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2023年5月26日金曜日

『コメンテーター』奥田英朗著

 
 奥田英朗著『コメンテーター』(文芸春秋刊)を読んだ。

「コメンテーター」、「ラジオ体操第2」、「うっかり億万長者」、「ピアノ・レッスン」、「パレード」の短編小説集。

『イン・ザ・プール』、『空中ブランコ』、『町長選挙』につづく、人気シリーズ4作目。久しぶりの登場。17年ぶり。つまり、復活!

前3作を読んだことがある人であれば、本作の内容も容易に推測できる。同工異曲とはこのことだ(失礼)。

シテはトンデモ精神科医の伊良部。ツレ(連合いのツレではなく、能でシテの助演役のこと)は美人看護師で夜はロック歌手のマユミさん。ワキは各短編ごとに入れ替わる「患者さん」。

(以下、ネタバレ)

「コメンテーター」の患者は、低視聴率に悩むワイドショーのプロデューサー。「ラジオ体操第2」では、営業車の軽自動車に乗っていて後ろから煽られる会社員。「うっかり億万長者」では、短期間で5億円をかせいだデイトレーダー。「ピアノ・レッスン」では美人のピアニスト。「パレード」では、都内一人ぐらしの大学生。

コロナ禍のなか、まじめなワキの皆さんは少々精神を病んでいる。しかたなくシテの診察室を訪れる。

前場では、いまの社会により適合しているワキの目から見た伊良部の子どもぶりが描かれる。伊良部はある種の発達障害で、子どものまま。フィギュアを集め、マユミさんが患者に注射するのに興奮し、キテレツなコメントを連発する。コロナ禍なんて関係ない。

以上は表紙の絵にも描かれている(写真)。赤く描かれた舞台は、ワイドショーのスタジオ。左上に描かれている子ども(逆さまで、天使っぽい)が伊良部である。マスクをすっとばしている。

後場では、伊良部は華麗に舞う。というか、あいかわらず自由気ままに振る舞う。変化しているのは、最初は伊良部の言動を奇異に思い、辟易していたワキの面々の価値観のほう。

伊良部(とマユミさん)とつきあううち、いつか価値観の転倒がおとずれる。世間の決まりに過剰にしたがっていた自分が間違っていたと思えるようになる。その結果、病は癒えている。

コロナ禍で少々心を病んだかなと思うみなさん、伊良部(とマユミさん)に癒されてくだされ。自分は関係ない!というあなた、そこが問題かも。

2013年2月27日水曜日

沈黙の町で





『沈黙の町で』(朝日新聞出版)
奥田英朗さんの新作。

『噂の女』が出てから
さほど経っていない。

よくこんなに書けるものだ。
筆力がすごい。

いつもながら,個々人ではなく
地域社会そのものが書かれている。


朝日新聞に連載していたものを
単行本にしたもの。

新聞小説だけあって
冒頭からぐいぐいひきこまれる。


高校生男子の死体が
校内で発見された。

容疑者として
4人の遊び仲間が浮上する。

警察,検察の捜査がすすむなか
真相は?

物語はなかほどから
意外な展開をみせはじめる。


高校生の殺人(傷害致死を含む。)事件の付添人を
3度ほどつとめたことがある。

ひとたび死体が発見されると
住民全体が不安と怒りにとらわれてしまう。

地域社会には
非常な重圧がかかる。

この重圧が地域社会をいつもと違う雰囲気でつつみ
人々の判断を狂わせがちだ。

むかし西部劇で共同体の敵にリンチをおこない
裁判を経ないで死刑にしたりする場面があった。

たとえは適切でないかもしれないが
あんな感じだ。

だからいつまでも犯人がつかまらないと
怒りの矛先が捜査機関に向くことになる。

捜査機関としてはとにかく犯人を検挙して
有罪にもちこむ必要がでてくる。

これがまたえん罪を
うむ温床になってしまう。

もうそれは個々の人の冷静な判断を
蹂躙するほど強烈なものだ。


奥田さんの著作は
いつもほんとうにリアリティを感じる。

本作も人々の動きが
いずれも説得的だ。

しかし社会を突き動かす異常なエネルギーについては
かなり押さえた筆致になっている。

ノンフィクションなえん罪小説ではなく
文芸的な作品にするために必要な修正だったのだろう。

2012年12月18日火曜日

できれば,幸せになりたいじゃないですか





奥田英朗の『噂の女』
伊坂幸太郎の『残り全部バケーション』。

どちらも
楽しく読みました。


どちらも短編集のような
中編のような。

雑誌に発表してきた短編をまとめたら
中編になったような。

赤レンジャー,黄レンジャー,青レンジャー…
メンバーがそろったら,戦隊になったような。

合体ロボになったような。
そんなつくり。

もちろん,登場人物をおなじにしたり
伏線をはったりして,つないではある。

でも,ひとつひとつのコマが
独立して楽しめるようになっている。

もともと雑誌に掲載されているので
当然なのであるが。

こんな作品にしあげるばあい
最初から全体の構想があるのかないのか。

気になる
ところである。


弁護士の書面のつくり方も
2派に分かれている。

稲村のばあい,全体の構想を頭のなかで練り
それをざっと書いていく感じである。

ボクのばあい,材料を書いていくなかで編集しながら
全体の構想が立ち上がってくる感じだ。


この違いは頭のつくりにもよるが
ワープロ世代か否かも関係していると思う。

稲村の修行時代は
和文タイプのころだ。

一度タイプを打って,気にいらないところを
書きなおすなどということはできない。

最初から
完成をめざさなければならない。

ボクが弁護士になったのは
1986年,昭和61年。

単漢変換(漢字を一個づつ変換・確定する方法)
ながら,ワープロが発売されたころだ。

ご存知のとおり
ワープロは訂正がいつでも可能だ。

最初のころは,ワープロも
清書する器械だった。

ボクが秘書に訂正を依頼すると
稲村から叱られたものだ。

かれの頭では,ワープロも
和文タイプとおなじなのであった。


ワープロで文章を作成するばあい
頭のなかで完成させておく必要はなくなった。

思いついた材料を
とりあえず打ちこんでいく。

材料を関連する論点ごとに
まとめていく。

まとまりのブロックについて
論理的に前後関係をつけていく。

すると最後には,ふしぎふしぎ
ちゃんと論旨の一貫した文章ができあがる。

これはいわば
ワープロ式KJ法である。


KJ法は,川喜田(K)二郎(J)さんが
データをまとめるために考案した手法。

データをカードに記入し,グループごとにまとめて
論文等にまとめていく方法だ。

いちいちカードをつくるわけではないが
入力したデータをまとめていく方法がワープロ式だ。

ボクらのばあい,最初からワープロに甘えてきたので
これ以外の文章作成は難しい。


というわけで
合体ロボット小説を書く方法が気になる。

先生がた,どんちなんです?
と,問いたい。


ともあれ,奥田さんはいかにも奥田さんぽい
伊坂さんはいかにも伊坂さんぽい。

奥田さんはリアルなようでいて
最後は小説っぽい。

伊坂さんは小説っぽく書いていきながら
ちゃんと人間が描かれている。

奥田さんは,声高ではないが
人間っていいという読後感が残る。

伊坂さんは,行間から声高に
人間っていい!と聞こえてくる感じだ。


「俺も楽観的には考えていません。


だって,未来のことはその時にならないと
分からないんだし,人生は一度きりですからね。

できれば,幸せになりたいじゃないですか」
(『残り全部バケーション』「タキオン作戦」の岡田)

2012年12月6日木曜日

『神去なあなあ夜話』





きのうジュンク堂にいったら
驚いた。

奥田英朗,伊坂幸太郎,吉田修一,村上龍ら
各氏の新刊(単行本)が平積みにされていた。

いずれ劣らぬ
好きな作家ばかり。

そのまえにも三浦しをんの新作を買い
読み始めたばかりなのに。

うれしい悲鳴をあげつつ,とりあえず
奥田さんと伊坂さんの新刊を買ってきた。


本の世界にも
クリスマス商戦なるものがあるのだろうか。

映画や音楽ではあったが
本ではなかったような気がする。

ま,12月はだれしも財布のひもがゆるむし
プレゼント月間であることも関係しているのだろうか。

ボクとしては夏枯れ期間をおかないで
みなで話あって出版をならしてほしいと思う。

1月は三浦さん,2月は奥田さん,3月は伊坂さん
…という具合に。

そのほうが
年中楽しめる。


さて,三浦さんの新刊は
『神去なあなあ夜話』(徳間書店)。

題名からあきらかなとおり
『神去なあなあ日常』のつづき。

 
 
 平野勇気,18歳。
 
 高校を出たらフリーターになるつもりが

 
 三重県の山奥・神去村で
 
 なぜか林業をすることに。

 
 なれない林業に悪戦苦闘するうち,いつしか
 なあなあな生活スタイルになじんでいく…。

という話でしたが,期待にたがわず『夜話』でも
それがなあなあとつながっていくのでした。


ちがいといえば,『日常』に対する『夜話』だけあって
セクシー感(広い意味。誤解なく)が加味されていることだろうか。

縦糸に,学校の先生・直紀さんとの
かたつむりの歩みのような遅々とした恋の進展。

横糸に,神去村の創世神話,山の神,ご先祖さまたちの霊
など神秘的・非日常的な世界との交歓が描かれている。

前者は三浦ワールドではめずらしくないが
後者はあれ?

これまで
こんなこと書いてたっけ?


山の神は山にのぼればどこにでもおわすが
その名もオオヤマツミさん。

オオヤマツミというのは,大山の神
大いなる山の神という意味で,そのまんまである。

日本神話(古事記,日本書紀)にでてくる
由緒ただしき神さまだ。


オオヤマツミは
木の花咲くや姫(コノハナサクヤビメ)の父。

彼女は天孫降臨したニニギの妻だから
天孫の義父にあたることになる。

オオヤマツミはコノハナサクヤヒメだけでなく
磐長姫(イワナガヒメ)も妻に差し出した。

ところが,イワナガヒメがブ○だったことから
ニニギは受けとりを拒否。

そのため,天孫の寿命が
磐のようにではなく,花のように短くなったという。


イワナガヒメがブ○だったという神話
神去村では,いまもいきいきと生きている。

実際,これをめぐって
村人が騒動をひきおこす。

ブ○と伏せ字にしておかなければならない理由は
読めばわかります。

ご一読ください。
(つづく)