2024年1月16日火曜日
姨捨山(2)棚田・田ごとの月
2022年2月3日木曜日
源氏ラブな少女の胸キュン日記
長谷寺つながりで『更級日記』を読む。
岸和田から南海で難波、地下鉄で梅田、そこで阪急に乗り換え2時間弱はかかったと思う。高校時代、授業をさぼって宝塚まで数人ででかけるファンたちがいた。『更科日記』を読んでいると、あの連中を思い出す。
日記の作者は菅原孝標の女。道真公の孫の孫が孝標で、その娘。やはり血は争えない。その10歳ころから50歳ころまでの日記。
ずーっとオトメで、『源氏物語』がステキと噂をきけば、読む前からときめきあこがれる。八方手を尽くして手に入れ、読書にうつつを抜かす。親が勧めるような寺社詣には話半分。
ところが38歳にもなると、そうもいっていられなくなり、寺社詣にばく進。物語から物詣へ転身。石山寺、鞍馬寺とともに長谷寺へもはせ参じた。
するとその夜のこと(訳は角川ソフィア文庫から)。
お清めなどをして御堂に上ります。三日間お籠もりをして、暁においとまするつもりで、ちょっとだけ眠った夜に、御堂の方から、「ほら、稲荷様から下さった験の杉ですよ」と言いながら、物を投げつけるようにするので、はっと目が覚めたら、それは夢だったのです。
不思議な夢。これ系の夢はみたことがないな。稲荷様から験をいただくのはありがたいが、杉は大きスギ。それを投げつけられるとなると、大けがしそう。
作者は宇治では『源氏物語』浮舟のエピソードを思い浮かべているが、長谷寺では玉鬘のことを考えない。自身を浮舟と引き比べていたのだろうか。
ところでなぜ『更科』日記?ソバが好きだから?
『源氏』に熱中した作者の境涯も晩年、夫が死んでしまって悲嘆にくれている。そんなおり、ひょっこり6番目の甥が訪ねてきた。その際詠んだ歌。
月もでで闇にくれたる姨捨に
なにとて今宵たづね来つらむ
姨捨山は長野県更科にある月見の名所。『更科』日記のタイトルは後世、この歌からとられている。ちょっと意地悪な感じ。いまなら『源氏ラブな少女の胸キュン日記』というところだろう。
2021年12月9日木曜日
長谷寺参拝記-玉鬘の旅
岡寺から近鉄吉野線で橿原神宮、そこから近鉄橿原線で大和八木、さらに近鉄大阪線で5つ目が長谷寺である。途中、お腹がすいたので、橿原神宮でタコ焼きを買った。
祓へなどして上る。三日さぶらひて、暁まかでむとて、うちねぶりたる夜さり、御堂の方より、「すは、稲荷より賜る験の杉よ」とて、物を投げ出づるやうにするに、うちおどろきたれば、夢なりけり。
2011年10月27日木曜日
ムラサキシキブ
きのうは女性のお客さま(と後輩)から
本ブログを読んでいるとお声かけいただきました。
「お気に入り」に入れていただいているそうです。
まいどありがとうございます。
女性読者からのお声がけは、ほんに励ましになります。
男性のはまぁないよりましぐらいでしょうか(失礼)。
これで
またしばらく書きつづける意欲がわいてきました!
さて、今週はなんとなく花木シリーズになっているので
きょう、あすと、あと2つ見つくろいましょう。
京都つながりで、ムラサキシキブはいかがでしょう?
いまの季節、花木というより実木ですが。
もちろんムササキシキブ=紫式部ですが
もとは紫の「シキミ」=重る実=実がたくさんなるという意味だとか。
「日本人なら知っておきたい日本文学」の紹介により
『堤中納言物語』のアンチョコを読んだことはまえに書きました。
このつながりでいま読んでいるのが
ビギナーズ・クラッシクス『源氏物語』(角川書店=編・角川文庫)。
むかしむかし与謝野晶子の訳で読んだのですが
細部はまったく記憶にございません。
いまの年齢になって読むと
すごく感慨深い。
こんな高貴なイケメンの女性遍歴の話を中宮をはじめ宮中の女性たちが
きゃあきゃあいいながら読んでいたのですから。
その盛名は上総(千葉県)の田舎(失礼!)まで鳴り響き
夢おおき少女・菅原孝標の娘の心までわしづかみにしたのですから。
そして『更級日記』を書かしめ
ふしぎちゃん一家の生態をわれわれに伝えてくれているのですから。
各帖のタイトルがそれぞれ深い意味や象徴性をもっていることも
当然といえば当然でしょうが、トリビア満載。
「帚木」=遠くからは箒を立てたように見えるが、近づくと見えなくなる
信濃国の伝説の木=求愛にこたえるように見せかけて、実は冷淡な人。
同名の作家がおられますが、やはり実は冷淡なのでしょうか?
「葵」=「あふひ」=「逢う日」。
「賢木(さかき)」=「榊」(神事に用いる神木)
=嵯峨野にある「野の宮」。
「須磨」=罪・けがれを除く意味の「澄ま(す)」
=源氏が禊ぎをする地。
「明石」=「明かし」(明るくするとの祝意)
=源氏の運命を向上させる、いわゆる「あげまん」な女性。
ダジャレ好きにとっては
たまりません。
源氏は、政敵・右大臣一派の圧迫が強まるなか
朧月夜との密会をフライデーされ、やむなく須磨へ下る。
そして須磨で罪・けがれを澄ませ
明石で運気を向上させて京都中央政界への復帰をはたします。
この話
現代政界の誰かさんに似てません?
ところで、むかしむかし読んだ本の訳者・与謝野晶子の
お孫さんが与謝野馨さん。
薬害肝炎事件における福田総裁の政治決断に際しては
ご尽力をいただきました。
源氏を読んだむかしむかしに
そのような数奇なめぐり合わせになるとは夢にも思いません。
さすがのムラサキシキブも
ビックリされたことでしょう。