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2021年10月7日木曜日

最上川くだりーおくのほそ道拾遺①

 




 本年3月26日から9月1日まで『おくのほそ道』を連載した。慧眼な読者はお気づきだと思うが、筆者もすべての土地に行ったことがあるわけではない。6割ぐらいか。だいたい写真を見れば行ったことがあるかどうか分かると思う。

書きながら、行ったことないけどなぁと思っていた。誰かから「そこは違うよ」と言われるのではないかと、ビクビクものだった(笑)。

今般、白神岳、鳥海山を登るため、青森、秋田から山形にかけて移動したので、例によってすき間の時間に芭蕉の足跡も訪れた。時系列でいうと象潟、酒田、最上川くだり、鶴岡だが、芭蕉が訪れた順に再構成してお伝えしたい。

まずは最上川くだり。最上川は日本三大急流の一つ。球磨川、富士川と並ぶ。芭蕉一行は、尾花沢・大石田から最上川を舟でくだって出羽三山へむかった。そのくだりである。

これまでに陸羽西線に乗り、余目から新庄まで行ったことはあった。車窓から左手にずっと最上川が流れていた。尾花沢に行き、大石田で最上川を渡ったこともあった。しかし、最上川を舟でくだったことはなかった。今回、初挑戦である。

芭蕉の当時、新庄(本合海)から清川まで、もちろん鉄道はなく、道もなかった。移動は最上川の舟運によるしかなかった。その感動が名句を生み出した。

現代、本合海から清川まで一連の舟運はなく、観光クルーズが上流、中流、下流の3つに分かれている。今回はネットで一番人気の中流の「最上川芭蕉ライン船下り」を選択してみた。

酒田の駅から余目で乗り換え、陸羽西線を新庄方面へ向かう。清川駅のてまえあたりからは左手に最上川が見えている。古口駅で降りて、10分ほど上流へむけて歩くと、乗船場。むかしの番所が再現されている。

ふつうであれば、ここから清川まで1時間で下る。しかしこの日は残念ながら下流で風が強く水量が不足して操船がむずかしいという理由でくだれず、周回することに。残念、しかし雰囲気を味わうことはできた。

船頭さんの語り口が達者で軽妙だ。小1時間、乗客を飽きさせない。クルーズ会社の興隆の歴史をおもしろおかしく語ったり、おくのほそ道を暗唱してみせたり、民謡を唄ったり。

4つ目の写真は「おしん」のロケ地。親子別れの感動のシーン。昭和58年1月というから、ぼくは司法試験に合格して後輩の指導にあったていたころ。記憶はうすいが、回想シーンなどでなんとなく見たような気がする。

舟会社もNHKに1週間、全面的に協力したらしい。その間、リアルさを追求するということで、実際の船頭さんも1週間撮影につきあわされたらしい。その結果、やく2秒船頭が映っただけで、しかも顔は見えなかったらしいが(船頭さんの語り口だともっと面白い)。

ほっておかれれば、田舎の川にすぎなかった最上川が、芭蕉とおしんの2大スターにより日本中に知れ渡ったらしい。そしてクルーズ会社に「莫大な」利益をもたらしたらしい。芭蕉さま、おしんさまさまらしい。かくて、帰りは2人のスターになりきり、映え?写真を撮ることができる。

2021年7月29日木曜日

最上川ー大自然のパワー

(最上川@大石田) 

(最上川@米沢)

 最上川乗らんと、大石田といふ所に日和を待つ。ここに古き俳諧の種こぼれて、忘れぬ花の昔を慕ひ、芦角一声の心をやはらげ、この道にさぐり足して、新古二道に踏み迷ふといへども、道しるべする人しなければと、わりなき一巻を残しぬ。このたびの風流ここに至れり。
 最上川は陸奥より出でて、山形を水上とす。碁点・隼などいふ恐ろしき難所あり。板敷山の北を流れて、果ては酒田の海に入る。左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。これに稲積みたるをや、稲船といふならし。白糸の滝は青葉の隙々に落ちて、仙人堂、岸に臨みて立つ。水みなぎつて舟危ふし。

 五月雨をあつめて早し最上川

前半は那須野の段や謡曲『遊行柳』を彷彿とさせますね。旅は人生、俳諧の道も旅の道もおなじということでしょう。貞門・談林の古道から蕉風の新道を切り拓いていきつつある芭蕉。おくの細道において俳諧の新道を指導しているぞという、彼の快感・歓喜が伝わってきます。

最上川の源流は、吾妻山・登山記で紹介した吾妻山です。吾妻山に発し、米沢に流れ下り、山形を貫流して、大石田に至ります。日本三大急流の一つ。あと2つわかりますか。富士川と球磨川です。急流は水害とも裏腹で、球磨川の水害は記憶に新しい。

芭蕉は、最上川という大自然のパワーに翻弄・圧倒され、人為の卑小さを痛感したことでしょう。

2021年7月28日水曜日

立石寺ー宇宙の閑かさ

 

 山形領に立石寺といふ山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊に静閑の地なり。一見すべきよし、人々の勧むるによりて、尾花沢よりとつて返し、その間七里ばかりなり。日いまだ暮れず。麓の坊に宿借り置きて、山上の堂に登る。岩に巌を重ねて山とし、松柏年旧り、土石老いて苔滑らかに、岩上の院々扉を閉ぢて物の音聞こえず。岸を巡り、岩を這ひて、仏閣を拝し、佳景寂寞として心澄みゆくのみおぼゆ。

 閑かさや岩にしみ入る蝉の声

大石田駅から山形新幹線で山形に向かいます。途中には、さくらんぼ東根駅や天童駅があります。ちかくのスーパーでさくらんぼを買うと、さくらんぼ東根でつくられたものに出会います。天童駅はあの演歌歌手の出身地なのでしょう。

山形からは、仙山線で5駅行くと山寺駅に着きます(仙台からだと15駅目です。)。駅からすぐ正面に山と絶壁が見え、立石寺の院々が山のあちこちにはりついています。

3度行きましたが、いちばんは雪の立石寺です。すばらしい景色でした。蝉の声は聞こえませんが、一見を勧めます。

慈覚大師は、瑞巌寺のところででてきました。最澄の弟子、延暦寺をもり立てた人で、東北各地の寺を創建したといわれています。

閑かさは、長谷川櫂さんにしたがい、宇宙の閑かさと解します。そうしないと、蝉が啼いているのになぜ閑かなのか分からないからです。ミンミンゼミやヒグラシなら別ですが。

宇宙が閑かで心が澄みやすらぐのは、自然と一体であることをよしとする老荘思想のおかげでしょう。西欧の哲学者のように、宇宙の閑かさに神の不在を感じるようだと、戦慄するしかありませんから。