2011年5月18日水曜日

 いざ言問はむ



 翌日は、薬害肝炎の全国原告・弁護団会議
 チェックアウトから会議開始まで時間がありました。

 当初は上野の国立西洋美術館でレンブラントをみようと
 銀座線に乗ったところ、途中で気が変わり言問橋へ。

 浅草駅を出て東へちょっと歩くと、初夏のうららの隅田川にぶつかり
 東京スカイツリーが姿をあらわします。

 休日を川縁でのんびり過ごす都民とお上りさんが交錯するなか
 お上りさんに徹し、写真を撮りました。
 
 川沿いにまたちょっと上流方向へ散策すると
 おめあての「言問橋」にたどりつきました。

 諸説あるようですが、風流なのはなんといっても
 在原業平を主人公とする「伊勢物語」に由来するという説。

 短いので、全文を貼り付けます。
 「第九段、東下り・その参」

  なほ行き行きて、武蔵の国と下総の国との中に、いと大きなる河あり。
  それを隅田河といふ。

  その河のほとりにむれゐて、思ひやればかぎりなく遠くも来にけるかなと
  わびあへるに、渡守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」といふに

  乗りて渡らむとするに、皆人ものわびしくて、京に、思ふ人なきにしもあらず。
  さるをりしも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。

  京には見えぬ鳥なれば、皆人見知らず。
  渡守に問ひければ、「これなむ都鳥」といふを聞きて、

    名にし負はば いざ言問はむ 都鳥

           わが思ふ人は ありやなしやと

  とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
 
 都鳥はユリカモメのこと
 都鳥不在のため、「わが思ふ人は…」と言問うことはできませんでした。
 

2011年5月17日火曜日

 雲取山(2017m) 



 東京出張のなか日に、雲取山に登りました。
 東京都にある日本百名山です。

 埼玉県の秩父に泊まり、三峰神社の登山口から
 奥多摩の鴨沢まで8時間30分のコースタイム。

 名前は、那智・熊野の霊山、大雲取山に由来
 山岳宗教の道場だったゆえ。

 東京都とはおもえぬ自然の豊かさで
 ブナ、ミズナラ、コメツガ、シラビソなどの林がいい。

 木がおいしいのか、途中、キツツキ(ウッドペッカー)の音がしきり
 よくみると、アカゲラが木をつついていました。

 大菩薩嶺の奥に富士山が雄姿をみせ
 ヤマザクラが稜線をいろどっていました。 

   おしなべて 花のさかりに なりにけり

               山の端ごとに かかる白雲

                           西行
 

2011年5月16日月曜日

 スズカケ(プラタナス)



 週末は薬害肝炎の仕事で
 東京出張でした。

 浜松町でモノレールをおりたあとも平穏で
 原発報道で知る東京とはイメージが違いました。

 ただ、エレベータ、エスカレータ、照明、切符販売機などの
 使用制限が震災の影響をしめしていました。

 まえにも書きましたが、毎年
 厚生労働大臣協議というのをやっています。

 薬害肝炎の解決を
 賠償金の支払いだけに終わらせないためです。

 ①肝炎全体の恒久対策、②薬害再発防止対策、③未救済者対策
 という3つの柱でやっています。

 こんかいは事務方との事前の協議です。
 未救済者対策の問題について話し合いました。

 膨大な数のカルテが手つかずになっているので
 なんとか調査できないか知恵をだしあいました。

 帰りに日比谷公園を散歩しました。
 震災の際には避難所となったそうですが、まったく感じさせません。

 新緑がこころよく
 スズカケが名前のとおりスズをかけていました。
 

2011年5月11日水曜日

 トチノキ



 ヤマザキマリさんの『テルマエ・ロマエ』(THERMAE ROMAE)の
 第3巻(ビームコミックス)も好調なよう。

 表紙の画を見るだけでも
 湯上がりしそうな雰囲気。

 一応、タイムスリップものですが
 それを感じさせない湯ニークさ。

 ハドリアヌス帝時代の古代ローマ、浴槽設計技師ルシウス・モデストゥスが
 現代日本にタイムスリップして、温泉や銭湯のアイデアを持ち帰り…。

 この「しばり」で延々第3巻まで話をつないだのは立派
 よくアイデアが枯渇しないよね~。

 『テルマエ・ロマエ』というタイトル、なかなか思い出せません。
 たしか…マロニエっぽかったよね。

 いまの季節、ヨーロッパを散策していると
 どこへいっても、マロニエの花が満開。

 マロニエ(フランス語)は、マロンとの名前の類似からして
 クリに似た実をつけます。

 でもクリの仲間ではなく
 日本ではトチノキ(栃、橡、栃の木)。

 栃木という県名があるくらいですから
 なじみのある樹です。

 落葉広葉樹
 街路樹として用いられ、秋にはパリのムードを高めます。

 花言葉は、博愛
 フランス国旗のシンボル、自由、平等、博愛と関係するのでしょうか。

 福岡地裁へ向かうべく天神の新天町をぬけて西通りの信号に出ると
 西鉄グランドホテルの北東角にベニバナトチノキがあでやかに咲いていました。
 

2011年5月9日月曜日

 大崩山


 山のうえには、話し好きのおせっかいおじさん
 という人種が下界よりおおい気がします。

 そういう人が山に登る傾向にあるのか
 それとも山の開放的な気分がそうさせるのか。

 3月に英彦山に登ったときにも、そういうおじさんに遭遇し
 その厚意にいささか閉口するほどでした。

 そのおじさんがしきりに薦めたのが大崩山(1,643m)
 宮崎県延岡市北西部にあります。

 おじさんは天草のひとだったので、おらが村の山自慢とは一線を画し
 客観的な評価と受け止めました。

 そこで連休の後半登ってみました。
 期待は裏切られませんでした!

 大崩の名のとおり、風化した花崗岩が露出し
 山が崩れたように見えます。

 大崩山じたいはのっぺりした山で
 これが100名山の撰に漏れた理由でしょう。

 しかしながら、周囲には屹立する岩峰群があり
 私が映画監督なら西遊記の舞台にしたいところ。
 
 山岳信仰の対象とはならなかったことから
 九州最後の秘境と呼ばれています。

 しかしゴールデンウィーク中のゆえか
 花の季節ゆえか、登山口にはマイカーがずらり。

 モミ、ツガ、ブナ、カエデなどからなる原生林が広がり
 山麓の祝子川渓谷の水の流れも清く素晴らしい。

 いまの季節、アケボノツツジが数百本単位で花を咲かせ
 全山ピンクに染まっています。

 さながら桃源郷のよう
 途中から花に酔ったような気分になりました。
 

2011年5月6日金曜日

 「八日目の蝉」


 「ジークムント・フロイトが現れるずっと前から
 治療者は存在していたのだから。」

        ヘンリー・ミラー
              井上健訳「セクサス」水声社

 映画「八日目の蝉」を観ました。
 筑紫野イオンのワーナー・マイカル・シネマズで。

 「まほろ駅前多田便利軒」にしようか迷ったけれど
 直感を信じて。

 間違ってはいなかったと思います。
 「悪人」よりよかったと受け止めました。

 小豆島の自然とそこでの人の営みが
 主人公の心を癒し解放していくプロセスに共感しました。

 しまなみ海道への旅に行ったばかりだったので
 瀬戸内の風景が心にしみました。
 

2011年5月2日月曜日

 ヤエヤマブキ

 

 大学時代、ワンダーフォーゲル部の企画で
 「みんなで歩こう50キロ」というのがありました。

 学内外に呼びかけ、とにかく50キロ歩くという催しで
 恩田陸さんの「夜のピクニック」みたいな感じ。ぼ

 時速4キロメートルで歩いたとして12時間半
 食事もしますから、もっとかかります。

 足にマメのひとつ、ふたつはでき
 最後はくたくたになります。

 途中、先輩のリュックに蝶がとまっていたので
 指摘すると、「幸せの徴(しるし)よ。」。

 なんのことかと思いきや
 映画「慕情(Love Is a Many Splendored Thing) 」からの引用。

 主人公の中国人の女医ハン・スーインが恋をした戦場記者マークに
 そのような中国の言い伝えを教える場面があります。

 その話を下敷きにした、とっさのやりとり
 とても感心しましたし、懐かしい思い出です。

 さてヤマブキのうち八重咲きになる品種がヤエヤマブキ
 八重ヤマブキには実ができません。

 種子植物に進化したはずのヤマブキが、たとえ実をつけずとも
 美しくあるために八重に進化したというのは、とても人間的。

 もっともそれだけでは種の保存がはかれませんから  
 地下で茎を横に伸ばして、種を増やします。

 またその美しさから人間が庭や垣に植えるという形で
 増えています。

 このようなことは王朝貴族にも知られていたようで
 兼明親王の歌が「後拾遺和歌集」(1086)に収められています。
 
   七重八重 花は咲けども 山吹の

            みの一つだに 無きぞ悲しき

 それから400年が経ち
 江戸城を築いた太田道灌の山吹伝説。

 道灌が父を尋ねて越生の地に来たところ
 にわか雨にあい、蓑を借りようと農家に立ちよった。

 そのとき、娘が出てきて一輪の山吹の花をさしだした。
 道灌は、蓑を借りようとしたのに花をだされ腹立たしかった。

 後でこの話を家臣にしたところ、それは兼明親王の歌に掛けて
 つぎのとおり奥ゆかしく答えたものだと教わった。

  貧しさゆえ、悲しいことに
  蓑(=実の)一つさえ持ちません。

 道灌は古歌を知らなかったことを恥じて
 それから歌道に励んだという。

 歌道より善政(救貧施策)に励んでほしい気がしますが
 いかにも日本的な美しい話であることに違いありません。