きょうは七夕
あいにくの雨です。
遠距離恋愛中の彦星と織姫が年に1度だけ会える
デートの日なのに。
なぜ、こんな梅雨のどまんなかに
デートの日を定めたのでしょう?
実はふたりに責任はありません。
明治維新のとばっちりです。
先日、ドラマ「
JIN-仁」が最終回を迎えました。仁先生と咲さんは
幕末の動乱のなか、結局むすばれることはありませんでした。
なかで坂本龍馬らが追い求めた明治維新ですが
彦星と織姫の年に1度のデートを邪魔することにもなりました。
というのも明治維新により、歴が太陰太陽歴(旧暦)から
グレゴリオ歴(新暦)に切り替えられたからです。
旧暦といえば、本屋大賞を受賞した『
天地明察』(冲方丁)が
江戸時代の天文暦学者・渋川春海の生涯を描いていた、あれです。
七夕も江戸時代までは旧暦でおこなわれ
旧暦の7月7日はいまでいえば8月7日ころです。
もともと七夕はお盆の一環ですので
東日本などではいまでも月遅れでおこなわれているところもあります。
8月7日ころであれば、梅雨も明け
彦星と織姫がデートできる確率も高まります。
それが新暦によると、梅雨のどまんなかなため、涙雨になりがち。
明治維新による改暦のとばっちりたるゆえんです。
七夕に降る雨を「催涙雨」と呼び
彦星と織姫が流す涙なのだそうです。
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