2024年8月6日火曜日

ある遺留分侵害額の請求事件

 

 ある遺留分侵害額の請求事件が解決した。

遺留分とは何か、分かりにくい。たとえば、被相続人(遺産を残して亡くなった人)に配偶者がおらず、子が3人いるとき、法定相続分は子ABCにつき各1/3である。

この場合に、Aに全部相続させると遺言すると、BCの遺留分を1/6侵害することになる。遺産の総額が6,000万円であるとすると、BCはAに対しその1/6である1,000万円を請求することができる。これが遺留分侵害額の請求である。つまり、遺留分は法定相続人のミニマムな財産承継権を守ろうとする制度である。

本件では、同じ内容の遺言が3通あった。自筆証書遺言が2通と公正証書遺言が1通である。
自筆証書遺言と公正証書遺言の違いは何か。前者は作るのが簡単だがあとが揉めやすい。後者は作るのが面倒だがあとが揉めにくい。

自筆証書遺言の場合、亡くなったあと改ざんを防ぐために、検認手続が必要である。法定相続人を家庭裁判所に集めて、自筆証書遺言の筆跡・内容を確認する。家庭裁判所から呼び出されてわざわざ出かけて行ったら、自分には遺産を渡さないというのであるから、遺留分侵害請求事件を惹起しやすい。

本件でもまず遺言書の検認事件からである。A氏から依頼を受けた。平成31年の事件番号がついている。なんと5年以上係争してきたことになる。

つづいてBC氏から遺留分侵害額の請求調停が申し立てられた。Aに遺産を全部相続させるというのであるから、たしかにBCの遺留分を侵害している。その分を支払いましょうと申し出たのであるが、BCは納得しない。生前に預貯金の引き出しがなされているので、その分が生前贈与(特別受益)であるというのである。

先に遺産が6,000万円であるとして事例を設定した。この場合、生前に被相続人がAに自宅建築費用として600万円を贈与していたとする。この場合、生前贈与の600万円をいったん遺産に持ち戻して遺留分侵害額を計算する。つまり、BCの遺留分侵害額はそれぞれ(6,000万円+600万円)×1/6=1,100万円となる。

本件では、たしかに、被相続人の通帳から600万円が引き出されている。通例であれば、預貯金通帳を管理していたAがその使途を知らないことはないだろう。しかし、本件ではAはすでに亡くなっており、その場合、被相続人の孫のA’に相続させるという遺言になっていた。A’には600万円の使途など分からない。これが紛争が長引いた原因である。

両者の言い分の溝は埋まらず、遺留分侵害額の請求調停は不成立に終わった。その後、BCは遺言無効確認請求裁判を提起した。被相続人は、本件3通の遺言を書いた後、認知症を理由に成年後見の申立がなされていた。そのため遺言を作成したときにも、遺言能力がなかったと主張されたのである。

遺言の無効確認について、かつてはその証拠を収集することが困難だった。しかし近年、介護保険の導入により、遺言作成前後の時期における認知症の診断書を入手することが可能になった。

本件でも、各遺言書作成の前後における診断書の提出がなされ、厳しく争われた。しかし、遺言能力はあったとして勝訴することができた。

すると今度は遺留分侵害額の請求を求める裁判が提起された。ここではもとに戻って生前贈与(特別受益)の有無・額が争われた。こちらは相変わらずAのころのことだからよく分からない。BCは怪しい怪しいというのみである。

数回におよぶやりとりの末、裁判所から和解案が示された。基本的には生前贈与(特別受益)を認めないというものである。ただし、支払額に若干の加増がはかられている。よいさじ加減だったので、双方ともこれを承諾し、和解が成立した。5年に及ぶ紛争の終結である。

被相続人は天国であきれているかもしれない。

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