2023年6月29日木曜日

アール・ヌーヴォーのガラス ガレとドームの自然賛歌

 


 「出し遅れの証文」という言葉がある。裁判というのは適時に証拠を出さないといけない。いかに真実であっても、証拠を出し遅れると、敗訴を免れない。そういう意味だ。

そういう意味では、会期の終了した特別展の報告をするのも、「出し遅れの証文」にちがいない。しかし、ま、本ブログは仕事をはなれた筆者らの日常を報告するものであるから、許されたい。

国立九州博物館でやっていた「アール・ヌーヴォーのガラス ガレとドームの自然賛歌」という特別展に行ってきた。

同特別展を九博でやっているのは知っていた。しかしアール・ヌーヴォーのガラス器は箱根のラリック美術館などで見知っていた。

もっといえば、フレンチのレストランひらまつに行けば、テーブルの装飾に無造作に置いてある。それで今回はパスしようかと思っていた。

すると、事務所ニュース夏号に寄稿していただく版画について打合せをしていた際、大場敬介先生がぜひ行ったほうがよいと力説された。アール・ヌーヴォーだけでなく、人類とガラス器の長い歴史の紹介がすばらしいのだという。

会期は明後日までだ。それならということで、あわてて行ってきた(こういうアドバイスは天の声だと思っているので)。

たしかに、よかった。メソポタミア、エジブトにはじまり、ガラス器は人類の歴史とともに発展したきたのだということがよく分かった(ただし、ぼくの場合、岡山のオリエント美術館へ行ってきたばかりなので、大場先生より感動がうすい)。

アール・ヌーヴォーについても認識をあらためることができた。これまではなんとなく、世紀末のデカダン(退廃的)なイメージをもっていたのだ。

認識をあらためた第1は、現代に通じる響き。ガレは1846年フランスはロレーヌ地方に生まれた。小学校か中学校でドーデの『最後の授業』を習ったと思う。

1871年普仏戦争に敗れたフランスは、アルザスとロレーヌ地方を割譲することになる。それまでまじめに勉強してこなかった主人公は、ある日、フランス語による授業が最後であることを知る。なぜ、いままでちゃんとフランス語を勉強してこなかったのか。ビブ・ラ・フランス!

ガレ25歳、祖国存亡の危機。義勇軍に志願したが、祖国は敗れてしまう。戦後は、祖国の窮状をガラス器等により、文化的に回復を図ろうとする。いわずもがな、ウクライナ戦争とその戦後復興に思いが流れる。

認識をあらためた第2は、日本文化とのつながり。印象派と浮世絵とのつながりはよく知られている。ほぼ同時代人であるガレやドームがこのジャポニズムの影響から無縁ではありえない。

美術・文化を革新していこうとするとき(アール・ヌーヴォーとは、新・芸術の意味)、日本文化はとても参考になったようだ。

器に描かれたカマキリや昆虫のモチーフは、われわれが自然と接する際のスタンスとおなじものだ。山を愛する筆者にとっても、とても近しく感じられた。毎日らんまんなこの時期はとくに。

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