたりで、鉄ちゃんたちの熱い視線を浴びている。
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 長らく百人一首シリーズをつづけてきたが、それもきょうで結びにしようと思う。その掉尾を飾るのがこの歌だ。なぜ、この歌かというと宮島未奈著『成瀬は天下を取りにいく』に出てきたから。


 『成瀬は天下を取りにいく』はことしの本屋大賞受賞作。さいきんは、本屋大賞や直木賞作に手を出していなかったのだが、春に琵琶湖に行く用事があったので読んでみた。

 成瀬って誰?察しのとおり、本書の主人公である。成瀬あかり。膳所の高校生。九州人に膳所(ぜぜ)と言っても知らない人のほうが多かろう。琵琶湖畔・大津にある。



 九州人である当職がなぜ知っているかというと膳所には義中寺があるから。義仲寺(ぎちゅうじ)の義仲は、あの木曾義仲のことである。墓がある。平家物語「木曾の最後」の場面。

 木曾殿はただ一騎、粟津の松原へ駆け給ふが、正月二十一日、入相ばかりのことなるに、薄氷は張つたりけり、深田ありとも知らずして、馬をざつとうち入れたれば、馬の頭も見えざりけり。あふれどもあふれども、打てども打てども働かず。今井が行方のおぼつかなさに、振り仰ぎ給へる内甲を、三浦石田次郎為久、追つかかつて、よつ引いてひやうふつと射る。痛手なれば、真甲を馬の頭に当てて、うつぶし給へるところに、石田が郎等二人落ち合うて、つひに木曾殿の首をば取つてんげり。

 粟津は、膳所のやや南にある。義仲寺は、巴御前(ともえごぜん)が草庵を結び義仲を日々供養したことにはじまるとされる。


 義仲寺には松尾芭蕉の墓もある。芭蕉は義仲も近江の人々も大好きだった。大阪御堂筋で亡くなった芭蕉だが、遺言は「骸は木曾塚に送るべし」。


残念ながら、『成瀬は天下を取りにいく』には、義仲も芭蕉も登場しない。出てくるのは近江神宮である。近江神宮は、天智天皇が近江大津宮を営んだことから、同天皇を祭神としてしている。

天智天皇といえば、百人一首第1の歌である。


 秋の田のかりほの庵の
      わが衣手は露に濡れつつ  天智天皇


この歌にちなみ、近江神宮では競技カルタの名人位・クイーン位決定戦が毎年一月に行われている。


近江神宮・競技カルタといえば「ちはやふる」である。アニメ原作だが、広瀬すず主演で映画になっている。主人公綾瀬千早は競技カルタの名人・クイーンを目指す。ちはやふるは、在原業平の歌から。


 ちはやふる神代もきかず竜田川
      からくれなゐにみずくくるとは  在原業平朝臣

ずいぶん遠回りしたが、『成瀬は天下を取りにいく』は高校生の成瀬の生きざまを中心に、6つの短篇からなるオムニバスである。その第5話が「レッツゴーミシガン」。

西浦航一郎は、広島県代表として、全国高校かるた大会に出場する。そして、成瀬に一目惚れしてしまう。その際、かれの手中にあった札こそが冒頭の歌である。

 由良のとをわたる舟人かぢをたえ
        ゆくへも知らぬ恋の道かな  曽禰好忠

ミシガンというのは、琵琶湖の観光船の名である。西浦は、成瀬と観光船ミシガンでのデートになんとか漕ぎ着けることができるだろうか?・・・

※現代語訳等は『ビギナーズクラッシック日本の古典 百人一首(全)』谷知子編によった。

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