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2025年4月4日金曜日

平均余命と最高の人生の見つけ方


 65歳の男性が交通事故で脊柱に運動障害を残す後遺障害を負ったとする。後遺障害第8級に該当し、45%の労働能力を喪失したとされる。

 この場合、慰謝料のほか、逸失利益(交通事故に遭わなければ得られたであろう収入)という損害について賠償請求することができる。

 65歳男性(大学卒)の平均年収は456万円である。45%の労働能力喪失だから、年間205万円の損害を被ったことになる(話を分かりやすくするための概算)。

 問題はそれがあと何年続くかである。一般的には67歳まで働けるとされる。65歳だとすると、あと2年である。

 もしくは平均余命の半分を選択することもできる。平均余命とは聞き慣れないかもしれない。平均寿命とは異なる。

 平均寿命は母数のなかに0歳や20歳で亡くなった方々が含まれている。平均余命は65歳まで生き延びてきた方々だけが母数に入る。したがって、平均余命>平均寿命となる。

 65歳男性の平均余命は19.52年である。その半分だとするとすると、・・・。

 まてよ。自分も65歳である。余命20年を切っているではないか。弁護士を40年やってきて、これまで損害賠償額を算出するための数字だったものが急に生々しいものに思えた。

 そうしたおり、「最高の人生の見つけ方」をNHK BSでやっていた。2007年、18年前の映画である。劇場でも観たし、テレビでも観たことがある。

 モーガン・フリーマンとジャック・ニコルソンのダブル主演。2人は同じ病室で余命半年と宣告を受けたことから、同病相憐れむということか、奇妙な連帯感が生まれる。

 人間の悲しい性(さが)。ふだんは自分の人生はいつまでも続くと思ってしまう。しかし余命半年と言われると、いわゆる締め切り効果を生じる。期限が迫ると集中力や作業効率が俄然アップする。なんとかしなくっちゃ。

 かくて2人は最高の人生を探す旅にでかける。ジャック・ニコルソンが大金持ちという設定なので、自家用ジェットで世界中を飛び回ることができる・・・。

 まてよ。モーガン・フリーマンは66歳という設定である。2007年に観たときは、じぃさん2人でいいよねと思ったが、なんとほぼ自分の年齢ではないか。これまたびっくり。思わずモーガン・フリーマンに肩入れして観てしまった。

 映画のストーリーは、簡単にいうと青い鳥(ネタバレしてすみません。18年も前の映画なのでいいでしょ。)。最高の人生は、お金をかけずとも、意外と身近で見つかるのだ。

2023年1月27日金曜日

ある交通事故損害賠償請求・交渉事件(車両価格、後遺障害認定、整骨院治療費)

 


 ある交通事故による損害賠償請求事件について、示談解決の運びとなった。主な争点は3つ、車両価格、後遺障害認定、整骨院治療費である。

追突された側で受任。責任は追突した側が100%、過失相殺はない。医療過誤などと比べて交通事故の話が容易であるのは自賠責法があるから。追突の場合はその議論も必要ない。

問題は損害論。まず物損。修理代が車の値段より高くなると、保険会社は車の値段しか認めない。そうすると、車の値段はいくらかということになる。保険会社はレッドブック(中古車の価格本)にしたがい損害額を提示。

むかしはこれで終わりだったけれども、最近はネットの発達により中古車市場が形成され、われわれも簡単に検索することができる。当方はこれで提示。保険会社もこれを認め、依頼者の納得も得られたので、物損はこれで解決。

つぎは人損。整骨院の治療費が問題となった。保険会社は、整形外科の治療費は3か月以内であれば原則としてこれを認める。しかし、整骨院の治療費は整形外科医の処方がないとこれを認めない。整骨院だって、柔道整復師法によるれっきとした国家資格であるが、一段低くみられているのである。

本件では、仕事帰りに通院するのに、整形外科の診療時間に間にあわず、やむを得ず整形外科医の「許可」を得て、整骨院で治療を受けていた。

ところが、保険会社の照会に対し、整形外科医が「許可」はしたが「指示(処方)」はしていないなどと回答したらしく、紛争化した。保険会社は整骨院への支払いをしないまま推移し、依頼人は焦燥した。

最後に問題になったのは後遺障害認定。整形外科医は腰椎捻挫等の症状がなお残っているとして後遺症診断書を作成した。事前認定はいったん後遺障害の認定を否定。

不服申し立てをおこなった。当初救急搬送された病院、その後の整形外科、またその後の整形外科などから診療録等をとりよせた。また医師の意見書もとりつけた。・・結果、後遺障害14級の認定となった。

さてこれに基づく示談交渉。保険会社もせからしいと思ったのか、整骨院治療費も認めてきた。依頼者も喜んでくれた。「先生には感謝しかありません。」と。

2012年10月26日金曜日

喪の途上にて






きのうは医療問題研究会の
調査事例検討会でした。

10件ほどの事例が持ち込まれ
事案の分析や調査方針を議論。

医師,薬剤師をまじえて
若い弁護士らが中心に。

医療の途中で,命を失ったかたがたのご遺族
あるいは,重い障害を負ったご本人。

これらの方々は,そのショックから立ちなおれず
なにか方策があったのではないかと悩んでおられます。

われわれが調査し,議論するなかで
医療の限界というものが見えてきます。

医療の限界を超えた事態は
不可抗力であり,責任を問うことができません。

おおくの医事紛争は
ここのところの納得がなかなか得られていません。

その納得をすこしでもしていただくための
熱い議論が遅くまで続きました。

タイトルはさる本から拝借
著者は精神科医です。

弁護士はカネ,カネといって
ご遺族らの心情に寄りそおうとしないと批判されています。

しかし,昨夜の議論に参加してもらえば
そのような批判がまちがいであるとご理解いただけると思います。

2012年4月17日火曜日

脳梗塞の見逃し事件 by.山歩きの好きな福岡の弁護士



 去る3月27日、福岡地方裁判所において,医療事件で
 原告の請求を一部認める判決が出されました(4月11日確定)。

 事案は,福岡市内の被告病院が,同市の70代の女性(原告)の
 脳梗塞の診断・治療を怠ったもの。

 原告は、飲食店での支払いの際、何度も硬貨を落とすなどしたため
 店員が脳梗塞を疑い119番通報し、被告病院に救急搬送されました。

 当直医(消化器科)及び翌日診察した主治医(循環器科)が、TIA
 (一過性脳虚血発作。脳梗塞の前駆症状であることが多い)を誤診。

 TIAではないとし、治療(専門医への転送)をしなかったところ
 2週間後に脳梗塞を発症、右半身麻痺等の障害を後遺することに。

 被告病院の診断義務違反等を理由に
 8000万円の損害賠償を請求をしました。

 被告が,非専門医は,TIAを診断すべき義務はないなどと主張したものの
 裁判所は,被告病院の過失を認めました。

 TIAの診断方法等は一般的な医学文献に記載されており
 その程度の知識は非専門医であっても認識しておくべきとの判断です。

 被告医師らがTIAに関する誤った知識に基づき適切な問診を行わず
 TIAについて否定的な診断をしたことは不適切であったとしました。

 しかしながら裁判所は,
 相当因果関係について否定しました。

 ①TIAを疑って入院させ、心電図がなされたとしても
 心房細動が発見されたとは限らない。

 ②抗凝固療法が開始されていたとしても
 100%脳梗塞の発症を防ぐことはできない。

 それゆえ,被告病院医師の義務違反がなかったとしても
 本件脳梗塞を防止し得た高度の蓋然性は認められないというのです。

 ただし,被告医師がTIAを診断等していれば、後遺障害が生じなかった
 相当程度の可能性はあるとして、慰謝料等440万円を認めました。

 本判決は、非専門医であっても、一般的な医学文献に記載のある事項
 については知識を得ておくべきであるとしました。

 専門分野以外についての診断義務違反の判断方法の基準を示した点で
 大きな意義を有しています。

 脳梗塞を含む脳卒中という疾患は、日本人の死因でも上位を占め
 多くの人がなる可能性がある病気です。

 その重大さを考えれば、非専門医であっても
 適切な診断・治療を行うことが期待されます。
 
 本判決は,損害評価が低きに失するものの,この期待に応えるもので
 市民感覚に合致するものではないでしょうか。

          ちくし法律事務所 弁護士 浦田秀徳

2010年11月24日水曜日

 カインの末裔の遺産相続



 すみません、更新はまだかとDMいただきました。
 今朝は8:20からドクター面談が入っていたので
 (交通事故の後遺障害について)
 遅くなりました。 

 さてカインの末裔である
 われわれの遺産相続の話のつづき。

 民法の定める相続制度は共同相続=分割相続
 配偶者を別格として
 被相続人(亡くなった人)の子は、兄弟姉妹みな平等扱いです。

 これを民法は
 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する
 各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する
 子が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする
 などと定めています(898~900条)。

 原則として長子だけが家督をつぐ
 戦前の家督相続制度とはちがいます。

 個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して
 相続法を制定しなければならないとする
 憲法24条の要請によるものです。
 
 共同相続は「自分の生活は自分でめんどうをみる」
 自己責任の考えにつながっています。

 この点、家督相続が戸主による親族の扶養をともない
 共同体的な拘束のある制度であったのとちがうところです。

 共同相続は日本の現状にもあっているように思います。

 亡父はサラリーマンで、遺産は自宅と預貯金のみ
 配偶者、子2人もサラリーマンか専業主婦という
 標準的な家庭のばあい
 一般的には妥当な結論がみちびかれます。

 もともと家督相続は江戸時代の武家の相続法に由来するもので
 現代の日本に武士はいませんから、その方面の必要性はありません。

 でも長男が実家で両親と同居して家業(酒屋など)を守り
 他の弟姉妹が東京・大阪へ出て行ってしまっているようなばあい
 平等分割ではどうかな?
 というケースがないではありません。

 特段このような事情はなくとも昔ながらの慣行で
 長男がすべて相続すべきものという考えの方もおられます。

 ですが、ことは制度論です。
 どのような制度にも一長一短があります。
 
 1つの制度ですべての案件をうまく解決することは不可能
 100件のうち70~80件をそこそこ解決できればOKです。

 残りの20~30件は遺言などを利用して
 うまく承継していただくことを予定しています。

 とはいえ
 これらの事案で遺言書が作成されていないこともままあります。
 (へたに遺言のことをきりだすと、「俺を殺すきか!」などと
 叱られたりしますから)

 そのようなばあい
 両親と同居し家業をついでいた長男としては平等分割に不満
 これに対し、他の兄弟姉妹は平等分割を要求したりします。

 特別受益や寄与分といった調整制度はあるものの
 納得をえられないこともあります。

 本人たちで協議してもまとまらなければ
 ①家庭裁判所で調停
 それでもまとまらなければ
 ②家庭裁判所裁判官が審判
 という手続きになります。

 申し立てをすると1か月後くらいに
 第1回期日の呼び出し。

 福岡家裁は中央区大手門のバス停の真ん前
 エレベーターで4階へ
 書記官室で受付をします。

 申立人控室と相手方控室にわかれて待機
 申立人側から順次、個別に事情を聴かれます。

 当事者どうしの協議でまとまらなかったものが
 調停だとまとまることがあります。
 なぜでしょう?

 当事者だけで話すと
 カインの末裔であるわれわれは
 どうしても妬み・憎悪などの感情にとらわれてしまいます。

 ところが
 調停委員という第3者を間にはさむことで
 これら感情をむきだしにすることがはばかられる空気が。

 こうしてどちらかというと理性的な話ができ
 調停がまとまることになります。
 
 これがカインの末裔として
 妬み・憎悪などの感情にとらわれがちなわれわれの性(さが)と
 調停制度の肝です。