2011年12月27日火曜日
『クライマーズ・ハイ』(10) by.山歩きの好きな福岡の弁護士
今朝の朝刊トップは、原発の事故原因でした。
「甘い津波対策 事故原因」
「政府事故調が中間報告」
「国・東電、冷却も不手際」
見出しが並んでいます。
日航機の事故原因報道もこんな感じだったでしょう。
このようなニュースをスクープするかどうかとなると
報道人としてはやはり大きな仕事だったのでしょうね。
さて、薬害肝炎救済法の立法内容を調整するに当たって
もっとも難しかったのはどこでしょう?
普通は賠償額とかだと思いますよね。
でも実際は「前文」の内容です。
前文というのは、個々の条文からはわかりにくい
法律の趣旨・目的を明らかにするもの。
憲法の前文はとても有名なので
知っている人もおおいでしょう。
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し
われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と
わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって
再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し
ここに主権が国民に存することを宣言し
この憲法を確定する。
で、はじまるあれです。
このような前文は一般の法律にもあります。
われわれは、本件が1万人以上もの被害者を発生させた薬害で、国の責任・
反省に基づき、被害者全員の救済を行うことを明記するよう求めました。
最大の焦点は、本件薬害の拡大責任のみならず
発生責任まで認めて謝罪するかどうか。
薬害肝炎の原因製剤であるフィブリノゲン製剤は1964年に承認され
1978年にアメリカのFDAが承認を取り消した後も放置されました。
でも、早い時期の責任をみとめた福岡地裁や名古屋地裁の判決でさえ
承認時の責任までは認めていません。
それゆえ、発生責任を認めた前文にするのは
そうとう高いハードルでした。
マスコミの注目度もたかく、協議にはいる前から
某社が「発生責任を盛り込まず」などと誤報を流していました。
おそらく与党筋か議員筋からのリークでしょうが
なぜ一言、こちらに確認する労を惜しんだんでしょうかねぇ?
とまれ、与党側が提案してきた文言は、ほぼ現在の法文どおり。
問題の部分はこう。
政府は、感染被害者の方々に甚大な被害が生じ、
その被害の拡大を防止しえなかったことについての責任を認め…
どうです?
さすがです。政治です。わかりますか?
この文言は、被害の拡大責任だけを認めているようにも読めますし
発生責任をも認めているようにも読めます。
つまり、加害者側と被害者側で文意を読み分けようよ
という妥協案なのです。
誰が考えたのかしりませんが
知恵者はいるものです。
また、後に与党と弁護団とで法案骨子の合意をみたとして
共同記者会見が開かれた際、こんなやりとりがありました。
ある記者が与党PTに
「前文は発生責任を認めたのかどうか?」と質問しました。
われわれはこの質問に緊張しました。ファージーにしておく妙案を
台無しにするおそれがあったからです。
川崎二郎PT長の回答は「どこかの時点で薬害肝炎を発生させた責任が
あることは間違いないでしょう。」というものでした。
これもさすがです。
内心ほっとしつつ感心しました。
記者は、発生責任=承認時責任として質問したはず。
これをとっさに個々の被害発生責任と読み替えて回答したのですから。
われわれとしても
この妥協案に乗ろうと判断しました。
これ以上無理をして
元も子もなくすことは避けたかったからです。
かくて最大の難所をなんとか乗りこえ
一安心したことを覚えています。
さて、長い長い前置きになりましたが
ここからが本論。
前文について与党と弁護団とのあいだで
調整がついたあとのこと。
クライマーズ・ハイ状態からアルコール・ハイ状態に移行するため
われわれは永田町から赤坂見附へむかって歩いていました。
携帯電話の呼び出しが鳴り
相手は某社の知り合いの記者でした。
運動のはやい段階から
被害者の声を熱心に報道してくれていました。
記者の要請は
前文の全文をおしえてほしいというもの。
他社は与党筋が情報を入手できるけれども同社はパイプが細いため
弁護団から入手するほか手がないというのです。
かなり長いやりとりをへて
なんとかお断りしました。
与党と弁護団との協議内容は
他言禁止となっていました。
弁護団から情報が漏れたことを口実にされ
協議が流れてしまうことは絶対に避けなければなりませんでした。
やむを得ないとは思うものの、なんとも後味が悪く
その夜は心からくつろぐことができませんでした。
翌朝刊は全社で
前文の全文が報道されていました。
与党筋からマスコミに流されたものでしょう。
ま、こちらとは立場がちがいますから。
某社もどうやら共同通信から
情報を入手して落とすことは避けられたよう。
いまでも、これが記者とおつきあいしていて
いちばん後味が悪い思い出です。
でも、われわれ弁護士は依頼人の利益を最大限守るのが仕事
記者さんたちは真相を報道するのが仕事。
たがいの理念・目的がちがうのですから
ときに協力し、ときに反発することはやはりやむを得ませんよね。
ちくし法律事務所 弁護士 浦田秀徳
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